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13.リソース温存が勝利の鍵(2)

 ステージ内の戦闘エリアまでは全機が自動誘導だ。

 墹之上高校情報部と『おかし工房』は同時にエリアに入った。

 最初に動いたのは、加野の機体だ。


「じゃ、予定通り行くよ!」


 その言葉と共に、加野機は一直線に地上へ向かった。そのまま柄武、水喜、初佳の三機の下方を低空で飛ぶ。


「さて、どう来るかな」


 加野の機動は、彼女にとって有利な地形で戦うための誘いだ。

 相手がそれを無視して四機全部で柄武達三機を相手にするようならば、加野には上空に上がってもらい、上手い具合に奇襲をかけてもらう。

 あるいは加野相手に一機差し向けてきたなら、そのまま加野には一対一で勝負して貰う予定だ。

 果たして、結果はすぐに出た。


「一機だけ、加野先輩の方に向かって行きます!」

「加野先輩、気をつけてよろしくッス!」

「あい、頑張るよ」


 一機だけ下降して来た敵機に動きを合わせつつ、柄武達から加野機の反応が離れていった。


「残りは針路を変えそうにないな」

「恐らく、このまま向かって来るかと」

「多分、美帆はウチを狙ってくるっス。残りを頼むっスよ」

「任せろ。俺も前に出る。名賀乃は援護を頼む」

「はい!」


 初佳の声と同時に加速する柄武機と水喜機。初佳が後衛、残りが前衛というわかりやすい形になった。


「紫陽、前に出て挑発してくれ」

「いいんスか?」


 訝しげな反応を返す水喜。ここで水喜が突出すれば、敵のリーダー機である美帆も合わせて出て来るだろう。そうすると、柄武が前に出ている残り2機とぶつかることになる。初佳の援護があるとはいえ、矢面に立つのは負担が大きい。


「別に一対二でやり合うわけじゃない。援護がある」

「……わかったっス。気をつけてくださいっスよ!」


 声と同時、水喜機は更に加速し、柄武の先を行く。

彼女が高速で鋭角的な機動を繰り返すと、すぐに相手も反応した。一機だけ水喜目掛けて飛び出す機体があった。

間違い無い、あれが美帆の操るリーダー機だ。

水喜機と美帆機はそのまま接触し、柄武達から離れていく。


「残り二機、こちらに向かってきますよ! 射程圏内もうちょい!」


 初佳の緊張した声が筐体内に響いた。


「よし、行くぞ!」


手早くタイマン勝負に入った加野。

 同じく、敵のリーダー機と一騎打ちを始めた水喜。

 残り二機を相手取る形になった柄武と初佳のコンビ。

 三箇所に別れた戦場で、墹之上高校情報部の戦いが始まった。

 

 ☆

 

 加野は目的地まで低空で飛んでいた。


「さてっ」


 小型タッチパネルに表示されたレーダーには加野を追って飛ぶ敵機の姿が見える。

 加野機は飛行性能が低いため、飛行速度は遅い。距離は目に見えて詰まってくる。

 それを承知の上で、加野はタッチパネルを操作してマップを呼び出す。自分の行く先が間違っていないことを確認。そして、口元に笑みを浮かべながら言う。


「はじめるとしますかねっ!」


 足下のペダルを踏み込む。一気に背中のスラスターが光を吹き出して加速。先程までいた場所に敵機の射撃が着弾した。


「敵の射程圏内、速度は向こうの方が上っ」


 右に左に、相手の攻撃を躱しながら、加野は自機を移動させる。


「見えたっ。おっとぉ!」


 直撃コースだった射撃を機体を左右に振って回避。敵機との距離は詰まっている。そろそろ、この機体の飛行能力では回避しきれなくなる頃だ。


「こっちの狙いはわかってるんだろ? かかってくるんだろうね?」


 後方を写している小型モニタに映る敵機に向かって、加野は語りかける。自身が不利な状況に追い込まれているにも関わらず、凶暴で攻撃性全開の笑みを浮かべながら。

 これは誘いだ。加野の行く先にあるのは、廃棄されたビル群。障害物だらけのフィールドで、相手の空戦能力を殺した中で戦うという作戦である。

 あまりにもわかりやすい作戦だから相手のほうもそれは察知しているはずだ。

 だが、向こうにはここで加野を無視して柄武達の相手をするという選択肢もあるはずだが、そちらは選ばないらしい。

 恐らくここに来るまでの加野の操作を見て、それほど時間をかけずに撃墜できると判断したのだろう。


「ま、今のところ、それは間違っちゃいないんだけどね!」


 敵機が加速、距離を更に詰める。回避機動をとりながら、何とか逃げる加野機。だが、距離は徐々に詰まっていく。画面内、ビル群はいよいよ目の前に迫ってくる。

 加野機がビル群に突入するかどうかという直前で、敵機は大きく動いた。


「来たっ。ミサァイルッ!」


 敵機は右手のライフルの射撃ではなく、背中のミサイルポッドからの一斉射撃を行った。ビル群に入る前に加野機に決定的なダメージを与えるつもりだ。

 発射されたミサイルは八発。高速飛行するそれは白い尾を引き、加野機に迫る。

 この攻撃は、これまで見せた加野機の性能では全て回避しきるのは不可能だ。そこまで見切っての行動なのは間違いない。

 だが、そんなことは加野にも良くわかっていた。


「かかったねぇ!」


 声と同時、足下のペダルを素早く操作。機体は加野の操作を忠実に受け取った。

 低空飛行を続ける加野機が更に下降。そのまま地面にぶつかる勢いだった。

 加野機を狙うミサイルはそれを追いかけ、そのまま直撃コースに入る。


 変化は、ここで生まれた。

 加野機の両足が地面についた瞬間、これまでに無い加速をしたのだ。

 地面に激突するかと思われた加野機が突然の急加速。それについていけないミサイルは、全弾地面に着弾し豪快に爆発した。


 会場の各所から、歓声が響いた。


 ☆


「よし、上手くいった」


 客席から見えるいくつかのモニターのうち、加野機を追っているものを見ていた京輝は小さく喜びの言葉を漏らした。

 京輝がいる観客席では周囲の観客が加野の突然の加速と回避に、驚きの歓声をあげている。


「おい、今のどうやったんだ?」

「わかんねぇ、地面にぶつかる瞬間加速したぞ!」

「スラスターでも隠してたのか?」

「いや、違うぞ、画面見てみろ!」


 爆発エフェクトが消えて、ビル群に入った加野機が画面に大写しになったことで、観客もそれに気づいた。

 加野機は、地面を高速で走っていた。

 それも、脚部についたローラーで。


「ローラーダッシュって、そんな古いもんで……」


 誰かの呟きに、京輝は苦笑と共に同意した。


 ローラーダッシュ。フライトユニットが登場する前まで、高機動GAを組む上で選択肢の一つとして必ずあがっていたパーツだ。

一応、フライトユニット登場後もしばらくは障害物の多い市街戦などではローラーダッシュを使うプレイヤーはいた。

しかし、ゲームのメインが空中戦主体になっていった上、フライトユニットの登場に合わせて高効率のスラスターが次々に登場した結果、いつの間にか表舞台を去ってしまったパーツである。

現在、市街戦ではフライトユニットとスラスターを使ってホバー移動するのが主となり、ローラーダッシュを見かけることはまず無い。


しかし、世の中諦めの悪い人間というのはいるものだ。

フライトユニット登場後も、ひたすらローラダッシュの改良に明け暮れて、既存の高効率スラスター並の速度とエネルギー効率を叩き出すことに成功した集団があった。

それが、弦切達である。

 彼らはクロスティール稼働時から、とあるロボットアニメのローラーダッシュを再現することに血道を上げていた社会人サークルだった。

 空中戦が主流になり、ローラーダッシュが誰も見向きしなくなった技術となっても、ひたすら趣味の道をひた走り、改良に改良を重ねていた。

 そしてある日、京輝がネットの片隅で公開されている彼らのパーツをたまたま見つけた。

 その性能に驚いた京輝は、迷わず弦切達と連絡を取った。そして先日、ローラーダッシュのパーツ一式のデータを受け取ったのだ。


 彼らの時間と技術の結晶が、目の前で動いている。


 使っている田中加野は、地上戦に限れば全国レベルで通用するプレイヤーだ。


「ここからが腕の見せ所だよ。加野」


 彼女なら、忘れられつつある技術と技能が、最新の技術と技能を凌駕する瞬間を見せてくれる。それを信じて、京輝は一人呟いた。


 ☆


「ヒャッハー!」


 筐体内で加野のテンションは最高潮に達していた。

 ビルや崩れた瓦礫の間を駆け抜ける爽快感がたまらない。京輝が徹底的に作り込んだ、ごつごつした見た目の脚部とローラーダッシュは十二分にその性能を発揮していた。

 今日がオンラインでは初お披露目、情報部のメンバー以外との対戦での使用は初めてだ。

想像していた通り、この機体の性能は目を見張るものがあった。

 その証拠に、先ほどまで上空から加野を狙っていた『おかし工房』の敵機はビルの間を縦横無尽に駆け回る加野機を補足し切れていない。

 フライトユニットのモードを市街専用のホバーに変更して加野を追撃しているが、遮蔽の多いこの環境では、旋回性能で勝る上に高速で移動している加野を追い切れないのだ。


 今この時、この状況に限って言えば、加野機の方が性能が上だ。


「後は、どうやって倒すか……」


 ビルの間を何度もすりぬけ、慎重に敵機と自分の位置を図りながら、加野は考える。

 相手の知らない戦術を持つことはそれだけで大きなリードとなる。決勝戦まで勝ち抜くためには、出来るだけこちらの手の内を見せない方が勝ちを拾いやすい。

 まだ一回戦だ。出来るだけ機体に搭載された切り札は温存しなければならない。

 有利な地形に誘い込むことが出来たなら、次は出来るだけ速やかに、効率よく撃破することが望ましい。

だが、今回の敵はちょっと手強い。

 そこで加野は戦術を組み立てようとして、


「ま、なるようになるさ!」


 深く考えるのはやめた。

 これまでの経験によると、自分は考えてから物事に挑むと失敗するケースが多いからだ。

 だから田中加野は、いつも通り、自分の感性の赴くままに、自機を走らせる。空中戦が主体となったこの時代に、かつてと同じように地上を駆ける。


「お、高度を取る気?」


 ビル群での追いかけっこで立ち位置が変わり、最早追いかける立場でいられなくなった敵機はホバー移動をやめて高度を上げた。加野と同じ土俵で戦うよりも、自分の得意分野で戦うべきだとようやく判断したらしい。

 敵機は斜めにそびえ立つ廃ビルの上から再び加野に向かって襲いかかって来た。獲物を見つけた猛禽類のように急降下を加野機目がけて敢行。


「ほい、と」


 加野はローラーダッシュのターンを駆使して、巧みに廃墟の影に入ることでそれを軽くいなしていく。

 最初の一方的に追われるだけの展開に比べれば、状況は大分改善した。上空から襲いかかる敵と、それを躱してたまにショットガンで反撃する加野。観客からは互角の戦いに見えているだろう。


「……そろそろ決めちゃっても良さそうだね」


 不適な笑みを浮かべながら、加野は自身の中で確信めいたものを得ていた。

 加野が相手をしている『おかし工房』の機体に、これ以上の隠し球は無さそうだという確信だ。

 今の状況で一番警戒すべきは、敵がこれまでに見せたことのない戦術を使うことだ。だが、一進一退の攻防を続けながらも相手にその様子は無い。


「高性能な機体に、高性能なプレイヤーが乗ってるだけ!」


 思い切って、加野は自身の結論を口にする。

 その程度の実力で、多少高いところに陣取っているだけで、自身の優位性が確保されると思って貰っては困る。

向こうにはそれを身をもって味わって貰わなければならない。


「これでどうよ!」


 掛け声とともに、引き金を引いた。

狙いは急降下直前の敵機。距離があるが、加野機が両手に持つ大型ショットガンなら何とか射程内だ。威力は落ちるが牽制としては十分。

 案の定、敵機の動きが一瞬止まった。これまで敵機の攻撃は全てギリギリのタイミングで回避してきた。おかげで向こうは、加野を回避の苦手なプレイヤーだと思ってくれていたようだ。

 出鼻をくじかれた相手は降下してこない。ビルの間に高度をとって様子見の構えだ。

 そうして生まれた時間を利用して、加野は機体を縦横無尽に走らせる。それこそ敵の視界から消える勢いで。


「よし、今だ!」


 双方が寄りかかるように倒れている二つのビルに回り込んだ瞬間、加野は足下のペダルと手元のボタンを操作。ビルの影に潜り込む。

 敵機は自分を見失ったはずだ。レーダー上では、すぐ近くにいることがわかるだろうが画面上ではビルの影になって補足できない。

 何より、加野が高度を上げて来ることを想定していないだろう。

 勝負に出るならば今だ。そんな加野の意志を受けた機体は、これまでに無い挙動を始めた。

 翼の折りたたまれた背面のフライトユニットが再び展開。フライトユニット稼働で地面から脚が離れると同時、スラスターを一瞬だけ噴射させ、一気に姿勢を変えた。

 そして、大きく角度を変えた加野の機体は、再び地面を踏みしめる。


この場合、踏みしめたのは、地面ではない。

 斜めに傾くビルの壁面を地面代わりに、加野機は着陸した。


「ヒャッハー!」


 雄叫びと同時、フライトユニットを展開させたまま、ローラーダッシュを稼働させ、高速でビルを駆け上がる加野機。

 垂直の壁面だろうがローラーダッシュで駆け抜ける。フライトユニットの「とりあえず浮かぶ」機能を利用した、この機体の隠し球だ。

 大会のステージにこの廃墟があるとわかった時から、加野はこの場所を主戦場とすることに決めた。廃墟の中での立ち回りに特化した機能として、京輝がつけてくれたのがこの壁走りである。

 加野の機体はこれまで地上を走っていたのと同じく、凄まじい速度でビルを疾走。高層とはいえ、数百メートル相当の地面など一瞬で駆け抜ける。


「よっしゃ! ドンピシャ!」


 斜めに傾いたビルを登り切り、ジャンプ台のように飛びきった先には、敵がいた。

レーダー上で、敵も加野が高度を上げてきていることを把握出来ただろうが、どうやら状況を把握するよりも加野の動きが速かったらしい。


「食らっておきな!」


 敵機を補足。即座にFCSがロックオン。両手のトリガーを引き、大型ショットガンを連射。

 轟音と共に、加野の見ている画面内に凄まじい弾幕が生み出された。


「チッ。動いてた!」


 射撃を止めて、舌打ちする加野。敵もやるものだ、加野が目の前に現れた瞬間に操作を入れたらしく、奇襲射撃をまともに食らわずに済ませていた。

 敵機は大型ショットガンの射撃を直撃ではなく、五割程度の被害で済ませた。更に一瞬も迷った様子無く、高速で上空へ待避。


「上に逃げるのは悪く無い判断だね……。でも!」


 加野機の空中での速度は遅い。ここまでの経験で、ダメージを負って機動性が低下して尚、逃げ切れると判断したのだろう。

 だが、その判断が命取りだ。

 そもそも、加野が空中戦が苦手という自機の特性を把握していないわけがない。

 相手が不利を悟って上空に逃げるという事態を想定していないわけがない。


「決めるよ!」


 加野は、迷い無く手元のボタンを操作する。

 機体の背面、フライトユニットのついているバックパックが展開し、内部に格納されていたそれが露わになる。

 バックパックから出てきたのは、ロケットについているようないかにもソレっぽい形をしたブースターだ。

 少ないものの、客席から驚きの声が出たのが加野の耳に聞こえてきた。

 恐らく、クロスティールをそれなりにプレイした経験のある者達の反応だろう。


 加野機に隠されていたこのブースターは、見た目そのままのロケットブースターというパーツだ。

 通常のスラスターと違い、馬鹿みたいにエネルギーを食い、馬鹿みたいな速度が出て、馬鹿みたいに制御が効かない。

 加野の好きなパーツの一つだ。昔から色々やっているが、未だに一直線に動かすことしかできないというとんでもない代物である。

 使い道がごく限られるパーツだが、これを載せて点火すれば大抵のフライトユニット付きのGAの速度を軽く上回ることが出来る。


 加野は空中戦の不得手な自機に、あえてこのパーツを組み込んだ。

 主な用途は緊急離脱。そして、今のような敵機に追撃を仕掛けるためだ。


「とどめだよ!」


 両足のペダルを踏み込むと同時、ロケットブースターが点火された。

 機体が冗談のように加速した。観客からは加野の機体がロケット花火の点火のように動いて見えたことだろう

通常のプレイでは体験することの無いような速度だが、加野にとっては見慣れた光景だ。

 被弾してのろのろと飛び去ろうとする敵機まで一直線のコースを加野機は既に確保していた。

 敵機に追いつくまで数秒。向こうも加野の接近に気づいたのか、慌てて方向を変えた。だが遅い。加野機の瞬間的な速度はダメージで機能低下している機動を遙かに上回る。

 加野は相手を射程内に捉え、ブースターを停止。スラスターで姿勢を制御すると、優秀なFCSが機体の動きに合わせて目標をロックオンした。


「さよなら!」


 タイミングを誤らず、トリガーを引く。連射される両手に持った大型ショットガン。今度は狙い違わず、猛烈な弾幕に敵機が包み込まれた。

 そのまま敵機は爆発四散した。後に残ったのは、放物線を描いて地上に戻っていく加野機の姿だ。


 ひときわ大きな歓声が、場内に響いた。

 加野の勝利だ。


  ☆


 柄武の得意技は逃げることだ。

 逃げに徹した柄武は、上手くすれば水喜と初佳と加野のトリオから五分間以上逃げ続けることが出来る。少なくとも、逃げ足だけに限れば日本有数だと部内では評判だ。

 今、柄武はその実力を存分に発揮していた。

 初佳とコンビを組むと言うことは、基本的に前に出て囮となり、彼女の援護を受け続けるということだ。

 つまり矢面に立つわけである。


「うおお! あぶねっ!」

「ちょっと先輩! こっちに敵を近づけないで! もうちょっと距離をとって!」

「無茶いうな! こいつら強いんだから! 紫陽みたいにはいかん!」


 一機に追い掛けられながら、初佳機に接近しようとするもう一機に牽制のライフルを連射しつつ、柄武は音声通話で叫んでいた。


「っ。引き離した! 離れろ!」

「言われなくても!」


 即座に距離を取る初佳機。離脱しながらも、ロングライフルで敵機に狙いを付ける。狙うのは、柄武の攻撃で離脱して方ではなく、柄武を追い掛けてきた敵機だ。


「不用心ですよ!」


 芸術的なまでの逃亡を見せる柄武に必死に追いすがっていて、初佳機に注意が向いていなかったらしいその敵機は、下半身に直撃弾を受けて目に見えて機動性を失った。


「よっしゃあ!」


 柄武が吼える。獲物と猟犬の立場が逆転した瞬間である。

 反転した柄武機が背中のバックパックからミサイルを放ちつつ、右手のライフルを連射。

 容赦無い攻撃は何とか逃げようとする敵機に降り注ぎ、全身にダメージを与えた。


「やったか!」


 柄武の言葉が聞こえたかのようなタイミングで爆発のエフェクトの中から、敵機が飛び出して来た。

 ダメージを受けているとは思えない身軽な動きだった。


「何だと!」


 一瞬で柄武機に迫る敵機。その姿は、先程までより若干スリムになっており、


「リアクティブアーマーかッ!」


 柄武は相手が何をしたのか理解した。


 装甲自体が爆発してダメージを相殺する、現実にも存在する装甲だ。このゲーム内では一度だけダメージを大幅に減らすパーツとして実装されている。

どうやら敵機は上半身をリアクティブアーマーで覆っていたらしい。たった一度の効果しか期待できない装備だが、この状況では効果的に作用したと言えるだろう。


爆炎の中から身軽になった敵機が一直線に突っ込んでくる。速度は速く、両手にはブレードを構えている。


逃げ切れないな。


そう思いながらも、柄武は反射的にレバー操作しペダルを思い切り踏み込んだ。スラスターを吹かして回避に入る。が、やはり距離が近すぎる。


 柄武が大ダメージを覚悟した瞬間。救いはもたらされた。

 目前に迫った敵機が、上空からの連射に打ち抜かれた。


 ☆


「危ないところでした……」


 言うまでもなく、撃ったのは初佳である。望遠モードで表示された小型モニタ内では、爆発炎上して墜落していく敵機と、無事な柄武機が確認できた。


「すまん、助かった」

「全く、油断大敵ですよ」


 口ではそう言うが、柄武は十分よくやってくれている、と初佳は思う。初佳にとって最高のパートナーは水喜なのは間違いない。しかし、何年もずっと組んでいるコンビと同じレベルの連携を柄武に要求するのは流石に無茶だ。

 その点を踏まえて考えると、今回の柄武とのコンビは十分以上によくできている。水喜と動きの癖が違うため射撃のタイミングを図るのに手間取ったが、その最中で柄武なりに敵を初佳の狙撃しやすい場所に誘導しようとしているのも伝わってきた。

 そもそも、『おかし工房』のメンバーを二人同時に相手にして持ちこたえることの出来るプレイヤーというだけで、静岡県内ではなかなか望めないレベルなのだ。


 このチームなら、きっと決勝までいけるはず……。


 心の中で、密かに初佳はそう思う。あとは自分も頑張るだけだ。

そんな思考に気を取られていた時だった、


「おい、名賀乃! 動け!」


 緊張を含んだ柄武の声が、筐体内に響いた。


「しまっ……!」


 油断した。一瞬だが、ゲームから気を逸らしてしまった。

 直前に柄武が追い散らしてくれていたもう一機が反転して、初佳に攻撃を仕掛けていた。回避行動に入るが、相手の方が圧倒的に早い。回避しきれずライフルが何発か命中する。

 ダメージを受け、機動性の低下した所に敵機は更に追撃をかけようとする。初佳は何とか立て直そうと、機体を敵機に向けようとする。

 そこで、再び柄武から通信が入った。


「反撃しなくていい! 全力で逃げろ!」

「……はいっ!」


 返事をするなり、初佳は迷わず機体を全速力で加速させた。相手に背を向け、逃げる。

 逃げる方向には、柄武の機体がある。

 敵から逃れると同時に、味方に援護をして貰う動きだ。打ち合わせ無しで動いた初佳に、柄武は行動で答えた。


 ☆


「今だ!」


 素早くスイッチを操作。そして機体に隠されていた機能を解き放つ。


 柄武の機体は背中に巨大なランドセルを背負っている。フライトユニットの翼が飛び出た、随分不格好なランドセル姿だ。

 この背面のユニットは見た目通りのランドセルである。ただし、中に入っているのは教材の類ではなく、柄武が対戦相手に合わせて選択した特殊兵装だ。

 柄武の機体のコンセプトは、相手に合わせて戦法を変えるマルチロール機。背中のランドセルは、見た目で相手に戦法を悟らせないためのものだ。

 軽い爆発エフェクトと共にランドセル状の装甲がパージされた。


 今、第一回戦で柄武が選んだ兵装が展開される。

 現れたの大きく二つ。

一つは、背中から出て来て両肩にマウントされた短砲身の大砲だ。こちらは、加野機が両手にマウントしている大型ショットガンを改造した物である。射程も弾数もオリジナルより減っているが、近距離で放てば威力は抜群。

そして、背面に現れたもう一つのパーツ。こちらも加野機の持つものと同じ。ロケットブースターだった。

一回戦で柄武が選んだオプションパーツは、加野機の兵装に近づけるためのものだった。


 その極意は、一撃離脱。

 加野がやったのと同じ戦法を、柄武は実行した。


「点火!」


 ロケットブースターの準備が整っているのを確認し、手元のスイッチをオン。即座に機体は反応し、冗談みたいな加速で飛び出した。

 向かう先は、逃げてくる初佳機の向こうにいる敵機だ。敵も柄武に気づいていないわけではないだろう。ある程度の距離まで初佳を追ったら、再び距離を取るつもりだった可能性が高い。

 しかし、ロケットブースターを使った柄武が接近する方が圧倒的に早い。

 柄武機の急加速に気づいた敵機は優秀なプレイヤーらしく、すぐに軌道を変えた。だが、既にエネルギーの半分以上をつぎ込んだ超加速を始めた柄武機から逃れるには遅すぎた。


「この距離!」


 両肩に展開した改造ショットガンの射程に入るなり、トリガーを引く。


「ヒャッハー!」


 加野への礼儀としてお約束の叫び声を上げると同時、両肩から猛烈な弾幕が展開された。しかし、撃墜には至らない。ゲームの仕様上、一撃必殺はできないようになっているためだ。攻撃力的に一撃必殺の打撃を受けても、途中でダメージにストップがかかり、代わりに機体性能が若干低下するようになっているのだ。

全身に損害を受けた敵機はダメージのエフェクトをまき散らしながら、攻撃を終えて通常の機動に戻った柄武から急いで離脱していく。エネルギーを大量消費した柄武では追い切れない速度だ。


「悪いが既に二対一だ。名賀乃!」

「はいっ!」


 柄武の声に初佳は即座に応じた。既に彼女は自分の距離を確保して、射撃体勢に入っていた。性能の低下した機体で、初佳の狙撃を避けるのはまず不可能だ。


「決めますっ」


 初佳の操縦方法は右手で照準、左手で機体制御だ。両手で細かく機体を制御する水喜や加野とは大分違う。

 素早く右手のスティックを使って照準を調整。緊張しているはずなのに、体はいつも通り動いてくれた。ここと思ったタイミングで、無意識に指がトリガーを引く。

 機体は構えたロングライフルを三発連続で発射。

 そのうち二発が命中。耐久力が残り少なかった敵機は制御を失い、ゆっくり落下しながら爆発した。

 

 ☆


「ふう……やりました」


 これまで何度もやってきた行為だが、やはり大会だと緊張するものだ。


「流石だな」


 画面内に近づいて来た柄武の機体が写り込んだ。


 流石なのはそちらです。


 何となく褒めるのは癪なので、そんな言葉を心の中だけで呟く。

 柄武が上手いのは逃げ足だけではない。彼は水喜のような空中機動や加野のような地上戦、初佳のような狙撃を、ある程度そつなくこなすことが出来る。

 どれも特化した実力を持つ三人に比べれば数段落ちる腕前なので、器用貧乏ともいえる。

だったら足りない所を機体性能で補えばいい。そんな考えで制作されたのが柄武の機体だ。

今回使ったオプションで加野の得意戦法を再現し、それが有効だったことが証明された。

 昨年の自分達よりこのチームは強い。ここまでの戦闘で初佳はそれを確信した。


「そうだっ。水喜ちゃんは?」


 大事なことを忘れていた。慌ててレーダーで位置を確認して、機体を向ける。


「どうやら、あっちも決着が近そうだ」


 既に水喜の動きを追っていた柄武から通信が入った。見れば、空高い場所で二機のGAが高速で交差する機動を描いていた。雲を引きながら高速戦闘を繰り広げる彼女たちは、部外者の乱入を拒んでいるように見えた。


「水喜ちゃん……頑張って」


 初佳の声に、水喜の返事は無かった。


  ☆


『あらあら! 逃げ足ばかり達者になったようですわねぇ!』

「ごちゃごちゃうるさいっスよ!」


 水喜と美帆、それぞれの機体がスラスターの軌跡を残しながら高速で場所を入れ替える。展開されているのは実に今時の空中戦だ。

 筐体内の水喜は両手と一〇本の指と両足を忙しく動かして、機体を独特の鋭角な機動で滑らせる。


 やっぱり強いっスね……。


 口には出さないが、水喜は冷静に美帆の能力を評価していた。

 美帆は水喜と同じく空中戦が得意なプレイヤーだ。地上戦、狙撃、逃げ足と、それぞれ別方面に特化している情報部の部員と違って、得意分野が同じなので実力が図り安い。

 彼女は以前より、かなり実力を上げていた。昨年秋頃は水喜の方が一枚上手だったのだが、今は互角くらいに感じられた。

 美帆もまた、仲間達と共にこの日のために練習に明け暮れていたのだろう。


 中等部から自動で進学した高校で部を立ち上げ、部員を集め、今日のこの日に備えた。なまじ一緒に活動していた分、そのことが容易に想像できる。

 きっと色々あったのだろう。一回戦で水喜達と当たることが決まった時、彼女は喜んだだろう。自分と対戦する機会を待ち望んでいたはずだ。

 今更、美帆に対して何か言い訳をするつもりは水喜には無かった。昨年の秋、墹之上に進学すると決めた時から自分のやっていることは自覚していた。

 そのことを完全に失念してしまっていたことは、心の底から申し訳無く思っている。土下座で許してくれるだろうか。真剣にそう思う。


 いや、土下座じゃ無理ッス。あの頑固者は勝負に勝った後じゃないと和解も出来ないっス。


 最終的に、水喜はそんな結論に至った。

 美帆機の放つ攻撃をかいくぐり、得意の鋭角機動を描きながら、水喜は自分が彼女に勝てるか自問する。

 美帆は強い。何年も一緒にいた仲間だ、プレイスタイルは熟知されている。間違いなく対策を練ってきているだろう。敵となった今、これ以上たちの悪い対戦相手はいない。


『どうしましたの! 動きにキレがありませんわよ! それとも、私に勝てないと悟って諦めでもしましたの!』


 わざわざ音声チャットでこっちに挑発をかけながらも、的確に水喜の針路を予測し、攻撃を仕掛けてくる。水喜も反撃するが、現状は美帆が有利だ。


「たしかに……これは厳しいッスね」


 機体性能では負けてはいないが、このまま普通に空中戦を挑んでいては押し負ける。


「仕方ない、始めるッス!」


 言うなり、水喜が再び両手両足を駆使した操作を始める。操作を受けて、再び高速機動を始める水喜機。


『なんですのっ!』


 水喜の筐体内に響いたのは、美帆の驚きの声だった。水喜の操作はこれまで通りの空中戦、高速機動なのは変わらない。違う機動パターンだ。

直線的な動きの連続が水喜の従来のプレイスタイルだ。当然、美帆もそれに合わせて対策をとってきている。

だが、その機動パターンが大きく変わったらどうなるか。『半年以上前の水喜のプレイスタイル』しか知らず、それへの対策だけを練ってきた美帆はどう思うだろうか?

その答えがここにあった。


『な、なんですの、この気持ち悪い動き』

「そこは同感ッスけどね」


 今、水喜が披露している機動パターンは墹之上高校で過ごした約一ヶ月で何とかものにしたものだ。遺憾ながら師匠は柄武。彼の曲線的な機動パターンを学び、自分のものに取り込んだ、水喜の新しい戦術だった。

 この動きに、自分をよく知る相手ならば混乱するだろう。そう思って作り上げた、対美帆用の戦法である。


「うちだって、何もしてなかったわけじゃないッスよ!」


 これまで水喜の頭を押さえていた美帆が、追い切れなくなった。ようやく水喜も同じ土俵で戦うことができる。本領発揮だ。

空中を自由自在、縦横無尽に飛び回る。一見無駄とも取れる空中機動に美帆の邪魔が激減し、戦況は一変した。


「悪いけど、ここで負けるつもりは無いッス!」


 鋭角な機動で接近、美帆がそれに対処すべく牽制を始めると、今後は柄武仕込みの曲線機動に移行。相手が追い切れないと判断したタイミングでスラスターを全開、機体は一機に加速した。美帆の知る水喜では見たこともないであろう接近戦を行う。


『まさか、近距離ですの!』

「この距離なら外さないッス!」


 水喜の機体には接近専用の武器は装備されていない。だからといって飛び道具が接近戦で無力なわけではない。右手のライフルをほぼ零距離で連射する。

 対する美帆は全身のスラスターを使って、緊急離脱。それでも回避はしきれず、かなりのダメージを負った。


 勝負の趨勢は決まった。

 二人の戦いを見ていた観客の殆どがそう判断を下すレベルのダメージだった。損傷による機能低下は高速機動戦ではそれほど致命的だ。

 だが、美帆はまだ諦めていなかった。


『そう来なくては、面白くありませんわ!』


 ダメージで機動力が落ちているにも関わらず、生きているスラスターを器用に使って、水喜機から距離を取る。途中で機体を転回させ、追撃する水喜機を見据える形で後退。

 ある程度、距離を確保した段階で美帆機は反撃する。


『躱して見なさい!』


 背中に背負っていた、二本の大型ミサイルを射出した。


「そんな大物、ウチに当たると思って……!」


 るんスか。という言葉は続かなかった。目の前の画面内で変化が起きていた。

 大型ミサイルが、ばらばらになった。表面の装甲が外れ、中から何か小型の物がばらまかれている。


「……ッ! 多弾頭ミサイルッ!」


 大型ミサイルからばらまかれた大量の小型ミサイルが、一斉にブースターを点火。数十のミサイルが水喜機に迫って来る。

 筐体内に響く警報音。レーダー上では、表示されたミサイルが、まるで壁のようになってこちらを目指して来た。


「……ッ!」


 ミサイルの軌道から水喜は美帆の攻撃の意図を読む。

 大量の多弾頭ミサイルの全てが水喜に直進してくるわけではない。恐らく、直接水喜目掛けて突っ込んでくるのは数発程度だ。残りは広範囲に広がって、水喜の回避機動を妨害し、近くで感知して初めて誘導を開始する設定だろう。

 ここで回避として選ぶ道は二つ。

 一つは全速力で後退し、ミサイルを回避しながら距離を取る方法。被弾のリスクは減るが、決着は遅れる。

 もう一つは、前進してミサイルを切り抜け、美帆機に接近する方法だ。リスクは高いが直接狙ってくるミサイルが少なければ回避仕切ることは可能だろう。なにより、回避しきった上で美帆に攻撃できれば、そこで決着できる。


 それらを一瞬で思考した美帆は、素早く決断した。


「受けて立つッス!」


 機体の全身からスラスター光が吹き出す。選択したのは前進だ。

 正面からこの挑戦を受けきらなければ、美帆との勝負に勝ったと自分は思えないだろう。

 ミサイルへのマーキングで画面が真っ赤に染まる正面へと、水喜は機体を前進させた。

 直接狙ってくるミサイルは少ないとはいえ、ミサイル全体の密度は低くない。近づけば誘導してくることを考えると、回避スペースはそう広くない。

 自身の知識と経験を総動員して、水喜は機体を機動させる。

 両手でレバーと各種機動を登録したスイッチを忙しく操作し、両足のペダルでスラスターを精妙に調節。全身のスラスターを小刻みに噴出させながら、機体はミサイル群の隙間を縫うように進んでいく。


 しかし、いかに水喜の操縦技術でも、回避しきれる物ではない。近くを掠めたミサイル数発が自爆した。

 爆発を察すると同時、水喜は両足のペダルを踏み込んだ。


「なんとおおおお!!」


 爆発のダメージを少しでも減らすため、最高速度で切り抜ける。大量にばらまかれたミサイルとはいえ、数に限りはある。全てを切り抜けるまで、数秒程度だ。

 そして、その短い数秒を、水喜は必死に駆け抜け切った。

 機体の各所に少なくないダメージを負い、一時的に機体性能を低下させながらも、水喜は美帆の攻撃を見事避けきったのだ。

 ミサイル群を抜けた先、そこには美帆機が見える。


『貴方なら、回避しきると思っていましたわ』


 水喜の筐体内に、美帆の声が響いた。

 ミサイル群を抜けた先、そこに来るのが最初からわかっていたかのように、ライフルを狙い澄ました状態の美帆機がそこにいた。


『私の勝ちですわ』


 その一言と共に、美帆機がライフルを連射した。

 

 ☆

 

ゲームとはいえ、攻撃が命中するときは不思議と手応えを感じることがある。何か学問的な理屈があるのかもしれないし、ないのかもしれない。とにかくそういう場面が何度かあるのは確かだ。

 ミサイルの雨を抜け出して、目の前に現れた水喜機に向かって射撃した時、間違い無く手応えがあった。


 美帆が機体に装備させた多弾頭ミサイルは、対水喜用の最後の切り札だ。水喜でも何とか回避できない、あるいは回避しても水喜を誘導するように仕向けてあった。

 どうやらミサイルは想定通りの性能を発揮したようだ。本当は撃墜仕切るレベルまで仕上げたかったのだが、水喜の実力を考えると、この成果でも十分すぎる。

 被弾しながらもミサイルを避けきって、予想通りの場所に現れたボロボロの水喜機。

 そこにライフルを当てるのは簡単だ。

 水喜は必死にスラスターを吹かせて姿勢を制御する。無情にも、武器を持つ両腕に美帆の攻撃が命中した。


 「次でトドメですわ!」


 撃墜には至らなかったが、一時的に両腕の武器を封じることが出来た。消耗が激しい水喜機はこれでもう丸腰同然だ。被弾で性能低下しているので、美帆から逃げ切れる道理も無い。

 美帆がライフルの追撃をかけようとしたその時、水喜機が動いた。

 地面に立って機体を支えることが出来るかどうか怪しい水喜機の細い足、それが正座するように折りたたまれたのだ。


「……なんのつもりですのっ!」


 美帆はライフルを連射。悪あがきなどさせる余裕を与えない。

 水喜機は正座の姿勢で、両膝を美帆に向ける。自身の被弾も、おかまいなしに。

 こちらに向けられた尖った両膝を見て、美帆の脳裏にある考えが閃いた。


「ッ! まさか! 大型ミサイル!」


『前から言おうと思ってたっスけど、対戦中にベラベラ喋るのは良く無い癖ッスよ』


 そんな言葉と共に、水喜機の両足が切り離された。

 折りたたまれて変形した両足は、足裏にあったスラスターを噴出させて、美帆機に向かって一直線に突っ込んでくる。

 ミサイルの速度はそれほど速くない。だが、この一連の攻防で、美帆機と水喜機の距離は通常よりかなり近い。

あれが通常の大型ミサイルと同程度の火力があるなら、回避しきれない。


「させませんわ!」


 自身にとって絶望的な連想を振り払い、機体を動かす。水喜への攻撃を中断し、機体を全力で回避させる。

 一発目、左脚が変形したミサイルを、すんでの所で回避。


「あといっぱ……!」


 言葉を言い切る前に、筐体内のスピーカーから爆音が響いた。音の発生源は背後から。

 今、回避したミサイルが爆発したのだと認識した時には、その爆炎に機体が包まれていた。

 ダメージを受けて、一瞬だけ機体が硬直した瞬間。

 二発目のミサイル。右脚が変形したそれが、美帆機に向かって突っ込んできた。


 回避する間も無く、大火力が直撃した。


 ☆


「……やったッス!」


 ミサイルの爆発と美帆機の爆発、二つの火球を確認して水喜は快哉の声を上げた。

 脚部変形大型ミサイルは、水喜の最後の切り札だ。実のところ、水喜の機体の脚は、ついている意味が無い。水喜は空中戦を主体としているし、地上戦になればホバー移動すれば脚部を必要としないためだ。そのため最初など脚が無いプランが存在したくらいだ。


 ところがある日、「脚がミサイルに変形して飛んでったりすると、相手の意表をつけるんじゃない?」というアイデアを柄武が思いつき、熟考の上で水喜が採用した。

 本来ならば決勝まで温存して、ブレイブゲイルとの対戦で使う予定の武器だ。

 しかし、美帆の実力が思った以上で、追い込まれた以上、使わざるをえなかった。

 残念なことに、この対戦で水喜の手札は全て切ってしまった。


「……勝ったみたいッスね」


 美帆の撃墜と同時に、ディスプレイに墹之上高校情報部が勝利したことが表示された。どうやら、自分の決着が最後だったようだ。

 味方は全員健在。周りの状況を気にする余裕はなかったが、自分ほど追い詰められてはいないようだ。『おかし工房』を相手に一機も欠けることなく勝利するなんて、これ以上なく幸先がいいと言えるだろう。

 集中しすぎて全身が熱く火照っている、頭がボーっとするが、その疲労が心地良かった。


「こんなんで、決勝まで持つんすかね、と」


 多少ふらつきながら筐体の外に出ると、そこには今の仲間達がいた。


「水喜ちゃん、大丈夫?」


 自分がふらついているのに気づいた初佳が一番最初に寄ってきた。


「いやー、見事に決まったねぇ」


 加野は心の底から、という形容がぴったりの笑顔でこちらに向かって来る。


「次の対戦まで休んだ方が良さそうだな」


 柄武も、水喜の様子を見て流石に心配そうだ。

 向かって来る皆に、大丈夫ッスよ、と言おうとしたところで、自分の前に立つ影があった。

 美帆だ。目に涙を溜めた彼女が目の前に立っていた。


「う……あの……」


 何か言おうとして、言葉に出来ない美帆に水喜は言った。


「楽しかったッスよ! また、やるッス!」


 今の自分に出来る、最高の笑顔を浮かべて、そう言ってやった。


「…………」


 赤い目をした美帆は、数瞬きょとんとした後、はっと思い出したように、


「も、もちろんですわ! 次は絶対に叩き潰してやりますわ! ……他の方々も覚悟してくださいまし!」


 もの凄い勢いで、水喜だけで無く全員に対してそうまくし立てた。それから若干うわずっているものの、落ち着いた声音で、


「必ず決勝まで行って、勝つんですのよ」


 まっすぐに水喜を見据えてそう言った。水喜は、彼女の言葉と心に答えるために、やはりまっすぐに見据えて答えた。


「もちろん、約束するッスよ!」


 本当の意味で、一回戦が終わった瞬間だった。

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