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入水恋慕  作者: くわひら
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 その村には水神教という宗教が根強く残っている。

 水を御神体とする水神教は、生きとし生けるもの全ての基盤は水であるという思想が発端であり、ことあるごとに御霊の憑代となる水を崇めている。子供が生まれても、人が死んでも、作物を収穫しても、人は水に向かって頭を垂れる。人と水は複雑に絡み合い、信仰は最早生活の一部である。

 大人たちがことあるごとに水に向かって手を合わせる姿を見てきた一流は、その姿が酷く愚かしいように見えた。大人たちの真似をして他の子供たちが水に向かって手を合わせ始める姿に、たとえようもない恐ろしさを感じた。まるで水に呪われているようだ。

 ただ別に水神教に反抗心があるわけではなく、一流は自他ともに認める敬虔な水神教徒だ。祭りにはしっかりと参加するし、布施だって多目に包む。一流にとって、代えがたい見返りがあるからだ。


 「一流!」


 名を呼ぶ声に胸が鳴った。飢えるように声の主を探して、大きく手を振る渚の姿を見つけるとえも言われぬ喜びがじんわりと体を満たす。


 「久しぶり!最近見かけなかったけど、どうしたんだ?」


 距離が縮むたびに胸が締め付けられる思いがした。激しく高鳴る胸の音が聞こえやしないかと強く拳を握る。


 「西の畑の警備だ。最近畑や村の人を襲う盗賊が増えて、三週間ほど駆り出されてた。」

 「そうか。三週間もいなかったのか。それは見かけなかった筈だ。」


 会えなかった三週間、どれほど一流が胸を焦がしたか渚は知るよしもないだろう。干からびきった心に渚の声が沁みるようで、甘い疼きに眩暈がする。

 会話が止まれば渚が隣からいなくなってしまうような気がして、一流は必死に言葉を探した。


 「渚は何をしていた。俺がいない三週間。」


 一流のために胸を焦がしてくれていたらどれだけいいか。そんなはずはないと内心で否定し、諦め混じりに言った。


 「僕は祭りの準備をね。ほら、秋の収穫祭が近いだろう?」

 「ああ、もうそんな季節か。」

 「忘れてたのか?」


 渚は頓狂な声を上げた。敬虔な水神教徒の一流が祭りのことを忘れているとは思いもしなかったのだろう。

 秋の収穫祭は村で行われる祭りの中でも一際大きなものだ。実りを水に感謝し、来年の豊作を水に願う。村の生き死にに関わるからでもあるのだろう。毎年盛大に行われる。


 「村から離れてるとな、なんだか全部遠い気がするんだよ。」


 脳裏に蘇るのは赤い血。盗賊が刀を振り切るよりも早くその体を両断する。噴射する血液は臭く、祭りなど考える隙はない。

 一流の言う警備がどのようなものか、渚は知らない。水神教教祖一族の末端である渚は、村の中心にある神殿でただひたすらに抽象的な平和を祈っている。だから渚は一流の微妙なニュアンスを含んだ言葉を、本当に理解することはできないのだ。


 「なんてな。ちゃんと覚えてるよ。今年は渚も経を上げるんだろう?ちゃんと見ててやるよ。」


 誤魔化すように笑って、一流は渚を小突いた。綻ぶように破顔した渚を見てたまらない思いがこみ上げる。


 「絶対だぞ。」


 そう言って渚は準備があるからと小走りに離れていってしまった。時折振り返って大きく腕を上げる渚に手を振りかえし、その姿が見えなくなるまで足を止めた。


 

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