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10.終盤にイベントは集中するもの

「うぅ……。うちは最低っス……」

「まだ凹んでたのか、お前……」


 休み明け。月曜日の昼休み。ここのところ放課後に利用されることの少ない情報部の部室だが、昼は部員達が昼食を食べるために集まるのが通例になっている。

 そんなわけで、柄武はいつも通り弁当片手に部室にやって来た。そうしたら、何やら水喜が一人で頭を抱えていた。


「そりゃあ凹むっスよ……。うちが自分のことしか考えて無くて、今が楽しければ昔のことなんてさっぱり忘れちゃうクズい性格をしてますってのを自分で証明してしまったようなものじゃないっスか……」

「いやまあ……」


 危うく、「確かにそうだ」と同意してしまいそうになった。それでは色々と終わってしまう。絶対に選んではいけない選択肢だ。


「そういえば名賀乃は? 同じクラスだろ?」

「初佳はお弁当無いから購買に行ってるっスよ。多分、もうちょっとかかると思うっス」

「そうか……」


 困った。この状態の水喜の相手をするのは、柄武には少々荷が重い。初佳か加野のどちらかがいれば良いのだが。


「京輝先輩達もまだ来ないしなあ……」

「うふふ……昨日のうちの姿にドン引きで、見捨てられたっスかねぇ……」


 なんか目のハイライトが消える勢いで落ち込む水喜。ちょっと気の毒なので何とかしたほうが良さそうだ。とはいえ、三年生も来そうにないし、一人で相手をするしかないのが問題だが。


「いいか、紫陽。冷静に考えてみろ」

「うちは十分冷静っスよ。昨日からね……」


 これは重症だ。ちょっとくじけそうになったが、実力的に情報部のエースプレイヤーである彼女がこの状態なのはとても不味い。

 彼女をこの状態に追い込むことが最奥美帆という女子の目的なら見事な成果だと言わざるを得ないが。


「つうか、お前、まだ昼食べてないだろ。腹減ってるとマイナス思考になるらしいぞ。ほら、コーラやるからとりあえず昼食べよう、な」

「気持ちは嬉しいけど、お弁当とコーラの食い合わせは無いっスね」


 そう言いつつも、柄武が冷蔵庫から取り出した瓶コーラを力の無い笑顔で受け取る水喜。とりあえず、話をするくらいは出来そうだ。

 柄武と水喜、二人で弁当を広げての食事という珍しい状況の中、会話が始まった。


「なあ。そもそも紫陽は気にしすぎだと思うぞ」

「そんなこと無いっス! むしろ気にしなさすぎっスよ! 初佳も「それはないよ!」って言ってたっス」


 名賀乃め、余計なことを。心の中でそう舌打ちしつつ、柄武は何とか話をつなぐ。


「あのな。そもそも紫陽は部の方針に合わないと思ったから辞めた。いっちまえばそれだけだろ? そんなの良くある話じゃないか」

「そうかもしれないっスけど……」

「去る者は追わずと言うし、ここは昨日の子のことは……」

「でも、先輩達も、去った鈴鹿先輩を全力で追いまくってるっスよね」


 墓穴だった。どうしよう。


「あれは、俺達も鈴鹿先輩も、心の整理が着かないままだったからだ」

「心の整理っすか……?」

「こんなのおかしい、納得できない。そう思ったから行動しただけだ」

「美帆も……そうなんすかね」

「まあ、多分な」


 昨日の話からすると、水喜達は彼女に一言も相談せずに進学先を変えた可能性があった。納得いかないどころではないだろう。そこらへん、つつくと怖いから追及はしていないが。


「うちはもう、済んだことだと思ってたっスけど、美帆は全然納得してなかったんスね」

「そんな印象を受けたな」

「柄武先輩、こんな時、先輩だったらどうするっスか?」

「知らん」

「なっ。酷いっス! 今のは先輩らしく、真摯な対応をする場面っスよ!」

「俺はお前じゃない。昨日会った美帆って子のこともよく知らない。紫陽達の間にあったことも、ちょっぴり話に聞いただけの部外者だ。だから、自分だったらどうするか、なんてことはわからない」


 それが柄武の正直な答えだった。この問題は水喜達のものだ。柄武には判断できない要素が多すぎる。


「…………」

「なあ、紫陽。逆に聞くぞ。あの子のことをよく知ってるお前なら、どうすればあの子が納得できると思う?」

「美帆を納得させる方法……」


 目の前で、水喜が頭を抱えて考え込む。だが、割とすぐに、何かに気づいたように顔を上げ、水喜は言った。


「あるっす……多分っスけど」

「…………」


 無言で続きを促す。


「美帆達と戦って、勝って、どうして勝てたのか、話して教えてやるっス。……今の方が楽しいからって」

「昨日、加野先輩が言ってたことと同じだな」

「あはは。そうっスね。やっぱり、加野先輩は凄いっスよ」

「まあ、ああいう人だからな。ま、何とか上手く収まるよう、俺も協力するさ」

「期待してるっスよ! 柄武先輩! ……ところで」

「ん?」


「これって、私が美帆達のことを忘れてた件とは、微妙に違う話のような気がするっス」

「良く気づいたな。ま、なんだ。人生、まだ先は長い。性格だって、いくらでも成長すると思うぞ」

「うあぁぁん! やっぱり、うちがクズいのは変わらないじゃないっすかあ!」


 柄武の容赦ない言葉に悲痛な声を上げる水喜。

その瞬間、部室のドアが開け放たれた。


「ああー! 柄武先輩が水喜ちゃんを泣かしてますよ!」

「あららー。柄武、女の子には優しくしなきゃ駄目だってー」

「嘘でもいいから否定しても良かったと思うよ。僕は」

「ちょ、って、さては三人とも外で聞いてたな! 早く入って来て下さいよ……」

「いやー、もしかしたら良い雰囲気になるかもしれないっていう先輩の心配りってやつ?」

「加野は楽しんでただけだけどね」

「水喜ちゃん、大丈夫? 心に傷を負ってない?」

「へ、平気っす。柄武先輩の性格が悪いことなんて、承知の上っスから」

「おい……」


 なんだか自分が凹みそうだ。そのまま机に突っ伏しそうだったが、目の前にコーラの瓶が置かれたことで、実行を阻まれた。

 コーラを追加でくれたのは京輝だった。いつも通り柔和な笑みを浮かべている。


「お疲れさん。慣れないことして、疲れたろう?」


 慣れないこと、どころではない。後輩の悩み相談をするなんて、我ながら大それた事をしたものだ。心の底から似合わないと思う。


「どうせなら、先輩達にやって欲しかったですよ……」


栓抜きを受け取りながら、柄武はそう毒づいた。


 ☆


「内容はともかく、水喜ちゃんにやる気が戻ったので、良かったと思いますよ」

 『いこい』の外、自販機の前でペットボトルの紅茶を取り出しながら、初佳は唐突にそう言った。


 今日の昼、水喜の一件があった後、嬉しい知らせが発表された。


「とりあえず、機体は組み上がったよ。今日から『いこい』でオフラインモードで動かして調整できる」


 疲れた表情で、目だけは爛々と輝かせながら、京輝はそう言った。どうやらあまり寝ていないらしい。しかし、その様子は、自分の作り上げた機体を今すぐ動かしたくてたまらないという風だった。

勿論、その気持ちは他の部員も同様だ。


 そんなわけで、放課後になってすぐ、情報部は『いこい』に直行し。特別に筐体をオフラインモードに設定して貰った上で、大会用の機体のテスト運用を開始した。


 今は、それが始まって一時間ほど経過したので、少し休憩することになったのである。

 モチベーションが回復したらしく、やる気を見せる水喜に、それをモニターしながら修正箇所をメモする京輝。それらを楽しそうに眺めている加野を残して、柄武と初佳の二人は外の自販機に飲み物を買いに来たというわけだ。


「紫陽はうちのエースプレイヤーだからな。やる気がないと困る」

「ありがとうございます」


 いきなり、初佳が柄武に対して頭を下げた。


「な、なんだ? 俺、何かしたか?」

「だから、昼のことです。きっと私じゃ、水喜ちゃんを励ますことが出来なかったと思いますから……」

「いや、そんなことないと思うが……」

「そんなことありますよ。私って、水喜ちゃんを励ましたり慰めたりするのは、どうも上手くないんですよ。去年のことだって、加野先輩がいなかったらどうなっていたか……」

「距離が近すぎてどうすればいいかわからないとか?」

「そんな素敵な理由じゃないですよ。ただ単に気が利かないだけだと思います」


 言いながら、紅茶を一気に飲む初佳。柄武も自分用のコーラを空けた。今日は大分集中してゲームをしているからか喉が渇く。

今も店内では、水喜達が白熱したゲームを繰り広げている。これから大会当日まで、こんな日々が続くのだろう。


「だから、先輩には感謝しています。経過はどうあれ、水喜ちゃんのやる気は出たみたいですから」


 そういって、初佳はぺこりと小さくお辞儀した。


「気にしなくていいよ。俺がいなきゃ、加野先輩あたりが上手くやってたさ」

「照れなくてもいいのに。入部以来、初めて見直したんですから」

「それってずっと俺の株は落ち続けてたってことか……」

「あ、いえ、そんなことはなく。ただ、卑怯なゲーマー以外の評価も得たというか」

「言っておくが、俺は別に卑怯じゃないぞ」


 柄武が改めて抗議しようとしたとき、店のドアが開いた。


「おーい、二人とも。ジュースまだー」


 加野だった。慌てて柄武達は、加野達の分のジュースを手に、店内に戻る。


「すいません。ちょっと話してて」


 店内に入る。店に出る前と同じ筐体に座る水喜、ノートパソコン片手に、それを後ろから見る京輝。隣の筐体に座っていた加野は、初佳からジュースを受け取っている。

 店内の客はまばら。店としては問題だが、柄武達にはありがたいことだ。


「あ、来た来た。二人とも、私の相手してほしいっス! 色んなパターンの戦闘をして早く新型に慣れたいっス」

「FCSの調整をかなりしなきゃいけないからね。加野だけを相手にしていると、偏ってしまう」

「射撃が得意な初佳と、卑劣な戦法が得意な柄武先輩にも手伝って欲しいっす!」

「わかってるよ、水喜ちゃん。でも、その前にちょっと休憩してからね」


 そう言って、筐体から出てきた水喜にジュースを手渡す初佳。その声は、どことなく弾んでいる。


「調整しなきゃいけないのは俺達も一緒だ。あと、俺は別に卑劣じゃない。勝てそうな戦法を選んでいるだけだ」


 京輝にコーラを手渡しながら苦い顔をしながら、水喜に突っ込みをいれる柄武。酷い誤解もあったものだと思う。


「先輩、どうですか?」

「うん。思ったより悪く無いね。でも、満足いくものになるまで、念入りにやろう」


 京輝の持つノートパソコンの覗き込むと、加野と水喜の勝負から取得されたデータが表示されていた。既に京輝のチェックを通ったらしく、一部が赤く修正されていた。

 これからジェネレーターの出力の配分をいじったり、細かい挙動を設定したり。場合によっては照準などのプログラムをいじったりと、大会当日まで京輝が一番忙しい身になるだろう。柄武達も手伝うが、今日までの一ヶ月弱で、情報部でこの手の作業が一番達者なのは京輝であることが共通認識になっているからだ。


「これから大変そうですね……」

「最悪、僕は初佳ちゃんの家で作業をしながら、ネット経由でここと連絡しなきゃいけないかもね」


 予想される膨大な作業を、まるで苦にしていないような穏やかな笑顔を浮かべながら、京輝は談話スペースに向かって行った。休憩中も、京輝はパソコンから目を離さず作業するだろう。

大会前の最後の追い込みは、この日がスタートだった。

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