4.最強装備への道のり
行動は早い方が良い。そう結論した情報部一同は翌日の放課後、早くも初佳の自宅にやってきていた。
初佳はすぐに両親に相談して、予想通り二つ返事でオーケーを貰って来てくれた。
そこで、機材が良いなら学校にこだわる必要は無いだろうと判断し、とっととやって来たわけである。
そんなわけで、情報部一同で新築引っ越し直後の名賀乃家までやって来た。
「ここ、名賀乃の家だったのか」
「驚きました?」
「かなりな。割と目立つから」
柄武が目立つ、といったのは別に初佳の自宅が漫画に出てくるような大豪邸だからというわけではない。いちご畑の連なりから若干離れた、小さな山の麓の辺りに家が建っていて、周囲に住宅が見あたらないためだ。
ちなみに、大豪邸ではないが、家の規模が小さいわけでもない。
「なるほど。事務所兼自宅なんだね」
京輝が敷地の入口に設置された『名賀乃建築設計事務所』という看板を見ながらいう。
「建築士さんかー。って、名賀乃建築って、県内の図書館とかマンションのデザインで有名な人じゃなかったっけ?」
「そうなんですか?」
「そうっスよ。初佳は身近すぎて感覚麻痺してるっスけど。昔から県の偉い人とか社長さんとか良く来てるっスよ」
「そんな人がよくこんなとこに良く引っ越して来てくれたな」
「お父さん、ここの生まれで静かなところが好きなんです。あと、泳げないので海の近くは苦手で」
「そういう事情か」
なんにせよ、こんな人が身近に引っ越して来てくれたのは有り難い話だ。初佳という人材と、場所まで提供してくれるなんて、感謝してもしたり無い。
「離れはこちらです」
案内された先にあったのは、平屋の北欧ログハウスだった。洒落た感じはするが、有名な建築士が作った割には、強烈な印象を残す建物という感じはしない。
「自宅と違って、こっちは趣味で建てましたって感じだねー」
「なんというか、有名な建築士の家のわりに、意外と普通に見えるかな」
「そうですね」
柄武達の感想に、初佳が笑みを浮かべながら答える。
「お父さん、変わったものは仕事で沢山作るから、自分の家は普通でいいって言って、こうなったんです。仕事で依頼されるのはともかく、自宅まで目立つのは嫌みたいで」
「そういうもんか」
有名な建築家なら、自分の家でも自己主張するものだと勝手に思い込んでいた柄武には意外な答えだった。大人の世界にも、色々とあるのかもしれない。
「それに、畑の中に奇抜な建物が建ってたら台無しじゃないですか」
そう言いながら、初佳は玄関の扉を開いた。
「どうぞ。リビングの奥、右の部屋です」
促されて中に入ると、まずかなり広いリビングダイニングキッチンが柄武達を出迎えた。その奥に扉が二つ。初佳が言うには一つが寝室で、もう一つが父親の趣味の部屋らしい。
初佳の案内で、今日の目的地である趣味の部屋の方に通される。
「おお! これはすごいね!」
室内を一目見るなり京輝が歓喜の声を上げた。
そこにはログハウスとは思えない空間が広がっていた。
一〇畳以上の広さがあり、恐らく床下配線可能なOAフロアになっているのだろうタイルカーペットの床。中央にはミーティング用の机。その周囲に大きめのワイドモニタが二台並べられたデスクが、合計六台並んでいる。広い机の横には、フルタワーのデスクトップパソコンが鎮座しており、主が電源を入れてくれるのを待ち構えているかのようだった。
「京輝京輝。どうしよう、大きいモニターが二つも並んでる。それに液タブとか見えるんだけど」
「落ち着こう、加野。……初佳ちゃん、PC触っていい?」
「どうぞ」
この光景を見て我慢できなくなったらしい京輝が真っ先にパソコンにとりついた。柄武と水喜と加野はそれにくっついて後ろからのぞき込む。
「うわ……。ほんとにこれ使っていいのかい? かなり良いものなんだけど」
「どうぞ。いくらでも好きに使って良いよ」
返事は初佳ではなく、柄武達の後ろから来た。
全員が、一斉に声の方向に振り返る。
いつの間にか、部屋の入り口に、人の良さそうな中年男性が立っていた。言うまでもない、初佳の父親だろう。
「初佳の父です。いつも娘がお世話になっております」
落ち着いた声色でそう挨拶すると、初佳の父は丁寧に礼をした。
「部長の士群京輝です」
京輝に続いて加野、そして柄武の順に慌てて挨拶をする。水喜の方は大分気安い感じで挨拶を交わしていた。
「あの、本当にここをお借りして良いんですか?」
「ああ、いいよ。僕はゲームが好きでね。仲間と一緒に色々やろうと思ってこの部屋を作ったんだけれど、皆いい歳になっちゃったおかげで、忙しくてね」
持て余していたのさ、とちょっと寂しそうに笑いながら、初佳の父は語った。
「だから気にせず使って。娘に話は聞いてるよ。大会までの一ヶ月くらいなら、全然大丈夫だから。あ、でも、条件がある」
条件? と問う柄武達に頷きながら初佳父。
「まず、男女一緒の泊まりは駄目だ。それと、あんまり夜遅くまで作業して、親を心配させないように。あと、学業に支障を来さないようにすること。この三つを守ると約束してくれるなら、使って良いよ」
至って常識的な条件だった。余計なことをして周囲に迷惑をかけるのは、柄武達も本意ではない。
「大丈夫です。もし迷惑をおかけするようなことがあったら、すぐ言って下さい」
京輝が代表してそう言った。
「よし、約束だよ。それじゃあ、僕は仕事があるんで、もう行かなきゃ。ごゆっくり。できれば、また今度、色々話を聞かせてね」
最後まで穏やかな雰囲気を保ったまま、初佳の父は颯爽と去っていった。
「これで、ここは情報部の臨時部室ってところかね?」
部屋の中を改めて見回しながら、加野が言う。
「そう思ってくれて構いません。週に一度も使わない部屋なんで、遠慮無く使っちゃいましょう」
「じゃあ、始めるとしよう。とりあえず、そこの机で会議かな」
京輝の号令で、全員が中央の会議テーブルに集まる。大会まで一ヶ月無いため、迅速な行動が必要なのは、誰もが自覚していた。
☆
情報部の面々が最初に始めたのは、それぞれが持ちよったパーツの選定だった。
クロスティールの武器や機体各部のパーツは、パッケージ販売とダウンロード販売の形式で市販されている。
運営会社の方針で様々なメーカーからパーツがリリースされており、文字通り星の数ほど存在する。
個人制作の分も含めると、世の中にどんなパーツが出回っているのか、全て把握している人間はいないだろう。
そのため、最初の段階で自分達がどんなパーツを所持していて、使えるのか話し合うことが必要だった。
会議テーブルの上には大量のパッケージとフラッシュメモリが置かれ、手にはそれぞれタブレットPCを持つという様相で話し合いは始まった。
「先輩達、変わったのをたくさん持ってるッスねー」
タブレットの画面をスライドさせながら感心したのは水喜だ。彼女の言うとおり、柄武達が持って来たパーツは限定品だったり、色物だったりと、定番から外れた物が多かった。
「京輝先輩の方針で、とがった性能のパーツを集めたんだ」
「定番のパーツはいつでも手に入るし、トレードできるからね。レアものは市場から消えた後に有効利用する方法が見つかったりするし、とっておいて損はないよ」
「なるほど。定価で買えるうちに確保したんですね」
「ま、大半は色物だけどねー」
ドリル形をした武器パーツのパッケージをチェックしながら加野が言った。加野の趣味に合致したパーツだが、スペックがピーキーすぎるのが数字を見ただけであからさまだったので、すぐに次のパーツチェックに移る。
「あ、これってヴァリアブルセイバーですよね」
「なんスかそれ? 有名なパーツ?」
「水喜ちゃん・・・・・・」
「紫陽・・・・・・」
「い、いや、わたしには初佳がいるから、パーツについてそれ程詳しくなくても大丈夫なんスよ! ね!」
柄武と初佳の二人から諦めに優しさを向けられて、自分自身をフォローに入る水喜。焦ってるからか全くフォローになっていないが。
「まあ、こいつはとても定番とは言えないからな。知らなくても仕方ない」
「そうだねー。私達だって、鈴華先輩に教えて貰ったんだもんね」
「へぇ、それって去年の部長さんっすよね?」
「ああ、クロスティールだけじゃなくて、ゲーム全般が大好きな人だったよ」
「ま、私達三人の師匠みたいな人だね」
「そうだね。面白い人だった」
「一度会ってみたいです」
と、初佳。それに対して、三人は同時に沈黙し、少したってから柄武が言った。
「そのうち会えると思うよ」
「それはそうと、このヴァリアブルセイバーってどういう武器なんスか? 普通のエネルギーサーベルに見えるっスけど」
質問には京輝が代表して答えた。
「紫陽ちゃんの言うとおりだよ。普通のエネルギサーベル。普通より小型なのと、幅広い出力調整が特徴なんだ」
「それだけ?」
「そう、それだけ」
「それだけなんスか?」
柄武が補足する。
「ただし、出力調整の幅がとにかく大きい。限界まで出力を上げると、火柱みたいなエネルギーが放出された後、壊れる」
「こ、壊れちゃうんですか」
「それだけじゃないんだよ。最高出力だと、普通のGAならジェネレーターのエネルギーを半分以上使っちゃうの」
「そ、そんなに! 極端すぎないっスか!」
「その代わり、一撃必殺の威力が出るのよ。切り札に使うのがちょっとだけ流行ったのよね」
「切り札っすか・・・・・・」
威力が高くても、エネルギーをバカ食いする上に壊れるのでは、余分にライフルの弾倉でも持つ方がマシではないかと、水喜は思った。
実際、全く持って彼女の言うとおりで、この武器の知名度がいまいちな辺り、その微妙さを証明しているといえるだろう。
「こういうあまり見かけない武器は、影の薄さが武器だからね」
「初見の武器は嫌だからねぇ・・・・・・」
「確かに、しっかり戦術を組めば、使いこなせそうですね」
タブレットPCでカタログを眺めながら、感心したように初佳。
「とはいえ、時間は一ヶ月弱だ。今から慣れない武器を使いこなすのは大変だな」
「あの。それなんですけど」
「どうかしたの?」
「筐体での練習はどこで? やっぱり沼津辺りまで行くんでしょうか?」
当たり前だが、大会では筐体を使っての対戦になる。パソコンの操作性とは全然違うので、筐体での練習は必須だ。
この墹之上は有り体にいって田舎だ。筐体が置いてあるゲームセンターなど存在しようはずがない。初佳の心配は当然と言えた。
その心配を打ち消したのは加野だった。彼女はいつもの人なつっこい笑みを浮かべて、逆に初佳に聞く。
「初佳さ。学校の近くに『いこい』っていう小さなおもちゃ屋さんがあるの知ってる?」
「いえ、すみません。知らないです」
「あ、私知ってるっス。バスから見かけるっスよね」
「そう、そこ。実はあそこに、クロスティールの筐体が置いてあるんだ」
「ええええええ!」
一年生二人が、本気で驚きの叫び声を上げた。あまりの大声に、柄武は思わず耳をふさぐ。
「み、耳が・・・・・・」
「大丈夫かい、柄武? 驚くのも無理はないね。明日にでも行こうか」
「今日のところは、パーツの選定とスケジュールの再調整っスかね?」
「そういうこと。時間がないからね」
既にタブレットの画面に目を戻しながら、京輝が真面目な声色でそう言った。




