第七章 ③
それから数分間、怒涛の攻防劇が続いた。傍から見ると優勢なのはエルザで、リュウは女性を相手にしているからなのか、攻撃の回数は防御の半分も無い。
時折エルザの剣を受け流してチャンスを作るが、そこから攻撃に発展させることはほとんどなかった。
やはり、リュウは本当に〝本気で手加減〟しているのだろう。相手の体力が切れるのを待つため、あえて自分からはあまり動かない。
そのおかげもあってか、エルザの動きが少しずつ鈍り始めてきた。クールな表情も疲れを隠しきれず、額からは汗が流れている。
「はぁ、はぁ……」
荒い息を吐くエルザの表情は苦痛に歪んでいて、いつ倒れてもおかしくない状況だ。
そんなエルザに、リュウは表情にこそ表さないものの、優しい口調で問いかける。
「もう体力は限界じゃないのか? ……頼むから、そろそろ降参してくれ」
「まだだ、まだ戦えるっ! ……想創! 〝穿光弾〟!」
しかしエルザは聞く耳を持たず、確実にリュウを仕留めようと再度想創。疲れているはずなのに、先ほどよりも短い時間で光の刃が現れる。
「貫けぇぇぇっ!」
そして間髪いれずに発射。その様子を見ていたリュウは、迫り来る光の刃を見ず、その先にいるエルザに向けて鋭い視線を送る。
「はぁ……本当にまだ戦えるのなら――」
小さく漏らしつつ、光の刃を目にも留まらぬ速さで叩き落す。砕けた光の刃に目もくれず、振り下ろした刀を体の左後ろに構えたまま突進。一瞬でエルザとの間合いを詰めると、体の前で構えられていた長剣を右斜め上に弾く。
そして、いとも簡単に姿勢が崩されて驚愕の表情を浮かべているエルザの首筋に、リュウは自分の刀をそっとあてがった。
「――こんな致命的なミス、しないだろうが」
「…………」
あの時点でリュウが本気で殺そうと思っていたら、確実にエルザは首を落とされている。
その事実は本人が最も身に染みて分かっているはずで、二の句が告げなくなったエルザは、ただじっと空中で固まっていた。
目には虚ろな光を湛えていて、どこに焦点が合っているのか分からないほど震えている。
エルザは戦意を喪失した、かのように見えた。リュウが首筋から刀を放してやると、力無く腕をだらんと降ろし、そのまま俯いてしまう。
「……私の完敗だ。貴様は見事、私の剣術を打ち破って見せた」
「……はは、やっと分かってくれ――」
「だが、私は王都軍第一騎士団隊長としての職務を果たさねばならない。
それが上からの命令であり、本来の目的だ」
「ちょっと待て。どういうことだ?」
「貴様は私に対して勝手に手加減した。そして私は生きている。
……まだ私から雑種を奪っていないのだから、まだ処刑する権利はこちらにある。そうだろう?」
「なっ……そんなの詭弁だろうがぁ!」
リュウの意見は間違っていない。しかしエルザの言うことにも間違いは無く、彼女の騎士としてのプライドが許すのならば、確かにその意見はまかり通ることになる。
あたしとしても納得が行かないが、広場の人々は大半がエルザの側についている。
その状況があるからこそ、あのような潔さの欠片も無い言葉が発せられるのだろう。
「だから、邪魔者である貴様には消えてもらおう」
急に冷酷な顔つきになり、絶句しているリュウを背に高く飛び上がる。
そして簡単に間合いを詰められない距離を取ると、長剣を上方に掲げ、叫ぶ。
「想創! 〝穿光弾〟!」
またしても同じ想創。もう通用しないことは明白なのに、何をする気なのだろう?
そんなあたしの疑問は、即座に解明されることとなった。
「――〝綺羅星の様〟」
綺羅星、きらきらと輝く無数の星。そんな解釈をしていると、あたしの頭上で想創光が発生した。
何事かと周囲を見渡すと、ありとあらゆる場所に想創光が発生している。それはリュウを囲むようにして、全方位に点在していた。
見た目こそ綺麗だけど、あれが全て光の刃となってリュウに直撃したらタダでは済まない。
その数はどんどん増えていき、大まかに数えても五十は下らないだろう。
「うわぁ……これは流石にヤバイな」
言葉こそ焦ってはいるものの、その口調は呑気極まりない。他人事のようにボソリと呟くと、リュウは急に腰へと刀を納めた。
もちろん想創した刀に鞘などあるはずもなく、左手を輪っかにしてそこに納めるだけ。刀身はむき出しのままだ。
その様はまるで、エルザが放った居合い切りのような、そんな感じ。逃げることもせず、自ら光の刃を破壊するでもなく、ただじっと待つ姿勢。
よく分からないけど、あの様子なら大丈夫。あたしがリュウを信じなきゃ。
「……貴様、最期に言い残すことは?」
余裕たっぷりの表情で言い放つエルザに、リュウは目も向けず一言。
「特に無いが……変化。〝八面玲瓏(はちめんれいろう)〟」
リュウにしては珍しく、落ち着いた声で発声をした。しかも想創ではなく変化。刀が想創光に包まれ、リュウの想像した形に変わっていく。
と思いきや、輪郭は一切変わらずにあっさりと想創光が掻き消えてしまった。一応変化はしたのだろうけど、見た目は先ほどまでの龍刀龍尾と変わらない。
あたしはもちろん、エルザも意味が分からないといった表情をしていた。
「ふん、変化すらまともに出来ない男に負けるとはな……まぁいい。
貴様はもう二度と、私の目の前に姿を現すことはないのだから」
「…………」
無言のまま俯くリュウ。本当に失敗したのか心配になるが、その目はぎらぎらと輝いていて、とてもこれから無数の刃に貫かれる人間とは思えない。
もしかしたら、リュウにはまだ誰にも見せていない、とっておきの秘策があるのかも……。
「……さらばだ。貫けぇぇぇぇぇっ!」
長剣が振り下ろされると共に発射される光の刃。それらは全てリュウのいる場所へと飛んで行き、寸分違わずリュウの体に直撃した。
時折光の刃同士がぶつかり合い、それらが強烈な爆発を生み出す。
映画やアニメの演出にありそうな黒い爆風がリュウを包み、その姿を覆い隠してしまった。
「リュウ……ウソやろ?」
「大丈夫……きっと、リュウなら何とかするよ」
驚きで目を見開いているシュガーの肩に、あたしはそっと自分の手を置いた。あたしたちが信じなくて、誰がリュウを信じるというのだ。
事の顛末を見守るために、あたしは煙に包まれた一帯を見渡した。微風が吹き、徐々に煙を広場の外へと追いやっていく。
そんな中、煙の内部で何かが動いた。すると、リュウのいた場所に溜まっていた煙が一気に散らばり、中から所々が焼け焦げているリュウが姿を現す。
「……ふぅ。致命傷は免れたか」
「なん、だと……貴様、あの大量の穿光弾を、どうやって回避したと言うのだっ!」
「別に驚くことでもないだろ、ほら」
そう言って、リュウは〝バラバラになった刀〟を目の前に突き出す。
何とも形容し難いが、簡単に説明するとするのならば、刀身が幾つものパーツに分かれて宙に浮いているのだ。中国の映画やアニメでたまに見る〝鞭剣〟をそのまま再現したような、珍妙な形になっている。
「昔っから憧れてたんだよな、蛇腹剣。パソコンで調べて実現不可能って分かった時は、正直がっかりしたけどさ……この世界なら何でもアリなんだよなぁ。
想像だけで再現出来るって、今更ながらものすごく便利だわ」
嬉々として話すリュウを見て、どうやってあれだけの攻撃を防いだかを何となく理解した。
そもそも、リュウの言っていた〝八面玲瓏〟という言葉。あれは確か、清らかで澄み渡っている様、という意味を持つ。それともう一つ、多くの人間との交際を円滑に処理するという、八方美人と同じような意味合いも持ち合わせているのだ。
もし後者の意味で変化させたとしたら、あれはきっと幾多もの光の刃を全て捌ききるという、そんな想像を基にしたのだろう。よく見れば、刃の部分が所々で焼け焦げている。
「それに、こんなことも出来るんだ……ぜっ!」
リュウが左手を大きく振りかぶると、刀の中心を通っている白い何かに引っ張られて、刀の破片が連結、元の形に戻る。更にもう一度左手を振り下ろすと、また刀が分裂しながら伸張し、エルザの持っている長剣に巻きついた。
「なっ……貴様、何をする気だ?」
「何をするって、こうすりゃ俺の勝ちだろっ!」
叫びながらリュウは急に背を向け、右肩で刀を担ぐ姿勢になる。
あの体勢、あたしはどこかで見たことがある……そう、あたしが嫌いな体育の授業で。
「うおらぁぁぁぁぁっ!」
思い出した、あれは一本背負いだ。頭の中にあったモヤモヤが消えるのと同時に、リュウは刀を思い切り体の前に引き込む。
急激に力の加わった刀に釣られ、エルザの手に握られていた長剣はいとも簡単にすっぽ抜けてしまった。勢いの乗った長剣はそう簡単に止まらず、最終的には広場の中央に深々と突き刺さる。
しばらくの沈黙。広場の人々は何が起きたのかを理解するのに、結構な時間を要した。
次第に隣の人とひそひそ話し合う声が聞こえ、やがて今までどおりの喧騒を取り戻す。
「嘘だろ……あのメルクリウス十世が、負けたのか?」「そんなの信じないわ!」「あの龍人、本当にやりやがった」「ありえねぇ……強過ぎる」「これが、龍人の力なのか……」
そんな会話をが聞こえているのだろう、上空で固まったままのエルザは頭を抱え、現実から逃げるように首をぶんぶん振り乱した。
その動きに伴って、美しい金髪が揺れに揺れる。
「嘘だ、嘘だ……嘘だぁぁぁぁぁっ!」
エルザの中の何かが崩壊したのか、ヒステリーを起こしたかのように叫んだ。その目には涙が湛えられ、首を振るごとにきらきらと飛び散っていく。
その輝きの向こうに、あたしの目は何とも奇怪な現象を捉えた。
エルザの体が、気味の悪い真っ黒なオーラに包まれている。流石の兵士も異変に気が付いたらしく、すぐさま兵士の一人が翼を展開して彼女の元へと駆けつけた。
苦しそうに唸っている彼女からは次々と黒いオーラが溢れ出て、止まるところを知らない。
「隊長! 大丈夫ですかっ!」
「大丈夫な訳が無いでしょう。彼女は今、負の感情に染まっているのだから」
兵士がエルザの肩を揺さぶっていると、若い男の声が何処からか聞こえてきた。叫んでいたようにも思えないけど、広場にいる全員の耳に届いているみたいで、誰もが声の主を探そうと辺りをキョロキョロ見渡している。
「ちょ、セイン、アレ見ぃ!」




