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俺たちの創世物語-ジェネシス-Ⅱ  作者: 白米ナオ
第六章 いざ出陣!
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第六章 ⑤

 宿屋〝カモメの巣〟を出ると、大通りは既に大勢の人でごった返していた。

 その足並みは皆一様に噴水広場の方面、つまり鮮血の広場へと向かっている。街の住民は今から行われる処刑が楽しみなのか、表情が活き活きしていた。

 これからの作戦で重要なのは、如何にして人込みに紛れ込み、そして処刑台となるであろうステージの近くを陣取れるかだ。そのポジション次第で、作戦が成功する可能性は大きく変わってくる。

 故に、ここで足止めを喰らって立ち止まっている場合ではない。


「さて……どうやって切り抜けようか」


 ここでもし成長種族を使ったら、龍人の力で空を飛び、道のりを大幅にショートカットすることは可能だ。

 しかし姿が目立ちすぎる上に、龍人はこの街の住民が忌み嫌う雑種なのだ。見つかった瞬間に捕まってしまうのは想像に難くない。

 かといって、この人込みを掻き分ければ確実に二人とはぐれるだろう。

 ザックはまだしも、運動音痴のセインがついて来られるとは到底思えない。

 せめて、人に見つからない条件さえ整えば……。


「リュウ、俺に考えがある」


 あれこれ思考していると、ザックに肩を叩かれた。

 やけに真剣な表情をしているザックに、俺の脳裏に少しだけ嫌な予感がよぎる。


「まず、お前は外見を気にせず空を飛べ。セインを背負って、俺は両腕で抱えろ。

 目くらましの方は、俺の想創で何とかするから」

「……それから?」


 話を聞いていて、今後の展開が大分読めてきた。嫌な予感は外れないというが、この時ばかりは本気で外れてほしいと願っていた。

 そんな俺の願いは虚しく、ザックはとんでもない作戦を笑顔で言い放つ。


「鮮血の広場まで行ったら……俺を地上へ落とせ。

 そっからは俺が囮になるから、お前はすぐに生誕種族に戻って、上手いこと人込みに紛れろ。分かったか?」

「ちょっと……どういうこと? 全っ然話が見えないんだけど」


 眉根にしわを寄せたセインが、少しだけ声を震わせて尋ねた。

 どちらに聞いたのか定かではないが、とにかく納得の行く答えを求めているのは分かる。動揺の色を見せているのは、きっと〝囮になる〟というフレーズが強く印象に残っているからだろう。


「……言葉の通りだ。俺が囮になる、ただそれだけ」


 俯き加減で告げるザックの周りを、少しだけ冷たい風が吹き抜ける。

 あまり気分を落としてしまうと、ザックの〝アレ〟が強くなってしまうかもしれないな。

 そのことも含めて、セインには後で色々と話す必要がありそうだ。


「ザックがそう言うのなら、俺は一切反対しない」

「ちょ、ちょっとリュウ……」


 ここはザックの覚悟を信じ、意を汲んで思い通りにさせてやらねばならない。それがザックの為であり、現在考え得る最善の手段だから。

 少しだけ計画が変わってしまうけど、シュガーたちなら臨機応変に対応してくれるだろう。


「……ありがとう。そんじゃ、このことはラナに伝えておく」


 ザックはそう言い、俺たちと少し離れて目を閉じる。そして、想創をするために発声した。


「想創。〝念話〟」


 この想創を俺は知っているが、直に想創する場面を見るのは初めてだった。

 ザックの頭部に想創光が集まったかと思うと、細い糸状になった想創光は上空へ飛び、そして次第に光を弱めていった。どのようなプロセスでお互いの思考が繋がるのかは分からないが、とにかく今の光が、ザックとラナを繋いでいるのだろう。

 しばらくは沈黙を貫いていたが、そのうち表情が険しくなったり、思い切り首を横に振ったりする。頭の中でどのような会話が交わされているのかは知る由もないが、きっとこの作戦にラナは猛反対することだろう。


「ねぇ、後でちゃんと聞かせてよ?」


 ぼんやりと眺めていると、後ろからセインの声が掛かる。

 セインが聞きたいこととは、言うまでも無くザックを囮にする理由、その他諸々だろう。


「あぁ。後でちゃんと話してやるよ……ザックが許可したら、な」


 俺の返答にセインは不満げな表情を浮かべたが、渋々といった感じで頷いた。

 そんなやり取りをしているうちに、ザックが静かに目を開く。それと同時に、ラナとの繋がりが切れたからなのか、ザックの頭上で想創光がパッと弾けた。


「これでよし! そんじゃ、まずは人目の付かない所へ行くぞ」


 やけに笑顔で言い放つザックが、俺には強がっているようにしか見えなかった。

 これからの行動は、下手をすれば命を落としかねない。十五歳の少年が背負うには、どう考えたって重い役割のはずだ。

 内心ではきっと、ものすごく怖がっているだろうに……。

 しかしここで余計な心配をすれば、ザックの決意が揺らいでしまうかもしれない。結果的にそれがミスを呼び、最悪の結末を迎える起爆剤にもなりかねないのだ。

 だからこそ、俺に出来ることは彼を支えてやることだ。あからさまに心配するのではなく、彼の行動に迷いが生まれぬよう、サポートしなければならない。

 言うなれば、一人で羽ばたこうとする雛を見守る親鳥のようなものだろう。


「どうしたの? ボーっとしちゃって」

「……いや、何でもない」


 たった三歳しか違わないのに、何を益体も無いことを考えているんだ。平和な世界で安穏と過ごしている俺より、この世界を生きているザックの方がよっぽど自立しとるわ。

 自分の考えに呆れつつ、スタスタと歩き出したザックの背中を追う。

 その足取りは大通りの反対方向で、海に向かって歩くと突き当たりで左折。〝カモメの巣〟を過ぎると細い路地裏に入り込んだ。

 ここは確か、昨日セインに鱗を引っぺがされそうになった場所のはず。

 昼間でも建物と建物の影で薄暗く、どこか隔絶された場所である故、ここで大規模な想創光が発生してもほとんど外に漏れ出すことはない。それは昨日の成長種族で実証済みだ。

 そんな空間にぽつんと置いてある木箱に座り、ザックは先ほどと変わらぬ笑顔を見せる。


「さぁて……少し時間があるし、ちょっと話でもしようぜ!」


 セインの視線をひしひしと感じ、いつ話そうかと迷っていた折に、ザックからそんなことを言い出した。

 笑顔の奥にある輝きの無い瞳が、俺に訴えかけてくる。〝お前が話せ〟、と。


「……そうだな。それじゃ、まずはセインにザックのことを知ってもらおうと思う」

「…………」


 俺の言葉に反応したセインは、何一つ聞き逃すまいと俺を凝視している。

 一応ザックにも目配せをしておくと、腕を組みながら静かに頷いた。もう自身をさらけ出すことに抵抗は感じていないのか、毅然とした態度を貫いている。


「何から話せばいいのか分からないけど、とりあえず質問。

 ……セイン、勘でいいから答えてほしい。ザックの種族が何か、分かるか?」

「えっ? ……見た目からしても、純粋な人間だと思うけど」


 見た目、か。確かに外見は俺たちと変わらないし、変わるところといえば髪が異常なまでに白いことくらい。

 周りを見渡しても、真っ白な髪の純粋な人間は珍しくないし、本当に外見で判断すれば、ザックは純粋な人間なのだろう。


「そう、思うよな。俺も初めて見たときは、純粋な人間だと思っていた」

「思っていた、ってことは、まさか……」


 流石にここまで来れば、俺の言わんとしていることが伝わったはずだ。

 また辺りに涼しい風が吹き始めるが、それに構わず俺はセインの求める答えを告げる。


「あぁ。ザックは純粋な人間と雪妖精(スノー・フェアリー)の間に生まれた……雑種だ」

「っ! ……そう、なんだ」


 セインはその言葉だけ言い、急に黙り込んでしまう。

 驚きで言葉が出ないのか、差別を受けている現状にザックの運命を嘆いたのか、あるいは両方か。どちらにせよ、この話を俺の後ろで聞いているザックは、かなり気分が沈んでいることだろう。

 しばらくの沈黙、三人しかいない路地裏に、夏にしては冷たすぎる風が吹きぬける。セインは小さく体を震わせているが、この異常なまでの冷気の正体を知る由もないだろう。

 あるいは、薄々勘付いているのかも知れないが。


「ちょっと寒いね……君なんでしょ、ザック?」


 セインの言葉に、顔を上げたザックは薄笑いを浮かべる。

 それと同時に、寒ささえ感じさせる冷気も、次第に威力を弱めていった。


「ハッ、意外と鋭いじゃん……そうさ。この寒さの原因は、俺が雑種としてこの世に産み落とされ、同時に背負わされた固有能力、〝エモーショナル・チル〟だ」

「エモーショナル・チル……感情の、冷気」


 気の抜けた声で、ザックの発した言葉を翻訳する。この世界で便利なのは、言語はほとんど外の世界と変わらないので、名前を聞けばある程度の予測が出来ることだ。

 英語は得意と自負するだけあって、セインもその意味を噛み砕いて理解しようとしている。

 その様子を見ていたザックは、軽く溜め息をつくと解説を始めた。


「はぁ……ま、内容は言葉のまんまだ。俺の感情が昂ったり沈んだりすることによって、俺を中心にして冷気が巻き起こる能力。

 おまけにこれは常時発動型の想創だから、俺の意思でどうにかするこたぁ出来ねぇ。

 さらに付け加えれば、この能力はどうにも俺の〝悲しみ〟に対して、異常なまでの力を発揮しやがると来たもんだ」

「そんな……じゃあ、倉庫に雪が積もっていたのは、その能力の所為ってこと?」


 倉庫、それは昨日の夜にザックと戦っていたときのことだろう。ザックもそのことに気付いたらしく、力ない微笑を見せながら告げる。


「ま、そうなるな。あん時はリュウも〝悲しいことは全部俺にぶつけろ!〟とか言ってたし、遠慮なく能力を暴走させたかも知れねぇ」


 自嘲気味に呟くザックの周りを、より一層冷たい風が吹き抜ける。

 寒さに顔をしかめながらも、セインは同情の眼差しをザックに向けていた。


「それじゃあ、ザックが悲しむことって……」

「あぁ、周りにとっては傍迷惑な話だろうな。

 欲しくもなかった能力のおかげで、俺が悲しむことは周りを不幸にする。だから、俺は人前じゃ弱いところを見せられねぇんだ」


 そう言いつつも、ザックは俺たちに弱いところを見せている。ザックの目から落ちる雫を、俺は見逃さなかった。

 辺りは遂に水分が凍り始めるまでに冷え込むが、それでもありのままの姿をさらけ出してくれるということは、俺たちに気を許してくれたということだろう。

 もっと簡単に言い換えれば、〝信じて〟くれているということだ。


「ザック……」


 セインが思い詰めたような表情で何かを言おうとするが、ザックは顔を背けてしまう。

 そして建物の隙間から見える狭い空を仰ぎ見ると、ふと思い出したように告げる。


「っと、そろそろ時間だな。リュウ、もう成長種族になってもいいぜ」


 あれから時間はさほど経っていないはずだが、その点を指摘しない方が無難だと思われる。

 泣くのを堪えるために出た言葉を否定しては、流石に我慢したザックが可哀想だ。

 あくまで悲しまないように貫く姿勢に、俺は少しばかり感心した。一歳年下の割には、大分男としての心構えが出来ている。

 それは背負わされた運命の重さで鍛え上げられたものなのか、それとも俺と同じく、守りたいものがあるからなのか……。

 妙に親近感を覚えつつ、そんなことはおくびにも出さず、代わりに真顔で口を開く。


「……そうだな。想創! 〝成長種族:龍人〟!」


 最近は想創にも慣れたもので、今では目を瞑らなくとも龍人の姿を想像することが出来る。最早もう一つの体とも呼べるほどにまで脳内に染み付き、想創光が発生してから消えるまでの時間に至っては、大雑把に数えても三秒を下回った。

 ザックは思わず目を覆っていたが、ゆっくり目を開き俺の姿を眺めると、感心したような表情で深々と頷いていた。


「へぇ……コレが噂に聞く龍人ってやつか。成長種族ってだけでもすげぇのに、どんだけ短い時間で想創してるんだよ?」

「うーん……慣れ、ってやつだな」


 経験を積み重ねれば、それだけ状況に適応できる。想創というのは、言うなれば人生そのものに例えることも出来るのかもしれない。

 すなわち、幻界に来たばかりの俺はまだ子供の状態で、想創を繰り返すうちに大人になっていく……そんな感じだ。


「慣れ、ねぇ。そんだけで成長種族を想創出来るってんだから、流石はこの世界を丸ごと創り上げた張本人だな」

「ははは……そりゃどーも」


 皮肉交じりの言葉に、思わずセインと目を合わせて苦笑してしまう。今にしてみれば、この世界を創り上げるためにどれだけの想像力を使ったのか、恐ろしくて考えたくもない。

 ミカドの補助があったから良いものの、無ければきっとこうしてこの地に立つことは無かっただろう。

 ぞっとする考えと周囲の冷気も相まって、無意識に少しだけ身震いする。

 龍人の体でなければ、今頃俺の肌には鳥肌が立ちまくっていたに違いない。

 そんなことを考えていると、ザックはまたしても真剣な表情になって口を開いた。


「さて、楽しいお喋りはここまでだ。

 そろそろ罪人が処刑台に運ばれて、少しの間見せしめとして人前に晒されるはず。……クソッ! 考えるだけで胸糞悪ぃ」


 同じ雑種として、自分が民衆に姿を晒されている光景を想像したのだろう。

 最後は不快感を顕にして言葉を吐き捨てた。そういえば日本でも、昔は罪人を見せしめにするため縄で縛って人前に晒していたとか、国語の教科書で読んだことがある。

 この処刑のルーツはもしかして、そこから来ているのかもしれない。

 言った本人はバツの悪そうな表情を浮かべ、気を取り直して続ける。


「……すまねぇ。とにかく、そろそろリュウの仲間とやらが表に出てくるはずだ。

 どの街でも、雑種が表に出た途端にビンを投げたり野菜を投げたり……あぁムカつくっ!」

「落ち着けよ……大まかには想像出来るから、その先を話してくれ」


 頭を掻きむしって叫ぶザックをなだめると、今度こそ冷静さを取り戻して続ける。


「はぁ……悪ぃ。要するに、現時点で奪還することは可能なんだ。

 ただ、お前の目的が〝仲間の奪還〟だけなのか、〝聴衆への呼びかけ〟なのか、それだけで行動は大きく変わる」

「重要なのは、タイミングってことだよな」


 シュンを取り返すだけなら、俺の姿を晒してでも無理矢理連れ出し、街の外へ逃げればそれで終わる。

 けれども、雑種差別の反対を呼びかけるならば、聴衆が最大限に注目している場面、すなわち処刑の寸前を見計らって乱入しなければならない。

 シュンを危険に晒すリスクは大幅に増えるが、その分注目度は大いに期待出来る。


「そういうことだ。俺ぁ別に取り返すだけなら、リュウ一人でも充分過ぎる戦力だと思ってはいる。

 だが目的が後者である以上、どうしても人々の関心をこちらに向けつつ、かなりの時間を稼がなければならない。だからこそ――」


 そこで一旦言葉を止めると、急に表情を和らげて続きを言い放つ。


「――俺が囮になる。つっても、上空から落ちて仲間を救おうとするも、結局返り討ちに遭い捕まってしまう間抜けな雑種を演じるだけだが」

「……まさか、最初からそのつもりだったの?」


 驚愕の表情を浮かべるセインが尋ねると、ザックはさも当然かのように大きく頷いた。

 その反応を見たセインは、呆れたようにこめかみを手で押さえる。


「全く……なんで男の子って、そんなに無茶したがるの?

 もうちょっとマシな方法だって、探せばいくらでも見つかるでしょうに……」

「男ってのは、常に格好よくありたいものなんだよ」


 セインの肩をポンと叩いてやると、ザックと目を合わせてニヤリと笑みを交わす。

 俺としては、ザックの気持ちも少しばかり分かる気がするのだ。自分から危険な場所に身を投じ、その過程を通じて得た成功というものは、何とも形容し難い快感を覚えるものだ。

 ……まぁ、単に格好つけて目立ちたいだけなのかもしれないが。


「はぁ……止めても無駄なんでしょ? だったら、あたしとリュウはザックの危険を最小限に抑えられるよう、しっかりサポートしなきゃいけないねぇ~」


 諦めたように言うセインに、俺とザックはまたしても笑みを交し合う。こいつは俺と思考が似ているのか、何かしら通じ合えるものがあるみたいだ。

 こういうのをきっと、以心伝心とかシンパシーとか言うのだろう。

 ひとしきり笑いも収まったところで、俺は気持ちを切り替えて口を開いた。


「その通り。……セインの了解も得られたところで、そろそろ行きますか!」


 二人の目を順に見遣ると、引き締まってはいるものの、恐怖を微塵にも感じさせない表情で頷いた。

 今現在の俺もきっと、こんな表情をしているのだろう。


「よっしゃ! 思っきし暴れてやるぜぇ!」

「暴れるって……でも、絶対にシュンを取り返そうね!」

「もちろんだ! ……それじゃ、セインは俺の背中に。ザックは俺の腕に掴まってくれ」


 思い思いの言葉を発したところで、俺はセインに背を向けた。

 一応衣服に包まれてはいるが、後頭部から尻尾にかけて生えている、銀色の毛がチクチクするのは我慢してもらうしかない。こればかりは、俺の意思でどうにか出来ることではないのだ。


「よい、しょっと。……何か乗り心地がイメージと違うかも」

「我慢してくれ……それじゃ、ちょっと飛ぶぞ」


 残念そうな表情を浮かべているセインに呆れつつも、俺は〝飛ぶ〟イメージを体に伝える。

 不思議なことに、成長種族の状態ならば発声しなくとも、意思で飛ぶことが出来るのだ。

 ふわり、と浮き上がった体でバランスを整えると、次は下向きに手を伸ばす。無言で頷いたザックはしっかりと俺の手を取り、己の握力で手首をがっちり掴んだ。

 俺は手の構造上、強く握りすぎると鋭い爪が刺さってしまう。一回り細くなった手首に掴まるのは至難の業だろうが、こちらもザックに頑張ってもらうしかない。

 圧し掛かる重みに耐えながら、俺は狭い路地を徐々に上昇し始めた。あっという間に建物の上まで飛び上がると、まだ光に慣れない目を凝らして周囲を見渡す。

 人の流れを目で追って、鮮血の広場がある位置を大まかに把握すると、ザックに向けて一言。


「目くらまし、頼む」

「任せとけ。……想創! 〝吹雪(ふぶき)!〟」


 ザックの言葉と共に、辺り一面に想創光が広がり始める。

 しかしザックはそこで一息吸うと、大声で更に言葉を付け足した。


「〝局地型(きょくちがた)〟!」

 すると、言葉に反応した想創光が凝縮し始め、俺たちの半径五メートル程を包み込む。

 少しだけ嫌な予感を覚えつつ待っていると、想創光が消えると共に雪がちらつき始め、次第に威力を強めていった。もちろん、それは想創光の包んでいた範囲内での話だが。

 急激な寒さに顔をしかめていると、下からザックの元気そうな声が聞こえてきた。


「ちったぁ寒いかも知れねぇが、我慢してくれよ?

 吹雪自体は目立つけど、周囲からは内部にいる俺たちの姿は見えねぇはずだ!」

「……本当かなぁ? あたし心配になってきた」


 上下から聞こえる声にどう反応して良いか分からず、結局無言のまま鮮血の広場へと向かうことにした。

 この場でじっとしていては、戦う前に凍え死んでしまいそうだから。

 時々近くを飛ぶカモメなどの鳥類を巻き込まないよう、細心の注意を払いながら前進する。時折地上を見下ろすも、幸いこの異常な吹雪に気付く者は、今のところ見当たらない。

 心身共にヒヤヒヤしながら、俺は上空の最短ルートでひたすら進み続けた。

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