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05.おそらく、その原因はヒロインである。

「ずっと聞こうと思ってたの、あなた何で塔に来たの?」


 いろいろあって聞くのが遅れたが、それがずっと疑問だった。

 『君に囁こう、この愛を』というゲームには、数種類のエンディングが存在する。

 その中には、攻略者ルートに入らない職業エンドというのがある。

 ヒロインのパラメーターによって、国の要職から商人、さらには冒険者など様々なものが存在していた。

 そう、本能で好感度の上がらない選択肢を選んでいたネイラである。思い出したのならば、このエンドを選ぶこともできたはずなのだ。なのに、それを選ばず、逃げるように、いや実際『逃げて』来ている。


 ――それは、何からだろうか。


 その原因を、リディアは1つしか知らない。

 いや、ただ単に攻略者たちに欠片も関わり合いたくなかったという線も捨てられないのだが。


「ええっと、その……」


 何かを誤魔化そうとするかのように視線を彷徨わせるネイラに、リディアはそれを、躊躇なく口にした。


「あなた、逆ハールートに入ったわね」

「……ああああ……」


 ネイラが打ちひしがれるように跪く。

 そう、このゲームには実は逆ハーエンドと言われる『最上の幸福』という名のエンディングが存在する。


 1年生から始まり3年生の終わりでエンディングを迎える何とも長いゲームだが、その攻略の道筋は1年目でほぼ決まってしまう。

 そう、王子以外の特定の攻略者ルートに入るか、職業エンドに突き進むか、そして、――逆ハールートに進むか。


 攻略者たちとの会話の選択肢をすべて「何言ってんのかわかんないからスルー」し、且つ1年終了時の成績が10位以内に入っていることが条件という、攻略情報が無ければ到底たどり着けなかったエンディング。それが『最上の幸福』エンドである。

 ちなみに王子ルートに関しては、どのルートのどの学年だろうとあっさりと入ることができる。

 それについては公式で「だって王子様だし!」との謎のコメントがあったが意味が分からなかった。とりあえず王子はとてもちょろいキャラだった。


「で、何位だったのかしら?」

「よくぞ聞いてくれました! なんと10位です!」


 すごくないですか!? と胸を張って答えるネイラに、リディアは憐みのこもった視線を向ける。

 ちなみにリディアは1位だったがそれは置いておく。


「本当にすごいわね。ぎりぎり入ってしまうなんて」

「仕方ないじゃないですか! だって将来がかかってるんですよ? いいとこに就職したいじゃないですか!!」


 実に切実で現実的な理由だが、それでもリディアは言いたい。


「じゃあ、せめて選択肢の1つくらい正解選んでおけばよかったのに」

「嫌です」


 即答だった。


「無理です。1分1秒も耐えられる気がしません!」

「……いや、まあ、気持ちはわかるのだけど……」

「そもそもなんでこれが逆ハーの条件なんですか! どうしてガン無視してるのに好感度Maxとか、ふざけてるんですか!!」

「私に言われても」


 そう、意味がわからないのだが、この逆ハーの条件を満たすと何故か攻略者たちの好感度がMaxという謎現象。どこに好感度の上がる要素があるのかまるでわからない。

 そして突入する2年目からの囁き地獄。

 攻略者ルートなんて目じゃないほどの囁き。周りも悪役令嬢もまるっと無視してヒロインと攻略者たちの世界。ひたすらひたすら甘々のきゃっきゃうふふがエンディングまで続く。

 ちなみに別名『地獄の中の地獄』ルート。囁き声に耐えられないと、これほど辛いルートはないとある意味震撼させたルートである。

 なので、まあ、ネイラの文句もわからないでもないのだが。


「でも、現実問題として、好感度がMaxなのよね」

「はい。逃避したくてもできません。全員、面会求めてたみたいですし」

「なのよね」

「はい」

「「…………」」


 顔を見合わせ、力なく微笑みあう。

 カトリーナが言ったのは「仲の良かった男子生徒数名」、そう、数名である。これは全員だと思っていいだろう。

 王子だけはリディアへの面会だったが、これはまあ、婚約を破棄されたことへの苦情だと思われるので、誤差の範囲である。


「……塔を卒業した後、さらわれないといいわねネイラ」

「怖いこと言わないでくださいっ!!」

「でも、ないとは言い切れないじゃない?」

「そうですけどっ! もしっ、もしですよ? そんなことが現実になったとしたら……大変なことがおきます」

「大変……?」


 そうなる事態が大変なことなのだけど、と思いながらもそれ以上に何かあるのだろうかと首を傾げる。

 するとネイラは真顔で口を開いた。


「だって、私がこの世からおさらばするか、相手をおさらばさせるかの二択じゃないですか」


 こわっ!?

 ていうか言い切ったこの子!!


 思わず少しだけ後ずさる。

 だが、残念ながら少しだけ理解が出来てしまうのが、この乙女ゲームである。

 

 そんな、あり得るかもしれない恐ろしい事態を回避するには攻略者たちが諦めてくれるのが一番簡単なことなのだが、よりにもよって好感度がMaxで、何度も塔に面会を申し込んでくるぐらいである。

 もちろん卒業までそれなりの時間はある筈なので、それぞれの家で矯正してくれるか忘れてくれるかしてくれることを全力で祈るが、そればかりは神のみぞ知る、だろうか。というか無理な気がするのは何故だろう。


 ちなみに、この逆ハーエンドになると、悪役令嬢たるリディアは実に悲惨である。

 無事に王子と結婚するのだが、どういう訳かヒロインと攻略者たちの子供を己の後継者として育てさせられる。意味が分からない。なんで拒否しないのかと思うのだが、このリディアは王子が好きで好きで嫌われたくないので、嫌とは言えないというか逆らえない。本当に悲惨である。

 もちろん前世のリディアも興味本位で見てみたのだが、後悔したのは言うまでもなく、苦情が殺到した末の公式のコメントは「だって、悪役令嬢だし」だった。喧嘩を売っているのだろうかと思ったのは、きっとリディアだけではなかったはずである。


 まあ、そんな悲惨なエンドなのだが、これに関してはあの学園から出れた段階で、リディアはあまり心配していない。

 なにせゲームのリディアとは違い王子などまったく好きではないので、あの状況になることだけはない。

 リディアが避けたいのは、ただ一つ。


「それにリディア様だって、王子がすっごくまともになってたらどうするんですか」

「……そうね」


 こちらの考えを読んだかのように言ったネイラのこの言葉こそが、リディアが最も恐れていることである。

 そう、あの王子がものすごく真っ当に改心し、且つもう一度婚約者に収まること。

 もちろんリディア・オルコットとして政略結婚など当たり前の環境で育ったので、家のためを思えばそれは仕方がない、と今までは思っただろうし、そもそも婚約破棄もしなかっただろう。

 けれど、前世を思い出してしまったのもあり、これだけは譲れなくなってしまった。

 理由はただ一つ。


 だって、本っっっ当に好みじゃないのだ、王子が。


 それは画面越しに見ていた時からの想いでもあり、どうやっても変えようがない事実。

 なので、もう一度王子との婚約など絶対に、心の底から、お断りでなのである。

 そんなことを考え、思わずぽつりと呟く。


「……どうしてこんな状況になってるのかしら……」


 塔の入学式の時はあんなにまで心穏やかでいられたというのに今のこの現状。

 嘆きたくなっても仕方がない。


「ねえ、なんであなたこっちに来てしまったの?」


 そう、思いつく原因の1つは間違いなくこれ。

 あの学園で、リディアのことなど気にせず、ヒロインがきちんとヒロインしててくれればよかったのに、と思わずにはいられない。

 そうすればきっと、勇者が来ようとも、ダブル悪役だと知ろうとも。

 今の半分の悩みで済んでいた気がするのは、決して気のせいではないはずである。


 だが、目の前のヒロインは、実に、実にヒロインらしく可愛らしい笑顔で、真逆の言葉を放つ。


「やだなぁリディア様。一蓮托生、死なば諸共って言うじゃないですか!」


 逃がしませんよ、との副音声まで聞き取ってしまったリディアはこの瞬間、理解した。


 ヒロインとは、正しく悪役令嬢にとっての厄災であると。



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