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12.決戦前のセーブポイント

「やっぱり忘れてる。・・・・・・取りに戻るか」


 ゴールデンウィーク直前。つまり大会前日。時刻は夜八時。自室にて、柄武は忘れ物に気づいた。


「参ったな。取りに行かなきゃ」


 クロスティールの専用筐体でプレイする際には、今ではあまり見かけなくなったMOのような専用ディスクに自身の機体データを入れて使う。ディスクと行っても中身は光学ディスクではなく、メモリになっている。なんでも、もっと小型化できるのだが雰囲気を出すためと紛失防止のために、大きめのサイズになっているらしい。

 柄武が忘れたのは明日の大会で使う機体データの入ったデータカードだった。


 気づいて良かった。大会前に最終チェックをしようと思わなかったら、明日は手ぶらで沼津市の会場に行ってしまうところだ。

 今日も初佳の家で、機体の調整を少し前までやっていた。そのままいつも通り帰宅したので、いつも通り初佳の家にデータカードを置いてきた可能性が高い。


「確認するか・・・・・・」


 初佳にメールを送ると、すぐに返信があった。


『先輩のデータなら、家にあります。明日、会場に持って行きましょうか?』

「・・・・・・・・・・・・」


 即座に「頼む」と返信しかけたが、メール送信直前で柄武の手が止まった。

 出来ることなら、家で自分の機体の最終確認をしたい。明日は大事な日だ。現地に着いてから何かに気づいても遅い。

 不安を解消するためにも、取りに行くべきだろう。

 そう結論した柄武は、改めてメールを作成して送信。


『今から取りにいってもいいか? データをチェックしたい』


 返事はやはり、すぐに来た。


『大丈夫ですよ。実は、加野先輩と水喜ちゃんも明日のことが気になって、こっちでデータをチェックしてるんです』


 皆、似たようなものだ。何となく苦笑して、柄武は出かける準備にかかった。


 ☆


 柄武の家から初佳の自宅まで、自転車で10分程度なのですぐに到着した。柄武達がいつも利用している離れはカーテンが閉じられているものの、明かりが点いている。初佳のメールにあったとおり、情報部の女性陣が揃って作業しているのだろう。

 柄武はいつも通り玄関から入り、いつも通り作業部屋のドアを開けた。


「あっ」


 何故か、下着姿の初佳がいた。


「・・・・・・なるほど。これが隠れ巨乳か」


 重要な事実が判明した。

 普段意識しなかったが、なるほど確かに加野ほどではないが、初佳の胸部は十分なふくよかさを持っており。分類的には巨のサイズだった。


「なにを冷静に観察してるっスか!」

「とりあえずドアを閉めな!」

「ひっ・・・・・・ひぐ」

「ああっ。初佳が涙ぐんでるっス!」

「う、うわああ!」


 初佳と一緒にいたジャージ姿の加野と水喜の叫びで我に返った柄武は、慌ててドアを閉じた。


 数十秒後、とりあえず柄武は土下座した。


「申し訳ありませんでした!」


 柄武が土下座している相手は、加野達と同じく学校指定のジャージ姿の初佳だ。その後ろの加野と水喜は微妙に冷たい目をしているが、初佳本人は着替え終わって以降、完全に無表情となっており、その思考は全く読めない。


「・・・・・・柄武先輩」

「はい」


 無感情な声が、柄武の頭上から降り注ぐ。


「次からは、ノックを忘れないで下さい」

「はい・・・・・・え、終わり?」


 一発ぐらいグーで殴られるのを覚悟していた柄武としては意外な展開だった。

 顔を上げると、何やら複雑な表情をした初佳がいた。


「はい終わりです。次があったら怒りますけど」

「いや、こんなギャルゲー紛いのイベントなんて、俺の人生で今後起こりえないと思うけど・・・・・・」

「ともかく! この話はこれで終わりです! 明日は試合なんですから、余計なトラブルは無しです! なし!」

「あ、はい」


 何やら釈然としない柄武。見れば、ニヤニヤしてる加野と疑問顔の水喜がこちらを見ていた。


「まあ、元はといえば、柄武が来るからって慌てて着替えだした初佳が悪いわけだし」

「なんでパジャマのままじゃ嫌だったんスかね?」

「そこっ、余計なこと言わない!」


 何やら柄武にはわからない事情があったようだ。深読みすると、色々と大変そうなので、とりあえず柄武はこの件に関しては追求しないことにした。


「それで、俺のデータカードは?」

「あ、これっス。駄目っスよ、先輩。大事なものっス」

「全くだ。明日、忘れてたら全てが無駄になるところだった」


 データカードを受け取り、それが自分のものであることを確かめる。間違いない、この中に、この一か月間の成果が詰まっている。


「ま、ちょうどよかったんじゃない?」

「?」


 柄武が疑問符を浮かべた時、部屋のドアが開いた。


「ちょっと買い物をしていたら遅くなったよ。うん、全員揃っているね」


 その手にコンビニの袋を持った京輝が現れた。


「加野、僕のコーラを頼む。皆の分はこれでいいかな?」


 そう言って、袋から紅茶やらクッキーを取り出す京輝。加野は冷蔵庫から瓶コーラを取り出すと、栓を抜いてから京輝に渡した。


「はい、柄武にもコーラ」

「あ、どうも。それで、なにかやるんですか?」

「実は、柄武先輩からメールが来た後に、せっかくだから全員で集まろうって話になりまして」

「明日は忙しいだろうから。ゆっくり話せるのは今くらいだろうしね」

「違うっスよ。部長」

「違う?」

「明日と明後日、両方忙しいっす!」


 クロスティール全国大会、静岡東地区予選は二日間の日程だ。明日は一日かけて準決勝まで消化。明後日は決勝戦と三位決定戦のみのスケジュールになっている。


「確かに、明後日まで忙しくないといけないねぇ」

「まずは明日の一回戦、美帆達に勝たないとです」

「そうだね。僕は実力的に大会には出れない。けど、今日まで出来るだけのことはやったつもりだ。皆はどうかな?」

「ベストは尽くしたっス」

「私もです」

「後は明日と明後日だねー」


 三人の後、なんと言おうか迷った柄武だが、そのままの感想を口にすることにした。


「出来る限りのことは、やったと思います」


 本当に、出来る限りのことをやったと思う。

 昨年、ブレイブゲイルへの再戦を京輝と加野の三人で放課後の部室で決意してから、可能な限りのことをやった。

 京輝にプログラミング等の技術的なことを教わりながら、プレイヤーとしての技術を磨き続けた。

勝つための機体を組み上げるため、見ず知らずの大人達とも知り合った。合間にバイトをして、クロスティールのパーツをかき集めたりもした。

時間をかけて、加野は水喜と初佳という素晴らしいチームメイトを見つけて来てくれた。


 四月に入り、一年生二人が合流してから今日まで、可能な限りの時間を、明日の大会のためにつぎ込んだ。


 全ては、村上鈴華という先輩のため。残された者の未練がましい感情からの行動だ。

偶然からだが、柄武は一度切れた縁を再び取り戻す機会を得ることに成功した。

その機会を掴むためには勝ち進まなければならない。


 それに、水喜達のこともある。一回戦の対戦相手『おかし工房』は彼女たちの古巣だ。抱えている事情は違うが、チームメイトの力になりたい。口にこそ出さないが柄武は素直にそう思っていた。


「頑張りましょう」


 思わずそんな言葉が出た。


「勿論っスよ!」

「簡単に負けるつもりはありません」

「やれるだけやるさー」

「僕も出来ることがあれば、やるつもりだよ」


 それぞれの言葉で、柄武の言葉に同意する。


「さあ、明日は早いけれど、せっかく買って来たんだから、片付けてしまおう」


 そう言って、にこやかにコーラを飲み始める京輝。それを見て、和やかなムードで雑談が始まる。

 大会前日、最後の夜が過ぎて行く。

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