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俺たちの創世物語-ジェネシス-Ⅱ  作者: 白米ナオ
第五章 強く、もっと強く
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第五章 ①

 体の感触が戻ると同時に、誰かが尻餅をつくような音が聞こえた。


「っ! セイン、大丈夫?」


 目を開けると、珍しく動揺を顕にしたラナがあたしを見つめていた。

 そりゃあ先ほどまで抱きしめていた人間が急に消えて、すぐ現れたら驚きもするだろう。


「うん、大丈夫っ。心配掛けてゴメンね」


 この世界を出たときには悲しくて仕方が無かったのに、今では先ほどの出来事が嬉しくて笑顔すら浮かべている。

 後でラナには色々説明してあげないといけないな。


「ラナ、さっきはセインと喧嘩して色々と迷惑を掛けた。とりあえず仲直りは出来たのだが、心配掛けさせた……本当にすまない」


 後ろからリュウもバツの悪そうな表情で謝る。

 未だに状況がよく理解できていないのか、ラナは顔中に疑問符を浮かべていた。


「とりあえず、説明が要るんちゃうかな?」


 隣のシュガーが至極もっともな意見を言うと、あたしは軽く頷きラナの手を引いて立ち上がらせた。

 彼女には幻界の生い立ちを話しても問題ないだろう。


「ミカド! ちょっといいかな?」


 あたしはその場にいないミカドを呼びつける。

 間もなくして、あたしたちの後ろに想創光が発生し、それが消えると見慣れた一冊の本が浮かんでいた。


『うむ、こやつらには話してもよかろう。事情が事情だからな』


 一応ミカドの許可も取っておこう、そう思って呼んだミカドの返事はとてもあっさりしていた。

 そういえば、あたしたちの心は筒抜けなんだっけ。


「じゃあセイン、いつも通りよろしく頼む」


 小さく手を振りながらリュウが言い、あたしは苦笑してそれに従う。今思えばこうして説明を任せてもらえるのも、きっとリュウがあたしを信頼しているからなのだろう。

 それに早く気付いていれば、あんな仲違いを起こさなくて済んだのかな……。


「えっとね――」


 そこからは本当にいつも通り、この世界を創ったのはあたしたちだということ、これまでの簡単な経緯、そしてついでにデーテという存在について話した。

 先ほどはラナとザックに関連する話しかしていなかったから、これでお相子だろう。


「……そう、なんだ。セインたちも、大変なんだね」


 力無く呟くラナに、あたしは肩にポンと手を置いた。


「大変なのはお互い様でしょ? ……リュウたちにも話さないとね。ラナとザックの事」

「…………ん」


 一瞬大きく目を見開いたかと思うと、すぐに俯いてしまった。あたしに話したときもそうだったけど、やはり人においそれと話せる事柄ではないらしい。

 本人の精神的にも、今置かれている状況の悪さ的にも。


「……無理はしなくていいんだよ? 話したくないのなら、話さなくてもいい。

 自分で言うのが怖いのなら、あたしが代わりに説明してあげるから……ね?」


 しばらく俯いたままのラナだったけど、最終的に〝セイン、お願い〟と言うと隣の部屋に篭ってしまった。やっぱりあたしが説明するしかないか……。

 あたしたちの部屋に残ったのはリュウとシュガー、フェンリル、そしてミカド。

 その内ラナのことに関して把握しているのは、あたしとミカドだけだ。


「何から話せばいいのかな……とりあえず、あの子たちの出自から」


 あたしが口を開くと、その場にいる全員がこちらに注目した。皆の視線を浴びつつもあたしは話し始める。


「あの子たちはニュートピア出身で、二人とも孤児だったの。

 あちらの大陸は純粋な人間が多いことはシュンから聞いたと思うけど、その分種族間抗争も多いらしくって、戦争で親を亡くした孤児がニュートピアには沢山いたんだって。

 ……でね、二人はその例に漏れず親を亡くした孤児で、同時に義兄弟のような存在だったらしいよ」


 この部分だけでも、当事者じゃないのに話しているだけで心が痛む。

 ラナにとっては苦痛以外の何ものでもないだろう。


「ニュートピアの街には孤児院が点在していて、二人とも孤児院暮らしだった。

 でも、二人の暮らしていた孤児院はとっても貧乏だったらしくって、いつ潰れてもおかしくなかった状態だったんだ。

 そこで、年長者のラナとザックが……売ったの、自分の体を」


 表情には見えなかったけど、リュウとシュガーが息を呑む音が聞こえた。

 あたしだって、初めて聞いたときはそのような反応をしたものだ。気持ちはよく分かる。


「一応この世界でも人身売買は罪とされているのだけど、それを承知で二人は実行した。

 でも、そんな身売りの子供を善人が買うわけないよね。案の定、すごくタチの悪い組織に買われた。それもかなりの高額で」


 リュウは拳を強く握って、シュガーは口元を大きく歪ませて怒りを顕にしていた。

 果たしてその怒りの矛先はこの世の不条理に対するものか、ラナとザックの行動なのか……。


「その組織は幻界でも最も凶悪とされる犯罪組織で、盗みや暴力は当たり前、挙句の果てに街を一つ滅ぼしたっていう噂もあるくらいなの。

 その組織で働けるかどうかの試験として誰でもいいから殺せといわれて、あたしたちに目をつけたのが昨日の話。

 ……ふぅ、あたしとミカドが聞いたのはここまでかな。二人とも、すっごく大変な思いをしてきたんだよ」


 あたしが一息つくと、その場にいた全員の空気が暗くなった気がした。

 そりゃあこんなにも重い話をすればそうなるだろう。


「……なぁ、その組織の名前ってもしかして〝デモリショナー〟とか言わないか?」


 静かに口を開いたリュウの質問に、あたしは驚愕した。

 それはあたしがこの後言おうとしたことで、決してリュウが知っている名前ではないはずなのだ。


「なんで、その名前を知ってるの?」


 震える声で質問すると、リュウは険しい目つきでこちらを見ながら答える。


「やっぱりな……。その話を聞いていて、その組織はこの前一悶着あった組織と特徴があまりに似ていたから。

 もしかしたらと思ったが、本当だったか」


 そういえば、確かに以前謎の集団と交戦したという話は聞いた気がする。

 あの時は精神的に平常じゃなかったから、ほとんど聞き流していたけど。


「ほんなら、ウチらの敵はラナとザックを虐げとる組織なんやな?

 せやったら、あの子らのためにもそいつらと戦わんといかんっちゅーわけやろ? 簡単な話で助かるわぁ」

「シュガー……あっさり簡単なんて言うけど、すっごく危険な組織なんだよ?

 確かにラナとザックのためには戦うことになるけど……あまり深く関わらないほうがいいよ」


 この状況で知り合った二人を見捨てるわけには行かない、そんなことは分かっている。

 でも、大きく行動を起こして因縁をつけられたら、これからの旅に支障をきたす。

 あたしは出来れば、みんなに危険な目に遭ってほしくない。

 きっと昨日のリュウも、それだけを考えてあたしを心配してくれていたのだろう……今更気付いても遅いけど。

 だから今回も心配してくれる。そう思っていたのだけど、リュウの口から発せられた言葉は意外なものだった。


「出来れば深くは関わりたくない。でも、関わらざるを得ないんだ」

「ど、どうして? 自分からわざわざ危険な目に遭う必要なんて――」

「デーテがっ! ……デーテが、その組織に関わっていたんだ。こればかりは見過ごせない」


 あたしの言葉を遮って発せられた言葉に思わず絶句してしまう。いつもは冷静なリュウが熱くなるときは基本的に重要な局面、それが中学の時から彼を見てきたあたしの結論だ。

 言葉を遮るレベルとなると、彼にとってかなり深刻な問題だといえる。

 口を開けないあたしは、リュウの次の言葉を待った。


「その……俺たちと交戦した〝影〟を操っていた張本人と、俺は〝念話〟で話をした。

 その時に奴はデモリショナーの存在を俺たちに露見したわけだが……奴らは既にデーテが死んだものだと考えているみたいだ。

 奴もはっきりと〝昨日までは仲間だった〟って言ってたしな」

「じゃあ、あたしたちの〝デーテは生きている〟説はただの思い過ごし、ってこと?」


 あたしの問いにリュウは肯定せず、しかし否定もせず小さく首を横に傾けた。


「その点は確証がないからどうにも言えないが……まぁ警戒するに越したことはないだろ。

 俺としては、こういうときって悪役が生きている可能性が高いと思うし」

「……まぁ、ファンタジーには有りがちな展開だよね」


 ここはあたしたちの想像によって出来た世界なのだ。もしあたしたちの〝相場〟とか〝固定観念〟がそのまま反映されているのだとしたら、デーテ本人の意思に関わらず彼が復活している可能性も考えられなくは無い。そんな展開イヤだなぁ……。


「まぁ、それは後に考えればいい。それより今はシュンのことを考えないと」

「せやなぁ……とりあえず、明日の正午に死刑が行われるっちゅー話やったな」


 明日の正午……今は大体午後四時位だろうから、死刑執行まであと二十時間ほどだ。

 あちらの世界でもあと四時間後には、シュンの生死が決まる。

 ――先生にバレたら、きっと大目玉食らうだろうなぁ。

 そんなことをぼんやりと考えながら、あたしはリュウとシュガーの会話に耳を傾ける。


「そうだ。俺とフェンリルが出した結論からすると、きっと染血の広場で王都から来る騎士団とやらが死刑を執行するはずだ。

 そこで、俺たちはその場に乱入してシュンを奪還する。この前も言ったけど、この作戦はかなりの危険が伴う」


 そこまで言ったリュウは、あたしの目を見据えると静かに口を開く。


「……今度は誤解無きように聞くけど、俺は決してセインが足手まといだとか思っているわけではない。むしろ心強い仲間だと思っている。

 それを踏まえて今一度聞く……セイン、シュンを奪還するために間違いなく戦うことになるけど、協力してくれないか?」


 以前は〝無理はしてほしくない〟と消極的な聞き方で少し悲しかったけど、今回の言葉は間違いなくあたしの心に響いた。

 そんな些細なことでさえ、とっても嬉しい。


「しょうがないなぁ……そこまで言われちゃ、協力するしかないよね~」


 あたしは笑みがこぼれるのを必死に堪えるべく、おどけた口調で返事をした。

 リュウは苦笑しつつも大きく頷き、そして皆に向けて言う。


「じゃあ、全員参戦って事で構わないな? だったら、明日の作戦についてだが――」


 バタンッ!


 説明の最中、随分と激しい音を立てながらリュウはその場に倒れ込んでしまった。


「リュウッ!」


 あたしは即座に駆け寄り、リュウの体を揺さぶる。

 まだ体は温かいものの、どれだけ激しく揺らしても一向に反応が返ってこない。

 一体、何があったのだろう。理由を考えれば考えるほど、あたしの心に不安が膨らんでいく。


『……案ずるな。ただの寝不足だ』


 今にも泣きそうになっていたとき、後ろにいるミカドから溜め息交じりの声が聞こえた。

 何やらミカドから淡い想創光が放たれ、リュウの体を優しく包んでいる。


「えっ……どういうこと?」


 さっぱり訳の分からないあたしは、きっと間抜けな顔をしていたことだろう。

 隣に立っていたシュガーが、ミカドが言いたいであろう言葉を代弁する。


「うーん……きっとな、昨日までチグハグしとったセインにどう謝ればえぇか分からんくて、昨日は一睡もしとらんちゃうかな?

 んで、今さっき緊張の糸が解けたっちゅーわけ。まぁ、切れるまでが遅い気はするけどな」

『説明ありがとう、シュガー。……つまりそういうことだ。

 先ほど健康状態をチェックしたのだが、特に異常は見当たらなかった。だとしたら、寝不足以外あり得んだろう』


 二人の説明を受け、あたしはポカンと口をあけてしばらく突っ立っていた。

 事情を飲み込むまでに少し時間が掛かったけど、大体の経緯はあたしにも理解できた。

 確かに、あたしにだってそういう経験は何度もある。悩み事があるときや楽しみなことを考えているとき、そういう状況になると不思議と眠れないものだ。


「……それって、あたしの所為だよね」


 やっと辿り着いた結論に、あたしはまたしても涙が浮かびそうになった。

 なんとか堪えることは出来たけど、胸を締め付ける感覚は一向に収まる気配を見せない。


「そないなことないで、セイン」

「えっ?」


 そんなあたしに対してシュガーは笑顔を見せる。

 あたしの所為じゃないと言うのなら、一体どういうことなのだろう?


「確かにリュウが倒れるきっかけは、セインとの仲違いかも知らん。

 でもな、それにセインが責任を感じることはないっちゅー話や。

 だって考えてみぃ? セインかてリュウのことで胸がいっぱいで、眠れん日も沢山あったやろ?

  そういう感情っちゅーのは、想い合う人間同士、お互い様なんや。せやから、当然のことやって思っとればえぇんよ?」


 シュガーにしては珍しく、随分と長い文章をゆっくりと話した。聞いている限りあたしにはよく分からない理屈だったけど、それでも彼女があたしを慰めてくれているのは伝わる。

 ――あたしも、シュガーみたいに強い心を持てたら……。


「そう、だよね……ありがと。何だか少し気が楽になったよ」


 気が楽になったのは、本当に少しだけだった。

 あたしはシュガーみたいに物事を前向きに考えることに慣れていないから、すんなりとシュガーの考えを受け入れるのは難しい。

 けれど、これがシュガーの強さの根源だとしたら、あたしも見習わなければならない。そうすれば、きっと彼女みたいに強い心を持てるはず。


「そかそか。そんじゃ、とりあえずリュウをベッドに運んだってぇな」


 パチンと拍手を打ったシュガーは、リュウがうつ伏せで倒れている場所へ近寄るとその場で転がして仰向けにする。

 そして肩を両手で掴むと、視線であたしに目配せしてきた。

 つまり、あたしはリュウの足を持てばいいんだよね?

 あたしもその場にしゃがみこむと、すらりと長いリュウの両足をぐっと掴む。


「ほな行くで……せー、のっ!」


 掛け声に合わせてリュウの足を思い切り持ち上げ、あたし自身も立ち上がる。

 見た目の割に意外と体重は重く、二人で支えてもすり足で運ぶのが精一杯だった。

 これが、あたしの大好きな男の子の重み……ずっしりしていて、とても頑丈そうだ。


「セイン! とりあえず足動かしぃ!」

「……はわっ!」


 あたしは何か考え事をすると、自分の世界に入り込んでしまい周りが見えなくなる。

 今まさにその悪癖が発動していたところだ。気をつけなくては……。

 どうにか頑張ってリュウをベッドに横たえると、あたしとシュガーは同じベッドにふらふらと腰掛ける。あの短い距離でこんなに疲れるとは、流石に想定外だ。


「はぁ……リュウ、重すぎるやろ。一体何キロあるん?」

『体重は65キロ、ほとんど適正体重だ』なんか、ミカドって便利だなぁ……。


 そんなやり取りをしながら休んでいると、静かにドアが開く音が聞こえた。

 部屋の入り口に目を向けると、ラナが遠間から遠慮がちにあたしたちを見ている。


「あっ、もう話は終わったから入ってもいいよ?」

「……うん」


 少し照れくさそうな表情をしたラナは、今度こそドアを大きく開いて部屋に入った。

 あたしは座っているベッドの隣を勧めると、彼女はベッドのかなり端っこにちょこんと座る。

 何を話していいか分からず、またどのように話を切り出すかも分からなかったので、頼りになるシュガーが話題を振るのを待った。そして期待通り、すぐに彼女は口を開く。


「なぁ、ザックはまだ目ぇ覚ましそうにないんか?」なるほど、その話題があったか。


 シュガーの話題提起に少し感心していると、ラナは小さくかぶりを振りつつ呟く。


「ううん、まだ起きない。でも、治癒の想創をしたから少しは楽になったと思う」

「おっ、ラナもそういう想創が出来るんかいな?」

「ちょっと意外かも……だとしたら、あたしたち全員治癒の想創出来るんだねぇ~」


 話題は些細なことなのに、いつの間にかあたしたちは想創についての会話で盛り上がっていた。

 これなら三十分は持ちそうだな……。

 そしてあたしたちは実際に三十分ほど話し込んだ。自分の出来る想創はどんなものか、その想創をラナが分析して解説、それに納得するシュガーとあたし。


「二人とも、すごいね……どっちの想創も上位魔導師クラスの想創だよ」

「まぁ、当然の結果やな~」

「うっそぉ! そう言われると、何か逆に気後れしちゃうなぁ……あはは」


 シュガーは堂々と胸を張り、あたしは照れくさくて少し俯いてしまう。

 そもそも上位魔道師っていう役職がこの世界にあると分かっただけで、あたしは少し嬉しくなった。

 本当に、この世界はファンタジーだ。こんな世界を創れて本当によかった。

 こみ上げてくる感動に浸っている中、ふと先ほどのリュウの話を思い出す。

 明日はシュンを奪還する日で、その際には戦闘もしなくちゃいけなくて、それはとっても危険で……。


「……ねぇ、ちょっといいかな?」

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