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俺たちの創世物語-ジェネシス-Ⅱ  作者: 白米ナオ
第七章 創始者(イニシエーター)
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第七章 ⑤

「何を言い出すかと思えば……当たり前じゃないですか! 私たちデモリショナーにとって、人の不幸こそ蜜の味なのですよ。

 醜い争い、泣き叫ぶ子供、理不尽に殺される雑種……全てが私たちの楽しみであり、至福なのです!」


 高らかに言い張るダルクに、あたしも思わず拳を強く握り歯を食いしばってしまう。

 他人の不幸が楽しみ? 至福? イカれているとしか思えない。まともじゃない。


「ふざけた連中や……シバき倒したろか」


 シュガーも憤懣やるかたないといった様子で、足をパタパタ地面に叩きながら苛立ちを顕にしている。

 全くの同意見だし、いっそここであいつを倒してしまおうか……。そんな馬鹿げた考えが浮かびかけて、流石にダメだと自分に言い聞かせる。

 まだ、作戦は進行途中なのだ。今までの流れを無駄にしてはいけない。


「……お前たちにとってそれが本当に幸せなら、俺は全否定することは出来ない。誰しも違う幸せの形があって、それを他人がとやかく言える筋合いなんてこれっぽっちもないから。

 幸せってのは、善にも悪にも平等に分け与えられなければならないんだ」

「おや、その口ぶりだと、私たちの行為を認めているように聞こえますが?」


 認めたくはないけれど、あたしもダルクと同じ解釈をしてしまった。

 全ての者に幸せであって欲しいと願うリュウらしい意見だけど、この状況でもまだ相手の幸せを考えるのだろうか?


「黙れよ。……俺はただ、お前らにも幸せを求める権利はあるって言ってんだ。

 だけど、俺にとっての幸せは希望と笑顔が溢れる、平和な世界なんだ。ここで俺たちの間に、幸せの価値観のズレが生じた。

 だから……俺たちは、お前たちと相容れることは出来ない」

「ふむ……それはつまり、私たちに対しての宣戦布告、と受け取ってもよろしいのですね?」

「あぁ、そうだ。俺たちは己の幸せを追求するため、お前らの幸せを完膚なきまでに叩き潰す。

 それが、この世界を創り上げた俺の――いや、俺たちの責任であり、義務なんだ。だからこそ、俺はこの場で宣言する。これからもう、逃げも隠れもしないために」


 そこまで言い切ると、大きく息を吸い込んで深呼吸。息が整ったところで、叫ぶ。


「俺はっ! この世界の平和のために戦い続けるっ! デモリショナーには屈しない! 雑種差別も絶対に許さない!

 俺はお前たちと対抗するために、リュウ、セイン、シュガーの三人を筆頭に、反デモリショナー組織、〝イニシエーター〟を創設すると、ここに宣言する!」


 イニシエーター……意味するところは、〝創始者〟とでもいった具合か。幻界を創った人間の組織名としては、これ以上ないほど相応しい。


「……リュウ」

「やっぱり、リュウは漢やで。びっくりするくらいに、な」


 あたしとシュガーは感嘆の声を漏らし、視線が合うと思わず微笑み合う。リュウがここまでやるとは想定外だったけど、これは街の人々の心にも届いたかもしれない。

 そんな嬉しさが心を満たして、衝動的にあたしの体をつき動かす。

 もう期は満ちている。動かずにはいられないよ!

 あたしはシュガーと頷き合い、人込みを掻き分けながらステージに向けて走り出す。時折誰かにぶつかるけど、それでも前へと進み続け、ステージに飛び乗ると共に叫んだ。


「想創! 〝成長種族:熾天使〟!」「フェンリル! こっち来ぃや!」


 あたしの体が想創光に包まれ、広場一体が眩く照らされる。そして数秒間続いた光は唐突に消え、背中に翼の存在を確認すると、手早く眼鏡をローブにしまった。

 改めてステージ上を見渡すと、あたしとシュガー、そして仔犬型フェンリルの突然の登場に、グレイグとアッシュは目を丸くしてこちらを見ていた。

 しかし槍を向けられる気配も無かったので、あたしは構わずリュウの傍まで飛翔する。


「熾天使……さっきの炎は、貴女の仕業ですか」


 ダルクが苦々しい表情で呟くけれど、そんな言葉は無視してリュウと目を合わせる。


「セイン……済まない。勝手に色々と決めちまった」

「もうっ、謝らなくてもいいよ。リュウの決めた道なら、あたしはどこまでもついていける。

 だから……まずはこの状況をどうにかしよっ?」


 現時点での問題は、この場にデモリショナーの一員がいるということ。ただでさえエルザと戦って体力を消耗しているのに、この強そうな男と戦ったら確実に負ける。

 だとしたら、今は直接戦わずに退いてもらうしかない。


「……用が済んだのなら、帰ってもらえない?

 あたしはこれから、この街の人々に雑種差別の反対を訴えなきゃいけないの」


 宣戦布告した後で、こんな言葉は気休めにもならない。そんなことは分かっている。

 けれど、今はやるべきことをやらなければならない。

 だから……お願い、今は戦わないで。


「全く……確かに用は済みましたが、貴女の所為で集めたデスピルの大半が消えてしまった。これっぽっちのデスピルでは、こんなことくらいしか出来ませんよ」


 溜め息混じりに言うダルクは、手の平に収まるほど小さくなったデスピルの塊を掲げると、抑揚の無い声で小さく発声する。


「……変化。〝モノストロス〟」


 言葉の響きに嫌な予感がしつつ、彼の手から放たれる想創光から思わず目を逸らした。

 光に包まれたデスピルの塊は、ダルクの手を離れると浮遊し、そして猛スピードで広場の中央へと飛んでいく。


「な、何だっ?」


 誰かの疑問の声が耳に入ると同時に、デスピルの塊がステージに衝突する。

 衝撃を吸収するかのように形を歪めると、塊は地面に溶け込んで一つの影となり、想創光もすぐに掻き消えた。


「……一体何をした?」

「まぁ、見ていれば分かりますよ。……答えを急ぎすぎるのは、あなたの悪い癖です」


 諭すように指摘するダルクの方を見向きもせず、ただじっとステージの中央を見つめた。塊はゆっくりと地面に融けて、気味の悪い真っ黒な模様を足元に描く。

 やがて地面から漆黒の泡が発生し、ブクブクという音を立てながら地表に隆起してきた。

 誰もが言葉を失いながら、何も出来ずにただステージを見つめている。徐々に盛り上がってきた泡は液体へと変わり、ひたすら上へ上へと伸びていった。

 その物体の周囲からは禍々しいオーラが溢れ出ていて、不気味なことこの上ない。

 いつの間にか人間の身長をも超え、物体の頂点はあたしたちのいる場所へと届きつつある。大まかに見積もっても、全長五メートルはくだらないだろう。

 それを見ていたリュウは、ハッとした表情でダルクを見る。


「お前、まさかあの〝影〟をここで出す気か? どういうつもりだっ!」

「どういうつもり、と言われましても。簡単に言えば、私の〝気まぐれ〟ですよ。

 持って帰るには少なすぎるデスピルでしたので、どうせならここで使ってしまおう。そう思いまして、私は実行に移しただけです。……では、私はこれにて失礼します」

「おい、ちょっと待て! 逃げる気かっ!」

「クフフ……まぁ、せいぜい楽しんでください。……想創。〝転移:本部〟」


 獰猛な笑みを浮かべたダルクが早口で言うと、体が眩い想創光に包まれた。リュウは咄嗟に左手を振り、蛇腹状の刀身をダルクへ巻きつけようとするが、周囲を取り囲む刀が彼の体を締め付けるより早く、ぱっと光が掻き消えてしまった。

 残されたのはあと一歩で捉えきれずに、虚しく空を切る緑色の破片。


「……逃がしたか」


 苦々しくそれだけ呟くと、もう一度左手を振り伸びきった剣を回収する。

 ちゃきん、という金属音と共に収まった龍刀龍尾を見つめながら、リュウは巨大化する影に目を向けた。


「とりあえず、あいつを倒そう。あの物体に意思はないから、手加減無用で構わない」

「うん、分かった。……シュガー! 気をつけてね~!」


 口に手を当てて叫ぶと、下から頭上に丸を作るジェスチャーが返ってきた。彼女の足元ではフェンリルが荒々しく跳ねているが、結局のところあたしの発言に自分が含まれていなくて、拗ねているのだ。大人気ないバカ狼は、今のところは放っておこう。

 問題は、あの巨体が暴れだした場合、どれほどの被害が出るのかだ。出来ることなら一撃で仕留めたいところだけど、あたしの炎はデスピルの塊を燃やしきれずに終わっている。

 規模が更に大きくなったあの怪物――モノストロスを完全に燃やせるか、正直なところ不安だ。

 今にして思えば……モノストロス、あれは〝monstoros(異形)〟の変形だったのではないだろうか。ダルクにしても〝dark(闇)〟の変形だろうし、何にせよネーミングセンスが無いったらありゃしない。

 どうせ名乗るならもう少し捻った方が――。


「セイン……どうかしたのか?」


 あたしの思考は、訝しげな表情をしたリュウの発言によって遮られる。

 そうだ、今はこんなくだらないことを考えている場合ではない。目の前の敵を倒すことに集中せねば……。


「ううん……何でもない。それより、どうやって倒す?」

「全力で倒す。……それだけだ」


 即答かつ不敵な笑みで言われるものだから、あたしは黙って頷くしかない。早速刀を上段に構えたリュウは、急に持ち方を大きく変えた。両手で刀の柄を握り、刃先が体の下に向かって伸びた状態。

 例えるのなら、勇者が地面から剣を引き抜いた後の格好だろうか。

 剣道をベースにして戦うリュウにしては、あまりにも規格外な様で少しだけ驚いた。空中という通常ではあり得ない戦場に於いて、剣道など通用するはずも無い。

 それをいち早く理解した上であの形を取るのなら、それは最早リュウが自ら編み出した境地……我流だ。


「想創。〝迅雷〟」


 静かに聞こえる呟き。刀を包み込む想創光。それらを情報として脳が取得したとき、まるで既視感のようなものを覚えた。始めて見るはずの想創なのに、何故だろう……。

 いや、違う。あたしは直接ではないものの、この想創を見たことがある。

 あれは確か、昨日の夜にラナを追って倉庫に向かった時だ……。ザックに対して使用していたはずだけど、その効果は確かものすごく大きな――雷。


「さぁて……派手に決めてやりますか」


 ニヤリと笑って言い放つ一言に、背筋が震えるような凄まじい覇気を感じた。

 昨日エルザとすれ違った時の〝恐怖〟とは違う。リュウがあまりにも頼もしいからなのか、当人でもないのに武者震いにも似た感覚を味わっているのだ。

 それは言い換えれば、絶対に勝てるという〝希望〟に等しい。

 あたしが熟考している間に想創光は消えていて、龍刀龍尾の表面には目に見えるほど強力な電気が発生していた。

 あれで体を貫かれたら、流石の巨体も致命傷は必至だろう。


「……消えろ」


 悟られぬようにそれだけ呟き、少しだけ上空に浮き上がる。刹那――



 ズシャアォッ!



 リュウは、本当に雷となってモノストロスの体を貫いた。頭の天辺は大きく窪み、内部には大きく穿たれた穴が残っている。

 妙に角度をつけて貫いたからか、リュウは体内に取り残されることなく、シュガーの目の前に片膝立ちで、刀を地面へと突き刺していた。

 一方モノストロスは、腕のような部分を強張らせながら感電していた。だが、想創光に包まれていない辺り、息の根を止めたとは言えないだろう。


「……もう、一押しか。後は任せた――」


 しかし、リュウも想像力と体力を限界まで消耗していたみたいだ。風に乗って聞こえる言葉が耳に届いたと同時に、リュウはその場に崩れ落ちてしまった。

 シュガーがすぐに抱きかかえて声を掛けているけど、反応は返ってこない。


「リュウ……」


 すぐにでもリュウの元へと行きたかったけど、最後の言葉がそれを躊躇わせる。

 後は任せた、誰に向けての言葉かは分からないけれど、リュウはこんなにもボロボロになってシュンを助けようとしていた。リュウの意を汲むのなら、最優先すべきはこの事態を収拾することだ。

 助けたい気持ちをぐっと堪えて、あたしは完全に息の根を止めるべく想像を始める。あの手の巨体相手に〝火葬〟を行えば、周りの人間も巻き込む恐れがあるだろう。

 だったら、確実に倒せる方法で倒せばいい。


「……想創! 〝貫く炎〟!」


 相手の周囲から発生する攻撃ならば、周りの人間に当たることは無い。離れた位置に発生した想創光は時間を掛けて凝縮、光が拡散すると共に、深紅の炎がモノストロスを再度貫いた。

 悲鳴こそ上げないものの、身を捩じらせている様は相当に苦しそうだ。


「フェンリル、止め刺したれぇ!」

「御意! ……想創。〝炎の息〟」


 下ではシュガーの命令を受け、小さな体のフェンリルが想創を始める。おぼろげにしか想創光は見えないけど、数秒後には強力な火炎放射器の如く、モノストロスを炎で包み込んだ。

 じわじわと体が融けていき、サイズもかなり小さくなっていく。

 恐怖で慄いていた街の人々も、落ち着きを取り戻したのか、攻撃が当たる度に歓声が沸く。


「いいぞ、もっとやれ!」「頑張ってー!」「絶対に倒せよーっ!」


 これで街の人の心は掴めたはず、後はこいつを倒して言いたいことを言うだけだ。そうすれば、きっとシュンなどの雑種の気持ちだって、分かってくれるはず。


「はぁ、はぁっ……これだけ燃やせば、流石にもう動けまい」


 フェンリルの攻撃が終わる頃には、モノストロスの全長は当初の半分以下になっていた。腕はほとんど燃え落ちて、攻撃の手段はせいぜい体当たり程度だろう。

 これなら、一人も被害者を出さずに倒せるはずだ。

 あたしは今度こそ仕留めてやろうと、もう一度〝貫く炎〟を想像する。その時――


「グォォォォォン!」


 くぐもった唸り声が、広場全体に響き渡った。今まで沈黙を貫いていた異形の咆哮に、街の人々は一気に黙り込む。

 あたしも予想外の展開に思考を遮られ、固まりかけていた〝貫く炎〟の想像が拡散してしまった。このまま発声しても、絶対に想創は成功しない。

 同時に、モノストロスの巨体が想創光に包まれる。あたしは想創を行使していないし、他の誰かが発動させたとも思えない。

 だとしたら、あの光は……。


「ちょ、何なんっ?」

「……っ! 全員下がれぇっ!」

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