第七章 ②
楽しそうに言い放ったリュウを見て、エルザの目つきは更に険しくなった。
このやりとりの中で、彼女のリュウに対する好感度は下り坂の一方なのだろう。本人は真剣なのだろうけど、相手にしてみればふざけているように見えるから。
……あるいは、本当にふざけているのかもしれないけど。
「身の程知らずも、ここまで来ると怒る気も失せるな。……ハアァッ!」
神速で繰り出される一撃。五メートル程の間合いを一気に詰め、抜刀と共にリュウの胸を逆袈裟に切り上げた。
あまりに早すぎて、冗談抜きで残像が見える居合い切り。それをリュウは素早く後ろに下がって回避、すぐに体勢を立て直した。
「っと……見た目は中世風なのに、初撃が居合いか。ちょっと意外だな」
「中世風? 一体何の話だ?」
「いや、こっちの話だ。それじゃ、俺も攻めさせてもらうぜ。……セアッ!」
リュウも負けじと、猛スピードで飛び出しての斬激。あたしでもかろうじて目で追えるのは、やはりリュウが手加減しているからなのだろうか。
無論そんな攻撃が当たるはずも無く、頭上からの大振りな一撃はあっさりと防がれ、そのまま鍔競合いに持ち込まれる。
ここでは流石にリュウも手を抜けないらしく、弾き飛ばされぬように押し続ける。しばらくその体勢が続いていたが、次の一手をエルザが仕掛けた。
「想創! 〝穿光弾(せんこうだん)〟!」
センコーダン……閃光弾? 言葉の響きからそう変換したあたしは、急速に集まる想創光を見て反射的に目を瞑る準備をした。
想創光が消えるまでに一秒と掛からず、エルザの頭上には光をそのまま凝縮したような球体が浮かび上がる。
「まずいっ」
リュウも同じ結論に達したのか、目くらましを喰らうまいと鍔競合いから緊急離脱。
後方へ勢いよく下がり、刀の腹を右手で持つと防御の姿勢をとる。
「……貫けっ!」
そして、エルザの鋭い声に反応した光の球体は、小さく膨むと眩しく発光――しなかった。
収縮と共に球体から鋭利な突起状に形を変え、目にも留まらぬ速さで飛翔、反応が少し遅れたリュウの右足を掠めた。
「くっ……熱いし痛ぇ。想創がある程度予測出来る事を逆手に取った、良い攻撃だな」
苦悶の表情を浮かべながらも賞賛するリュウ。その右足首の内側には、痛々しいほどに黒く焼け焦げた鱗が見えた。
上空で吹く風に晒されて、脆くなった鱗がひらひらと舞い落ちる。
「……相手を敬う気持ち、武人としては立派な心がけだ。
しかし、その経験から何も学ぶことが出来なければ、それはただの間抜けだ。……想創! 〝穿光弾〟!」
口元に微笑を浮かべながらの想創。そして更に言葉を付け足す。
「――〝追撃の様(ついげきのさま)〟」
言葉が少し違うが、あれはきっと昨日ラナに教わったばかりの形式変化だろう。凝縮された想創光が小さく波打つと、先ほどより少し長い時間を掛けて掻き消える。
見た目こそ変わらないものの、何かしらの効果が付加されたはずだ。
「……貫けっ!」
エルザが声を発するより、リュウの反応の方が早かった。ハッとした表情を一気に引き締め、上空のより高いところへと飛び上がる。
数瞬前までリュウの居た場所へと光の刃が突き抜け、広場を囲むようにして並ぶ建物に突き刺さる前に急制動。刃の先端をリュウのいる方向へ転換すると、もう一度リュウを狙って突進した。
かなり高いところでリュウが飛び回り、それを追って光の刃が飛んでいく。
幸い光の刃の軌道は直線に限定されているみたいで、上空を蛇行しながら飛ぶリュウには簡単に当たらない。
しかし飛行し続けられる時間もリュウの集中力次第で、少しでも気を緩めれば直撃は免れない。緊張しながらも、あたしは祈るようにリュウの飛行を見守っていた。
「あーっ! こんな所におったんか!」
じっと空を見上げていると、背後から聞き覚えのある声がした。
すぐに振り返り、人込みの中をきょろきょろと探していると、背後から現れたのは汗だくのシュガー。
「全く、ザックとリュウは何を考えとるんや! これじゃ作戦も何もあったもんやないで?」
「あはは……本当だよね。でも、流れは割と良い方向に向かっているよ?」
「そりゃそーやけど……何か納得行かんわぁ」
「もしかして、出番を奪われちゃったのが悔しいの?」
「ちゃうわ! 別にそないな訳やないで! ホンマやで?」
首をブンブン振るシュガーに、あたしは思わず吹き出しそうになる。感情が豊か過ぎるのか、表情だけで嘘か本当か容易に見抜けてしまう。
これが本当に、あの洞察力の鋭すぎる生徒会長様なのだろうか。
そもそも本来の作戦とは、リュウが処刑直前に名乗り出て、まずは説得を試みる。それでもダメだった場合、致し方なく実力行使に出る。
その際にリュウはエルザを押さえて、他の数人はシュガーとフェンリル、ラナ、ザックで鎮圧する作戦だったのだ。
しかし今の状況は、完全にリュウとエルザの決闘になっていて、誰も付け入る隙が無い。
つまり、広場の人々や兵士も上空での戦いに目を奪われているため、鎮圧する必要性は全くと言って良いほどないのだ。ここでシュガーたちが兵士を無力化すれば、それこそ街の人々の反感を買うかもしれない。
故に、シュガーはこうしてあたしを探しに来たのだろう。
「まぁいいけど……全てはリュウ次第だよねぇ」
「せやなぁ……」
そう言いつつ、二人で空高く飛んでいるリュウを見上げる。まだエルザの想創した光の刃に追われていて、心なしか飛翔するスピードも落ちている気がした。
対して、光の刃はスピードを落とすことなく、徐々にリュウとの間隔を縮めている。
どうか当たらないで、と心の中で呟きながら見ていると、遂にリュウは雲よりも高い位置へ飛び去ってしまった。姿は雲に隠されてしまい、現時点での状態を知ることは出来ない。
と、思った矢先。その雲が中心から拡散して散り散りになってしまった。穴の中心からは、リュウが刀を上段に構えたまま高速で広場に――正確に言えば、エルザに向かって飛んできた。
もちろん、背後には光の刃が迫っていて、直線コースに入ったリュウとの間隔を一気に詰めて来ていた。
リュウがエルザに切りかかるのが先か、光の刃がリュウに当たるのが先か……。
「……ぅおらあぁぁぁぁぁ!」
ドップラー効果によって段々と大きくなる声量。その音が最大限にまで高められるのと同時に、リュウの刀がエルザに向けて振り下ろされた。
ガキンッ! と強烈な金属音が響き渡り、防御姿勢をとっていたエルザと、落下速度を上乗せした攻撃を繰り出したリュウとの間に衝撃波が生まれる。
あまりの威力に空気がビリビリと震え、その余波はあたしたちのいる所まで届いた。皮膚が痺れるような不快感に耐えながら、あたしはその後の展開を見逃すまいと空を見上げる。
切り結んだ状態でリュウは、刀を軸にしてエルザの頭上を前方宙返りの要領で飛び越えた。
光の刃は直線で飛ぶため、リュウのいた場所目掛けて止まらずに飛んでいく。もちろん、頭上を飛び越えたリュウを直接追う事は不可能で、さらにリュウが元いた場所の延長線上にいるのは、防御姿勢の崩れたエルザだ。
「……そう来たか」
あくまで冷静さを保つエルザは、光の刃を目前にして頭上にある長剣を振り下ろす。
斬激は見事に光の刃を捕らえ、あろうことか光の刃は粉々に砕け散ってしまった。破片となった光はあっという間に想創光となり、そして虚空へ消えていく。
その様子を見ていたリュウは、鋭い牙を見せて笑みを浮かべていた。きっと元の姿だったら、超ドヤ顔でエルザを見ているに違いない。
「一応実体はあると思っていたが、確証が無かったからな。……もうその想創は怖くない」
「……そのような方法で穿光弾の弱点を看破したのは、貴様が初めてだ。
初見ならば確実に仕留められる想創だったが、通用しないとなれば仕方が無い」
少し残念そうな顔をしたエルザは、長剣を両手で持ち、攻勢に出る構えを取る。
ここからは刀と剣のぶつかり合い、想像力の及ばない世界だ。
勝敗を決めるのは己の技量と体力、そして〝勝つ〟という気持ちの強さ。
「ハアァァァッ!」
「セアァァァッ!」
二人の叫びがぶつかり合い、少し遅れて互いの剣が文字通り火花を散らす。空中戦ということもあり、普通の剣道では出せないような回転切りなど、アクロバティックな技も飛び出す。
そんな熱い戦いを見ていた広場の人々から、互いが攻撃する度に歓声が上がり始めた。
「……なんだかんだで、皆楽しんどるやん」
「そうだね。……今ならシュンとザックを逃がせるかもよ?」
言ってはみたものの、実現可能だったとしてもそれでは目的が果たせない。
シュンのことをほったらかしにして、エルザを応援している兵士たちに半ば呆れつつ、あたしは必死に戦っているリュウに心の中で応援した。
……勝てるよ。リュウなら、きっと。




