13.リソース温存が勝利の鍵(3)
「さて、いよいよだね」
これまでに無い熱気が渦巻く場内で、京輝が誰とも無く呟いた。
自分達の一回戦からそこそこの時間が経過し、柄武達は観客席にいた。
場内は満員だ。立ち見どころか、廊下のモニターまで人が群がってまともに見れないという盛況ぶりだった。
これから第一回戦で最も注目される時間がやってくるからだ。
一回戦の最後に現れるのは、ブレイブゲイルである。シード権の無い地方予選、今年も彼のチームは圧倒的な実力を見せるのか。当然のことながら、観客と参加者、双方の注目が集まっている。
「お、柄武。朝一緒にご飯食べてた子じゃん?」
加野が指し示すと、今朝方ラウンジであった外国人の少女が、チームメイトと談笑しながら筐体の前にやって来ていた。
「ほんとにブレイブゲイルの中の人だったんだな……」
「だから、嘘じゃないッスって」
「一回戦の対戦相手は、昨年ベスト8まで行ってるんですね。これはなかなかの好カードです」
柄武に言う水喜と、それを気にせず画面を食い入るように見つめる初佳。それぞれ態度に差はあれど、目的ははっきり共有していた。
一回戦でブレイブゲイルの実力を確かめなければならない。
順調に勝ち進めば、墹之上高校情報部がブレイブゲイルと対戦するのは決勝戦。それに至るまでの対戦を全て観察し、分析し、対策を立てなければならない。
昨年に比べて地区全体のプレイヤーのレベルがあがっていることもあり、今年はブレイブゲイルと良い勝負をするチームもあるだろう。それを利用しない手はない。
この場にいる参加者の全てが同じ気持ちだろう。一回戦を突破したプレイヤーは全員ギラギラした目で画面を見つめているに違いない。
「はじまりますね……」
「録画もしとくッス」
「頼む」
水喜が試合開始に合わせてスマホで録画を始めた。ネット中継を初佳の家のPCで録画したりもしているが、こういう時は、とにかく情報が必要なものだ。
場内が熱気と、不思議な沈黙に包まれる中、一回戦最後の対戦が始まった。
「来たぞ!」
会場内の誰かの声が聞こえた。
大画面に映し出された四機ずつ合計八機のGA。どちらのチームも空中で相手に向かって一直線に飛び出していく。
「こりゃあ、乱戦狙いッスかね?」
「だね。人によってはやりやすいからね」
「今年はブレイブゲイルも全員前に出るんですね……」
「一年、経ってるからな」
初佳の声には落胆の響きが含まれていた。ブレイブゲイルが昨年と同じく、たった一機でワントップというスタイルで大会に参加してくれるなら、かなり楽が出来る。
しかし、残念ながら世の中そう上手くはいかないようだ。
一年あれば、初心者でもそれなりになる。教える人間と教えられる人間の能力次第では、エースプレイヤーになるのも珍しく無い。例えば、柄武がそうだった。
大画面では双方のチームの機体が激突。水喜の予想通り、敵味方入り乱れての乱戦が始まっていた。
「やっぱり強くなってる。もう初心者じゃない」
「リーダー機はどれだろ?」
「……あれだ! 右上の画面に映ってるやつ!」
ブレイブゲイルのリーダー機を見つけたのは柄武だった。大画面の横に並んでいる個別のモニタ、その中の一番右上のものに全員の視線が集中する。
その機体は、非常にアンバランスな見た目をしていた。
殆ど骨組みだけの細い手足、不釣り合いな程巨大な上半身を持つ機体だった。
背負っているバックパックはボディを遥かに上回っており、シルエットの異常さをより際立たせている。
装備は右手に大型のライフル。左手には上半身を覆えるくらい巨大な円形シールドを持っている。シールドは回避主体のバランスになっているクロスティールでは割と珍しい装備だ。
また、背中のバックパックからは上下に二本ずつ棒状の突起物が存在していた。稼働するようだが、スラスターを内蔵している様子はない。何らかの武装が仕込まれているとは思うが、柄武には具体的な想像はできなかった。
「……あれは、『ピナーカ』だね」
しばらく観察してから、京輝がそう断言した。
「『ピナーカ』って、インドの会社の?」
ピナーカはインドの会社が制作、販売した超豪華GAだ。超火力、超高速で超強いという豪華仕様で、お値段も性能も凄まじいお金持ち向けの製品である。ちなみに全体のステータスが高すぎて、そのままの状態だと大会のレギュレーションに引っかかってしまうという色物でもある。
「大分見た目が違ってないッスか?」
水喜の言うとおりだ。柄武の知る『ピナーカ』は全体的にマッチョな外見をしている上に、通常のGAより一回りは大きい代物だったはずだ。
「以前、『ピナーカ』を限界まで分解した映像を見たことがあるよ。ジェネレーターとフレームだけになるとあんな形だったな」
「でも、『ピナーカ』の改造機だと、大会参加のシステムチェックに引っかかってしまいませんか?」
初佳の質問に頷きつつも、京輝は落ち着いて自身の見解を述べる。
「どこかのスペックを徹底して犠牲にしているんじゃないかな。見た感じだと、装甲かな」
「確かに、シールドで受けれなかったら脆そうだねぇ」
京輝の言葉に同意する加野。たしかに装甲は薄そうだ。
「シールド以外の場所に当てられますかね、あいつの?」
「…………」
情報部の誰も、柄武の疑問に答えられなかった。
ブレイブゲイルのリーダー機は単純に、純粋に、上手かった。
柄武もこの一年間でそれなりの実力になり、立ち回り次第では県内でもトップレベルに位置するくらいには自惚れてもいいと思っている。
情報部の他の面々も、程度の違いはあれど自分の実力にそれなりの自信はあるはずだ。
その全員が、ブレイブゲイルのリーダー機のプレイを前に言葉が出なかった。
水喜や加野のように派手な機動が目立つわけではない。初佳のように難しい射撃を決めるわけでもない。当然、柄武のようなプレイスタイルとも一線を画す。
単純にプレイヤーとしての腕前が素晴らしく高かった。
乱戦の中で何が起きているのかを正確に把握し、無駄なく動き、無駄なく攻撃をする。過不足無くそれを行っているだけだが、それだけでリーダー機には他のプレイヤーとは違うものが見えているのがよくわかった。
「圧倒的ですね」
柄武は率直な感想を口にした。
情報部の面々が、それぞれ答える。
「当たるのは決勝だ。それまでに何としても対策を立てないとね」
「た、対策ッスか……」
「あの乱戦で隙がなさ過ぎますよ……」
「柄武、どう思うさね?」
「……リーダー機以外なら、何とかなりそうですね」
「うん。そこを突破口に、色々考えてみよう」
画面から目を離さずに、京輝が言った。
試合は当然のように、ブレイブゲイルの勝利に終わった。
対戦相手は健闘したが、リーダー機が戦場を支配していたのは誰の目にも明らかだった。




