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俺たちの創世物語-ジェネシス-Ⅱ  作者: 白米ナオ
第七章 創始者(イニシエーター)
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第七章 ⑥

 フェンリルの甲高い声に反応し、アッシュ、グレイグら兵士は、流石の運動神経で素早く後退した。しかしリュウを抱えたままのシュガーは、その反応が大いに遅れる。

 光が徐々に消え、想創が発動されたのだと悟ったあたしは、咄嗟に空中で身構えた。

 直後、モノストロスの巨体が黒い霧となって分離、辺りに拡散していく。禍々しい霧の発生に、人々は慌ててその場から離れだした。

 ――リュウとシュガーを残して。


「主っ! 俺の体を元に戻してくれっ!」


 フェンリルが慌てて叫ぶが、それより早く黒い霧はシュガーとリュウを包み込む。同時に、他に逃げ遅れた人々も包み込んだ。


「な、何やコレっ……」


 微かに聞こえる動揺の声。しかしそれは、次第に苦悶の声へと変わっていく。


「イヤや、何か、入って……イヤぁぁぁぁぁ!」

「主ぃっ! ……まずい、精神干渉型の想創なのか?」


 流石に只事では無いので、あたしはすぐにシュガーの下へと舞い降りようとする。しかし、進路を黒い霧に阻まれたため、これ以上は近づけない。

 どうしたものかと迷っている矢先、背後から何か気配を感じた。

 すぐに振り返ると、そこにいたのは四枚の羽を生やしたラナ。彼女もまた、この場の異常を察して出てきたのだろう。


「セイン……近づいちゃダメ。彼の言うことが正しければ、これはデスピルそのもの。

 身体に入り込めば、たちまち負の感情に襲われる」

「……じゃあ、今のシュガーって」

「そう、彼女は負の感情……恐怖に襲われているの」


 悲しげなラナの表情に、あたしは思わず歯を食いしばってしまう。何とかして助けたい……けれど、近づけない上に対処法が分からない。

 相手が純粋に敵だったとしたら、想創で焼き尽くせばそれでいい。しかし、相手は人間の身体で、なおかつあたしたちの仲間だ。

 一体、どうすればいいの? 頭の中が混乱してきて、軽いパニック状態に陥る。


「とりあえず、霧の状態なら何とか出来るかも……想創。〝ナチュラル・ブレス〟」


 そんな中、冷静に想創を始めたラナ。黒い霧を想創光が覆いつくし、一瞬で消える。すると、修行の時に感じた心地よい風が吹きぬけ、黒い霧を遠くへと追いやってくれた。

 やっぱり、ラナってすごい。こんな状況でも冷静でいられるなんて、よほど経験を積まなければ出来ない所業だろう……少し羨ましい。


「……これで先に進める。行こう、セイン」

「う、うん」


 霧が晴れたことで進路は開けた。あたしとラナはゆっくりと下降し、リュウとシュガーのいるステージ上へと降り立つ。

 幸い、同じステージ上にいたザックとシュンには、影響が及んでいないみたいだ。

 ここに来て初めて気が付いたけど、シュガーは悲鳴を上げながらも、必死にリュウにしがみついている。その光景は、恐怖に駆られてしがみついているのではなく、どちらかといえばリュウを庇おうとしているみたいだ。

 その証拠に、リュウの身体はまだ緑色の鱗が光っている。つまり、デスピルの影響を受けていないということだ。

 対して、シュガーの身体からは真っ黒なオーラが吹き出ている。


「イヤや、止めてっ……一人にしないでぇぇぇ!」

「シュガー……あたしはここにいるよ。大丈夫、今助けるから」


 この言葉は気休めにしかならない、そんなことは分かっている。

 けれど、こんなにも弱々しいシュガーを目にするのは初めてで、それに彼女がいなければ、今頃リュウはデスピルに侵食されていた。何がなんでも、助けなければ。


「……ミカド、どうすれば助けられるかな?」


 力無く呟いた声に反応して、虚空からミカドが姿を現す。

 今更ながら、この姿を見るのは久しぶりな気がする。今はそんなこと、どうでもいいけど。


『うむ、一部始終を見ていたが……取り出すのは相当に難しそうだ。方法として考えられるのは、負の感情を相殺できるほど強い正の感情――喜びを与えるか、もしくは力ずくか』

「喜び、かぁ……けど、喜びは人それぞれ違うし、与えようがないよ。後者は断固反対だし、どうすればいいのかな……分からないよ」


 泣きそうになりながらも、それだけを口にする。

 ここまで弱気になってしまうなんて、あまりにもあたしらしくない。どうしてだろう……。

 こんな時、いつでもリュウはあたしを助けてくれた。けど、そのリュウは今行動不能のまま、シュガーに助けられている。

 この状況を打開するには、あたしとラナ、ザック、フェンリル、そしてシュンで何とかするしかないのだ。


「……セイン、弱気になっちゃダメ。まだ、何か方法はあるはず」

「っ! ……ラナ」


 気付けば、ラナの華奢な体があたしを抱きしめていた。燃え盛る炎の身体であるにも関わらず、力強く抱きしめてくれた。幸い、彼女の体に火傷のような跡は見受けられない。

 ……そうだよ。くよくよしてたら、出来ることも出来なくなっちゃう。


「ありがと。ラナのおかげで、元気出たよ」


 小さな頭をポンと撫でると、あたしは一度落ち着くために深呼吸。そして辺りを見渡す。

 どうやら黒い霧の影響はシュガー以外にも及んでいるらしく、ある人は発狂したかのように喚き散らし、ある人は手当たり次第に人を殴っている。

 あれらは全て負の感情、つまり怒りや悲しみが暴走した結果なのだろう。

 まずは何より、あの人たちを無力化しなくては。


「……セイン、俺を助けてくれないか? 良い方法がある」


 がらがらになって掠れた声。振り返ると、そこには首に枷をはめられたシュンがいた。

 改めて間近に見ると、頬はやつれていて、どれだけ苦しい思いをしてきたのかが分かる。


「シュン……分かった、今助けるね」


 鋭い眼光に何かを感じ取ったあたしは、急いでシュンのいる断頭台へと近づき、閂で留められている枷を外してやる。晴れて自由の身になったシュンは、ゆっくり身体を起こすと、腕をぐるぐる回して体をほぐしていた。


「……一応動けるな。これなら、何とかなりそうだ」

「何とかなる、って……どうするつもり?」

「まぁ、任せておけ。……想創! 〝高揚の杓文字(ライズ・スコップ)〟!」


 体を小さく屈めたまま叫ぶと、右手に想創光が集まってくる。少し長い時間を掛けて輪郭が生まれ、そして光が消えると、そこには見覚えのある巨大な杓文字が握られていた。

 でも、これは確かシュンの切り札だったはず。これでデスピルに侵食された人々を、昏倒でもさせる気なのだろうか?


「ふぅ、後は想像力次第か。頼むから、持ってくれよ……想創! 〝希望の刃(ウィッシュ・ブレード)〟!」


 更に眩い想創光が、杓文字の先端から発生する。初めて聞く単語に驚きつつ、その一部始終を眺めていると、杓文字から光の刃が伸びていた。どうやらあの光は、想創光ではなさそうだ。


「……シュン、何をするの?」

「まぁ、見てろって」


 不敵な笑みを浮かべたシュンは、ゆっくりとシュガーに近づき――躊躇い無く斬った。

 斬られたシュガーは、リュウの体の上にぐったりと倒れこむ。


「っ!」「う、そ……」「おいおい……マジかよ」「貴様ぁっ!」


 あたしとラナは唖然とし、ザックは呆れたように首を振る。フェンリルは怒り狂い、すぐにでも襲い掛かりそうな勢いで毛を逆立てた。

 どうして……どうしてシュンは、こんな奇行に走り出してしまったのだろう。混乱は更に極まるばかりだ。


「あの雑種、やりやがった!」「あぁ……恐ろしいっ」「やっぱり雑種って奴は……っ」


 それは街の人々も同じらしく、シュンの行動に畏怖する声が聞こえてきた。これでまた、雑種に対する評価が下がってしまったのは、言うまでもないだろう。


「さぁて……あと数人か」


 次なる目標を街の人々に変更したらしいシュンは、大きく跳躍すると広場から舞い降りる。

 そして、光の刃でデスピルに浸食された人々を、次々に斬っていった。斬られた人々は、次々にぐったりと倒れていく。


「何を考えてるの、シュン……」

「……なるほどな。セイン、別に心配しなくてもいいんじゃねぇか?」


 あたしの呟きに反応したのは、意外にもザックだった。この状況を見て、心配するなと言われても無理に決まっている。ザックもザックで、何を考えているんだか……。

 軽く溜め息を吐きながら、あたしはシュガーを回復させるために近づく。そして気付いたのだが……どこにも怪我らしいものは見当たらない。

 確かにシュガーは、シュンの想創した光の刃に切られたはず。ならば、斬激の跡が残っていてもおかしくないはずだ。

 訝しげな表情を浮かべながら立ち尽くしていると、全員を斬り終えたシュンが戻ってきた。想像力を消費した所為か、やつれた表情の中に疲労を隠せずにいる。


「……これで大丈夫だ。そのうち、デスピルとやらの影響も消えるだろ」

「シュン……教えて。一体何をしたの?」


 ずっと聞きたかった事に、シュンは表情一つ変えずに返答する。


「何、って言われてもな……俺はただ、侵食された奴らを無力化しただけだ」

「無力、化?」

「そうだ。ひとまず暴れる為の媒介を無力化しておけば、デスピル単体では暴れられないだろ。

 そうして居場所の無くなったデスピルは……こうなるわけだ」


 シュンが指差す先を見ると、シュガーの体からより濃密なデスピルが溢れ出ていた。時間を掛けて排出された黒い霧は、ゆっくりと周辺を彷徨い始める。

 デスピルの抜けたシュガーの体は、先ほどまでの邪悪なオーラを放ってはいなかった。


「……な? 後はあのデスピルを、どうにかするだけだが」

「うーん……あたしの炎で、どうにか出来るかも――」

「分散してる霧に、炎なんて効率が悪ぃだろ。そんなら、俺に任せとけって」


 あたしの声を遮ったのは、なんと先ほどまで拘束されていたザックだった。首の骨をポキッと数回鳴らしながら、あたしとシュン、ラナの前に歩み寄ってくる。


「ラナ、あの霧を一箇所にまとめてくれるか? あとは俺がケリをつける」

「……分かった。〝アレ〟をやるつもりね」


 ラナの言う〝アレ〟がとっても気がかりだったけど、二人を信じて見守ることにした。


「……想創。〝ナチュラル・ブレス〟」


 素早くラナが想創の言葉を発し、更に付け加える。


「――〝スパイラル・スタイル〟」


 スパイラル……すなわち〝螺旋〟か。意味を解釈しながら納得していると、周囲に満ちていた想創光は少しだけ凝縮され、広場の上空に集まり始める。

 そして、数秒の後に想創光が掻き消えると、微弱な風の渦が発生した。

 質量の小さい霧は吸い寄せられて、人間は吸い寄せられない絶妙な力加減。改めて、ラナの魔導師としての能力に感服させられた。気が付けば、デスピルは風の渦に全て吸収され、上空をぐるぐると漂う形になった。


「さぁて、仕上げだな……ラナ、〝リンク〟いけるか?」

「……ギリギリ、かな。まぁ、なんとかなるよ」


 リンク? 初めて聞く言葉にあたしは首を傾げ、シュンは驚きに満ちた目で二人を見ていた。


「まさか……あいつら、もう〝リンク〟が出来るというのか?」

「シュン、その……〝リンク〟って何? 出来れば説明して欲しいんだけど」

「……百聞は一見に如かず、だ。あいつらを見てみろ」


 少し不満だったけれども、言われたとおりに二人を凝視した。

 すると、二人は急に手を繋ぎだした。傍から見ればなんとも微笑ましい光景だけど、今の状況にはそぐわない感じがする。何を考えての行動だろうか……。

 二人は目を合わせ、お互いに頷き合うと、声を揃えて叫ぶ。


「「結合(リンク)!」」


 同時に、二人の体から微弱な想創光が発生した。普通の想創と比べたら派手さはなく、どこか頼りない印象を受けてしまう。

 そんな中、理解に苦しんでいるあたしの目はあるものを捉えていた。

 二人の体から発生しているのは微弱な想創光。しかし、胸部からは一層強い想創光が、二人の間で繋がっている。

 まるで一本の線となって、結ばれているように。


「……まぁ、こういうことだ。結合の具体的な効果としては、想創なしでの念話、結合した者同士の複合想創、そして――想像力の共有だ」

「想像力の……共有」

「そうだ。結合はとても便利だが、誰かが裏切ればパートナーを簡単に殺せる諸刃の刃。

 故に本当に信頼している者同士でなければ、結合なんて使えないんだ」


 シュンの説明を聞き、やっとのことで納得することが出来た。結合することで、戦局を有利に進められるのは勿論のこと、より強力な想創も行うことが出来る。

 そして、孤児院で共に育ってきた二人だからこそ、何の躊躇いも無く結合が出来るのだ。

 合点がいって納得し、改めて二人を見る。ラナは両手でザックの左手強く握り、ザックは右手を黒い霧に向けてピンと伸ばしていた。

 あの様子だと、ザックだけでは足りない想像力を、ラナが補っているみたいだ。


「デスピル――負の感情の塊、か。テメェがどれほど人間やらの悲しみや怒り、憎しみを溜め込んでんのかなんて、頭の悪ぃ俺には分からねぇよ……けどなぁ!」


 ラナの想創によって集まったデスピルをキッと睨みつけると、ザックの右手が成長種族をも上回る密度の想創光に包まれる。あまりの眩さに、その場にいる誰もが例外なく目を逸らすか、手で顔を覆ってしまっている。

 あの想創に、どれほどの想像力を込めているのか……想像も出来ない。


「〝悲しみ〟なんて感情の所為で、大切な人を殺めてしまった俺の能力が……テメェみたいな曖昧な存在に、負けるわけがねぇだろっ!」


 悲痛の叫びが、右手の先に輝く想創光を波打たせる。

 心臓のように鼓動を打ち始めたそれは、更に巨大な光となって周囲を煌々と照らした。


「これで終わらせてやる……想創!」


 そして、二人の声が重なる。




「「〝絶対零度(アブソリュート・ゼロ)〟!」」

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