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俺たちの創世物語-ジェネシス-Ⅱ  作者: 白米ナオ
第七章 創始者(イニシエーター)
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エピローグ③

 目を覚ますと、そこは生徒会室の裏にある薄暗い給湯室(のような)部屋だった。

 まだ目を閉じている聖子と萌先輩に声を掛ける前に、俺は慌てて壁に掛かっている時計を見上げる。

 二時半……あーあ、もう六時間目が始まる時間だ。

 そう思うと同時に、狙ったかのように始業のチャイムが鳴り出した。


「きゃっ!」


 チャイムの音に反応した聖子は、文字通り飛び上がりながら目を覚ます。

 俺の隣にいた萌先輩も、同じように小さく体を震わせながら、少しずつ目を開いた。


「……あぁ、もうこんな時間なんだね」

「だよなぁ。当初の予定では、昼休みまでに全て終わらせるはずだったのに」

「まぁ、長引いちゃったものはしょうがないよ。……ね、先輩?」

「ん、あぁ……せやな。しょーがないわ」


 相変わらず暗い表情の萌先輩に、なんだか俺も釣られて気分が暗くなる。

 この後味が悪い感じは一体何なのだろう……正直なところ、この場に立っていることすら気まずい。

 しかしそんな空気を察してか、聖子は拍手を打つとやけに輝く笑顔を放った。


「はいはい、二人ともせっかくシュンを助けたのに暗いよっ?

 いつまでもボーっと突っ立ってないで、ほら早く笑顔っ!」


 まるで子供向け番組のお姉さんみたいに笑う聖子は、急に俺の頬を両手で掴んできた。

 なんでもいいけど……顔近い。あと俺の頬はそんなに伸びない。


「聖子……なっ、なひふるんはよほ~」


 そのことを伝えようと口を開くが、強制的に歪められた口は思うように発声させてくれない。

 しばらく頬を引っ張られた後、今度の標的は萌先輩へと移る。


「おぉ~、なんかもち肌で羨ましい……あたしにも分けなさーい!」

「……やーや、なんはんひっはい?」


 無理難題を突きつけながら、萌先輩の頬を引っ張って弄くり回す。

 こちらも俺と同じように発声が上手くいかず、聖子に言葉が伝わっていない。

 ほのぼのとした光景を遠い目で眺めていると、こちらも聖子の頬弄り攻撃は唐突に終わる。

 頬の筋肉が緩んでしまったのか、俺も萌先輩も表情はどこか柔らかい。


「……ほら、顔が笑ってると気分も楽になるでしょ?

 どんな事情かは分からないし、無理をしてでも聞こうとは思わない。

 けど、龍馬君も先輩も、沈んだ顔よりも笑顔のほうが似合ってるよ?」


 目を細めて告げる聖子の言葉に、俺は思わず小さな息を漏らす。

 彼女はあんな行動一つで、この暗かった空間を一瞬にして明るくしてしまったのだ。

 直接萌先輩を心配しフォローするわけでもなく、かといって自分も暗くなるわけではない。

 ただ、無理矢理にでも笑顔を作る。それだけで、あの暗い雰囲気は何処かへ飛んでいってしまった。

 すごい、ただその一言に尽きる。今の聖子は冗談抜きに天使みたいで、一瞬にして俺の心に癒しを与えてくれた。

 それはきっと、萌先輩も同じなのだろう。目を見開いた萌先輩は、いつの間にかいつもの強気な笑顔に戻っていた。


「……せやな!

 こないなことで沈んどったら、ウチらしくないもんな!」

「そうそう、それでいいの。

 さて、みんな笑顔になったところで、これからどうしようか?」

「うーん……今から授業に戻るんもダルイし、このままサボって――」

「ほぅ、我らが夢見ヶ丘高等学校生徒会長様は、まさか生徒会室で白昼堂々と授業をサボる気なのだな?」


 突如として聞こえるクールな声に、俺を含めた三人が一斉にこの部屋の入り口を振り返る。

 そこには、シニカルな薄ら笑いを浮かべた副会長こと鈴木林檎さんと、背後に顔立ちのよく似た二人――田中姉妹が立っていた。

 えーと……この状況、詰んだとしか思えない。どうする、萌先輩?


「げっ、林檎……それに田中ーズまで。

 えっとな、コレにはとっても深ぁい事情があってな――」

「御託は結構だ……って、萌にこんな難しい言葉は分からないか。

 とりあえず、私が生徒の模範とならない生徒会長様をみっちりと調教してやらないと、なぁ?」

「林檎さん、落ち着いて……ほら、ゆりも何か言って」

「うぅむ……私としては、二人の女子と密会している龍馬くんにも責があるのかなぁ~、と」

「ゆり、それじゃ逆効果……」


 ますます混乱を極める状況に、俺はもう何もかも投げ出したい気分になる。

 それに、ゆりの発言を聞いた林檎さんは額に青筋が浮かべ、拳を合わせてボキボキと鈍い音を立てている。

 急に発生した威圧感に、俺は思わず一歩引いてしまう。この人、何かしらの武術を心得ているに違いない。

 はぁ、どうしてこうなるんだろうか。今日はきっと厄日だ。


「それもそうだな……では、そこの少年も一緒に来てもらおうか。

 なぁに、正直に話せば痛くはしないさ」

「どこの悪役の台詞やっ!

 あーもぅ、降参降参。ちゃんと話すから……な?」


 もう少し抵抗するかと思いきや、あっさりと観念してしまった萌先輩。

 その反応に拍子抜けしたのか、林檎さんも威圧を弱め冷静さを取り戻すと、軽く溜め息をついた。


「はぁ……それじゃ、とりあえずこちらに来い。

 こんな暗い部屋で話をすることもなかろう」


 どうやら穏便に事が運びそうで、俺と聖子は思わずほっと胸を撫で下ろす。

 その後、六時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り終えるまで、疑惑の眼差しを三点から受けながら幻界のことを洗いざらい話した。

 しかし、結局のところ信じてはもらえず、時間が時間だということもありその場で解散。

 無事に解放された俺たち三人は、帰路に着いたのだった。




 学校の麓にある交差点で、俺と聖子は萌先輩と別れた。

 夏の遅い夕暮れが照らし出す茜色の道を、二人並んで無言のまま歩く。

 もうすぐ俺と聖子が別れる地点にさしかかろうとした時、ふと聖子が口火を切った。


「ねぇ、今日の萌先輩のこと、どう思った?」


 突然の疑問に、俺はかなりの時間を掛けて悩んだ。

 質問の内容が漠然としているのもさることながら、今日の不安定な萌先輩を思い出すとなかなか言葉が出てこなかった。

 恐怖に怯える萌先輩、その様子は見ていてとても切なくて――。


「そうだな……なんか、見てて胸が痛んだ。

 同時に、守ってあげたいとも思った。そんな感じかな」


 あまり考えず発した言葉に、俺は今更ながらまずいことを口走った気がして焦りを感じる。

 前半はともかく、後半の守ってあげたいだなんて……まるで好意を抱いているみたいじゃないか。

 それをついさっき告白してきた人の前で言うなんて、デリカシーに欠如しすぎだろう、俺!

 しかし口にしてしまったからにはもう後の祭り。黙って聖子の反応を待つ。


「……そっか。それならいいの。

 いつもと同じ、優しい龍馬君だから」

「えっ?」

「あたしもね、同じ風に思った。

 あんなに弱い先輩を見たら、あたしも一緒に悲しくなって……辛かった。

 だから、あたしは守りたい。幻界も、萌さんも、龍馬君も」

「そうか……きっと、聖子なら出来るさ。

 現に、今日は聖子に守られてばかりだったからな」


 言葉を交わしながら、お互いに顔を合わせて微笑み合う。

 同時に、聖子が始めて萌先輩を名前で呼んだことに気づく。

 今までは避けるかのように〝先輩〟としか呼ばなかったのに……何故だろう?


「なぁ、今萌先輩のこと〝萌さん〟って呼んだよな?」

「あっ……龍馬君って、そういう細かいところはよく気づくんだから。

 今まで名前を呼ばなかったのは、嫉妬なのかな……きっと。

 けれど、幻界で旅をして、一緒に戦って傷ついて、やっと分かったの。

 萌さんは、あたしたちと肩を並べて一緒に戦い、傷を背負い合える〝仲間〟なんだって。

 なのに、名前を呼ばすに〝先輩〟だなんて、失礼でしょ?」


 聖子の口から出てきた言葉に、俺は思わず彼女の顔を凝視してしまった。

 最近の彼女の心境の変化はめまぐるしく、創世物語に出会う前の彼女と同一人物とは思えない。

 すごいな……俺も、もっと変わらなきゃ。


「なるほどな……それはそうとして、何で〝萌さん〟なんだ?

 その流れで呼び方を変えるのなら、俺と同じで〝萌先輩〟になると思うのだが」


 なんとなく疑問を投げかけてみると、聖子は照れくさそうにはにかみながら答える。


「えっとね、先輩って〝先の輩〟って書くでしょ?

 これはあたしの持論なんだけど、本当に尊敬する人には先輩って言葉を使いたくないの。

 だって、字面的に〝先に入っただけの輩〟って、尊敬しているように感じないもん」

「ふむ……そう言われると、納得できないでもないような。

 そしたら、俺もこれからは〝萌さん〟って呼ぶか」

「うんうん! そうしたほうがいいよ!」


 聖子の激しい頷きに、ついつい頬が緩んでしまう。

 心境の変化もそうだが、前よりも感情表現が豊かになった気がする。

 それはきっと、告白されたことで俺の聖子に対する意識が変わったからなのかもしれないが。

 まぁ、とにかく可愛らしい笑顔だ。色目抜きにしても、聖子の顔立ちは可愛いし。

 そんなことを考えていると、駅へ向かう道と俺の家に向かう道の分岐点に着いた。


「あっ、着いちゃったね。

 それじゃあまた明日!」

「おっ、おう。

 じゃあ、また明日」


 軽く別れの挨拶を済ませると、俺と聖子は別の道へと歩き出した。

 そのまま歩き続け、姿が見えなくなると俺はもう一度彼女の言葉を反芻する。

 萌さんは、あたしたちと肩を並べて一緒に戦い、傷を背負い合える〝仲間〟なんだって。


「そう、だよな。

 聖子やミカドはもちろん、萌さんもシュンもフェンリルも、ラナもザックもみんな仲間だ。

 ……もしかしたら、デーテだって――」


 そこまで口にして、俺はぎりりと歯を噛み締めた。

 あれだけの憎しみをぶつけて戦い、果てには彼の命を奪った。俺と聖子、シュンの三人で。

 話し合いの末の強攻策だったものの、もっと心をさらけ出し彼の気持ちを理解すれば、別の未来もあったのかもしれない。


「……いや、あいつは世界を恐怖に陥れようとしたんだ」


 一瞬生じた迷いを振り切るかのように、俺は首をブンブンと振る。

 そう、あの時あいつは倒しておいて正解だったんだ。でなければ、確実に俺たちが殺されていた。

 それはつまり、幻界にいる何千何万もの命を消滅させることになる。

 あまり褒められることではないが、命を天秤に掛けるとすればこの選択が最適解だったと言わざるを得ない。

 無理矢理納得すると、俺は少し暗くなった心を昂ぶらせるため、家に向かって走り出す。

 あぁ……こんなに走ったの、久しぶりだな。

 太陽を背に、汗を滴らせながら走る。これって、なんか青春しているみたいだ。

 俺はまだ学生だから、青春を謳歌する権利がある。けれど、俺はそれを極端に避けてきた。

 今にして思えば、創世物語と出会ってからは世界が変わった。

 あの世界の事情に触れて、時に悩み、時に涙を流し、時に誰かを憎んだ。

 そんな経験が、今の俺を創りだしている。あの世界を創ったことで、今の俺自身が創られているのだ。

 悩んだっていい、泣いてもいい、たまには誰かを憎んだって構わない。

 大事なのは、その先に自分の成長すべき点を見出すことなのだから。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 遂に堪えきれなくなり、俺は人目も気にせず雄叫びを上げる。

 俺は、もっと成長しなくちゃいけないんだ。

 そうして誰かを守れる強さを身につけ、絶対に守ってみせる。仲間を、世界を。

 茜に包まれている帰り道、俺は家に着くまで息が切れることも気にせず、ただひたすら走り続けた。

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