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俺たちの創世物語-ジェネシス-Ⅱ  作者: 白米ナオ
第五章 強く、もっと強く
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第五章 ⑤

「……やっと出番か。覚悟しろよ、生意気娘」

「むっ……その言葉をそっくり返してあげるよ、ペット狼」


 いつの間にか話題はあたしたちの模擬戦になっていたけど、確かに時間はかなり遅い。

 太陽が沈むと同時に、背後には輝く月がゆっくりと昇り始めていた。早く決着をつけないと、八時までに宿へ戻れないかもしれない。

 しかし……相変わらずムカつく狼だ。今度こそはあたしの威厳を見せてやらないと。

 お互いに睨み合ってバチバチと火花を飛ばしていると、遠慮がちにラナから声が掛かる。


「あの……セインは出来るだけ、素の状態で戦ってみて」

「えっ……それって、熾天使で戦うなってこと?」


 あたしの問いに、ラナは静かに首肯した。

 今までの戦いの中で、生誕種族の姿で戦ったのはおそらく最初の一戦、つまりシュンとの戦いだけだ。あの時は成長種族の存在を知らなかったし、何より熾天使という存在がどれほどのものかを知らなかった。

 でも、今ならラナが言わんとすることをはっきりと理解できる。

 あたしが熾天使として戦うのに慣れてしまうと、必然的に熾天使の姿が主体になってしまう。

 すると、もしも街の中で戦闘した場合、あたしの存在は大いに目立ってしまう。それに何より、人々に畏怖される可能性もあるのだ。

 何故なら、〝天使は自分の意志で、無差別に人を裁くことが出来る〟から。あたしは進んでそんなことは出来ないけど、周りの人にとってそんなことは関係ない。

 ただ、近くに脅威となる存在があるだけで、自然と恐怖を覚えてしまうものだ。

 だからこそ、あたしはありのままの姿で戦えるようにしないといけない。


「……分かった。頑張ってみるよ」


 不安を見せないよう、少しはにかんでみた。みんなは何も言わないけれど、きっと強がっているのはバレているんだろうなぁ。

 現に、フェンリルはニヤニヤとほくそ笑んでいる。


「ふっ、生誕種族の生意気娘なぞ取るに足らん。本気を出すまでもないな」


 挑発的な言葉を吐くと、後方に跳躍してあたしとの間合いを大きく開ける。

 あたしのために広めの間合いを取ったのか、それともこれがフェンリルの間合いなのか……後者でないことを切に祈りたいところだ。


「むっ……油断していると、足元すくわれるよ?」


 あたしも精一杯の虚勢を張って対応するが、自分で虚勢と言っている時点でかなり怖がっているのは自覚できる。

 あんな巨体を目の前にしても、本気でハリセンを叩き込んだシュガーはどれだけ肝が据わっているのだろうか……。

 そんな言葉でフェンリルが怯むはずもなく、鼻で笑うと重心を低くして攻撃の態勢を取った。リュウとシュンが二人掛りでも倒せない相手を、あたし一人で倒せるのだろうか……。

 とりあえず、ラナに言われたとおりにしないといけないな。


「想創! 〝生誕種族〟!」


 言葉と共に、あたしの体を想創光が包み込んだ。

 翼が消える感覚に寂しさを覚えつつ、あたしの頭にふと疑問が浮かぶ。

 そういえば、何故元に戻る際に〝想創〟と言わないといけないのだろうか。

 少し前のラナの話だと、想創とは〝想像力で創造〟することだったはずだ。成長種族で自分の体に別の種族を上書きしているのだとしたら、それを消せば済む話だと思うけど……。

 あれこれ思考を巡らせているうちに、あたしの姿は炎の天使から普通の人間に戻っていた。心なしか体が重くなった気がするのは、きっとさっきまで宙に浮いていたからだろう。

 決してあたしの体重が増えたわけじゃないよね、うん。

 そう自分に言い聞かせると、ぼやけた視界を回復するべく眼鏡を掛ける。

 やはり矯正で得た視覚なので、成長種族の時ほどクリアな映像ではない。あたしも昔は、あんなに綺麗な映像を自分の目で見ていたのかと思うと、今の目がものすごく嫌になる。


「どないしたん?」

「ううん、何でもない。……それじゃ、始めようか」


 数分前のラナと同じ台詞を口にすると、あたしはいつでも走れるように――逃げられるように、と言った方が正しい――低姿勢で身構える。

 しかし、運動神経皆無のあたしにフェンリルの攻撃が避けられるとは思えないので、魔術で短期決着を狙ったほうがよさそうだ。


「少し遊んでやるか……想創。〝炎の息〟」

 聞き捨てなら無い台詞と、この世界で一番嫌いな想創の発声が順番に聞こえる。

 咄嗟に反応したあたしは、この先の展開を先読みして真横へ走り出した。徐々に想創光に満たされていくフェンリルの口元を確認すると、あたしは海を背にして立ち止まる。

 あの攻撃の第一波を避ければ、あたしにも反撃の余地はあるはずだ。

 もし避けられなくても、後ろに海があるから消火は出来るし、回復だってちゃんと出来る。


「ウォォォォォ!」


 大方の予想通り、フェンリルは思い切り炎を吐いてきた。多少は拡散するかもしれないが、基本的には一直線の攻撃だからあたしでも避けられる可能性はある。

 落ち着いて、落ち着いて軌道を見るんだっ!


「……今っ!」


 目前まで迫る炎に恐怖を覚えつつも、左側の方が明らかに炎の薄いことを確認し、これ以上ないダッシュで左側へと避ける。

 後ろでは轟音を立てながら炎が通過して、その高温で海水を一瞬のうちに蒸発させていた。

 避けられたことに安堵の息を吐くと、フェンリルは表情一つ変えずに首の向きをあたしのいる方向に合わせる。同時に炎の軌道も変わり、あたしを包み込もうと迫ってくる。


「ちょっと……どんな肺活量してんのよ~っ!」


 かれこれ二十秒位は経っているはずなのに、炎の勢いは止まるところを知らない。フェンリルは少しだけ苦しそうに唸っているが、それでもなお息を吐き続ける。

 このまま逃げ回っては埒が明かない。しかし反撃しようにも、走りながら想創出来るほどの体力をあたしは持ち合わせていないのだ。


「どうする? 考えろ、考えろ~……」


 呟きながら、海岸線をただひたすら走り続けた。

 海に沿って走ること三十メートルくらいだが、炎は未だにあたしを追従してくる。威力こそ弱まっているものの、やはり当たればタダでは済まない火力だ。

 しかし、次第に息切れが激しくなってきて、最早考えるどころの話ではなくなってきた。

 もしもこのまま体力が尽きてしまったら、一撃も浴びせることなくあたしの負けだ。


「はぁ、はぁ……負けて、たまるかっ」


 フェンリルに対する負けん気だけが、あたしの体を動かしてくれる。このまま距離を取ってはおそらく相手の思う壺なので、火力の弱まる頃合を見計らって急ターン。

 なんとかすさまじい火線から逃れると、徐々にフェンリルとの距離を詰め始めた。

 それと同時に、フェンリルの想創も効果が切れた。

 長く息を吐きすぎて咳き込んでいるが、こんな良い機会を逃す訳にはいかない。

 想創するなら今しかないっ!


「はぁっ……想創! 〝火の玉〟!」


 息も切れ切れに、何とかその言葉だけを発した。同時に想創光があたしの目前に現れたが、集中出来ていない所為か想創光の集まりがすごく遅い。

 何とか形にしようとひたすら想像しつづけるものの、想創光が消えて火の玉が現れるまで五秒近く掛かってしまった。


「エホッ……無様な想創だな、生意気娘」

「……うるさい、バカ狼っ!」


 思わず挑発に乗ってしまったあたしは、感情のままに右手を振り下ろして火の玉を発射する。

 狙いこそ外さなかったけど、そのスピードはあまりにも遅かった。


「誰がバカだぁっ!」


 あっさりと跳躍で避けられた上に、フェンリルは着地の瞬間大きく地面を蹴りだし、あたしとの間合い――三十メートルはあるだろうか――を一気に詰めてきた。


「ひっ……!」


 巨体が迫ってくる、しかし息切れと恐怖で体が動かない。

 反撃しようにも、あたしは窮地に立たされてなお、冷静でいられる精神力も持ち合わせてはいない。

 ――せめて、熾天使だったら……。


「っ! ……そう、いうことなの?」


 逃げようとしたあたしは足がもつれて、体のバランスを大きく崩す。

 倒れ込む最中は、まるでスロー再生した映像みたいにゆっくり時間が流れ、そんな感覚の中であたしは己の弱さの理由を悟った。

 あたしの最大の弱さは、自分で自分を弱いと決め付けていることだ。口では〝強くなる〟と言い張っていても、実際は熾天使の能力に頼り切っている。

 それはあくまでこの世界で得た力の強さであって、あたし自身の強さではない。

 その点シュガーは、この世界の能力を活かしつつも己の力で敵を倒していた。成長種族で強化され、強くなったと思い込んでいるあたしとは天と地ほどの差がある。

 ――こんな体たらくでいいの? フェンリルに勝つんでしょ?

 再び戦意を奮い立たせるあたしだったが、突如一つの巨大なシルエットに覆い隠される。


「これで終わりだ。……想創。〝衝撃の咆哮〟(ハウリング・インパクト)」

 倒れ込むあたしの上に写るフェンリルの姿と声、そして集まる想創光。全てを確認すると、徐々に時間が元の早さに戻っていく。

 自由落下の不快な感覚に身を任せていると、フェンリルの口元に集まった想創光が掻き消え、何かしらの能力ないし魔術をフェンリルに付与させた。


「グァオォォォォォォォッ!」


 鼓膜をビリビリと震わせる甲高い咆哮に、耳を塞ぐ間もなくあたしは地面に叩きつけられる。

 体中を強烈な痛みが駆け抜け、身動きが取れないままあたしは悶え続けた。


「くぅっ、いやあぁぁぁぁぁ!」


 遂に耐え切れなくなり、あたしは辺りが暗くなっているのも気にせず叫ぶ。もしかしたら、海を通じてアズポートの街にも届いているかもしれない。

 永遠に続くと思われた衝撃は、次第に勢いを弱めて痛みを和らげる。

 しかし体に残った痛覚が後を引いていて、フェンリルの強力な想創が終わった後も立てなかった。


「……貴様の負けだ、生意気娘。これ以上――」

「ま、だっ。あたし、諦めて……ないもん」


 あたしの放った言葉に、フェンリルは表情を歪めて不快感を顕にした。

 往生際が悪いのは分かっている。けれど、この生意気な狼に一方的にやられるくらいなら、無様でもいいから、最後に足掻いて一矢報いてやろう。

 一撃、それだけあれば十分だ。


「……想創。〝火葬(クリメイション)〟」


 今のあたしでは、きっと熾天使みたいに強力な想創は出来ないだろう。熾天使の能力もあるけれど、何よりあたしが熾天使こそ強いと思い込んでいるからだ。

 でも、弱いからこそのメリットだってあるかもしれない。

 例えば、〝範囲を極限にまで狭める〟とか。

「〝焦点型(フォーカス・スタイル)〟」

 今日だけで二回目の形状変化。幸いフェンリルに使うのは初めてなので、まだあたしの想創を予測出来ないでいる。

 手元に集まり始める想創光を確認したフェンリルは、遠距離型の魔術と判断したのか、大きくバックステップで後退した。


「想創。〝衝撃の咆哮〟」


 そして先ほどと同じ想創。きっとあたしの想創を、あの強力な衝撃波で打ち消そうというのだろう。

 どちらの想創光もかなり集まってきて、発動はほぼ同じタイミングと思える。そこから勝負を決めるのは、どちらの想創が如何に大きなダメージを与えるか、だ。


「グァオォォォォォォォッ!」

「……お願い」


 迫り来る衝撃波をじっと眺めつつ、あたしは静かに右手を振り下ろす。

 地を抉りながら激しい音と共に駆け抜ける咆哮は、寸分の狂いもなくあたしに直撃した。


「きゃあぁぁぁっ!」


 地面ごと無理矢理体を持ち上げられ、大きく後ろに飛ばされた後に墜落する。痛みが我慢の限界を迎えていて、最早生きている心地がしなかった。

 しかしあたしはありったけの力を振り絞り、目線だけをフェンリルの方向へと向けた。あたしの手元に集まっていた想創光は一瞬で消えるが、そこには何も発生していない。

 怪訝そうな表情をしたフェンリルがこちらを見ていると――。


「なっ……グアァァァッ!」


 突如、フェンリルの巨体が燃え出した。炎を振り切ろうと飛び跳ねているが、あたしはフェンリルを指定して想創している。そう簡単に、火葬場の炎を消させはしない!

 しかしその効果も永遠と続く訳ではない。

 ただでさえ満身創痍の体で振り絞った想創はそう長く持たず、ものの数秒で鎮火してしまった。

 勝てなかったけど……一応ダメージは与えられた。今はそれでいいや。


「……あたしの負け、だね」


 両手を挙げて降参の意を示すと、真っ先にラナが駆け寄ってきた。

 疲れからか少しだけ意識が遠のき、油断したら今すぐにでも眠ってしまいそうだ。


「……想創。〝トリート・オブ・ウィンド〟」


 ラナの声が聞こえたかと思うと、あたしの体を想創光が優しく包み込んだ。想創光が消えると、あたしの体の周りには優しいそよ風が吹き始める。

 それはとても心地よく、体中にあった擦過傷も少しずつ治療していた。


「すごい……」


 思わず感嘆の声を漏らしたあたしに、ラナは優しく微笑みかける。その笑顔を見ていると、何だかさっきまでの痛みもあっという間に和らいでいく。

 気付いたときには、フェンリルとの戦闘で付いた傷は完全に治り、溜まっていた疲労も全く感じなくなっていた。〝全く〟は言い過ぎかも知れないけど。

 逆にこんな想創を掛けられても起きないザックって、どれだけ重症なんだろう……。


「……大丈夫?」


 心配そうに顔を覗き込んできたラナに、あたしは少し悩んで頭を撫でてあげた。


「うん、ラナの想創のおかげでね。もう何処も痛くないよ~」


 あたしの言葉を聞き、ラナはほっとした表情を見せた。

 後ろに立っていたシュガーもまた、安堵の表情を浮かべている。


「心配させんなやぁ~……ま、ウチのフェンリルが強すぎただけや。

 セインの戦いもサマになっとるし、今日の修行はえぇ結果になったんやないか?」

「サマにって……逃げ回っていただけなのに?」


 思い返せば、何とも無様な戦いをしたものだ。

 炎から逃げ回って自分の体力を削った挙句、〝火の玉〟はいとも簡単に避けられてしまった。

 もしも実戦で同じことをしようものならば、あたしは冗談抜きに殺されている。

 しかしシュガーは、小さく首を横に振ると笑顔を見せる。


「逃げるんも戦略の一つや。

 それに、フェンリルの炎を避けるタイミングもバッチリやし、最後の想創も結構効いたんちゃうかな。……せやろ、フェンリル?」


 急に話を振られたフェンリルは、座り込んでいるあたしを見下していた。

 しかし目を細めると、ぼそぼそと小さな声で言う。


「……認めたくは無いが、主の言うとおりだ」

「ほらな? セインやって、もうちょい体力があれば勝てたかも知らんやん。

 せやから、戦いがサマになっとるっちゅーたんや」


 とりあえず、あの狼が素直に認めたことに驚いた。てっきり強がってあたしを罵倒するものかと思っていただけに、何だか拍子抜けだ。

 とは言うものの、あれだけ形勢が不利だった時に、あの想創が出来たのはある意味で奇跡かもしれない。

 あたしの負けん気が強かったからかもしれないけど、それだけであれほどの想創が出来るのだろうか?

 ――まぁ、今はそんな細かいことを気にしても仕方ないな。

 考えすぎて頭が痛くなってきたし、精神的な疲れもかなり溜まっている。

 この世界での精神的な疲れは、きっと想像力を消費した証なのだろう。今は一刻も早く休息を取りたい。


「体力、これから少しずつ付けなきゃいけないね。……疲れたし、そろそろ帰ろう?」

「……そうだね。時間も丁度良いし」

「ウチ、めっちゃ腹減ったわぁ~……帰ったらメシ食うでぇ!」

「主に同意だ」


 全員の意見が一致したところで、あたしはゆっくりと立ち上がった。

 あたし以外の皆は、目に見えて疲れている感じではなかった。皆丈夫だなぁ……。

 こうして、あたしたちの短いようで長い修行は幕を閉じたのだった。

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