第二章 ④
シェイディアの門を出ると、東西に分かれる道にたどり着いた。
あたしたちは、グランドヴェースの最東端にあった桜の木からこの街に来ているので、進むべき道はもちろん西だ。
「そういえば、あの桜の木は今どうなっているのかな?」
ふと口にすると、リュウとシュンは難しそうな表情をした。シュガーは一旦首を傾げてから、何かを思い出したように手をポンと叩き、二人と同じような表情になる。
「そういや、桜の木が燃えたんやっけ? 詳しくは知らへんけど……」
やはりシュガーは〝創世物語〟のページを読んでいるみたいだから、多少は事情を知っているらしい。
あたしは補足の説明――桜の木を復活させるための方法などを教えてあげたが、その部分は知らなかったらしい。
「シェイディアには〝花妖精(フラワー・フェアリー)〟も〝花人(ブルメリアン)〟もいないからな……だが、次の街はたくさんの種族が暮らしているから、もしかしたらどちらかが見つかるかもしれない」
「そうか……見つかるといいな」
今の話題で、リュウとシュンの気分が沈んでしまった。
そんな暗い空気を入れ替えるべく、あたしは本来気になっていたことを口にする。
「そ、それよりさ、次の街はどんなところ?」
あたしの振った話題にシュガーはもちろん、リュウも食いついてきた。唯一次の街を知っているシュンは、一度咳払いをして口を開く。
「次の街は〝潮騒の街アズポート〟という港町だ。ここはシェイディアから少し北上したところにあるのだが、グランドヴェースの中でも唯一、ニュートピアと貿易を行っている街として有名だ。
住んでいる種族もバランスが取れていて、観光にはとてもいいところだと思うぞ」
「観光かぁ……平和な街だったらいいね~。とにかく心配なのは――」
「デーテの影響を受けていないか、だな」
そう、あたしたちの目的は今のところ〝幻界の住民を幸せにする〟ことなのだ。
のんびりと観光するのも悪くはないけれど、やることはしっかりやらなければいけない。
デーテが直接姿を現してあたしたちと死闘を繰り広げてから、そう時間は経っていない。この世界をデーテが有史以降、何らかの方法で狂わせたのだとしたら、他の街も影響を受けていてもおかしくはないだろう。
そこで、あたしはふと一つの疑問が浮かんだ。
「……ねぇ、デーテは世界の始まりから存在して、文明が広がっていく過程で異種族間の対立を深めたんだよね?」
リュウは突然の話題に顔をしかめつつも、額に手を当てて答える。
「……そんなことも言ってたな。思い出したくもないが」
「じゃあシュンに聞くけどさ、この世界でデーテの存在って有名だった?
これだけ世界を改変しておいて、無名だとしたら腑に落ちないからさぁ」
あたしの問いに、シュンは首を横に振った。
「残念だが、あいつの名前を聞いたのはあのときが初めてだ。
奴が嘘をつくとは思えないが、十数年生きてきた俺は今まで知らなかった。まぁ、教えてくれる奴もいなかったが」
その言葉を聞くと、皆一様に首を傾げる。やはりこの状況はおかしい。
「けどさぁ、俺たちはそもそもこの世界が今何年なのか知らないよな?」
リュウの言葉にあたしはハッとさせられた。そういえば、そんなことは気にも留めていなかった気がする。よく考えればすぐに思いつくことなのに……。
「今は世界暦4055年、第十一の月十日だ。
その話が本当だとしたら、奴は四千年以上も生きていることになる。純粋な人間の寿命は、長くて百年なのだが」
四千年……そんな気の遠くなるような月日をかけて、デーテはこの世界を狂わせたのか。
「寿命に関しては、あいつがミカドに刻まれた残留思念ということで説明が付く。結局は思念だから、寿命なんて持たないだろ?」
『確かに……その可能性は否定出来んな』
「ちょっと待ってよ、それじゃあデーテは不死身だって言っているようなものでしょ?
あたしたちは確かにデーテを倒したはずだよ?」
あたしとリュウの言い合いに、シュガーはついていけていない様子だった。
時折うーん、と唸りながら首を捻っている。シュガーには悪いけど、少し放置しておこう。
「そのことだけどさ……あいつが最後に何て言ったか覚えてるか?」
「えーと……あっ!」
そうだ、最期にデーテは〝この程度で死ぬと思うなよ〟と言い残し、消滅したのだ。
その言葉が本当ならば、どこかで生きていてもおかしくはない。
あたしと同じ結論に至ったのか、シュンも青ざめた表情をしていた。
「つまり、そういうことだ。俺たちの戦いはあれで終わったわけじゃない。
デーテの広げた禍根を取り除く以外に、本格的にあいつを倒さなければならないときがいつかは来る、俺はそう思ってる。
だからこそ、今は情報を集めなくちゃいけないんだ」
つまり、リュウはまだデーテが生きていると思っている。いや、確信しているのだ。
「そうとなれば、すぐにでも大きな街に行かなければならないな。
アズポートはシェイディアよりも大きな街だし、ニュートピアの情報も入るかもしれない」
「ほな、立ち話はえぇからさっさと行こ? 道中ウチにも詳しく教えてぇな」
一通り話がまとまったところで、リュウが話を締めくくる。
「それじゃあ、俺たちはこれからアズポートに向かって情報収集、プラス桜の木を復活させることが出来る種族を探す。
余裕があれば歴史についても知りたい……こんな感じでいいか?」
リュウの言葉に、あたしたちは大きく頷いた。
「それじゃあ、アズポートに向かって出発だ!」
こうして、あたしたちは次なる目的地へと歩き始めた。
あたしは、旅という行為は安全だと思っていた。先程までは。
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
「ちくしょ……何とかならないか?」
「野生のフィアウルフ相手に、傷つけずに戦うのは無理だぞ……うおっ!」
「大丈夫かいな? なんでもっと攻撃せぇへんの?」
「ガルルル……」
あたしたちは一匹の大きな狼に襲われていた。