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13.リソース温存が勝利の鍵(1)

「……早く着きすぎたな」


 沼津市。クロスティールアリーナ内の展望カフェで、柄武は海を眺めながらコーヒーを飲んでいた。

 

 大会当日、墹之上高校情報部の面々は現地集合ということになっていた。水喜は初佳の家族と一緒に来て、京輝と加野それに柄武は別行動だ。

そんなわけで一人でやって来た柄武だが、思った以上に早く着いてしまった。

現在時刻は午前8時、大会開始まで2時間ある。余裕を持って行動するのは良いことだと思うが、やりすぎたようだ。


 幸い、大会参加者ならこの時間でも入場可能だった上に、今日は特別に展望カフェも早朝から営業していた。

 そんなわけで、柄武は一人で海を眺めながらコーヒーなど飲んでいるのである。


 今更ながら、場違いなところにいる気がする。

 しみじみと、そんなことを思う。


 クロスティールの大会が開かれるのは、世界各地に作られた、アリーナと呼ばれる施設である。アリーナはクロスティールをプレイする施設を盛り込んだ大型施設で、様々な店舗や施設が収容されている。

 ここ、沼津市のアリーナも、ゲームセンターに映画館、ショッピングモール等を収容した大型施設である。よくあるショッピングモールと違うのは、施設の各所にゲーム絡みの宣伝があったり、未来的なイメージといったデザインを感じさせるところだろう。


 都会とは言い難い地域に住んでいる柄武にとっては、親しみやすい環境ではないので、ちょっと落ち着かないのだ。


ちなみに今日の柄武は学校の制服姿だ。日本大会の学生の部に存在する慣例に従ってのことで特に意味はない。

いつの頃からか、日本では参加チームのメンバーが全員同じ学校の場合、学校の代表っぽく制服を着て出場するのが定番になっているのだ。

特に意味はなく、メリットといえば、友人や同じ学校の人間が見つけやすいくらいだ。むしろ制服を着て堂々とゲームセンターにいるということで注意されそうなものだが、今のところ問題になってはいない。


「どうしたもんかなー」


 暇を持て余しながらコーヒーをちびちび飲んでいると、声がかかった。


「そこのおにーさん、ちょっとお願いがあるんだけど」


 声の方向を見ると、そこに金髪の女の子がいた。


 透き通るような金髪。それが、見た瞬間、柄武に一番強烈な印象を与えたパーツだった。

 小柄な体躯に、小さいが造形の整った顔と、美しい金髪。ちょっと珍しいレベルの金髪美少女だった。白人の年齢は計りにくいが、恐らく柄武よりもかなり年下だろう。

 少女は幻想的という言葉がぴったりの微笑みを浮かべながら、柄武に話しかけて来た。


「おにーさん。聞こえないかな? 頼みたいことがあるんだけど」

「聞こえるけど。どうかした?」

「ちょっとこれの処理を手伝って欲しいんだ」


 そういう少女のテーブルの上には、巨大なパンケーキが置かれていた。

 でかい、無闇に積み上がったダイナミックなパンケーキである。あろうことか、そこにチョコレートソースやら生クリームやらメイプルシロップがふんだんにトッピングされている。

 なんというか、まるで食欲をそそらない食べ物だった。


「なんだそれ……。朝からそんなに食べるのか。アメリカ人か」


 アメリカ人に失礼な物言いをした柄武に対して、口を尖らせて金髪少女は反論した。


「ちがうよ。パンケーキがとても食べたくなったので一番大きいのを頼んだら想定外のが出てきただけだよ」

「自業自得じゃねぇか……」

「そこで、朝をコーヒーだけで済ませようとするお兄さんに手伝って貰おうと思うんだ。人助けだと思って頼みますよ」

「まあ、いいけど。あんまり食えないぞ」


 ここに来る前に軽く食べてきたが、それも一時間以上前のこと。開会までの時間を考えると何か腹に入れておきたいのも事実だ。

 そんなわけで、柄武は金髪少女の席にコーヒーを持って移動。


「はい、どーぞ」


 いつの間に用意したのか、予備のフォークを柄武に手渡し、金髪少女はさっさとパンケーキを切り分けて食べ始めた。


「……いただきます。てか、多すぎないか……」

「おにーさんの男ぶりに期待」


 勝手な期待はともかくとして、柄武も食べ始める。このパンケーキ、柄武一人が加わったくらいではとても食べ切れそうに無い量なのだが、このカフェの店員は金髪少女が注文した時に注意しなかったのだろうか。


「ねぇ、おにーさん、今日の試合の参加者だよね」


 パンケーキを切って口に運ぶという単純作業を止めて、金髪少女が言った。


「そうだけど?」


 言われて初めて気づいた。目の前の金髪少女も、今日の大会参加者なのだろう。この時間に、この年齢層の人間でアリーナにいる入れるのは関係者のみなのだ。


「やっぱりそうか。ねぇ、試合は楽しみ?」

「……楽しみ、かな」

「じゃあさ、じゃあさ、ゲームは楽しい?」

「楽しいな」


 二つ目の質問には即答した。さっきからこの子は何を言いたいのだろう、と思う。質問の意図が読めない。


「良かった。私と一緒だ!」


 そう言い放ち、満面の笑みを浮かべると、金髪少女は残ったパンケーキを一気にかきこんだ。体のどこに入る余地があるのかという量をあっさりと食べきってしまった。そして、


「試合であたっても、楽しくやろうね!」


 完食した後、満面の笑みでそう言い放った。


「うっぷ。ごちそうさまでした」

「手伝ってくれてありがとう。助かったよ。残すと悪いしね。そうだ……」


 と、少女が何か言いかけたとき、彼女の携帯が着信した。どうやらメールらしく、文面を読んだ彼女は残念そうにため息を一つ。


「ごめん。友達がついたみたい。行かなきゃ」

「いや、別に謝るほどじゃないけどな」


 少女は小さなバッグを手に立ち上がると、再び満面の笑みを浮かべて言った。


「それじゃあ、縁があったらまた試合で会おうね!」

「ああ、縁があったら」


 手を振って、少女が視界から消えてから、柄武はそれに気づいた。

 カフェの向こう、ちょうど、柄武の死角になる位置に、見慣れた集団がいた。


 ☆


 情報部の面々が、展望カフェにやって来た。


「洋ロリか」


 最初に口を開いたのは加野だった。


「さすが柄武だねぇ」


 しみじみと、京輝。


「せ、先輩そういう人だったっスか」


 なんか恐れおののきながら水喜が言ってる。


「大丈夫です。私の中の先輩の評価は変わりませんから!」


 それは元々の評価に問題がある気がすると、初佳の発言に突っ込みをいれそうになった。


「みんな、いたんなら何で教えてくれなかったですか。あと俺に対する印象操作は禁止! 禁止です!」


 抗議の声を上げる柄武。見ているだけとは趣味が悪い。前にも似たようなことがあった、せめて助け舟くらい出してほしいものだ。


「まあまあ、いいじゃないか。面白そうだから見守っていただけだよ」


 穏やかな笑みを浮かべながら、京輝はその一言で柄武の抗議をスルー。


「しかし、先輩。凄いっスね」

「なにがだ?」

「あの女の子が誰か、わからなかったんですか?」

「え、有名な子なのか?」

「…………先輩はどこか抜けてるっス」


 初佳と水喜が白い目で見てきた。


「ん? どういうことだ?」


 呆れたように溜息を一つついてから、水喜が教えてくれた。


「あの子、ブレイブゲイルのリーダーっスよ」

「はあ!? あの子が! 中学生くらいに見えたぞ!」

「名前は御堂優。たしか、先輩と同級生ですよ」

「一七歳! あれで? そんな馬鹿な……っ」

「柄武がわからないのも無理はないさ。あの子は取材を拒否して、雑誌や映像への露出が殆どないんだ。動画サイトの映像も削除する念の入りようでね」

「あの外見だからねぇ。取材殺到だったらしいよ。さぞ迷惑だったんだろうねー」


 三年生二人の説明で納得がいった。柄武が昨年の大会の情報に触れたのは割と最近だ、念入りに削除されたという御堂優の情報に辿り着けなかったのも無理もない。


「そうか。どおりで知らないわけだ。そうなると、俺が責められる謂れは無い気がするんだが」

「いや、去年、同じ会場にいた先輩達が知らないのはおかしいっス」

「敗北のショックで対戦相手のことなんて気にする余裕が無かったな……」

「気にしなさすぎですよ!」


 初佳の突っ込みを受けて、なんか申し訳無い気持ちになったので、とりあえず柄武は頭を下げた。


「あれが、倒すべき敵になるわけか……なんか、実感沸かないな」


 テーブル上の食い散らかされたパンケーキの皿と、優が歩き去った通路を交互に眺めてから、柄武はしみじみと言った。

 対戦相手としては強大でも、実際は幼い感じの高校生。去年の対戦時の印象と、先程パンケーキを前にしていた少女のイメージが重ならない。というか、あの女の子が、クロスティールをプレイする姿を想像するのが結構難しかった。


「決勝まで行けば、嫌でも実感するさ」

「それも、そうですね」


 京輝の一言に、頷く。それに、今はまだ見ぬ決勝戦より大事なことがある。


「とりあえずは、一回戦だな」

「ええ、負けられません」

「いきなり強敵だから、頑張らないとね」

「そうっスよ。負けられない戦いっス!」


 どうやら、全員士気は十分に高い模様。

「選手用の部屋にパソコンがあるらしいよ。そこで機体チェックでもしようか」

 京輝の言葉に続けて、柄武が言う。


「そうですね。準備してれば、すぐに時間だ」


 時計を見れば、思ったよりも時間が経過していた。

 開会まであと一時間。一回戦はすぐそこだ。


 ☆


 全国予選の開会式といってもそれほど大げさなものではない。

 ゲームのスタッフと、アリーナの責任者が現れて開催を宣言し、手早く予選が始まった。

 アリーナのイベントスペースには特別に観客席が設けられ、その中央に、四台ずつのクロスティールの筐体と観客用の大画面ディスプレイが設置されていた。

 また、会場の各所にも各プレイヤーの視点や観客視点に画面を切り替え可能なモニターが設置される等、観客への配慮がなされていた。


 今年の沼津アリーナの観客数は、朝一番から満員だった。

 これはクロスティールの変わらぬ人気のおかげだけでなく、昨年大暴れしたブレイブゲイルへの注目と、雪辱戦に燃える各チームの健闘を見込んでのことだろう。

 空調が十分に効いているはずなのに会場内は熱気に満ちていた。


 大会の一試合の設定時間は十分。時間内に全滅するか、数が少ない方が敗北のシンプルなチーム戦だ。


 試合が決着する度に、ギャラリーが沸き、会場の熱気は更に高まっていく。

 柄武達、墹之上高校情報部の出番は程なくしてやって来た。


 この試合が終わったら、というタイミングで会場内を移動する。試合開始までに筐体のある場所に用意されている待機場所にいる必要があるためだ。 

 待機場所にやってくると、眩しい照明と、観客席が柄武達を出迎えた。待機場所といっても試合会場。むしろ筐体内にいるよりも目立つ場所だ。


「あ、うちのクラスの人が来てるっすよ!」


 水喜と初佳が客席の一部を指さして、初佳と一緒に嬉しそうに手を振っている。会場には柄武のクラスメイトも何人か見物に来ていた。恐らく、京輝や加野の友人も来ているだろう。

 自作パーツを提供してくれた弦切は仕事の都合で今日はこれないらしい。

 村上鈴華の登場は、無事に明日の決勝まで駒を進めることが出来たらやって来る。


 一際大きな歓声が響き渡り、直前の試合が終わったことを示した。

 待機場所で待っていた柄武達がスタッフに案内される。後は、筐体の軽い清掃が終われば、試合開始だ。


「お、京輝見つけた」

「なんか、申し訳無いですね。せめて待機所に入れればいいのに」

「客席で言いって言うんだから仕方ない。試合の結果で、京輝先輩の頑張りに報いよう」

「そうっス! 部長の分も頑張るっス!」


 清掃が終わり、スタッフが各筐体へ入るように促す。

 柄武の視界の先、対戦相手の『おかし工房』の面々が目に入った。

 メンバーは全員女性で、先日会った最奥美帆もいる。彼女は一瞬だけ水喜を睨み付けてから、無言で筐体内に入っていった。


「紫陽、話すなら終わった後だぞ」

「わかってるっス」


 視線を受けて一瞬だけ立ち止まった水喜は、柄武に答えてから筐体へ向かう。

 そして、入る直前、思い出したように柄武に向かって言った。


「絶対に負けたくないっス。先輩、あてにしてるっスよ」


 そう言い残し、筐体に入る水喜。その背中に柄武は言った。


「大丈夫だ。負けるつもりはない」


 第一回戦。一年生の因縁の相手、『おかし工房』との戦いが、はじまる。

 

 ☆


 関係者とはいえ、試合に参加しない京輝は観客席からの観戦である。

 これが全国大会ならば専用の控え室でもあってそこからの観戦になるのかもしれないが、地方予選ではそうもいかない。事情を話せば待機所で観戦もさせて貰えるだろうが、大分目立つので恥ずかしいというのもある。

 観客席という境遇に特別不満はないので、京輝は客席の後ろから、立ち見で大画面のスクリーンを見つめていた。


 周囲からは時々、情報部の誰かを応援する声が聞こえたりするし、京輝のことを見つけたクラスメイトが隣までやって来て、一緒に観戦を始めていたりもする。意外と悪く無い雰囲気である。

 既に情報部の仲間達は筐体に入り、試合開始を待つばかり。

実際に操作するわけでもないのに、京輝も緊張していた。


「おい、はじまるぜ」


 誰かの声が聞こえた。見れば、スクリーンの表示がチーム名の対戦表示から、ステージ全体へと切り替わっている。

 双方のチームの機体が空中の巨大戦艦のカタパルトから次々と打ち出されていく。大会用の演出だ。

 そして、この時初めて、観客にはプレイヤーの機体の外観が明らかになる。


 墹之上高校情報部の面々の機体が画面に映り、観客から感嘆の声が漏れるのを確認して、京輝は一人、悦に入った。

 今回の加野のデザインは実にシンプルなものだ。容量が足りないこともあり、飾り付けは殆どせずに、線を少なめにした品良くまとまった外装を取り付けた後、白を基調としたカラーリングに塗り上げた。

 ごてごてとした力強さではなく、無駄なくまとめた機能的な美しさを感じるラインに仕上がっている、と京輝は評価している。


 頑張っているのは、見た目だけじゃない。

 外見以上の能力を、部員たちの白い機体は秘めている。

 それを今から全員で証明してくれるに違いない。


「頼んだよ。みんな」


 戦闘領域に向かって飛翔を始めた仲間達に向かって、京輝は一言、声をかけた。

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