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俺たちの創世物語-ジェネシス-Ⅱ  作者: 白米ナオ
第二章 〝Sugar〟 in the world
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第二章 ②

 目を開くと、そこは初めてここに来たときと同じ景色……つまり真っ暗だった。

 目の前にはミカドが浮かんでいて、隣には幻界での服装をしているリュウと、制服姿の先輩が立っていた。

 こんなに暗い空間で、何故姿がはっきり見えるのかは分からないけど、細かいことは気にしない。

 リュウは慣れたように、先輩は恐々とした様子で目を開いた。それを見計らって、ミカドは相変わらず老人のような声で口を開く。


『さて、お主等が世界を創って初めての〝正規読者〟が訪れた。

 以前も言ったとおり、想像力に富んでいてある程度の具現化能力があれば、読者でも幻界に入ることが出来る』


 ミカドはそこで一息つき、さらに続ける。


『正規読者というのは、基本的に所有者と変わりはない。想像を思い通りに具現化出来るし、幻界で命を落とせば二度と我に干渉することが出来なくなる。

 ……今一度聞こう。萌よ、お主は大いなる自由を手に入れる代わりに、死ねば未練を残したまま、二度と我と関わりを持つことは出来なくなる。

 それでも、我らの世界を、その身を以って確かめたいか?』


 厳しいことを言っているように聞こえるけど、実際は先輩のためを思って言っている。

 一度手に入れたものを失うことは、後に大きなしこりを残すことになるからだ。

 表紙と同じフレーズを口にしたミカドを見て、先輩は真剣な表情で答える。


「もちろんや。ウチは龍馬や天宮ちゃんが創った世界の全てを見たい、ただそれだけや」


 それを聞いたミカドは、表情こそ伺えないがどこか嬉しそうだった。


『うむ、いい返事だ。

 では、これより萌を正規読者として登録するための手続きを行う。本来ならば、初めに試練を与えて適正を見せてもらうのだが……以前の蘇生魔術を見れば、想像の能力なぞ見る間でもないだろう』

 あたしは大いに納得した。あの時ほとんど消えかけていたあたしを救ってくれたのは、他ならぬ先輩の想創なのだ。

 あれほどの奇跡を起こせる人間なんて、おそらく他にはいないはず。


『なので、早速だがリーダーネームを決めてもらおうと思う』


 ミカドが言い終えると同時に、先輩は挙手してミカドに疑問をぶつける。


「ちょいとえぇか? そのリーダーネームっちゅうもんを決める意味って何かあるん?」


 これは以前リュウが尋ねた事とほとんど同じだ。ミカドに説明させる間でもない。


「じゃあ先輩、幻界はミカドの実体――創世物語という本の中にある世界ですよね? あたしたちの今までの冒険は先輩も知っての通り、創世物語のページに少しずつ記録されているんですよ。

 そこに書いてあった登場人物の名前って、覚えていますか?」


 先輩は額に指を当てて少し悩むと、難しそうな顔でぶつぶつと呟く。


「えーと……主人公がリュウで、お供がセイン、あのピンクの猫がシュンやったな」あたしはお供扱いですか……一応ヒロインですよ?

「そうですよね。じゃあ、その名前の部分が実在する人物の名前だとして、先輩はその物語を読みたいと思いますか?

 もしくは、自分の名前がそのまま出ている物語を、誰かに読まれたいと思いますか?」


 そんな質問を投げかけると、先輩は首をぶんぶん振って否定した。


「そんなの嫌やわぁ……他人ならともかく、ウチの名前がまんま出てくる小説なんて、誰にも読ませとうないもん。ウチかて流石に恥ずかしいわぁ」

「つまりそういうことです。だからこそ、リーダーネームが必要になるんです」

「ははぁ……なるほどなぁ。天宮ちゃんの説明は分かりやすくてえぇなぁ~」

「今はセインっていう名前なんですよ?」

「あ、せやったなぁ」


 どうやら、先輩も納得してくれたみたいだ。

 あたしたちのやり取りを聞いていたリュウは、感心したような表情で見ていた。ミカドも同じみたいで、ふーむと唸って口を開く。


『やはりセインの説明は分かりやすいな。我の出る幕が無かったぞ……話が逸れたな。

 本題に入るが、リーダーネームは己の好きなように付けてくれて構わない。さて、お主はどのような名前を付けるのだ?』


 ミカドに聞かれた先輩は、目をきつく閉じて熟考していた。


「うーん……ウチにぴったりな名前は何かないのん?」


 相当考えているみたいだ。先輩もリュウと同じで、即決は出来ない性格らしい。


「じゃあ、〝ビター〟なんてどうすか? 先輩苦いもの大好きだし」


 リュウが隣で口を挟むが、先輩はいい反応を示さなかった。


「何か響きがイマイチやなぁ……どうせならもっと可愛ぇ名前がえぇなぁ」


 先輩の返事に、リュウまで考え込んでしまう。この二人に考えさせたら、いつ名前が決まるか分かったもんじゃない。

 ここはあたしがスパッと決めた方が良いかもしれないな。

 しかし、付き合いが浅いこともあって、名前の判断材料が少なすぎる。

 知っていることといえば名前と苦いもの好き、あと可愛いもの好き……それくらいか。


「佐藤、萌、さとう、もえ、苦い、可愛い……」


 こうして呟いていると、なんだか怪しい人みたいだ。

 幸い、あたしの呟きを聞いているのは三人しかいないし、その内二人は考え込んでいてあたしと似たような状態だ。


「うーん……萌、会長、苦い、不味い……」


 リュウは呟きながら、苦虫を噛み潰したような表情をしている。


「ゴーヤ、秋刀魚の肝、にがり、青汁、漢方……」


 先輩は何故か苦いものばかりを羅列して、恍惚の表情を浮かべている。

 そんな先輩を見ていたあたしは、ふと一つの名前が頭に浮かんだ。

 先輩は嫌がるかもしれないけど、あたしにとってはこれほどいい名前は無いと思う。


「先輩、〝シュガー〟なんてどうですか?」


 あたしの言葉を聞いた先輩は、首を傾げて疑問符を浮かべていた。


「んー……響きは悪ぅないねんけど、何故に塩なん?」


 その言葉を聞いたあたしは絶句した。

 今、この人塩って言ったよね?


「先輩……〝塩〟じゃなくて〝砂糖〟なんですけど」


 先輩はキョトンとした顔になり、すぐに腰に手を当てて乾いた笑い声を上げる。


「あっはっは! ウチかてそれくらい知っとるわ~!」


 絶対知らなかったな、きっとこの場にいる全員がそう思ったことだろう。


「して、何故に砂糖なん? ウチにはあまり関係の無い言葉やと思うんやけど……」


 はぐらかしつつ質問してきた先輩を見て、あたしは少し遊んでやろうと思った。


「だって、先輩の苗字って〝佐藤〟じゃないですか。だったら〝砂糖〟でもいいかな、って」


 もちろん冗談なのだが、先輩はそれを本気と受け取ったらしく、少し怒った様子だった。


「なんでやねん! そないな理由なら却下や!」


 少しやり方を間違えたかもしれない。先輩の機嫌を直すべく、あたしは本当の意味を教えてあげることにした。

 このままだと、いつまでも決まらないだろうから……。


「すみません、今のはほんの冗談です」

「ほぅ? ほんならウチが納得する理由を言ぅてみぃ」


 腕を組んで仁王立ちする先輩に少し恐怖感を覚えたが、あたしは目を見てはっきりと言う。


「えーとですね……ダメ元で聞きますけど、マザーグースって知ってますか?」

「うーん……知らんなぁ」


 大体予想通りだったので、気にせず話を続ける。


「マザーグースというのはイギリスの伝承童話なんですけど、その中に〝What are little boys made of?〟――直訳すると〝男の子は何で出来ている?〟というお話があるんです」


 そこであたしはいったん言葉を区切り、さらに続ける。


「その中のフレーズに、〝女の子は砂糖と、スパイスと、素敵な何かで出来ている〟とありますけど、先輩に足りないのはきっと〝砂糖〟だけなんですよね。可愛いもの好きだし、スパイス――苦いものも好きだし。

 そういう意味も込めて、先輩のリーダーネームは〝シュガー〟が良いかな、って思いました」


 随分と長く話してしまったが、誰も口を開かず黙って聞いていた。

 説明を終えると皆一様に深く頷き、大きく息を吐いていた。


「やっぱセインはすごいな。普通はそこまで深い意味を持たせようとはしないぞ」

『だが、それがセインの良さだ。想像力が高いのも頷ける』

「なるほどなぁ……そないに真剣に考えた名前を、無下に断るんもいい気はせぇへんな」


 それぞれが感想を言った後、先輩は大きな声でミカドに告げる。


「ほんなら、ウチのリーダーネームは〝シュガー〟で頼むわ!」

『了承した……登録者〝佐藤萌〟、リーダーネームは〝シュガー〟!』


 ミカドが厳かな口調で叫ぶと、先輩を想創光が包んだ。

 数秒間続いた発光はすっと消えて、光の中から現れた先輩は自分の体をまじまじと見る。


「……何も変わってないやん」


 面白くなさそうに呟いた先輩、否シュガーはミカドに話しかける。


「それより、ウチは晴れて幻界の一員となった訳やん? やっぱり所有者がおらへんとウチはこの世界に入ることは出来へんの?」


 ミカドは少し唸り、簡潔に質問に答える。


『うーむ……出来ないこともないが、それを行ってしまうと主人公が進む世界に置いてけぼりを食らうことになるからな。あまり良しとされる行為ではない』


 するとシュガーはニヤリと笑い、うんうんと深く頷いていた。

 あたしの勘だと、きっとよからぬコトを企んでいるに違いない。きっとそうだ。


「そかそか、それが分かれば満足や。ほな、早速幻界に行こかぁ!」


 腕を上に突き出して元気に叫んだシュガーを見ていると、何だか細かいことを気にしているのが馬鹿みたいに思えてくる。この元気の原動力はいったい何なのだろう?


「せっかちですねぇ……今から行きますから待っててください!」

「……禁止」

「はい?」

「この世界では敬語禁止や! ウチにもタメ口でえぇで!」


 明るい笑みを見せながら告げたシュガーを見て――不覚にも可愛いと思ってしまった。

 あちらの世界の龍馬君がこんな表情を見たら、もしかしたら先輩になびいてしまうかもしれない。あたしにとって恋敵である先輩の砕けた笑顔を見て、少し複雑な気分になった。


「……そうだね。それじゃあこれからよろしく、シュガー」

「よろしく! もちろんリュウも敬語使うなや?」

「う、うん。心得た。俺からもよろしく、シュガー」


 リュウの返事を聞いて満足そうに頷いたシュガーを見たミカドは、エホンと咳払いをすると視線が集まったのを確認し、口を開く。


『それでは、今から幻界へ向かおう。我があちらへ転移させるから、お主らは手を繋いで円を組んでく

れないか? そちらのほうが範囲を指定しやすい』


 言われたとおり、あたしとリュウ、シュガーの三人は丸くなって手を繋いだ。リュウは少し躊躇った様子だけど、シュガーに手を引かれてやっと繋いだ。

 シュガーの行動力が羨ましい、あたしは素直にそう思った。


『では行くぞ……想創! 〝転移:幻界〟っ!』


 ミカドが叫ぶとあたしたちは想創光に包まれ、そしてふわりと体が浮き上がって消えた。


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