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2.今年は強くてニューゲーム(2)

2014.12.7 文章修正

 朝は雨で放課後は晴れ。そんな日が一年の内に何度かある。

 そういう日、柄武はやむなく徒歩で帰宅することになる。彼は自転車通学だ。バスという選択肢もあるが、田舎の悲しさで、タイミング次第ではバスの待ち時間より歩く方が 早く帰宅できてしまうくらいなので、結果的に自転車が一番速い。

 普段ならば散歩気分でのんびり歩いて帰る柄武だが、今日は珍しいことに同行者がいた。


 初佳である。

 最近引っ越して来たという自宅が学校からそれほど離れていないらしく、彼女は徒歩での通学だった。途中まで経路が一緒らしく何となく一緒に帰る流れになったのだ。

 ちなみに残りの面々は全員バス通学である。

 四月の雨上がり、放課後の空はうっすらと夕焼け色に染まっていて、昼の雨雲が嘘のような爽やかさだった。

 そんな素晴らしい空模様とは反対に、柄武は地味に思い悩んでいた。


「…………」

「…………」


 沈黙が辛い。やはりこちらから何か話題を振るべきだろうか……。

 名賀乃初佳。下級生、部活の後輩、しかも女子。

 中学高校と帰宅部でほとんどゲームばかりしていた柄武にとって、未知のパラメーターを持った相手である。

 部室では他の部員がいるし、話すべき事が明確なのもあってそれほど意識していなかったのだが、いざ二人きりになるとどんな話題を振っていいのかわからず、校門を出て以来一言も口をきいていない有様である。

 そもそも、永野柄武の人生において、後輩の女子と下校なんていうイベントは恋愛シミュレーションゲームの中でしか起こりえないものであったのだから仕方ない。


 柄武は自分のスペック不足をしみじみと認めた上で、無難に共通の話題を持ち出すことに決めた。


「あー、一つ聞きたいことがあるんだけど?」

「は、はい」


 自分と同じく部室とは打って変わって大人しくなっていた初佳が、明らかに緊張した様子で反応した。なにか警戒でもしていたのだろうか。


「なんでうちの部に入ろうと思ったんだ?」

「えっと、昨日言ったようにゲームのためっていうのは理由の一つです。そもそも、どちらにしろ私はこっちに引っ越して来ることになっていましたので」

「紫陽は? あいつはわざわざ一人暮らししてるんだろ?」

「水喜ちゃんには水喜ちゃんの事情があります」

「そ、そうですか……」


 突き放すような返答だった。深くは聞かない方が良さそうだ。

 しかし、柄武にもはっきりさせておきたいことがあった。


「じゃあ、もう一個聞く」

「聞きたいことは一つじゃないんですか? いいですけど」

「昨日、昨年の試合を見て、ここに来るのを決めたみたいなことを言ってたよな。なんで俺達なんだ? ブレイブゲイルを倒したいなら、もっと他にも組むべきプレイヤーはいるはずだぞ」


 初佳の返答は早かった。まるで、柄武がこの質問をしてくることを想定していたかのように、淀みなく答える。


「八分二八秒です」

「なんのタイム?」

「昨年の先輩達のブレイブゲイルとの戦闘時間です」

「そんなに戦ってたのか……」


 クロスティールの大会における戦闘時間は一〇分だが、大抵は五分程度で片が付くことを考えると、かなり長い。


「先輩。この戦闘時間はですね。この地区で一番長くブレイブゲイルと戦闘したタイムなんですよ」


 初佳の言葉に、柄武の歩みが止まる。それは初耳だった。同じく歩みを止めた初佳に聞く。


「つまり、どういうことだ?」

「昨年の地区大会において、ブレイブゲイルと一番まともに渡り合える腕前を持っていたのは先輩達だと、私と水喜ちゃんは判断したんです」

「でも、一年前の話だぞ?」

「それでもです。そもそも他のチームはどこも5分以内にやられてましたから。……私達も含めて」


 言って、再び歩き出す初佳。

 たまに自動車が通るだけの、舗装された田舎の歩道を歩きながら、柄武はようやく、自分達の目の前にこの一年生がやってきた理由がわかって来た気がした。


「去年、出てたのか」

「準決勝で負けました。あ、あと、大会の後に会った加野先輩が凄く良い人でしたから。色々と進路の相談にも乗って頂きましたし」

「なるほどね……」


 彼女たちにも色々事情があるということだ。

 去年の柄武達の試合を見て、加野に会って、家の事情もあって進学先として墹之上高校を選んで、情報部にやって来た。

 少なくとも、初佳のその話に嘘は言っていなさそうだ。この二日間に彼女たちがとった行動が、その事実を裏付けている。

 再び沈黙が訪れる中、今度は初佳が遠慮がちに口を開いた。


「あの、ところで柄武先輩は、昨年の全国大会は見ましたか?」

「いや……色々あってそれどころじゃなかったんで、何となく見るタイミングを逃してそのまま」


 昨年の大会で惨敗を喫した後、部内でちょっとした騒動が起きて、全国大会の観戦どころではなくなってしまったのだ。後になって一応結果だけは見たが、細かくチェックしていない。


「じゃあ、ブレイブゲイルがどこまで行ったか知らないんですね」

「いや、試合は見てないけど結果だけ見た。二回戦敗退だったな」


 ブレイブゲイルは負けた。あれ程圧倒的力を持つチームが二回戦敗退と知って、世界の広さを思い知ったものだ。


「試合内容は見ましたか?」

「見てない」


 ふう、と初佳はため息を一つついた。


「何で見なかったのかは聞きませんが、情報収集はした方が良いですよ? だから、教えてあげますね」


 何故か呆れた様子で話す初佳。何で見ていないんですか、と柄武を非難しているようだった。


「なんか引っかかる言い方だな……」

「当然です。これから戦う相手のことをちゃんと調べないなんて、あり得ません。一年も時間があったのに。……ブレイブゲイルはリーダー機のワントップ。残りの三機は後方支援機でしたよね?」

「ああ、後方の三機は基本的に動かないで、リーダー機の支援に徹してたな。本気になったらあいつらも無茶苦茶強いって言われてたけど」


 超高速機動で天才的なテクニックを発揮するリーダー機と、それを支援する重武装の砲撃機、ほとんど動かない支援機の実力は謎に包まれているが、リーダー機並の実力を持っていると専らの噂だった。


その噂を、初佳はあっさりと否定した。


「それですが。デマでした」

「は? デマ? おいおい、そりゃどういうことだ?」


 本当に知らないんですね、と若干驚き気味の表情をしながら、初佳は説明を続ける。


「当時は私もそう思っていました。いえ、私だけでなく、この地区のプレイヤーは全員そう思っていたと思います。……でも、実際は違ったんです。全国大会二回戦。敵の集中攻撃でリーダーを失ったブレイブゲイルは、あっさり敗北しました。理由は簡単」


 一度言葉を切り、何かを噛みしめるように初佳は言葉を紡ぐ。


「彼らはリーダー以外全員初心者のチームだったんです。それも操作もろくにできないレベルの、超がつく初心者」

「……マジかよ」


 思わずそう呟いたが、疑問の余地はなかった。目の前の少女は、こんなつまらないことで自分を担ぐような人物ではない。何より、ここで柄武に嘘を付く理由がない。


「マジです。つまりですね、先輩」


 続く彼女の言葉は、柄武が言おうとしていたことそのものだった。


「この地区は、たった一人のエースプレイヤーに敗北したんですよ」

 

 ☆


 都会とは言えないが、墹之上にもそれなりに市街地はある。

 その市街地の切れ目、周囲の景色が建物から畑やビニールハウスに変わる辺りで、初佳と柄武の帰路は別れた。どうやら、彼女の家は畑の多い地域にあるらしい。対して、柄武の自宅はギリギリ市街地といえる住宅地にある。


 柄武は、自室でPCのモニターを食い入るように見つめていた。

 見ているのは昨年のクロスティール全国大会の映像だ。

 内容は、帰り道に初佳との話題に上った二回戦のもの。ブレイブゲイルの負けた試合だ。


 あんな話を聞いて気にならないわけがない。


 動画は三分程度の長さで、この試合だけをピックアップして編集されたものだった。

 家に帰ってから、柄武は既にその動画を一〇回は繰り返し再生していた。


 試合の内容は、彼女の話した通りだった。

 開始と同時、いつも通りブレイブゲイルのリーダー機は前に出た。対戦相手はそれに呼応するように全機で殺到する。

 ここまではそれほど意外な展開ではない。当時の県内予選でも同じようにリーダー機を狙って全員で攻撃するチームは存在した。

 そして、その全てがたった一機のリーダー機に撃墜されたのだ。


 では、この全国大会二回戦は何が違ったのか。

 答えは実にシンプル、単純に実力の差である。

 ブレイブゲイルの対戦相手は単純に強かった。実力的には単機ではブレイブゲイルのリーダー機に及ばないかもしれないが、チームとしての総合力が高かった。

 チーム全機でかかれば、リーダー機を落とせる。少なくとも、そう結論出来るだけの実力が彼らに備わっていた。

 一年前の柄武達に出来なくて、この対戦相手に出来たことは、単純にそれだけのことだ。


 一対四の対戦でも、ブレイブゲイルのリーダー機は善戦した。後方からの支援砲撃を最大限利用し立ち回った。おかげで、相手を二機撃墜することに成功している。

 しかし、奮闘はそこで終わりだ。徐々にダメージを蓄積し、自慢の機動力を削がれたリーダー機は遂に撃墜される。

 その後、対戦相手が残った二機で後方支援を続けていたブレイブゲイルの三機に襲いかかり、あっけなく勝利を掴んだところで動画は終わる。

 柄武は考える。何故、彼らに出来て、自分たちにこれが出来なかったのかを。


 一つ目は単純明快。実力不足だ。昨年の情報部のチーム構成は、部長の村上鈴華をリーダーに、田中加野、村上京輝、そして永野柄武というメンバーだった。

 村上鈴華の実力はかなりのものだったが、残りの三人は実力的に微妙だったと言える。

 加野は強いが、陸戦主体で昨年登場したばかりのフライトユニットに対応できず、本来の実力を発揮できなかったし、京輝はそれ程上手いわけではない。

 更に、柄武自身の問題もある。

 昨年の五月、永野柄武はクロスティールを初めて一ヶ月の初心者だった。


 四月の初頭に村上鈴華に誘われて情報部に入部。その後、毎日練習を重ねたが大会時の実力は京輝よりやや強い程度だった。

 扱う機体も情報部で用意して貰った、それ程手の入っていないものだったし、自分のプレイスタイルも今ほどしっかりと確立していなかった。

 リーダーの鈴華を除いた三人がこの様では、負けて当然である。


 負けた理由はもう一つある。

 昨年の大会時は、クロスティールにフライトユニットが登場してまだ二ヶ月弱しか経っていない。戦場を陸から空へと一気に変えてしまったこのパーツに関して研究するにはあまりにも短い期間だ。

 そんな中、フライトユニットの扱いに習熟しているブレイブゲイルのリーダー機は、他に比べて大きなアドバンテージを持っていたと言える。

 現在のクロスティールは陸戦仕様の機体を使うプレイヤーは殆どいない程の空戦有利のゲームバランスだ。昨年の大会では時代の変化に気づかず、それまで通りの陸戦仕様で大会に出場するチームがかなりあった。

 新要素でバランスが一変するのはこの手のゲームによくあることだが、そこに素早く的確に対応できる人材はそう多くない。

 柄武達もそういった対応でいない側の人間だったわけである。


 では、今年。現在の自分たちはどうだろう、と柄武は考える。

 第一の実力不足の問題。加野はこの一年間でフライトユニットに大分慣れた。今年は本来の実力を発揮できるだろう。

 頼もしかった部長の鈴華はもういない。だが、その代わりに過剰なくらいの戦力がつい最近現れた。

 紫陽水喜。

 名賀乃初佳。

 あの二人の一年生は、間違い無く県内トップクラスの実力を持っている。普通に勝負すれば、柄武も加野も勝率は五割を切るだろう。

 そして、永野柄武もまた、一年前の自分ではない。この一年でそれなりの実力をつけたつもりだ。


 また、もう一つの敗因であるフライトユニットに関しては、この一年で性能や戦術に関して十分に研究されている。

 新要素に関するアドバンテージはもはや消滅したと言って良いだろう。


「このくらいなら出来るか……」


 何度も動画をリピートしながら、柄武は独り呟いた。

 勝利の道筋が見えて来た。勝利を確信出来る程ではないが、少なくともそう思えるところまでは辿り着いた気がした。特に、一年生二人の加入が大きい。あの二人と連携すれば、今自分が見ている動画のような戦いを繰り広げることは十分に可能だろう。


「ようやく、勝てる見込みが出てきたなぁ」


 柄武達、情報部の三人は、この一年間、ブレイブゲイルに勝つことを目標に活動してきた。たった三人になった部室で、雪辱戦を誓い、何とか勝利の道筋を見つけ出すための一年間だった。

 その活動が、ここに来てようやく実りつつある。

 これなら、柄武達の目的に手が届くかも知れない。


「鈴鹿先輩……来てくれるかな」


 一年生にはまだ話していない、情報部の事情を柄武は一人呟いた。

 村上鈴華。昨年の情報部の中心人物。

 そして、何の展望も無く日々を過ごしていた柄武の生活に、意味をくれた人物でもある。

 賢くて、魅力的で、良い意味でバカな人だった。

 その彼女は今、悪い意味でのバカになっている。

 

 柄武達は、バカにつける薬として、この一年間活動してきたのだ。

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