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俺たちの創世物語-ジェネシス-Ⅱ  作者: 白米ナオ
第六章 いざ出陣!
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第六章 ⑥

 歩いていたら二十分は掛かりそうな道も、直線で行けばほんの数分で着いてしまった。

 上空から見ると、白い街並みに唯一つ真っ赤な土地があり、不気味な雰囲気を醸し出している。


「あそこだな……やっぱり、もう表に出されてらぁ」


 ザックの呟きが耳に入り、すぐさま視線を広場の中央に落とす。昨日シュガーが踊っていたステージの上には大きな木製の断頭台があり、そこに横たわっているシュンの姿が目に入った。

 吹雪で霞む視界の中でも、あの姿ははっきりと捉えることが出来る。


「シュン……無事なのか?」


 不安に押しつぶされそうな心を奮わせ、俺は人目につかぬよう高度を上げた。

 後ろでセインが俺の肩を強く握るが、〝もう少しの辛抱だ〟と届かぬ念を送っておく。


「さぁて、いっちょ派手に登場するか!

 リュウは俺を持ったまま、急降下して地面スレスレの低空飛行、俺を落としたら素早く人込みに紛れろ。

 吹雪はお前を中心に想創しておいたから、多少の余裕はあるはずだ」

「……だそうだ。しっかり掴まっとけよ?」


 誰に向けて発した言葉なのかは、言うまでも無いだろう。

 背中越しに伝わってくる、首を横に振っている感覚を無視すると、俺は目を閉じて深呼吸。冷気で鼻腔が凍りつきそうだったが、それを何度か繰り返すと意を決し、真っ赤な広場へと猛スピードで落ちていく。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 恐怖心を払拭するために大声で叫ぶと、流石に地上の人間も俺たちの存在に気付き始める。

 ある人はこちらを指差し、またある人は口をポカンと開けてこちらを見上げていた。


「俺――図で――を上げろ! ……今だっ!」


 猛烈な風圧でよく聞き取れなかったが、言いたい事を察した俺はかろうじて聞こえた指示に合わせ、体勢を水平になるまで思い切り上げた。

 飛行中の体が重力に逆らうことで、見えない力に引っ張られ、全体の筋肉が軋むような痛みを感じる。

 それでも水平飛行まで持ち直した俺は、いつの間にかザックが俺の手首を握っていないことに気付いた。

 それだけで、ザックはもう断頭台のあるステージに降り立ったのだろうと思い、すぐに着地地点を探す。ここでヘマをしては、ザックの勇気を台無しにしてしまう。

 前方に人込みの比較的薄い一帯を見つけた俺は、まず体に急ブレーキのイメージを伝えて、少しでもスピードを落とす。

 そして両肩に乗るセインの手を外すと、体を思い切り横に捻り、一瞬宙に浮いたセインを両腕で正面から抱き留めた。最後にタイミングを見計らい、叫ぶ。


「想創! 〝生誕種族〟!」


 惰性で後ろ向きに進みながら、俺の体が想創光に包まれる。

 そして想創光が消えるとともに、背中から地面に落ち、背骨を中心に強烈な傷みが全身を駆け抜けた。

 それでも痛みを堪え、すぐに自身が立ち上がり、同時にセインも立ち上がらせる。幸い周囲の視線はステージに釘付けで、しかも辺りを舞う雪が俺たちの姿を覆い隠していたおかげで、俺たちの突然の登場には誰も気付かなかった。

 立ち上がってなお目を閉じているセインだったが、しばらくしてゆっくりと目を開く。

 辺りをキョロキョロ見渡した後に、隣に立っている俺に向けて心配そうに尋ねてきた。


「リュウ、大丈夫っ?」

「まぁ、作戦は成功だけど……すげぇ痛い」


 いつもなら素っ気なく返しているところなのだが、今回ばかりは洒落にならない痛みだったので、思わず本音を漏らしてしまった。

 正直なところ、デーテから浴びせられた弾丸よりも、こちらの方が痛いと本気で思う。

 ……何はともあれ、作戦の第一段階は成功だ。

 内心で一息ついていると、セインが俺の背中に手を当てる。


「そっか……想創。〝応急処置〟」


 そして俯き加減で呟いたかと思うと、セインの手から想創光が発生した。それは俺の背中を駆け巡り、完全に包み込んだかと思うと、心地よい温もりが背中を埋め尽くす。

 しばらくして光が消えると、先ほどまで痛みを感じていた箇所が随分と楽になった。


「はぁ~……大分楽になったよ。ありがとな」

「どういたしましてっ。それより……ザックは大丈夫かなぁ?」

「ちょっと待ってろよ……よっ、と」


 セインの言葉を受けて、俺は人込みの中で少しだけ背伸びし、前方の様子を窺った。

 周りがうるさくて声までは届かないが、今のところザックは兵士に取り囲まれている。数本の長槍を向けられても物怖じせず、たった今腰の小刀を引き抜いた。

 同時に、声変わりの途中にしてはよく通る声で叫ぶ。


「俺の仲間を処刑すんなら、いくら王都軍でも容赦はしねぇっ!」


 ザックの声にしん、と一瞬静まり返る広場。

 すると、血相を変えた兵士が警戒心を緩めず、じわじわとにじり寄った。


「貴様……この雑種の仲間だというのか?」

「あぁ。俺はこいつと同じ雑種……名乗るとしたら、冬人ウィンタラーってトコか」


 静寂の中で、淡々と交わされる言葉。それはこの場にいる全員に聞こえているはずであり、しかもその内容は己が雑種だという自白。

 この先の展開など、予想せずとも分かりきっている。



 ――ウワアァァァァァァァァァァッ!



「きゃあぁぁぁ! 雑種よぉっ!」「おいっ! そいつも殺しちまえぇぇぇっ!」「雑種など生きて返すなぁぁぁ!」「さっさと死ねぇぇぇっ!」「罪なる存在に天誅をぉぉぉ!」


 湧き上がる広場、そして耳に飛び込んでくる無数の罵り言葉。

 こうなることは分かっていたはずなのに、実際目の当たりにすると、あまりの熱気に眩暈さえ覚えてしまう。それはセインも同じみたいで、ふらつきながらも俺の右手をぎゅっと握って放そうとしない。

 今すぐにでもこの場から離れたかったが、ここまで来て逃げるわけにも行かない。周りの声で状況が把握出来ないため、俺はセインの手を引くと人込みを掻き分けて前進する。

 人の波に揉まれながらも、やっとのことでステージの三メートル手前くらいまで辿り着いた。

 すぐにステージ上に視線を移すと、今まさに一人の兵士がザックの小刀を長槍で叩き落しているところだった。

 金属同士のぶつかり合った乾いた音と共に、小刀はステージの端へと滑り、もう一人の兵士がそれをすかさず掴み取る。


「……くそっ!」


 悪態をついたザックに向けて、長槍を構えなおした兵士が睨みつけながら告げる。


「ふん。その程度の剣術で我ら王都軍に挑もうとは、なめられたものだ。

 ……どうせ処刑する手前、いっそここで殺してやろうかっ!」


 その発言は市民を守る兵士としてどうかと思ったが、周囲の人々はそんなことを気にも留めず、ただザックに対する怒りで喚き散らしていた。 ずっと〝殺せ〟という言葉が耳に残り、気を緩めてしまったら憤りで市民も殴ってしまいそうになる。

 相も変わらずヒートアップする広場の中心で、ザックは努めて冷静さを保っている。長槍を向けられると、やれやれと首を振って両手を挙げた。


「……どうやら、俺ぁ思い上がっていたみてぇだ。

 一人で三人は倒せる計算だったが、たかが純粋な人間一人も倒せねぇなんてな……俺の負けだ。煮るなり焼くなり、好きにしやがれ」

「随分と、諦めが早いのだな。雑種というのは、もっと凶暴性が高く人の言葉に耳を貸さない野蛮なものだと、そう思っていたのだが」

「……テキトーなこと抜かしてんじゃねぇぞ、くそったれ」


 ドスの利いた声で吐き捨てたせいか、更に周囲が熱気を帯び始めてきた。

 今現在のザックに対する周囲の好感度は、シュンをも下回ったに違いない。

 一瞬は怯んだ兵士だったが、すぐに険しい表情でザックに近づくと、素早く両手に手錠のような枷をはめた。鉄製のそれは、あちらの世界で見る手錠とほとんど変わりない。


「皆さん! お騒がせして申し訳ありませんが、ただいまもう一人の雑種を捕獲いたしました。

 我々の意向と本人の意思により、この雑種と共に処刑したいと思います。賛成の方は、盛大な拍手をお願いします!」

「……俺の意思ぁ関係ねーだろ」


 少しだけザックの小言が聞こえるが、それは盛大な拍手喝采によって掻き消される。

 この様子だと、俺たち以外は全員拍手しているに違いない。

 そんな広場を一瞥した兵士は、数人の兵士と目配せしてニヤリと笑う。その表情は楽しんでいるようにも見えて、そんな兵士に俺は少しばかり苛立ちを覚えた。

 当の兵士は、騒がしい広場に向けて手の平を向け、身振りで静かにするよう促す。すると、広場はさっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った。

 それを確認したうえで、兵士は引き締まった表情で話を続ける。


「……さて、皆さんの同意も得られたところで、こちらの準備が完了しました。

 少々早いですが、ここで我ら王都軍の隊長、エルザ=メルクリウス様に入場していただきます。……それでは、入場っ!」


 張りのある声と共に、大分高く昇った太陽の下、一筋の影が広場を駆け抜ける。

 それに気付いた人々は我先にと上空を見上げ、そして誰もが息を呑んだ。

 ……俺や、セインでさえも。


「あ、あれは……っ」

「白い翼……天使、なの?」


 揺らめくドレスの裾、羽ばたくほどに舞い落ちる純白の羽、そして美しい金髪。

 凛々しい表情をしたその女性は、誰もが見蕩れている中、ゆっくりと広場の中央に舞い降りてきた。地面に足先が触れると、軽やかに翼をもう一回羽ばたかせ、そして静かに着地する。


「……お待ちしておりました、隊長」


 恭しく礼をしながら、先ほどザックを拘束した兵士が言う。舞い降りた天使――エルザは、そんな兵士に向けて微笑を浮かべると、続いて広場にいる人々に向き直った。


「皆の者、長き時間を待たせてしまったな。済まない。

 ……これより、元より予定済みの雑種一体、加えて先ほど捕縛した雑種一体の処刑を、開始したいと思う」


 女性にしては低め、アルト調の声。しかしそれ故に、気品溢れるうえに厳かな雰囲気が滲み出ていて、かなりのプレッシャーを感じる。

 ――俺は、この女性と剣を交えなければならないんだ。

 一抹の不安と緊張を覚えたが、それでも意外と冷静でいられた。

 それは単に相手を甘く見ているからなのか、それともシュンを助けたいという気持ちが強いからなのか。はたまた、あの天使の登場で広場が静まり返ったからなのか……。


「……グレイグ、その雑種は処刑を行った後、断頭台へ移す。逃がさぬように見張っていろ。

 アッシュ、断頭台の雑種を起こせ」

「「はっ!」」


 ザックを拘束した兵士――グレイグは、敬礼をするとザックを地面に座らせる。彼も抵抗する気は無いらしく、仏頂面のまま大人しくあぐらをかいて座った。

 ザックの剣を拾った兵士――アッシュは、同じく敬礼をすると持っていた長槍の柄をシュンに向け、顔の部分を何度かつついた。

 しばらくすると、シュンはうっすらと目を開き、徐々にその大きな目を見開く。


「……そうか。俺は今、処刑される真っ最中なんだな」


 その場の空気で全てを悟ったらしいシュンは、苦々しい表情で呟いた。体や顔に目立った傷は見当たらないが、その表情は以前見た時と比べ、見違えるほどやつれている。

 あの様子だと、牢獄の中でろくに飯も食べさせてもらえなかったのだろう。


「あぁ、その通りだ。物分りが良くて助かる。

 ならば、お前が何故死ぬ前に意識を取り戻しているのか、大体の想像はつくだろう?」

「……死に際の言葉は選ばせてくれる、ってか。俺みたいな雑種に対して、随分とサービスがいいじゃないか。グランドヴェースのお偉いさんよ」



 ――バシッ!



「……っ!」


 突然の打撃音に、隣にいるセインが思い切り息を呑んだ。

 シュンの脳天目掛けて、アッシュの持つ長槍の柄が振り下ろされたのだ。


「貴様っ! エルザ様に対してその口の聞き方は何だ!

 たかだか生誕雑種の分際が、身の程をわきまえろぉっ!」

「……落ち着け、アッシュ。民衆の前だぞ」

「っ! ……申し訳ありません」


 憤懣やるかたない、といった表情のアッシュだったが、エルザの制止により何とか落ち着きを取り戻す。

 決まり悪そうに直立の姿勢をとったアッシュを尻目に、エルザは盛大にシュンを見下しながら、更に低い声で告げた。


「この状況でも皮肉を言えるとは、大した度胸だ。褒めてやりたいところだが、生憎そんな暇は残されていないからな……覚悟を決めろ。

 この数分間は、お前の自由に叫べばいい。せめて悔いを残さぬよう、己の思いを燃やし尽くせ」

「……〝霊魂(スピリット)〟にならない為の配慮か。全く、徹底してやがるぜ」


 シュンの言葉で、俺はシェイディアの森でシュンが言っていたことを思い出す。

 曰く、強い未練を残して死ぬと、成長種族で〝霊魂〟と呼ばれるものになってしまうらしい。もちろん、霊魂とは感情など存在せず、ただ彷徨っては他の種族を攻撃する、虚無の存在。

 ……それはある意味、死より辛いことなのかもしれない。


「……お前がそう捉えるのなら、勝手にすればいい。さぁ、想いを全て出し切れ!」


 少しだけ表情に憂いを見せたエルザは、最初は消え入りそうな声で、最後は今までどおりの低く重みのある声で告げた。

 あの様子だと、意外と真面目にシュン個人への配慮をしていたのかもしれない。まぁ、気のせいだとは思うが。


「ふっ……ならば遠慮なく」


 一瞬は怪訝そうな表情を浮かべたが、俺と同じく気のせいだという結論に至ったのだろう。

 微笑を浮かべると大きく息を吸い、そして語り始める。


「何から話せばいいか……正直、何故俺がここにいるのかさえ、俺自身でも分からない。

 気を失った後に目が覚めたら、そこは冷たい牢獄だったのだから」


 悲しげな表情をして話すシュンに、俺は心の中で何度も謝罪をする。本当に辛かったのは、あのような方法でしか街に入れなかった俺たちではない。

 俺たちの行動によって酷い扱いを受けた、シュン以外の誰でもないのだ。


「今まで誰にも捕まらないよう、俺は必死に逃避の生活を続けてきた。そのツケもあるんだろうな……初めての入獄は、そりゃあもう辛かった。

 タダでさえ満身創痍で体中が悲鳴を上げているのに、飯すらろくに食わせてもらえない」

「…………」


 あれだけ憎悪に満ち溢れていた広場も、不気味なほど静まり返っていた。それはエルザの鶴の一声で静まり返っているだけなのか、それとも真剣にシュンの話に耳を傾けているのか……。

 前者ならば面倒だが、仮に後者だった場合、この後の展開は少し楽になる。


「一昔の俺だったら、一思いに死んでやっても良かったと思っただろう。

 なぜなら、昔の俺に手を差し伸べてくれる奴なんて、誰一人いやしなかったのだから」


 今にも泣き出しそうな表情で淡々と語るシュンに対し、周りの視線は何処までも冷たかった。どうやらこの様子だと、差別で苦しんできたシュンに同情する気は、微塵も無いらしい。

 隣ではセインが唇をきゅっと真一文字に結んで、俺の服の裾を強く握り締めている。今すぐにでも助けに行きたい一心なのだろう。


「……でもな、そんな俺にさえ、手を差し伸べてくれる物好きがいた。

 そいつらは生まれたての子供みたいで、この世界のことを何にも知らなかった。種族もはっきりしないままだったし、外見は純粋な人間みたいだったから、初めは憎しみを覚えて殺そうと思い接触したんだ」


 自嘲気味に話すシュンに、次第に聴衆からひそひそと〝やっぱり雑種は……〟という嫌悪に満ちた声が聞こえてきた。今の時点では、俺も流石にこの人たちを責めることは出来ない。

 でも、俺はシュンが悪い奴じゃないことぐらい、とっくの昔に知っている。


「……完全敗北だった。あいつらは何にも知らないくせに、俺とは桁違いの想像力を使用して俺を圧倒したんた。

 その後の流れで話してみれば、こんな俺とも目を見て話してくれるし、あまつさえ差別されていた俺を受け入れてくれた。……信じてくれたんだ」


 そう言いながら、シュンは目を細めて口元を緩ませる。あの頃を思い出しているのだろうか、その表情は恍惚とも言えるくらい、幸せそうだった。


「……リュウ、セイン、それにシュガー。俺がどうしてこうなったのかは、想像に難くない。

 きっと街に入る時、俺を上手いこと匿おうとして失敗したんだろ? だからこうして、一度は牢獄に入らざるを得なくなったんだ」

「……貴様、仲間がいるのか? こいつ以外に?」


 後ろで槍を構えていたアッシュは、これ以上ないほど眉間にしわを寄せて尋ねた。

 シュンは荒い鼻息を吐くと、ザックの方を見向きもせずに答える。


「黙秘権を行使する。……まぁ、こいつも雑種という意味では、確かに仲間だな」

「はっ、別に俺ぁ一括りの種族として、お前と馴れ合うつもりはねぇよ」

「……お前、本当にこいつを助けに来たのか?」

「んなもんテメェで勝手に想像しろよ。俺ぁ俺のすべきことをしたまでだ」

「きっ、貴様ぁ……」


 ピリピリとした空気の中、エルザだけは何か思案しているようだった。

 名前も出てしまったことだし、流石にこの場に仲間がいるという結論に辿り着いたのだろう。辺りをキョロキョロと見渡し、一瞬だけ俺と目が合う。


「……まぁいい、そろそろ時間だ。お前、もう気は済んだか?」


 しかし探すのを諦めたエルザは、嘆息すると視線を落とし、シュンに尋ねる。


「言いたいことは全て言ったが……まだ死にたくはないな」

「この期に及んで命乞いをするか……惨めだな」

「別に乞うたつもりは毛頭ない。これはただの独り言だ」

「……そうか」


 またも嘆息するエルザは、アッシュに目配せをすると小さく頷く。

 それがきっと合図だったのだろう、アッシュが命令すると後ろから一人の兵士が現れ、やたらと装飾が施された一本の剣を運んできた。鞘や柄にはたくさんの宝石が散りばめられ、昼の日光を反射してキラキラと光を放っている。

 それを受け取ったエルザは、しゃりっ、という軽い音と共に剣を抜く。

 刀身の装飾は少なめで、輝く刃は返り血さえも拒絶するような、絶対的な純白だった。


「これは私の仕事なのでな……痛みを感じる間もなく、お前を黄泉の地まで送り届けてやる」

「…………」


 シュンはというと、その輝く宝剣に目が釘付けで、空いた口が塞がらない様子だった。見蕩れているのではなく、おそらくあの剣が放つ何かに圧倒されている感じだ。

 あの剣で己の首を落とされ、そしてこの世から消え去る……想像したら、穏やかではいられないだろう。

 ……そろそろだ。執行の時が、俺の登場する合図となる。


「これより、この雑種の首を落とす。……お前、最期に言い残す言葉は?」


 これ以上ないほど冷酷な目をして、エルザが淡々と告げる。

 しばらく放心状態で剣を見ていたシュンは、ハッとした表情でエルザの顔を仰ぎ見ると、急に涙を浮かべた。


「俺は、俺は……やはりまだ死ねない。……リュウゥゥゥ!

 俺はまだ、お前と共にこの世界の行く末を見守りたいっ! だから、だからっ――」


 そして大きく息を吸い込むと、空気を切り裂かん勢いで絶叫した。


「――助けに来てくれぇぇぇぇぇっ!」


 急激に静まり返る広場、思わず耳を押さえる街の人々。それらを見渡しながら、未だ頭の中に反響するシュンの声を反芻した。

 助けに来てくれ、その言葉が心の中で波紋となり、俺の心に火をつけ、次第に闘志となって燃え広がる。


「ふっ……お前を助けに来る者はもういない。観念して、覚悟を決めろ」


 呆れたように軽く首を振ると、輝く剣を頭上高くに持ち上げる。

 眩いほどの光を放つ宝剣を見つめながら、俺はボソリと一言だけ呟いた。


「……想創。〝速度上昇〟」


 剣の輝きにも負けないほど俺の体が光を放ち、神速ともいえる瞬発力をその身に宿す。

 幸い、返り血を嫌ってか断頭台の周りには人が少ない。俺は一瞬だけ低姿勢になると、そのまま体重を前方に傾け、足を思い切り蹴り出す。



 ズゴォォォォォッ! パシィッ! ……カラッ、カタカタッ。



 この世界に来て二度目の白羽取り。そして、俺はシュンの顔も見ずに呟いた。


「……助けに来たぜ、シュン」

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