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14.クライマックス・フェイズ(1)

 決勝戦当日。

 結果を言うと、墹之上高校情報部は一回戦以降なんとか勝利を重ね、無事に決勝戦までコマを進めた。準決勝で加野が撃墜されたり、初佳が孤立して追い詰められるといった場面もあったので、順調とは言い難い進み具合ではあったが、とにかく勝ちは勝ちだ。


 二日目は開始時間遅めで準決勝と三位決定戦を先に行い、昼食後に決勝戦が行われる。

 柄武達は最後のミーティングを行っていた。序盤と違い、決勝戦ともなると参加チームに控え室の割り当てがあり、そこに用意された設備を利用することが出来る。今は京輝が中心となって、最後のデータ確認を終えたところだ。


「どう、京輝?」

「うん。これで僕が見れるところは全部チェックしたよ」

「じゃあ、これで準備完了ッスね」

「そうだね。柄武先輩はどうですか?」

「俺の方も大丈夫だ」

「僕は観客席から応援しているからね、皆、頑張って」

「? 頼めば待機所に居させて貰えるッスよ?」

「何言ってんだい水喜、京輝は別の仕事があるだろ?」

「へ?」

「……水喜ちゃん、決勝まで来たってことは、鈴鹿先輩が来るってことだよ」

「ああっ、すっかり忘れていたッス!」

「紫陽、お前……」

「その目で見るのはやめて欲しいッス! 決勝前にチームワークを乱す気ッスか!?」

「いやでもお前……まあいいや」


 色々言いたい柄武だったが、そもそも鈴華に関しては水喜には関係の無いことなのだと思い直した。それに、彼女の活躍もあって目的を一つ達成出来たのだ。


「京輝先輩、宜しくお願いします」

「大丈夫。あの人は約束は守る人だよ」


 そういうと、京輝は携帯を取りだして操作を始めた。恐らく鈴華にメールを送るのだろう。

 時計を見れば、もう時間が近い。


「それじゃあ、一年越しの雪辱を果たしに、行きますか!」

「おうよ!」

「やるッスよ!」

「頑張りましょう!」


 柄武の呼びかけに、全員がそれぞれの言葉で応じた。メールを送り終えた京輝も、全員に一言かけてから一足先に控え室を出て行く。

 柄武達も会場へと向かった。今大会最後の対戦、一年越しの再戦の場へと。


  ☆


 筐体の前に立った柄武にも伝わって来るくらい、会場内の熱気は最高潮だった。

 昨日からブレイブゲイルの登場する対戦は、アリーナ内の画面がある場所ならどこにでも人だかりが出来るくらいの盛況さだったが、今日は更にひと味違うようだ。


「京輝からメール来た。人が多すぎて画面見えないからノートパソコンなんか持ち込んで、見てる人もいるみたいだよ」


 加野の言葉に呆れたように水喜が反応する。


「そこまでして、ここで見る意味ってあるんスかね……」

「会場の空気を吸いながらって大事だと思うよ」


 そういうもんッスかね、と何やら納得しかねる様子の水喜。決勝にも関わらず、全員いつも通りのようだ。

 柄武の方も、思ったほど緊張していないのが自分でもわかった。


「加野先輩、その、鈴鹿先輩は?」


「……まだ見つからないみたい。でも、メールはあったから、もうこっちに来てると思うんだけどね」


 昨日、準決勝進出を決めた時点で、鈴華へは柄武がメールを出しておいた。返信が柄武と京輝と加野の三人にまとめて返ってきて、決勝まで来たら会場に入ることを約束する旨が記されていた。

 決勝戦が始まる今、鈴華は会場にいるはずだ。

 問題は、人が多すぎてどこにいるかわからないことで、そこは京輝に期待するしかない。


「この試合で、鈴鹿先輩にはもう一度思い出して貰いますよ。ゲームの面白いところを」

「ま、あの人のことだ。私達の勝負を見れば、いてもたってもいられなくなるさね」

「そして勝負にはしっかり勝つッスよ!」

「勿論だよ、水喜ちゃん。せっかく先輩達とここまで来たんだから、最後まで全力だよ」


 その時、観客が沸き立った。

 ブレイブゲイルのメンバーが入って来たのだ。

 メンバーは全員女の子で同級生らしい。リーダー以外も一年前とその実力は比べものにならないことを、この決勝に至るまでの道筋で証明している。

 もはやブレイブゲイルはリーダー機だけのワンマンチームではない。一人一人が十分な実力を持っている上、連携までこなす、誰もが認める最強チームだ。


「皆、作戦通り、行くぞ」

「はい……でも、本当に大丈夫ですか?」


 不安な様子で初佳は問いかける。彼女の態度はもっともだと柄武は思った。決勝において柄武達が組み立てた作戦はなかなか無理があるものだ。下手をすれば、あっという間に敗北しかねない危険性すらある。


「だーいじょうぶ。何度も試合をみて確認したでしょ? 私達の実力を信じなさいって」

「し、信じてはいます。けど……」

「しっかりするッス、初佳! 加野先輩と柄武先輩は強い。それはウチらが良く知ってるじゃないッスか。それに、美帆達に勝てたのも、先輩達のおかげじゃないッスか!」

「……うん。そうだ、そうだね。ごめん、ちょっと緊張しちゃって」

「誰だって緊張するさ、相手があれだしな。でも俺達は実力で勝って決勝まで来たんだから」

「そうそう。ここに来るまでだって、楽だったわけじゃないっしょ?」


 決勝に来るまで決して楽だったわけではない。準決勝では加野が撃墜されたし、それ意外にも危ない場面は多々あった。けど、それでも、柄武達は勝った。勝って決勝で最強の敵と戦う機会を得た。その実力は、疑いようのないものだ。


「あ、おにーさんだ! ねーねー!」


 ブレイブゲイル側の筐体から、金髪の少女が声をかけてきた。昨日の朝、柄武とラウンジで出会った少女、御堂優だ。彼女は今日もご機嫌な様子。

 振り向いた柄武に向かって、金髪少女は満面の笑みで言う。


「よろしく、たのしくやろーね!」


 そのまま柄武の返事を待たずに、筐体内に飛び込んでしまった。見れば、ブレイブゲイルの面々はもう筐体内でスタンバイを始めていた。


「うーんと、そろそろ私達も行こうか」

「ですね。最後もきっちり勝って終りましょうか」

「もちろんッス!」

「はい!」

「いやー、わくわくするねー」


 柄武の言葉に、三者それぞれの反応が返って来た。そして、全員示し合わせたように、それぞれの筐体内に入る。

 扉を閉めた筐体内は内部スピーカーからの音もあって、会場の声は歓声くらいしか届かない。残念ながら外の様子を確認する手段もない。

 それでは鈴華の来訪を察知することができないということで、柄武と京輝は対策を考えていた。

 用意したものはスマートフォンを机などに固定することの出来る吸盤式のアームだ。それを、タッチパネルの端っこに取り付けて、画面を見えるように角度を調整。


「ま、こんなもんか」


 ゲームの邪魔になりそうに無いことを確認してから、柄武の機体のデータが入ったデータカードをタッチパネル下のスロットに差し込む。

 柄武のスマホには、京輝と鈴華からメールや電話の着信があった場合、問答無用で応答するように設定してある。せっかく決勝まで来たのだから、応援でもして貰おうと、京輝が準備してくれた。また、後でケチがつくと困るので、違反なアプリなどが入っていないことを審判に確認してもらった上で、許可もとってある。

 データが読み込まれ、球形モニタに、柄武機のデータが次々と表示される。調整通りの数値が表示されていることを素早く確認し、出撃準備の是非を問うてきたタッチパネルを操作。

 余計なことをしていたおかげか、柄武の準備が一番最後だったらしい。ゲームは速やかにスタートした。


 いよいよ、決勝戦の始まりだ。柄武は、今だ現れない鈴華のことを頭の隅に追いやって、操作に集中した。


 ☆


 決勝とはいえ、ゲームスタートの演出は変わらない。これまで通りカタパルトから発進した自機が、空中を滑るように戦闘エリアまで飛んでいく。周囲には三機のGA、つまりは情報部の他の面々の機体が見える。

 これまで通り、機体はそのまま自動操縦で戦闘エリア内に入った。


「さて、誘いには乗ってくれるかね?」


 加野が音声チャットでそんな疑問を口にした。表情は見えないが、彼女もそれなりに不安を感じているのだろう。最上級生ということもあり、普段は弱気めいたことは口にしない人なのに、これは珍しい。


「きっと乗ってきますよ。これまでだって、ブレイブゲイルは対戦相手の戦い方に合わせるスタイルでしたから」

「でも、それが決勝で戦術を変える布石という線は無いですか?」


 割って入った初佳の疑問に反応したのは、水喜だった。


「それは無いッスよ。あいつらは、私達のことをそこまで評価していないはずッスから」

「…………」


 苦い思いが混じる断定だった。だが、それに反論できるものがいないのも事実だ。いかに県内のレベルが上がったといっても、それがブレイブゲイルが警戒する理由になるかと言えば、ノーだと、柄武も思う。


「相手に油断があれば、利用させてもらうだけだ」

「その通りッス。目に物見せて……」

「あっ、来ましたよ!」

「よし、じゃあ、行くよ!」


 加野が低空飛行に入る。一回戦と違い、今回は柄武達もそれを追いかけ、全員が地上すれすれを飛ぶ形になる。

 そこに、接近してきたブレイブゲイルが一斉に降下してきた。特に配置を感じさせない動き。恐らく乱戦狙いの動きだ。

 柄武は降下してくるブレイブゲイルの編成をじっくりと見定めてから、全員に呼びかける。


「一番右だ! 紫陽!」

「了解ッス!」


 柄武の指示に即座に反応した水喜が、機体を一機に上昇。一直線に一番右の敵機に向かって行く。

 一番右は、リーダー機だ。


「私達も行きましょう!」

「上手く乗ってくれるかねぇ!」


 初佳と加野の機体も上昇する。先行した水喜を援護しつつ、柄武を含めた三機も敵の編隊に向かって行く形だ。


「このままエンゲージするッス!」


 筐体内に水喜の声が響くなり、ブレイブゲイルのリーダー機と水喜機が高速で曲線を描きながら編隊を離れて行った。

 柄武はブレイブゲイル側にリーダー機の援護に向かう者がいないことを確認。やはり、リーダー機に対する信頼は相当らしい。水喜に撃破されることなど想定していないのだろう。


「お、来た来た!」


 ブレイブゲイル側で動きがあった。加野機を目指して突出してくるのが一機。


「じゃ、私はちょい向こうでやってるから、早めにね」


 そんな言葉を残して、加野機は再び高度を下げる。敵機はそのまま深追いしてくれそうなので、得意の地上戦に持ち込めるだろう。


「後は、私達ですね」


 図らずも、水喜と加野が単独で柄武と初佳のコンビという、一回戦と同じ形になった。


「よし、始めるぞ!」


 今は一回戦ではないと、柄武は気を引き締める。ここからが、本番だ。


 ☆


 情報部のメンバーでブレイブゲイルのリーダー機を相手にして一番まともに戦えそうなプレイヤーは誰か。

 恐らくそれは水喜だろうということで、今回の作戦の配置は決まった。

 リーダー機と武器の射程も噛み合うし、空中戦なら水喜が情報部で間違いなく一番だからというのがその理由だ。

 その人選に不満は無い。むしろ、一対一であのブレイブゲイルのリーダー機と戦えるのが嬉しいくらいだ。あわよくば撃墜して見せよう、こっそりとそんなことすら考えていた。

 だがしかし、今、彼女はどうしようも無い現実に直面していた。


「ちょっ、これは無理ッスよおおお!」


 水喜は弱音を吐きながら、持てる技能の全てを逃走につぎ込んでいた。

 わかっていたことだが、強い。こちらの攻撃をひらひらと、まるで木の葉のように回避する。特徴的な機動をするわけではない。だが、まるでこちらの攻撃タイミングを先読みするかのような挙動をするのが不気味ですらあった。

 勿論、水喜だって初心者ではない。ブレイブゲイルのリーダー相手に回避しきれない攻撃を見舞うことが出来る。実際、逃走という名の回避の合間に、何度かそういった射撃に成功した。

 だが、阻まれた。原因は敵機が左手に装備している、大型のラウンドシールドである。京輝の見立てによると、ブレイブゲイルのリーダー機は機動性と出力の引き替えに、武装と装甲を失っている。確かに見た感じ、武器はライフルだけで、装甲は薄そうだ。

 問題は、薄い装甲を補うために装備したと思われるシールドの扱いが上手いことだった。

 水喜の放った直撃弾に合わせるかのように、器用に機体を操り、シールドに当てるのだ。機体のどこかに当たれば少なからぬダメージを与える攻撃も、特別製らしいシールドにはさしたる効果は見られなかった。

 交戦して一分もしない内にそのことを把握した水喜は、攻撃は最低限に止めて可能な限り回避と逃走に専念することにした。


「柄武先輩ほどじゃないッスけど、うちだって逃げに専念すれば行けるッスよ!」


 狙いは時間稼ぎ。はっきり言って一人でこの相手に勝つことは不可能だ。だが、仲間がいれば話が変わってくる。そして、水喜は時間さえあれば、他の三人が駆けつけてくれることを心から信じていた。

 だから、全力で逃げる。初佳か、加野か、柄武。その誰かが必ず駆けつけると信じて。


「でも、何かウチの動きのパターンも読まれつつある気がするんで、早めに助けに来て欲しいッスー!」


 通信をオンにして、泣き言をいいながら必死に機体を操る水喜。だが、言葉ほど絶望していない。その目の輝きは、反撃の機会を待ち、勝利への意志を決して捨てていなかった。



「決勝戦ともなると、しっかり対策されちゃうねぇ」


 ロングレンジからの射撃をやり過ごしながら、加野はいつになく真面目な表情で小型モニタの情報に目を走らせる。確認するのは味方の現在位置だ。

 加野はいつも通り、廃ビルの建ち並ぶ地区で戦闘していた。柄武と初佳は近くの上空にいるようだ。問題は水喜で、かなり離れたところを高速移動している。普段から珍妙な機動をする彼女だが、今日のそれは異常だ。恐らく、苦戦しているのだろう。


「なんとか、しなきゃね! っとぉ!」


 敵の射撃が近くに着弾、慌てて機体をビルの影に動かす。

 現状、水喜ほどではないが、加野も旗色が良く無い。準々決勝あたりから加野の地上戦に対して相手がしっかり対策してくるようになったので予想できたことだ。

 空中戦に向いてない加野機への最も有効な対応策、それは遠距離からの攻撃に徹することだ。ロケットブースターで空中の敵に奇襲できる構成にしていても、地上戦特化の上に、屋外ステージのこの大会においては、加野機はどうしても空中からの遠距離攻撃に弱い。

 実際、練習時も初佳相手だと明らかに勝率が落ちていた。


「柄武も結構苦戦してるみたいだけど……」


 廃ビルの間を駆け抜け、機会があれば敵機を攻撃で牽制しながら、加野はレーダーの光点の位置に気を配る。

 少しだけ、敵が接近したのを確認する。

 ビルをジャンプ台代わりにして敵機との距離を詰め、ショットガンを連射。あいにく察知されていたらしく、さしたる打撃にならず空中に逃げられた。僅かに稼いだ時間で、再びビル伝いに地上へと機体を戻す。


「悪いけど、期待させて貰うよ!」


 敵との距離を測りながら、加野は再びレーダーに視線を注ぐ。そこには、激しく座標を変えながら機動を行う、仲間達の光点があった。



 自分達の戦況はそれほど悪く無い。執拗に接近しようとする敵機をライフルで牽制しながら、初佳は冷静に状況を分析していた。

 決勝に来るまで、初佳は柄武とコンビを組んでの戦闘が多く、今回もそのパターンになった。相手もこちらの戦い方を分析して来たらしく、柄武を足止めしながらもう一機が初佳に接近しようとするという、わかりやすい対処法を選んでいる。

 対策としては的確だけど、油断しなければ何とかなる。

 戦闘開始から少しして、初佳は漠然とそんな感触を得ていた。


「一年間、あのリーダー機の人から教わったんでしょうけど……」


 マシンガンを連射してくる敵機。確かに、初佳機のライフルは取り回し辛いため、接近戦には不向きだ。相手は右手にマシンガン、左手にサーベルといういかにもわかり安い武装な上、小回りが効く構成らしく、よく動く。


「でも、上手くなるって個人差がありますよねっ!」


 敵機に対して水喜は自機をこれまでと違う機動で迎え撃った。距離を取るための後退ではなく、全力で敵機に向かって突っ込む機動だ。

 全身のスラスターを吹き出しながら、水喜機は相手の射撃をロールを打って回避。そのまま高速ですれ違うことに成功。上手い具合にマシンガンの射線を逃れた上、サーベルからも逃れられた。

 そのまま全力で加速し、敵機の射程外に出たところで、全開で機体を反転させる。


「他のみんなが上手すぎるだけで、別に空中戦が苦手なわけじゃないんですよ!」


 地面に頭を向けた状態で機体を空中に固定した初佳機はライフルを連射。既に反転していた敵機に、一発が命中。被弾箇所は脚部、それなりに機動力を削ったはずだ。


「名賀乃! どうだ!」


 筐体内に柄武の声が響いた。レーダーを見ると、柄武の方は敵の攻撃を華麗に避けながら、初佳の近くまでやって来ているようだ。


「多分ですけど、いけます!」


 確信と共に、簡潔に答えた。この一年間でブレイブゲイルはリーダー機以外もかなりの実力者になっている。だが、まだ対処できるレベルの強さだ。身近な所だと、柄武も同じく一年間で実力を上げたプレイヤーだが、彼ほどではない。


「じゃあ決まりだ! やるぞ!」


 柄武からも簡潔な返事が返って来た。それを聞いて、初佳は心の中で覚悟を決める。

 勝負に出るなら今しかない。


 ☆


 切り札を切りまくる時だ。そう柄武は決断した。

 幸運にも、この決勝戦に至るまで、墹之上高校情報部は全ての手札を開示せずに勝ち進むことが出来た。

 準決勝で加野が撃墜されたり、初佳が追い詰められたのも、決勝への切り札を温存するための犠牲になった側面が強い。手を抜いて戦ったわけではないが、決勝でブレイブゲイルに勝つための、切り札温存のための戦い方で何とかここまで勝ち進んで来たのも事実だ。

 だが、それももう必要無い。

 今こそ、墹之上高校情報部の本当の戦い方を見せる時だ。

 柄武は小型モニタに映ったレーダーの光点を素早く確認する。


「名賀乃、予定通りいくぞ!」

「は、はい! 頑張ります!?」

「よし、こっちだ!」


 現在の柄武達の戦法は決勝に至るまでのものとほぼ同じだ。

 相手もそれに対応し、柄武を引き離し、初佳に接近戦を挑んでいる。弱みを突けば初佳の方が楽に撃墜できるという判断だろう。

 その判断自体は間違っていない。確かに他の三人に比べれば、初佳は狙撃以外の技能は劣っていると言えるだろう。

 だが、それが別に弱いという結論にはならない。

 この短い時間の戦闘で、初佳は交戦中の敵機の実力を見定めた。

 そして、たとえ接近戦を挑まれても負ける相手ではないと判断した。


「こっちだ!」


 相変わらず敵機は柄武の妨害と初佳への接近を試みている。柄武達はそれを躱しながら、まるで舞うように戦場を駆ける。


「進路上に来たからなんだ! 名賀乃!」

「はい!」


 柄武の進路上に来た敵機を初佳が狙撃。肩の装甲をかすめる形で命中、敵は慌てて距離を取る。初佳機に接近していた方は、柄武の放った牽制を受けてやむなく距離を取る。

 このまま戦闘を続けても勝てるだろうが、今は急ぐ理由がある。柄武は球形と小型、両方のディスプレイを忙しく見比べ、言った。


「今だ!」


 叫ぶと同時、自機のスラスターを全開。曲線を描く高速機動で敵機を振り切りながら、初佳機に接近。同時に初佳もスラスターを吹かして一気に敵から距離を取った。

 形としては、柄武と初佳機が接近し、それぞれの敵機と距離をとったこととなる。

 更にそこから初佳機は後退。柄武機からも距離を取る。

 柄武機に向かう敵機が二機、そこから離れて初佳機という構図が完成した。柄武は二機を相手に機動を描きながら言う。


「撃て!」


 合図と同時に、初佳がライフルで射撃した。

 通常なら柄武を援護するであろうその射撃は、全く明後日の方向に向かってのものだった。

 初佳機の持つライフルの銃口は、地上を向いていた。

 地上、すなわち、加野の戦場だ。

 今、柄武達の眼下には、廃ビル群が見える。

 二機を相手取って回避機動を取る柄武。短い間に、初佳はさらに数回射撃。狙うは眼下、加野を追っている奴だ。

 何度目かの射撃の後、少し下方で派手目の光が見えた、爆発エフェクトだ。


「やったか!」

「わかりません! でも手応えはありました!」


 柄武達の会話に、加野の返事は無かった。その代わり、戦場に変化が生まれた。

 柄武相手に攻撃をしかける二機の後ろに、突如として機影が現れた。


「ヒャッハー!」


 それは、雄叫びと共にロケットブースターで飛翔した加野機だ。戦場に乱入した加野は勢いそのままに両手の大型ショットガンを発射。

 ターゲットになったのは、ずっと初佳を追いかけていた敵機だった。奇襲に対応できなかった相手は、そのまま直撃を受けて機体の全身からダメージの火花を吹き出した。

 だが、撃墜ではない。即死ダメージの無いクロスティールの仕様のおかげで、紙一重の状態で、相手は踏みとどまった。

 それを見た瞬間、柄武は即座に判断した。


「名賀乃! 行け!」

「はい!」


 返事の後、初佳機はすぐに指示を実行した。

 機体を反転させ、スラスターを全開にして、全力で戦闘空域を離脱したのだ。

 初佳の挙動に驚いた敵の一機が、慌てて追撃を始めようとするが、


「そうはさせない!」


 柄武が射撃で邪魔をしつつ、回り込んだ。この一連の攻防でダメージを負っていた敵機には、柄武機を振り切ることは出来ない。


「いやー、上手くいったね」

「ええ、おかげさまで」


 初佳の向かった先は、水喜のいるところだ。

 水喜と初佳は中学時代からずっとコンビを組んできた。あの二人のコンビこそ墹之上高校情報部最強である。

 そして、この大会において彼女たちは一度もコンビを組む様子を見せていない。

 彼女達こそ、柄武達が決勝まで温存した最高の切り札だ。


「さて、こっちは、三対二だねぇ!」


 地上に戻り、再び先ほどまで同じ相手とやり合い始めた加野が言った。


「大分ダメージを与えましたから、何とかします!」


 今の一連の攻防で、敵にはかなりのダメージを与えた。攻撃を受けた二機はしばらく機能低下を起こしているだろうし、残りの耐久力的にも撃破は難しくないはずだ。

 引きつった笑みを浮かべているのが、自分でもわかる。

 自分の中で渦巻く高揚感と緊張のためだ。柄武は、自分がどういう状態にあるか、よくわかっていた。

 楽しい。自分は今、ゲームをしていて一番楽しい一瞬の一つにいる。

 楽しすぎて、手が震えないか心配になったが、両手はいつも通り動いてくれた。

 小型モニタに、自機が機能を一つ解放したことを表示した。


「……さあ、ここからが本番だ」


 柄武が静かに呟くと同時、機体が背負っていたバックパックの武装が解放された。

 ペダルを踏み込み、両手のレバーを一気に押し込む。

 解放されたバックパックから現れたスラスターの力で、機体が急加速する。

 数の差を補うために、機体の全ての機能を使い切る。

 心の中でそう決めて、柄武は新たな局面に突入する。


 ☆


 正直なところ、自分はもうロートルだ。少なくとも加野はそう思っているし、その認識は間違っていないはずだ。気のいいバカ男子二人、京輝と柄武は否定するだろうが、こうして決勝戦の舞台で対戦していると、それをどうしようもなく痛感させられる。

 自分は足手まといだ。この三対二の状況で、柄武がコンビを組むのが水喜か初佳だったら、勝機は十分あるだろう。

 しかし、加野と組んだ今、勝率はかなり下がった。地上戦に特化した自分では、柄武を十分に援護できないし、相手のレベルが高すぎる。今は空中の柄武と上手く連携出来ているが、そのうち相手が完全に空中戦に切り替えて、柄武を集中攻撃するだろう。

 絡め手でも何でも良いから打開策が必要だ。

 幸い、そのための手段を加野は持っていた。


「……柄武、賭けに出る場面じゃないかい?」

「賭けって?」

「私の切り札を使わせてもらう」

「……頼みます。こっちも二機同時はきついんで」


 返事にあったわずかな間から、柄武がこちらの意図をしっかり把握していることを確信する。

 それは同時に、正攻法では加野に勝ち目が無いことを暗に認めたことになるが、今更そんなことにこだわる彼女ではない。


「オッケー!」


 威勢良くマイクに向かって叫ぶ。もとより正攻法で勝てないからこそのローラーダッシュと地上戦だ。ロートルはロートルなりに戦う手段があることを、最後の瞬間まで証明してやる。


「柄武、上手く合わせなよ!」

「了解!」


 返事を聞き届けると同時、ペダルを思い切り踏み込む。機体の加速に合わせて、ローラーダッシュで回避起動をとりながら高速移動。相変わらず上空から狙っている敵機を一瞬だが振り払うことに成功する。

 一瞬だけ、小型モニタのマップを見る。


「柄武! ちょい右!」


 二機を相手取っている柄武は返事をする余裕がないらしく、機体の動きで答えた。

 加野機が疾走するルート上に、高度は違うものの柄武と交戦する敵機二機が現れる。


「いくよ!」


 加野は手元のスイッチを素早く操作し、ロケットブースターを点火。機体が急加速と共に上空へと飛び出した。目標地点は柄武を追う二機の間。

 豪快な効果音と共にモニタ内の景色が一気に流れる。相手が見えたと思った瞬間、直感的にブースターを停止、フライトユニットでの機動に切り替え。


「よっしゃ! もらったあ!」


 狙い違わず、敵機の中間点に到着した。他の機体に比べれば申し訳程度のスラスターを吹かし、機体を急いで制御させる。

 京輝がカスタマイズした火器管制システムが、加野の狙い通りの相手をロックオンしてくれた。

 受けているダメージの多い方を狙って、トリガーを引く。

 両手両肩に装備したショットガンがいつも通りの目覚ましい弾幕を張る。


「次!」


 戦果は確認せずに、加野は次なる行動に移る。この短い時間に、可能な限り動く必要があるからだ。再び全身のスラスターを吹かせて、慌てて距離を取ろうとしているもう一機の方に向き直る。


「柄武! チャンスを作ってやるよ!」


 言葉と同時に、加野は自機に搭載された最後の切り札を使うべく、手元のボタンを素早く操作した。

 墹之上高校の機体の改造元になったアメリカ製のGAの特徴は豊富なハードポイント。それは内蔵火器にも及び、手首にも小型火器なら搭載可能な仕様になっている。

 通常なら何も装備させないこの箇所に、加野は面白半分で切り札を搭載していた。

 武装名はショックニードル。名前の通り、針を発射する小型火器で、命中すると電撃で数秒間だけ相手を停止させる。使い捨てだが効果が大きいため、余裕があれば加野をこれを搭載することにしていた。

 自機が右手を、柄武の牽制を躱しつつある敵機に向けたのを確認して、トリガーを引く。


「いけぇ!」


 掛け声と共に機体の手首から小さな槍くらいのサイズがある針が射出された。

 攻撃が命中するかどうか確認する前に、筐体内に警告音が響いた。つい先ほど振り切った敵機が攻撃をしかけたきたのだ。

 ショットガンの連射と、隠し武器の発射で苦手な空中に漂っている加野に躱す術は無い。

 レーダーに表示されたミサイル群と敵機の反応を見て、加野は自機への直撃を確信した。


「ごめん! 後は宜しく!」


 決勝戦、加野の柄武に向けた最後の台詞は、図らずも昨年と同じ物だった。


 直後、自機に攻撃が命中し、筐体内のモニターが爆炎と共に撃墜される加野機を表示した。


「……ま、こんなもんかね」


 しばらく画面を見つめた後、加野は筐体内で一人そう呟いた。

 撃墜を悔しくないかと言えば、もちろん悔しい。だが、強烈な悔恨の情が浮かんで来ることはなかった。

 何も出来ないまま瞬殺された昨年と違って、持てる技術の全てを出し切った結果だからだろう。そう自己分析をした上で、加野は筐体の外に出るべく扉を開けた。

 後は、外の待機所、特等席で後輩を応援すればいい。

 加野は清々しい笑顔を浮かべたまま、自機のデータカードを取り出し、席を立った。

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