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渚は美しい。
はっきりと白い肌と七色に光る不思議な瞳、目映いばかりに端正な顔立ちは水神一族特有のものだ。水神教がここまで深く信仰されている理由の一つでもあるのだろう。神々しいまでの美しさに、人々は神の存在を信じざるをえないのだ。
しかし水神一族の中でも、渚は別格であると一流は思う。長い黒髪は艶やかで、骨の浮くような痩躯から伸びる四肢は婀娜っぽい。白肌からは梅の甘酸っぱい香りが匂い立ち、中毒のような陶酔を引き起こす。他の水神一族にはない、渚だけのもの。
渚が生殖能力を持たないことに起因するのかもしれない。関係ないのかもしれない。ただ、性別を超越した存在である渚だけが持つその魅力が、一流を酷く掻き回して強く惹きつけるのは確かだ。
渚と別れた後、三週間ぶりに家に戻った一流を待ち構えていたのは、両親と見知らぬ娘だった。小ぶりな目と薄桃色のふっくらとした頬の愛らしい小柄なその娘は、はにかみながら汐と名乗った。
「一流さん。」
そう呼んで彼女は微笑んだ。ざらつく硬い指先は水仕事や農作業をしている証だ。ささくれ立ってところどころ赤い手は、働き者のよい手だった。
いい娘さんだと両親は彼女を褒めた。控え目ながらも明るく、会話を通して聡明さが窺える。両親の言うとおり、とても素敵な女性だと思った。
連れ立って散歩へ出かけた。年頃の娘に引き合わされた意図が分からぬほど子供ではない。向こうだって同じだ。人気の少ない村の外れを並んで歩きながら、会話のない気まずさに焦っているとふいに汐が足を止めた。
「…一流さん。」
一流を見上げる目に静けさが見える。
「わたし、一流さんとならうまくやっていけると思うの。」
汐は魅力的な女性だ。
きっとうまく家を切り盛りしてくれることだろう。子供にも恵まれるだろう。どこまでも途切れることのない幸せを、きっと一流にくれるだろう。
未来は光り輝いて、どこまでもはっきりと見通せる。あの人を愛した先は暗く、何も見えない。
「一流。」
胸の奥で名前を呼ばれる。
それだけで甘く疼くのは何故だろう。たまらなく愛おしくなるのは何故だろう。
その名前を叫びたくなるのは何故だろう。
それでも、暗いまどろみの中に沈んでいくのはとても恐ろしかった。
「…宜しく。」
汐は笑った。暖かい手のひらが心地よかった。擦り切れるように胸が痛かった。
手を引かれて沢に出る。汐はしゃがみ込むと、水の前で手を合わせた。
「良い御縁を有難う御座います。」
水にのって、この想いが流れることを願った。




