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俺たちの創世物語-ジェネシス-Ⅱ  作者: 白米ナオ
第三章 潮騒に包まれたなら
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第三章 ③

「……あんたら、こんなに綺麗な鱗をこの短時間で、一体何処で手に入れたんだい?」

「まぁ、いろいろ訳あって」


 しれっと答えたセインはどこか不満げだったが、おばさんは目を輝かせて感動している。

 しばらく光に透かして眺めていると、うっとりしながら小さく言葉を漏らした。


「あたしはもう何年も鱗を集めてきたけど……こんなに綺麗な鱗は初めて見たよ。

 きっとこの鱗の持ち主は、それだけたくましく生きているのだろうね」

 それを聞いていた俺は、少しだけ心が痛くなった。

 綺麗なのはあくまで想像した龍人なのであって、俺自身がそこまでたくましいわけではない。何とも情けない話だ。


「あの~、おばちゃん? 結局ウチらは泊まれるんかいな?」


 機を見計らってシュガーが口を開くと、おばさんは思い出したかのようにハッとする。

 そして無言で歩き鱗を棚に飾ると、こちらを振り向いて柔らかい笑顔を見せた。


「本当に、あんたらには感謝してもしきれないよ。こんなに綺麗な鱗を持ってこられちゃあ、泊めないわけにはいかないさ。

 ささ、遠慮なく部屋を使いな」

「ホンマか? そりゃありがたいわぁ~……ほな、皆行こかぁ!」

「ありがとうございます。それじゃあ、少し広めの部屋を二つほど使わせてもらいます」

「そうかい? それじゃあ、三階に行くといいよ」


 全員でおばさんに会釈すると、言われたとおり三階まで上がる。

 ここがこの建物の最上階らしく、小さな通路には扉が二つしかなかった。


「それじゃあ……部屋割りを決めないとな」

「別に男子と女子で分ければえぇんちゃうん?」


 至極もっともなことを言ったシュガーだったが、俺はそうするわけにはいかないのだ。

 そのことを悟ったらしいセインは、小さく首を振りつつ口を開く。


「それはそうだけど……ザック君が暴れかねないからねぇ」

「あっ、せやったなぁ」


 シュガーも納得してくれたようだったが、部屋割りをどうするかを決めるのは、正直難しいところだ。

 ザックのみを女子部屋に無理矢理入れるわけにはいかないし、そもそも三人ずつ部屋を使う計算なので、必然的に紅一点とその逆が出来てしまうのだ。


「……私は、ザックと相部屋でいい」


 小さく手を上げたラナが、珍しくはっきりと発言した。

 二人の関係は未だ聞き出せないままだが、きっと二人だけの生活には慣れているのだろう。

 ならば、断る理由は無い。


「分かった。じゃあ後一人だが――」

「ほんなら! ウチとセイン、それとリュウの三人でえぇやん!」


 俺の言葉を遮ってシュガーが口を開いた。

 またしてもしばらく状況が理解できなかったが、先程の言葉を反芻して考える。

 シュガーと、セインと……俺っ?


「ちょ、ちょっと待て。つまり俺は男一人ってことか?」

「ん? そりゃそうやけど……なんか文句あるか?」

「無いに決まってますよね、あはは……」


 シュガーの気迫に完全に負けてしまった俺は、最早言葉に従うしかなかった。

 そのやりとりを見ていたセインは、両手を頬に当てて赤面している。

 俺のほうがよっぽど恥ずかしいわ……。


「……俺を忘れているぞ、主」


 フェンリルのぼやきも虚しく、シュガーは言葉を続ける。


「んじゃ、決まりやな。……ラナには悪いけど、二人の介抱頼むな?」

「……任せて」


 部屋割りも決まったところで、とりあえず二人の怪我人を部屋に運び込むことにした。

 まず階段に近い部屋をラナとザック(一応シュンも)の部屋とし、もう片方の部屋を俺、セイン、シュガーの部屋とする。

 ラナの部屋に入ると、三つのシングルベッドと大きな丸机、三人分の椅子、そしてロッカーがあった。


「へぇ~……結構いい部屋だねぇ」


 セインが感嘆の言葉を漏らしている間に、まずザックを一つのベッドに寝かせる。

 相変わらず気絶しているようだが、そんなに俺の攻撃が重かったのだろうか? 何か悪い事したなぁ。

 次にシュンをベッドに寝かせる。どうせすぐに連れ出すのだが、少しくらいは休ませてあげないと可哀想だ。

 一応息はあるが、満身創痍といった雰囲気を隠し切れない。


「シュン……無理させちまったな。本当にゴメン」


 もちろん返事をするはずは無いが、少しだけシュンの表情が和らいだ気がした。


「それじゃあラナ、後は頼んだぞ。もし何かあったらいつでも呼んでくれ」

「……分かった」


 相変わらずよそよそしい感じで返事をしたラナは、俺たちが部屋を出ると扉を閉める。

 それを確認した俺たちは、自分たちの部屋へと向かった。こちらも内装は同じような感じだが、あちらの部屋が全体的に青基調だったものが、こちらは緑基調だ。


「うわぁ~! この世界の海も、すっごく綺麗だねぇ~……」


 いつの間にかバルコニーに出ていたセインは、海を見るや否やうっとりとした表情で呟く。

 口には出さないが、確かに眺めは良好だ。心の中で同意する。


「……さて、景色も眺めたところで――」


 そこで言葉を一回区切ると、お腹を押さえながら恥ずかしそうな表情を浮かべる。


「お腹空いちゃった。何か美味しいものが食べたいなぁ~」

「まぁ、みんな同じ意見だろうな。俺もいい加減に腹が減って死にそうだ」

「……俺もだ。主もそうだろう?」

「ウチもや! 生徒会の仕事大変やったからなぁ……」寝ていただけでしょうが、アンタは。


 全員の意見が一致したところで、食事に出かけようという空気になってきた。

 しかし、まだ俺たちには仕事が残っている。


「問題は、シュンをどうするかだよな。

 こればっかりは部屋に置きっぱなしにするわけにはいかないだろうし……見せかけでも連れて行かないといけないか」

「せやなぁ……ほな、シュンについてはウチとリュウ、それとフェンリルでで行くわ。

 セインはラナたちと一緒にお留守番しとってぇな?」

「……分かったよぅ」


 セインは少しむくれていた様だが、渋々了承してくれた。

 セイン一人で残すのは俺も少しだけ心配だったが、いざというときは頼れる女の子なのだ。なんとかなるだろう。


「それじゃあ作戦を立てよう。まず役場に引き渡すフリをしてシュンを外に連れ出し、実際に役場の前までは行く。

 そこからは……隠せる場所があれば隠して、数日やり過ごそう」


 我ながら曖昧な作戦ではあったが、これ以外にいい方法が思い浮かばない。

 手早く情報収集が終わればそれに越したことはないが、長引くことを考えると少々不安が残る。


「まぁ……そうするしかないわな。ほんなら、ひとまず三時間くらいを目安に戻るわ」

「三時間、ね。もし過ぎてもこなかったら、あたしは探しに行くからね?」

「そりゃ頼もしいな。でも、きっと大丈夫さ」


 全く持って根拠のない返答だったが、無理にでもそう言わねばセインを心配させてしまう。


「余裕があったら、ラナからいろいろ聞き出してくれないか?

 これは多分セインにしか出来ないと思うんだ。二人とも、俺には心を開いてくれそうにないし……」


 俺の言葉に対してセインは何かを言おうと口を開きかけたが、そのまま固まると言葉を引っ込めて首を横に振る。


「うん。こっちはあたしに任せて、早く行ってきなよ」


 言葉の節々にどこか寂しさのようなものが垣間見えたが、それを口にすればきっとセインを悲しませることになるだろう。それだけは、絶対に嫌だ。


「……悪い。それじゃあシュガー、フェンリル、行こうぜ」

「う、うん」

「……あぁ」


 どこかぎこちない空気を払拭できないまま、俺たちは隣の部屋へと移動した。

 ラナに一通りの事情を説明すると、無言でこくこく頷いてくれた。


「それじゃあラナ、あたしと一緒に少しだけお話しよっ?」

「……うん」


 セインはラナを連れて自室へと戻ろうとする。

 その際に見えた表情は、やはりどこか悲しげな感じだった。


「……セイン! ウチらのことは心配いらへんで! リュウがおるから大丈夫や!」


 隣で大声を出したシュガーに、俺はもちろんのことセインも驚いていた。

 目を大きく見開くと、その後に見せた表情は先程よりも少しだけ安堵の色が覗えた。


「ボサっとしとらんで、はよ行こ! ……セインなら大丈夫や。心配せんでえぇよ」


 俺の心もお見通しみたいだ。全く、この先輩には敵わないな……。


「……ありがとう」


 それだけを言うと、俺はシュンを背負って宿屋の階段を下りる。

 一応息はあるのだが、やはり表情は優れない感じだ。なんとかしてやらないと……。

 なんとか一階まで降りると、おばさんの姿は見当たらなかった。

 そろそろ昼食の準備でもしているのだろう、あまり気にすることではない。


「それじゃあ、行こうか」


 少しだけ重い足取りで、俺たちは役場へと向かった。




 〝カモメの巣〟を出てから三分もせず、役場まで着いてしまった。

 あの門番、きっと俺たちが役場に行くことも加味してこの宿をお勧めしたのだろう。余計なお世話だよなぁ……。

 他の建物と同じく白塗りの外壁だが、大きさは少し遠くに見える魚市場よりも大きい。

 見たところ三階建てらしく、大きさ的にいかにも街の中核を担っていることが分かる。


「……さて、どうするかな」

「どうするもなんも……シュンを隠すんやろ? ボケッと突っ立っとる場合やないで」

「主の言うとおりだ。早く場所を移せ」


 二人に急かされるまま、俺たちは踵を返してその場を離れる。


「おぉ! 君たち、来るのが遅かったじゃないか」


 不意に、俺たちの背中に声がかかった。

 この声は、まさか……。


「さっきの門番さん……わざわざ待っていてくれたんですか?」


 先程まで身に着けていた防具や武器は外されていたが、確かにあの門番の姿だった。


「いや、さっき警備の勤務が終わったところでね。役場に顔を出してみたら君たちを見つけたというわけだ。

 それより……引き返そうとしていたが、忘れ物でもしたのか?」


 なんとも最悪のタイミングで見つかってしまったものだ。

 こうなっては、シュンを隠す作戦はほぼ失敗したと見ていいだろう。

 隣に立つシュガーから盛大に溜息が漏れている。


「い、いやぁ~……少し街を見渡しただけですよ? あまりに綺麗なもので」


 つい不自然な敬語を使ってしまうが、それを特に怪しむことなく門番は大きく頷いている。


「そうかそうか。この街を褒めてくれるのは、こちらもいい気分だな」


 なんとかやり過ごすことが出来たが、問題はこの先だ。

 少しでも判断を誤れば、シュンは捕らえられ、最悪の場合俺たちも監獄行きになるかもしれない。

 ――セインたちが待っているんだ。何がなんでも上手くやり過ごさねば。


「それじゃあ、早速その雑種を引き渡そうか。警備課までは俺が案内しよう」

「分かった」


 それだけ返すと、俺たちは大きな建物に相応しい大きな扉をくぐる。

 外観が真っ白だっただけに、内装の落ち着いた雰囲気はとても目に優しい。表から見ただけでは分からなかったが、どうやらこの建物は縦長に造られているらしく、廊下が五十メートル以上はあった。

 左右には〝生活課〟や〝法務課〟など、多種多様の窓口が開設されている。

 その長い廊下をひたすら歩き続けていると、〝警備課〟と書かれた窓口を発見した。


「やぁ。手配書に乗っている犯罪者を見つけたのだが、こいつを連行してくれないか?」


 門番は警備課の女性に随分と気さくに話しかける。知り合いなのだろうか?


「あら、そうですか。じゃあ衛兵に運んでもらわないとね……まぁ、雑種じゃない。

 この凶暴そうな男をあなたたちが倒したの? よく殺されなかったわね」

「……まぁ、慣れていますから」


 凶暴そう、だって? ふざけるな。

 シュンは外見こそ怪物にしか見えないが、それを補ってあまりある熱い心と思いやりを持っているんだ! 分かったような風に言うなよ!

 内心は無神経な女性の物言いに腹が立っていたが、もちろん本音を漏らすほど俺は馬鹿じゃない。

 表情には表れそうになったが、元の顔が結構厳つい(セイン談)らしいので、怪しまれずに済んだみたいだ。

 そうしているうちに、後ろから三人ほど衛兵がぞろぞろと歩いてきた。

 そいつらは軽々とシュンの巨躯を持ち上げると、歩いていってしまう。


「これも仕事のうちだ。それじゃあ、後は任せたぞ」


 門番もまた、衛兵とともにシュンを監獄へと連行する。

 四肢を支えられて運ばれるその光景から、俺は目が離せなかった。


「さて、それでは懸賞金の譲渡についてですが――」

「……別にいいです。あんまりそういうのに興味なくて」


 俺は呆然として運ばれるシュンを眺めながら言った言葉に、女性は目を丸くしていた。

 隣に立っているシュガーもまた、同じような表情をしている。


「……なんでなん? 貰っとかんと怪しまれるやろ?」


 珍しく真面目な表情をしているシュガーに、俺は出来るだけ感情を表に出さないよう淡々と答える。


「もしも俺がここでブレドを受け取ってしまったら……友達を金で売り渡したことになる。

 そんなことするなんて、俺は死んでも嫌だ」

「リュウ……」


 こちらのやり取りをじっと見ていた女性は、一度咳払いしながら俺たちを注目させる。


「エヘン……まぁ事情も深そうですし、あえて言及はしません。

 では懸賞金となる百万ブレドはこの街に寄付していただく、という形でよろしいですか?」

「えぇ、構いません。それより……あの雑種はこの後どうなる予定ですか?」


 出来るだけ差し障りのない言い方で問いかけると、女性は目を細めて淡々と告げる。


「雑種というのは、私たち純粋な人間を容赦なく襲います。

 この街での被害も尋常ではなく、昨日も巨大な雑種がこの街の農家を二人襲ったという報告を聞いています。

 おそらく、犯人はあなた方が先程連れてきた奴に間違いないでしょう。特徴も大方一致していますし」


 そこで一旦言葉を区切ると、急に口元をきゅっと結んだ。そして言葉を続ける。


「そういうわけで、雑種とは私たちの安全を脅かす存在なのです。監獄に入れておくだけでは街の人間も納得しないでしょう。

 そこで、翌日の正午に王都から数人の騎士団を派遣してもらい、彼らに直接裁きを――すなわち死刑を執行してもらいます」


 死刑――俺の中では非現実的でありながらも威力を持った言葉に、最初に口にすべき言葉が見当たらなかった。

 隣ではシュガーが震えていて、俺の服の裾を掴んでくる。


「……そうですか」


 やっと見つかった言葉は、こんな淡白な言葉だった。

 本来ならばもっと激昂すべき場面なのだろうが、突きつけられた現実に俺の心は打ちひしがれていたのだ。

 友達が殺される、そんなこと考えもしたことが無かった。

 あちらの世界での俺は友達と言える人間が天宮しかおらず、その考えに当てはめられる人間もまた、天宮しかいない。

 天宮が殺される? もしそうなったら、俺は……。


「他に、ご用件は無いでしょうか?」


 女性の一言で我に返った俺は、小さくこくりと頷くことしか出来なかった。

 これ以上、この人と話をしていても埒が明かない。

 今大切なのは、如何にしてシュンを取り戻すかだ。


「……行こう」

「ちょ、待ってぇな!」


 慌てるシュガーを尻目に、俺は足早に建物を後にした。

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