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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ほくろかぞえ

作者: 福村六月

 私の名前は吉村かなえ。十三才。プロ女子中学生をやっている。今年の四月からプロ二段だ。私は過去に十三回違う夏を経験してきている。唐突だけれど、世界中のお子様たちよ、同じ夏はもう二度と来ないことを知っているか? 無論、私は知っている。ちなみに私は大人っぽいビキニデビューだってした。ふふ、それはもう大人と比較検討して吟味しても遜色ない経験値と言える。まだ黄金色の爽やかイケメンどもに声をかけられたことはないが今年は間違いなくナンパというものを経験するだろう。なぜなら、わすれもしない、去年のプールの授業中のことだ。男子は私の身体にみとれていた。そこで、な、何度も男子どもと目が合ったのだ。それはつまりあれだろう。私の肢体が艶めかしい大人の女性であることを証明していると言えるだろう。だから、私が世間一般的にいい女であることは自明のことであり、言ってしまえば、私は大人であることを他人に保証された立場なのだ。

 ……たぶん。

 いや、言い切る。

 私は言い切ってやるぞ。

 ――Quod erat demonstrandum。

 だから。

 私はプロだ。プロのベテランだ。プロのベテランの大人だ。

 私はなんでも知っている。

 でも、わかんないこともある。悔しいけど。

 その数少ないわかんないことに、私は直面していた。

 身体測定に、ほくろの数を数えることは必要か?

「なあ、八重樫」

 出席番号一つ前の、スカートとキャミソール姿の八重樫こずえの肩を私は軽くたたいた。私は同じ格好をできないからジャージを羽織っている。彼女と同じ姿になれば名状しがたいあらゆる女性と比較されることのない唯一無二の精神的に豊かな私のバストが必要以上に自己主張してしまうからだ。検診中はブラを付けられない。ブラを愛用している大人な私にとって身体測定とは危険がいっぱいなのだ。無防備でも雄猿どもがよってこない八重樫とはわけが違う。あ、言っておくが私の胸は小さくないぞ。

 さて、八重樫の背は私よりずっと低い。振り返った八重樫はブラのブの字も知らないのだと主張するうすっぺらい胸をこっちに向けた。ふふん、八重樫はまだまだお子様のクラスメイトだ。ちなみに幼馴染のような関係だ。旨の主張が控え目ないい子だ。なでしこジャパンに入ればセカンドトップのポジションを任せられるだろう。たぶん。

 私たちは今、新学期イベントの一つ、身体測定の真っ最中だ。身長、体重、座高の3点セットの測定、そして視力検査とこなした私たちは最後の検診を受けるため、保健室の前で待っていた。あとは私と八重樫の検診を残すのみ。だから他の生徒はもういない。

「どうしたの、かなちゃん」

「質問してもいいだろうか」

「うん、もちろんだよ。私に答えられることならなんでも答えるよ。なぁに?」

「彼氏はいるのか」

「いいいいいいいいないよ! 答えられる質問の範疇は越えていないけど答えたくない質問ベスト5に入るよ! ズバっときたね!」

「そうか」

 彼氏はいないのか。知っていたけれど。こんなちんちくりんに彼氏などできるはずもない。ちなみに私は今年出来る予定だ。フランス人とのハーフの金持ちイケメン草食系男子京都大学生のはずだ。なんとなく京都大学という響きが好きだ。

「かなちゃん、やめてよビックリしちゃったよ。普段そんな話しないじゃない……もうっ。それに私は男子のこと、好きくないよ」

 八重樫は保健ノートで真っ赤になった顔を仰いでいる。

「ん? 好きくないか。含みがあるな」

「そりゃそうだよ、かなちゃん。だって男子は野蛮なんだよ?」

「そうなのか?」

「そうだよ。私には男子の存在意義がわからないよ。私はアダムもイブも女の子だと信じて疑わないんだよ。男子なんて盲腸の存在くらい謎だよ」

「いや、それは……私は盲腸を痛めたことがないからわからんな」

 盲腸ってそもそも何か身体のためにしているのだろうか。それすらもわからん。

「かなちゃん、盲腸はね、とってもとってもとっても危険なんだよ」

 八重樫が途端に熱くなった。ぷりぷり言う。

「盲腸って実は誤診が多いんだよ。医者は盲腸のことを舐めてるとしか言いようがないよ。こっちは死ぬほど辛いのに普通の風邪と診断されて我慢して我慢して我慢してでもよくならなくて家族を困惑させたあげくセカンドオピニオンを前にして破裂しちゃって救急車騒動まで発展するご近所迷惑な病気なんだよ! 引っ越しおばさん以来の近所迷惑だよ! これはもう賠償ものだよ! アメリカなら裁判沙汰だよっ!」

「そ、そうなのか。特定の医者に対する恨みを感じるな」

「それにね……」

 八重樫は急におとなしくなった。

「私はね、あのね、そのね、えっと、……そんな男子なんて好きになるわけ」

「ごめん。思い出した。聞きたいことを間違えた」

「え、えぇ……」

 おっと危なかった。私の中の何かが八重樫の言葉を遮った。たぶんそれで正解だ。

「あらめて質問してもいいか」

「い、いいよ。変なことじゃなければしてもいいよ。してもいいというか、されてもいいというか、とにかく、……私とかなちゃんの仲だからね」

 八重樫の上目遣いを感じて、私は妙な緊張を感じていた。言葉を身長に選ぶ。

「保健委員は誰だっただろうか」

「へ?」

 八重樫は首を傾げた。

「んっと、よしえちゃんでしょ?」

「そうか、そうだったな」

「あ、もしかしてクラスメイトのこと忘れちゃったの? そうだよね、クラスかえあったし、私も新しくクラスメイトになった子をみんな覚えているわけではないし。……あれ、でも、よしえちゃんは去年も同じクラスだよね?」

「そうだ。二宮よしえだ。正解だ」

「え、知ってたの?」

 当たり前だ。二宮を忘れるわけないだろう。あんなお嬢様口調の女なんてこの経験豊富な私でもはじめて出会ったくらいだ。しかもマジモンのお嬢様ときた。なのに、謙虚で嫌味がない。ガツガツしてない。生徒会に誘われたにもかかわらず保健委員なんかやっている。しかも誰とでも分け隔てなく会話ができる。しかも乳がデカくて顔は小さい。背も170センチくらいある。目の色もなんか青かった。聞けばイギリス人とのハーフだという。しかも頭がいい。この間の全国模試でトップだった。しかもだ、「わたくし、トップになる器ではありませんの」とかなんとか言って、マイナス30点という前代未聞の自主減点をしてもらっていた。謙虚すぎるだろ。なんなのだアイツは。二宮よしえ、二宮よしえ、二宮よしえ……、かっ……完璧だろ。

 私の理想の男性像そのものだろ! 正直付き合いたい。

「かなちゃん、よだれと涙が出ているよ」

「はふっ。大丈夫だ。砂漠の蝶を集めるシミュレーションだ。誘い水ってやつだよ」

 この体液、二宮に拭き取ってもらいたいぞ。

「そうなんだ。……てか、よしえちゃんって都会的でスタイルもよくてかっこいいよね。かわいいというよりも、美人だよね。私憧れちゃってるよ。でも、好みじゃないけどね」

「ん?」

 何か引っかかったのだけれど、何だろう。

「あ、ああああのね、友達としての好みって意味だよ。趣味とか合わなそうだし、何話していいかわからないから、私には釣り合わないんだよ。それに私にはかな」

「そうだ。クイズの続きだ」

「え、えぇ……」

 私は絶妙のタイミングでクイズを再開した気がする。

「その二宮は今どこで何をしているでしょう」

「かなちゃん、クイズにしなきゃいけないようなことなの?」

「その二宮は今どこにいるでしょう」

「なぬぬ」

 リタイアできないクイズなんだね、と八重樫は保健ノートをきゅっと抱きしめた。あきらめて答えを考える気になったらしい。八重樫は言った。

「よしえちゃんは保健室で検診をしているんだよね? 保険医の先生が具合悪くなって、かわりに検診しているんだっけ」

「その通りだ。でも、おかしくないか?」

「ん、なんで?」

 そこを考えて欲しいのだけど。まあいい。

「学校の一生徒である二宮が医療行為をおこなえるわけないだろう。保険医代行なんて務まるはずないんだ。だって

 私は保健ノートに新たに追加された項目を八重樫に見せた。

 そこには『ほくろ数』と書かれている。私たちはこれから全身のほくろの数を数えられるのだ。

「……これ、納得できないけれど一応内科検診の一環なんだろ? ほくろの数なんて数えるのに資格いらないと思うけど、これが内科検診なら医療行為に他ならんだろうに」

「言われてみれば、そうかもね」

「ほくろをかぞえる意味がわからん」

「えー、そうかなぁ。将来的に役立つかもよ?」

「ぐ、……疑問に思わない八重樫が今少しだけうらやましいぞ」

 まあ、別に数えられるだけであって、私たちは黙っていればいいのだからそこを苦にするような私ではないのだが、違うところに苦しみを感じていたのだった。ちなみに将来の役にはたたない。これは言い切れる。

 私はうなだれた。

 私はどうしてもほくろを数えられたくないのだ。二宮よしえだけには絶対に数えられたくないのだ。私は言った。

「内科検診と言い張るなら、二宮にやらせるべきではない。近所から医者を連れてこい」

「んん、でも、ほくろの数を数えるだけだから、誰でもできそうだよね。い、いいんじゃないかな? よしえちゃんは丁寧だから大丈夫だよ」

「確かに丁寧だ。身体の裏側まで数えてくれるだろう。あいつならね」

「えへへ、照れるなぁ」

 どうしてそこで八重樫が照れるんだよ。

「わ、私、ほくろ何個あるのかな。楽しみだなぁ。まだかなぁ。後でほくろの数、教え合おうね! 二人だけの秘密にしようよ」

「するか! ばっかもーん!」

「あいたっ!」

 私は保健ノートで八重樫の頭をはたいた。

「そもそもなぜ今年からいきなりほくろの数を数えはじめたんだ! し・か・も! 女子だけ! 女子生徒だけ! 意味わかんねえよ! 何が目的なんだ! 校長の趣味か! それとも首にほくろがあるとモテるとかいう迷信のたぐいを信じるスピリチュアル女子の陰謀か! それとももっと卑猥な理由か! フェチズムか! 自分のほくろの数を知ってどうなる! むしろ自分の見えないところにあるほくろを発見されるとか、恥ずかしすぎるわ! とんだフロンティア精神発揮されても迷惑だろうに! とにかく意味わかんないんだよ!」

「お、落ち着いてよかなちゃん! 私の頭をそんなにはたかないでよ! 痛いよ!」

「これが落ち着いていられるかこのたわけが!」

 二宮にほくろの数を把握されるなんて、興奮するしかなくなるだろ!

「痛いってば!」

 ひゅん、と私の身体が反転した。気がついたら受け身の体勢になっていた。見上げると八重樫がいる。>皿<←こんな顔してた。

「かなちゃん、次また同じことしたら、頭の先からたたき落とすよ。もう」

「お、おまえリノリウムの床なめんなよ。頭からいかなくても死ぬときは死ぬぞ」

 どうやら投げられたらしい。一本背負い。

「大丈夫だよ。投げたときに腕を引いたから。ダメージはゼロだよ」

 ……ほ、ほう。確かに痛くないな。

「まぁ、八重樫はそうゆーことができるのか」

「守りたい人がいるから私はどこまでも強くなれるんだよ」

 重たい事情がありそうだった。

 そういえば、八重樫は柔道の有段者だったか。

「でも、キレのある一本背負いは素人相手に繰り出していい技じゃないっつの。……おかげさまで走馬燈が見えた」

「え、えへへ、おかげさまだなんて、そんな褒めないでよ。照れちゃうよ」

 真っ赤になるな。褒めてない。

 私は小さくため息をついて、立ち上がった。

 とにかく落ち着いていられるわけがなかった。私にとってこの状況は非常にまずいのだ。私は二宮よしえに裸を見せたくないしほくろの数も数えられたくない。どうしても見せたくないのだ。全身のほくろの数を数えられるなんて想像しただけで死んでしまう。いや、もう死んでいる。自己申告じゃダメか……? ダメなのか……?

 がらがらと保健室の扉が開いた。クラスメイトが出てくる。

「八重樫さん、入ってだって」

 八重樫にそう告げると、足早に教室へ向かってしまった。

「じゃあ言ってくるね」

 私はひとり取り残されてしまった。いてもたってもいられない私は保健室の扉に耳を押しつけた。

「………………………………は……て……脱いで下さい…………」

 脱ぐのか、やっぱり。都合の悪いところだけは聞き取れるのな、こういうときに限って。しかし、よく聞こえないな。保健ノートをまるめて筒状にして耳に当てる。すると、聞き取れる程度に会話が聞こえてきた。私はかつてないほどの集中力を発揮した。

「八重樫さん、ではこちらへ座っていただきたいのですの」

 これは二宮の声だ。相変わらず、いい声をしているな。ぎしぃ……と沈み込む音が聞こえる。八重樫が椅子に座ったのだろう。そして保健ノートをぺらぺらとめくる音。

「八重樫さん、大きくなったですの」

「え、そ、そうかなぁ、えへへ」

 お、大きくなった? 何が……何がだよ。私の方が大きいよ。くそ、私も言われたい。

「5センチものびたからね。でも体重も増えちゃった」

 なんだ、身長の話か。

「わたくしもですの。わたくし、身長は伸びていないというのに」

「よしえちゃん、また胸大きくなったんじゃないの?」

「そう言えば少し、お召物の胸のあたりがきついですの」

「うらやましいなぁ。私、そっちはぜんぜん大きくならないから」

「八重樫さん、女にとって重要なのは胸の大きさではありませんの。胸の内に秘めたる思いの大きさで女の器量ははかられるのですよ。うらやむ必要はありませんの」

「そ、……そうだね。言われてみればその通りだよ。一昔前の私が恥ずかしいよ」

 そんな前じゃないだろ。何秒か前だろ。

「そのいきですの」

「うん。私、もう、うらやまない」

 私はうらやましいよ! 二宮とそんな会話をしてみたいよ!

「ちょっと、触りますの」

 え。

「……んんぅ」

 おいおいおいおいおい。なんていう艶っぽい声を。何しているんだよ。

「あふ、ん、よしえちゃん、手が冷たいよ」

「あら、ごめんなさいですの。お湯で手を温めてきますの」

「よしえちゃん、優しい子だったんだね。私ちょっと……どうしようこの気持ち」

「八重樫さんは大袈裟ですの」

 いや、二宮もな。そんなことする必要ないだろーに。なんていう気遣いだよ。

 それに、八重樫はあとでしめてやらなければ気が済まない……イライラする。

「では再開しますの」

 すると、しばらく無言が続いた。ときどき深く息をする音が聞こえる。私の心音がドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ……。

「では、後ろを向いて欲しいですの」

「う、うん……優しくね」

「もちろんですの」

 ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ……。

「絶対……絶対だよ?」

「信じて欲しいですの。八重樫さんのここ、綺麗ですの」

「あんっ!」

 ――はふっ。

「そ、そんなにしないでよぉ! 顔、顔を脇に近づけないでよぉ!」

 ガバッと扉から距離をとった。続きを聞きたいけど……、の、脳内が……脳内が、沸騰するだろうが。それに、しばらくの間ちょっとだけ意識を失っていたかもしれない。

 私はこの状況が耐えられず、水飲み場へ向かった。

 顔を洗って、また戻る。

 八重樫め。私の二宮になんてサービスを受けているんだ。くそ。

 って、あれ、もしかして次は私の番なんだよな。……おおおおどうしよう。

 これ以上聞き耳を立てるのは危険だが、私が検診を受ける前にどんなことをするのか予習しないと色々な意味でやばそうだから、私はそっと扉に耳をひっつけた。

「八重樫さん、もうわたくしを一本背負いしてはいけませんの」

 八重樫め、私の二宮を投げたのか。ばかものめ。

「じゃあ下も脱いで欲しいですの」

「し、下もやっぱり数えるの?」

「数えますの。正確さが要求されるのですの」

「そ、そんなところにほくろあるかな……私、自分で見たことないよ……?」

 し、下もやっぱり数えるのか……見られるのか……二宮に。私もそんなところにほくろがあるのだろうか。気にしたことなかったが、今のうちに確認しておいたほうがいいのだろうか。もう少し様子を見てみよう。

「ちょ、ちょっと待ってね。でも、今日は体育もあったし、汗かいてるから汚いよ?」

 わ、私も、同意だ。できればシャワーを今すぐ浴びたい。むだ毛も処理させろ。って、なんなのだこのドキドキ。すごく今、いけないものを聞いている気がする。下って、脱ぐって、やっぱりそういうことなんだよな? その、そのあたりを二宮に見られるってことなんだよな。現実感が襲ってきた。え、嘘だろ。本当に、そんなところのほくろを数えるの? だって、もし、中のほうにあったらどうする気だ? その、ぐっと開くのか? ご開帳なのか? その、見られているうちになんかかんかあったらどうするんだよ。二宮に変態扱いされて嫌われるんじゃ……。ほ、本当にどうしよう?

「平気ですの。お友達ですもの」

 ほ、本当に?

「そっか。なんだか嬉しいな。それにお仕事でやっているんだもんね、よしえちゃんは。協力しなきゃ」

「ありがとうございますですの。精一杯頑張らせていただきますの。八重樫さんの身体をお預かりする以上は、その期待を裏切らないようにするのがわたくしのポリシーですの」

 これが、プロ意識か。

 わ、私もプロだ。見るプロがいるなら、見られるプロとして私も頑張らねば……。

「よしえちゃん……じゃあ脱ぐね」

 八重樫は脱ぎ始めた。おそらく八重樫のことだからお子様っぽい柄のあれなんだろうけど、今どんな気分なんだろう。私よりも先に大人の階段を登っているようで、なんだかものすごく悔しい。私はその場にへたりこんでしまった。聞き耳は立て続ける。

「八重樫さん、頑張りましたの」

「……う、うん。でも、はずかしいよ」

 …………。

「そんなことはありませんの。とても綺麗ですの」

「でも、むだ毛の処理してないよ。あんまりじっくり見ないでぇ……」

「何を言っているのですの。つるつるで、すべすべですの。うらやましいですの。憧れますの」

「そ、そんなぁ……」

 ……や、八重樫、つるつるにしているのかよ。

 二宮はそういうほうが好きなのかな。憧れを抱くくらいだもんな。好きなのか……。

「八重樫さん、もうちょっと開けますか? 見えにくいです」

「む、無理だよぉ。これ以上は開かないよぉ」

「では、ちょっとお手伝い致しますの。……よいしょ、ですの」

「んんんんんんんんんッ!」

 な。

 ひ ら い た の か 。

 ああああ、なんてことだ。私もこれから同じことをされるのか。ああああ、どうしよう。どうしよう。無理だ。無理だよ。二宮に開かれるとか、恥ずかしすぎるよ。やばいって。どうしよう。私はこんなことをされるならプロになりたくない。プロになりたくないよ! ほくろ数えられたくないよ! 数えられたくないよ! かくなる上はこうするしかないよ!

 私は一心不乱に購買へダッシュした。剃刀を購入し、トイレに駆け込んだ。どうせ見られるなら、二宮の好みに合わせてやる。ちなみにこの間30秒もかからなかった。まぁ、あんまりあれがあれだし。ここはまだプロじゃないし。

戻ると、まだやりとりをしていた。

「あらら?」

 ん? 二宮が珍しく調子っぱずれな声をあげた。

「あ、ひとつ、ほくろがありましたの」

 なに! あったのかよ! あったのかってんだよ!

「は、はずかちいよぉ」

「珍しいところにありますの。間にありましたの。他にもあるか確認しますの」

 つーかなんで二宮はそんなに冷静なのだ!?

「よしえちゃぁん、もうダメだよぉ、ダメだよぉ!」

「でも、もうちょっとこっちのほうも……裏側も……見なくてはですの」

「う、うっ、……あん、らめぇ!」

 八重樫の絶叫が廊下に響き渡った。これは……間違いなくアウトだろ。

「いやぁぁぁぁ! ダメ! ダメ! らめぇぇぇぇぇぇ! くちゅぐったいのぉぉ! 苦手なの、そこ苦手なのぉほぉ! んほぉぉぉぉ! くちゅぐったいのぉぉぉぉ!」

 あーあーあーあーあーあーあーあー。

 私は耳を塞いでいたが声が大きすぎてまったく無意味だ。

 もうダメだ。ガマンならん! やりすぎだろ! 二人とも楽しんでいるようにか思えない! こんな不健全なほくろかぞえなんかあってはならないだろうに!

 つーか、二宮にほくろを数えられていいのは私だけだ!

 二宮は私のものだ!

 八重樫もいい加減にしろよ! 身を委ねすぎだよ!

 私は保健室の扉を蹴破る勢いで開け放った。

「こぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 めいっぱい叫んで、二人を睨み付ける。全裸のまま足を開いた八重樫は涙目だけれどどこか高揚した調子で息を弾ませている。そこに跨がるように乗っかった二宮は細い指先を空中で遊ばせて……ない。椅子に座った裸足の八重樫と、保健ノートに記入している二宮がいるだけだ。

「……あれ」

 おかしい。

何もいやらしくない。

「あら、吉村さんですの。今からお呼びするところですのに」

「……かなちゃん。私、足の裏が弱いみたい。すごく叫んじゃった。えへへ」

 はい?

「何してたの?」

「ほくろを数えていたんですの」

「ほくろを数えられていたんだよ」

「パンツは脱いだのか」

「脱ぐわけないじゃん。かなちゃんどうしたの? そこは自己申告制だって」

 え、数えてないんだけど。いいやもう、ゼロ個にしておこう。てか、股間がひりひりするんですけど。死にたいんですけど。もう帰っていいかな。

 八重樫は靴下を履きはじめた。

「まさか足の指の間にもほくろあるなんて思わなかったよ。ちょっとお得な気分かも」

「……おい、つるつるとはなんだ」

「私の足だよ。私、むだ毛処理してたつもりだったけど、もともと生えてなかったみたい。すごいでしょ? よしえちゃんにもうらやましがられちゃった。かなちゃんも見る?」

「見たくないわ。たわけが」

「え、えぇ……」

「そういえば、出席番号最後の吉村さんにお願いがありますの」

「な、なんだよ」

 くそう。いい顔してやがる。なんてキュートなんだ。

 この私の理想の子があんなにいやらしいことを進んでやるような子ではないんだ。少しでもいやらしいことを八重樫としているなんて考えてしまった私は恥じるべきだ。二宮の笑顔がまぶしすぎる……。

「わたくし、保健委員なのでまだ自分の検診が終わってませんの。ですので、吉村さんにお願いしたいのですの」

「じ、自分で数えればいいんじゃないのかな」

 こんな私が二宮の身体に触れていいわけない。それに、裸を見ていいわけない。

「自己申告ゾーンにあるほくろは4つですの」

「!? やらせていただきます。二宮さん」

 ああ。

 4つか。

 どこにあるのだろう。

 それはきっと雄大な宇宙に漂う惑星のような奇跡。

 奇跡のほくろを、二宮は4つも。

「かなちゃん、よだれと涙が出てるよ」

「はっ!」

「タオル貸してあげますの」

「……すまない」

 いい匂いがする。くそ。なんてキュートなんだ。

 そして、私はなんて罪な女なんだ。私は理想の子にお願いをされて断るわけがないのだ。断る理由もない。さて、私もさっさと上を脱ごう。恥じることはない。

「かなちゃん、私は1つだよ。どこにあると思う? ヒントは」

「知るか。たわけ者!」

「え、えぇ……」

「まぁ、八重樫よ」

「なに? かなちゃん」

「私はまだ自己申告ゾーンのほくろを数えてないんだ」

「じゃあ数えてあげるよ」

「断る」

「え、えぇ……」

 私はまだ数えない。もう少し子供の心を大切にしてみよう。わけわからないけど。

 しかし、ほくろかぞえとはいいものだな。

 もうすぐ、桜の季節か。


へんなところにほくろがあるとちょっとはずかしい

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