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俺たちの創世物語-ジェネシス-Ⅱ  作者: 白米ナオ
第七章 創始者(イニシエーター)
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エピローグ②

「――と、こんな感じ。

 みんなをベッドに寝かせたら、あたしたちも一緒に眠っちゃったってことなの」

「まぁ、セインも頑張ったもんな……本当に、ありがとう」

「えへへ~、もっと感謝してもいいんだよ?」


 一通りの事情を静かに聞き終えると、セインは頬を赤らめながらはにかむ。

 どこにそんな要素があったかは分からんが……まぁ、あの作戦が上手くいったことが嬉しいんだろうな。ここは俺も素直に喜ばねば。

 おどけるセインに苦笑しながらも、俺は精一杯の笑顔をセインへ送ってやる。


「あぁ、そうだな。セインがいなかったら、きっと被害は拡大していたよ。

 国民栄誉賞でも送ってやりたいくらいだ」

「んー……例えが微妙だけど、感謝しているのが伝わるからよしっ!」


 びしっ、と指差して言うセインに再度苦笑。ひとしきり笑い終えたところで、俺は向かいのベッドで寝ているシュガーに目をやる。

 静かな呼吸をして眠るシュガーは、何処か悲しげな表情をしている気がした。

 さっきの話からして、深い悲しみに包まれたまま意識を失ったみたいだけど……まだ、尾を引いているのかもしれないな。

 

「……シュガー、気になる?」


 しばらく見つめていると、俺の視界にひょこっとセインの顔が現れる。

 彼女の問いに、俺は胸の内を悟られぬよう淡々と応えた。


「そりゃあ、な。話を聞く限り、シュガーも大変な目に遭ったみたいだし」

「そっか……先手を打つようでアレだけど、リュウが責任を感じることは無いんだよ?」

「っ! ……セインまで心読めるようになったら、俺の立つ瀬が無いな」


 責任とか負い目とか、何もかも背負い込んでしまうのは俺の性なんだろうな。長い付き合いのセインなら勘付いてもおかしくはないか。

 とりあえず茶化してはみるものの、セインの視線は鋭く俺を捉えて離れない。

 ……やっぱり、俺は一生女性には勝てないんだろうな。


「はぁ……分かった。じゃあ、今回の責任は全部デモリショナーに転嫁しよう。それでいい」

「そうそう、ぜーんぶ悪いのはあの組織! だから、リュウはこれ以上落ち込まない!」

「……別に落ち込んではいないんだけどな」


 とはいえ、セインのおかげで気が楽になったのは確かだ。その点も含めて、いろいろと感謝しないといけないな。

 力なく笑い、俺はもう一度シュガーに目を向ける。

 やはり顔色は優れなく、先ほどよりも妙に汗をかいている感じがした。もしかして、悪夢にうなされているのかもしれない。


「……イヤや、一人なんは……」

「っ!」


 シュガーの寝言、おぼろげにしか聞こえなかったものの、やはり悲しそうな声をしていた。

 一人は嫌……寂しいのだろうか。いつものシュガーでは考えられないほど、その表情は弱々しい。

 こんな表情を見てしまっては、無理に起こすことは躊躇われる。

 現在の時間は午後六時……あちらの世界では、もう昼休みも終わる頃だろう。

 既に生徒会の面々が俺たちを探していてもおかしくはなさそうだが、それを知っていてなお起こす気にはなれない。

 例の黒い霧、デスピルがシュガーの心の内にある傷に触れ、彼女を悲しみに陥れたのなら――。


「……あいつだけは、絶対許さない。

 私利私欲のために人を、俺の仲間を傷つけるような奴らは、俺がその腐った性根を叩きなおしてやる!」

「リュウ……」


 一人で息巻いていると、セインが心配そうな視線を送ってくる。

 そこでやっと、今の自分がどれほどの過ちを犯しているか気づいた。

 俺がこうしてデモリショナーに対して憎悪を抱くことで、俺の中のデスピルが成長する。

 それを狙ってのことだとしたら、俺はまたしてもダルクの掌で踊らされようとしていたのだ。

 バツの悪くなった俺は一度深呼吸して落ち着くと、セインに対し遠慮気味に話しかける。


「その、一人で熱くなってゴメン。

 もう少し、落ち着かないとな」

「別にいいけど……あんまり思い詰めないでね?

 あたしたちも一緒に戦ってるんだから、いざとなったら頼ること。いい?」

「……あぁ、そうさせてもらうよ」


 何だろう、今日のセインはやけに頼もしい。

 いつもは割と落ち込み気味なセインを俺がフォローする形なのだが……立場が逆転している。

 きっと、今回の出来事で何か成長するきっかけを得たんだろうな。いいことだ。


「んっ……うぅ」


 セインの柔らかな微笑みにドキリとしつつ視線を逸らしていると、向かいのベッドがもぞもぞと大きく動いた。

 しばらく唸った後、気だるそうな表情のまま体を起こしたのはシュガー。


「あれ、ここどこ?」

「〝カモメの巣〟だよ。シュガー、うなされてたみたいだけど大丈夫?」


 セインが心配そうに尋ねると、シュガーは一瞬で目を大きく見開いて震えだした。

 こんなに弱々しいシュガー、俺は初めて見た気がする。


「うぅ……ちょっと気分が悪いだけや。

 フェンリルー、こっち来てくれへん?」

「ふわぁ、御意。……わふっ!」


 シュガーの声ですぐに目を覚ましたフェンリルは、欠伸をしながら彼女の元へと向かう。

 すると突然、今は華奢なフェンリルの体をぎゅっと抱きしめたのだ。いきなりの出来事に動揺したのか、フェンリルはシュガーの胸の内でジタバタともがいている。

 一方、シュガーの表情は何かに怯えているようで、決してフェンリルを愛でているようには思えない。

 まるで、子供が親に抱きついて泣いているような――そんな感じ。

 しばらく続いた抱擁は唐突に解かれ、フェンリルは何が起こったのか分からないようで混乱している。


「……主、どうなさったのですか」

「ううん、ちょっと温もりが欲しかっただけや。

 あかんなぁ……ウチはやっぱり弱いわ。ダメダメや」


 魂の抜けたような虚ろな目で言うシュガーに、俺はチクチクと胸が痛んだ。

 こんな時、俺のような存在がどんな言葉を掛けてあげられるだろうか……。


「……弱くなんか、ない。

 シュガーは、俺たちの中で一番強いよ」


 ふと口をついて出たのは、あまりにもシンプルな言葉。

 何の根拠も無いことだけれど、この数日を一緒に過ごして俺は確かにそう思った。

 行動力はずば抜けているし、誰よりも他人のことを考えている。

 こんなにも優しくて強い人を、俺は他に知らない。


「あはは……リュウにまで慰められたか。

 ウチも堕ちたモンやなぁ」

「なっ……せっかく人が心配して言っているのに」


 相変わらず元気は無いものの、やっとのことでシュガーは笑ってくれた。

 俺みたいな不器用な人間が、シュガーの傷を癒してやることは出来ないだろう。

 けれど、こうして少しでも笑わせられるのなら、今はそれでいい。


「ゴメンゴメン。

 ……ほな、一旦あっちに戻ろか。そろそろ昼休みも終わっとるやろ」


 いきなりのシュガーの提案に、俺とセインは顔を見合わせると静かに頷く。

 ついさっきまですっかり忘れていたけど、あっちに戻ればまだ授業があるんだよな……面倒だ。

 それ以前に、俺たちは生徒会長の呼び出しで抜けて幻界(ここ)に来ているのだ。ここまで時間が長いと、後で担任やクラスメートに聞かれたときが余計に面倒くさい。


「ま、考えても仕方ないか。

 ミカド、あっちの世界に戻るぞ」


 諦めたように一人ごちた俺は、今はいないミカドを呼びつける。

 するとセインの隣に想創光が集まり、一瞬で消えると同時に虚空から古本が姿を現した。


『やれやれ……今、あちらの世界では我の前に一人の女子がいる。

 キリっとした表情の、黒髪がよく似合う凛々しい女子だ』

「げっ、林檎かぁ……今出るんはマズイなぁ。

 おらんようになったら教えてくれへん?」

『うむ』


 林檎……そう、あの時俺を助けてくれた副会長だ。

 シュガーの反応からすると、どうやら彼女には頭が上がらないみたいだな。あの凛々しい女性に怒られているシュガーを想像すると、少しだけ笑えてくる。

 てか、見つかったら俺たちも怒られるのか。こりゃ笑ってはいられないなぁ……。

 俺たちが三人まとめて怒られている様を想像し冷や汗をかいていると、ゆっくりと部屋の扉が開いた。

 入ってきたのは四人――シュン、ザック、ラナ、そして宿屋のおばさんだった。


「俺はたった今目が覚めたばかりだ。……おはよう、みんな」

「……うん、おはよっ!」

「おぉ、おはようさん」

「あぁ……おはよう、シュン」


 随分と久しく聞く気がするシュンの挨拶に、三人が一様に挨拶を返す。

 この当たり前のような時間も、なんだか清々しくていい。これはきっと、俺たちがこの世界から勝ち取った時間なんだ。

 そんな物思いに耽っていると、おばさんが遠慮がちに歩み寄ってきた。


「再会の喜びに水を差すようで悪いんだけど……これ、騎士団からあんたたちにって。

 一応親展扱いだから、中身は見てないよ」

「……何コレ?」


 セインが受け取ったのは、一枚の手紙だった。

 あちらの世界でもよく見る真っ白な封筒で、飾りっ気の欠片もない。


「……とりあえず、開けてみようぜ?」


 ザックの言葉に後押しされて、セインは封筒の口を丁寧に剥がす。

 中から出てきたのは、三つ折りにされたこれまた簡素な白い便箋だった。

 一枚しか入っていないことから、そこまで長い文章は書かれていないのだろうが……どんな内容なのだろう。


「それじゃ、あたしが読むね」


 折られた便箋を開きながらセインが言い、その流れで文章を声に出して読み始めた。



 前略 イニシエート一行へ


 本日の隊長との決闘、そして熾天使殿の演説、実に見事だった。

 そこで、我ら王立騎士団はイニシエートという組織の設立に関して、一切の手出しをしないことにした。

 雑種の差別を撤廃することは容易ではないが、そちらはそちらの信念に基づいて行動すればいい。

 ただ、現グランドヴェース王はそちらの意見に断固反対する……そう思っておいたほうがいいだろう。

 なんにせよ、今回の件でエルザ嬢を救ってくれたこと、心から感謝している。

 しかし、次に会う時はまた敵対するだろう。下手に好意など抱かないことだな。


 王都軍第一騎士団副隊長 グレイグ


 追伸 デモリショナーの動向を探るのなら、ニュートピアへ渡ることを勧める。

    ただし、アズポートからの定期便は出ていないだろうから、一度王都へ来るといい。



 セインは読み終えると、複雑そうな表情でポツリと呟く。


「……何ていうか、ハッキリしないね。

 感謝しているみたいだけど、相容れるつもりもないっていうか」

「そうだな。まぁ、こうして情報を教えてくれるだけ、いい人たちなんだろ」


 まさかあの連中からこれほど大きな情報が手に入るとは思わなかったが、これはチャンスかもしれない。

 デモリショナーの動向を探るならニュートピアへと向かえ……海を越えることになるのか。

 確かザック、ラナの故郷もニュートピアのはずだから、旅をしながら二人を孤児院に帰すことも可能だ。

 しかし、そのためには今のところ敵となるかもしれない存在――この国の王が統べる地へと向かわねばならない。

 リスクは伴うことになるが、俺たちの目的を達成するためには避けて通れぬ道だ。

 イニシエートの存在意義でもある〝雑種の差別撤廃〟、それは王都も例外ではないだろう。加えて、ダルクの言っていた〝デーテの復活〟という言葉も気になる。

 やることは多そうだが、一つ一つを確実にクリアしていかないと。


『さて、リュウ。考え事をするのも悪くないが、もうそろそろ例の女子が部屋を出るぞ?

 戻るのならば、今のうちだと思うが』

「……あぁ、分かった」


 そういえば、俺たちの思考はミカドに筒抜けなんだっけ。幻界では姿を現す機会が少ないから意識しなかったけど、下手なことは考えるべきじゃないな。

 俺はセインとシュガーに目配せをすると、二人は頷いて立ち上がった。


「んじゃ、俺たちはしばらくお別れだ。

 まぁ、シュンたちにとっては一瞬なんだけどな」

「毎度思うけど、この時間差はずるいよねぇ。

 いっそのこと、幻界に住んじゃおうかな?」

「…………」


 セインの叩く軽口にも、シュガーは一向に反応しない。

 いつもなら〝なんでやねん!〟とか鋭くツッコミを入れそうなものだが……。

 とりあえず、今はあちらの世界に帰ることが先決だ。話を聞くのはそれからでもいいだろう。


『では、行くぞ……想創! 〝脱世界〟!』


 ミカドの張りのある声が響くと共に、俺たちは眩い想創光に包まれる。

 最後にシュン、ザック、ラナ、フェンリル、そしておばさんに小さく手を振ると、俺たちの体は粒子となって掻き消えた。

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