出会い
新しい話です。
私はとある下級貴族の娘として生まれた。
私たちは双子だった。双子の片割れは男だった。生まれた順番で言えば向こうが兄となる。生まれた時間はほんの数分差らしくほとんど違いはない。
だが、生まれてからの生活には大きく差はあった。
歴史だけはある古い家。結婚して長らく子供がいなかった夫婦の間に生まれた待望の男児。長男至上主義という古い価値観が残るこの家では待望の跡継ぎに屋敷中が沸いていて、男児はそれはそれは大切に育てられた。
そして、私は——誰も見てくれなかった。
物事の優先順位はすべて兄だった。
乳母も使用人も兄にかかりっきりだった。
領地で隠居していた父方の祖父母は兄が生まれたお祝いで王都に駆けつけ兄を一目見て夢中になった。こちらに住むとまで言い出したようでみんなで兄を囲んでいた。
私はそこにはいなかった。
不思議だ、赤ん坊のころのことなんて覚えていないのに、兄を中心にして囲んでいるのに私の傍には誰もいなかったのはありありと想像できる。
風邪をひいたら「兄に移ったらどうするんだ」と言われ離れの別宅に移された。身の回りを世話するのは必要最低限の使用人だけだ。
兄が風邪をひいたときにはみんなが兄を囲み医者を手配し、手厚く看病した。
私と兄の違いは生まれから徐々に徐々に広がりを見せて行った。
虐待とまではいかない。きちんとご飯を食べさせてもらえるし、学院にも通わせてくれる。勉学で励もうが誰も私を認めてくれないし、話しかけても返事はおざなりだ。目に見える兄妹間の差は私たちの亀裂を大きくする。兄も兄で私が比較されるのを優越感たっぷりで見ていた。
そんな環境にいた私はあっという間にひねくれ者になった。
どの子供にも平等なんてあり得ないが、明らかな差をつける必要はないのではないかと思った。
徐々に私の部屋が掃除が疎かになり、靴も服もなかなか新しい物は用意されず、服が小さくなったとメイドに言えば、用意され、同じはずだった私と兄の誕生日は兄の誕生日は盛大に祝われて私のはついでだった。
今も眼前に広がるのは兄の誕生を祝う絢爛豪華なパーティだ。
当然のように私はそこに含まれていない。どこかの童話のように参加させないなんてことはないが当然面白くはない。
ひねくれ者として育った私だ。
心を病むということはないが、心が荒んでいるのは間違いなかった。我ながら可愛くない性格としているのが分かる。
「……くっだらない」
私は持てるだけの料理を持って自分の部屋のある離れへと戻り、一人で自分の誕生日を祝った。
◆
学院でマナーなどはそれなりに学んだ。勉強はそこそこできるようにもなった。
兄は下から数えたほうが早いという出来だった。金に物を言わせて雇った家庭教師も成果を出すことはできないようだった。将来の家を継ぐ跡取り様は大変ですこと。
兄は言うのだ。
「お前は家を継がなくていいから気楽だよな」と、確かに気楽だ。
この家なら継がなくてもいいなと思ってしまうくらいには私はこの家が嫌いだった。この兄は特権は享受するくせに義務からは逃げようとする。才能もなければ努力も嫌うこの男に跡取りは難しいのではないかと思うが私の知ったことではない。
努力は私を裏切らない、それが心の支えになり、私は知識を増やすことにした。
それは決して家族のためではない。自分のためだ。
卒業と同時にこの家を出て私は私の人生を歩むのだ。
「やあ、キミはユグノー家のアンヌでいいかな?」
図書館で勉強していると男子生徒にいきなり話しかけられた。
「……はい。私はアンヌで間違いありませんが、何か御用でしょうか」
「僕はカルロの友達さ」
私が返事をすると男は爽やかににこりと笑う。
「カルロの双子の妹なんだよね。パーティとかでも見たことがないんだけどさ。キミはいつもどこにいるの? 双子なら誕生日も一緒のはずだろう。キミをパーティーとかでも見たことないよ」
「……私はいつも離れで過ごしてますので。特におめでたいことでもありませんし」
「え? カルロのこともお祝いできないの? 君って意外に心狭いんだね」
初対面の人間に酷評された。
名前も知らぬ彼に対しての印象は最悪で初対面ながら地の底まで落ちる。
そもそも彼が私を見下しているのが言動で分かった。
貴族の会話では圧倒的な身分差がない限り初対面では敬語を使うのが通例だ。上級貴族と言うのは嫌でも目立ち、無礼が無いように覚えさせられる。
だがこの男の顔に認識はない。この男は初対面から馴れ馴れしさがあったが、それは親しさではなく見下しているからだということが分かる。
「その心の狭い私に何か御用ですか?」
「うわ、怒った? ゴメンゴメン」
それからしつこく私に話しかけ続けるこの男は結局、最後まで名乗らず去って行ってしまった。これから図書館に来るのならしばらくここに来るのはやめておこうと真剣に考えた。
だが、その考えは浅はかだったようで場所を変えた私の前に何度も何度も男は現れた。迷惑極まりない。
「ねえ、あなたはレオンハルト様のなんなの?」
どうやらあの男はレオンハルトと言うらしい。
自己紹介すらしていないので私の中では名前すら知らない赤の他人だ。心の中ではあの男と呼び続ける。
あの男に好意を持つ女が幾人いるのかも知らないがいらぬ嫉妬を買う羽目にもなった。本当に迷惑な男だ。しかも、女子たちの嫉妬を知っていながら止める様子もない。人の気持ちを弄ぶ人間だ。もはや爽やかな笑みは私の中では胡散臭いものにしか見えない。
「それでさ、キミからも家族に歩み寄ってみるといいと思うんだけど」
「……」
今日も変わらず男は話しかけてくる。私が家族と上手くいっていないことは兄からでも聞いたのだろうか余計なアドバイスが鬱陶しい。
「ねえ? アンヌ、聞いてる?」
「煩いのだけれど」
つい、私が思っていることを口にしてしまったのかと思ったが、声は男の後ろから聞こえた。
「え?」
「煩いのよ。ここは図書館よ。女性に言い寄る場ではないわ」
そこにいたのは一人の女生徒だった。この人を知っている。私がいつも図書館にいると勉強をしている人だ。一生懸命に勉強している姿に私は彼女に対して少しだけ親近感を覚えていた。
「煩いって……酷い言い方だな」
「でしたら、少々騒がしいですね。そちらの女性も迷惑しているようなので出ていくことをお勧めします」
「キミは……」
男は何か言おうとしたが女性に見られてグッと口を結び図書館から出て行った。
「……あの申し訳ございませんでした」
「いえ。貴方が悪いわけではありません。それにあの人を私が煩いと思っただけですので……よろしければその席に私がいましょうか?」
「……ありがとうございます」
どうやら、この女性は私よりも先輩のようだ。
「申し遅れましたが、私はアンヌ・ユグノーと申します」
立ち上がり、自己紹介をする。
すると女性も立ち上がり、名乗ってくれる。
「エリス・サンチェスと申します」
先ほどまであの男が座っていた席に座る。
サンチェス家は知っている。この国の通信事業に携わっている家だ。そして、エリス様と言えばそこの次期当主になられる方だ。あの男もそれを知ったから分が悪いと思い去っていったのだろう。
その日からエリス様は私の隣で勉強するようになった。
何か話をするわけではない、ただ隣で勉強するだけだ。それでもあの男にはいい牽制になったようであの男が図書館に来る機会はぐっと減った。
なんというか、この人の隣は息がしやすかった。
少しだけこの人と話をしてみたいと思った。
けれども口下手な自覚があり、性格がひねくれている私だ。何か話して気分を悪くさせてしまったらと思うと少し怖かった。それにこの人は本当に集中して勉強を頑張っていた。その集中をそぎたくはなかった。
ただ向こうから話しかけられた時は話は別だ。
私はそれがとても嬉しかった。
「よろしければキャラメル食べられますか?」
「……よろしいのですか」
「甘いものは疲れた時にいいんですよ。食べている間は嫌なことは忘れられます」
「いただきます」
友人とも言えないし、特別仲がいいというわけでもない。話しかけられたら話をするだけの間柄だ。ちょっとしたおやつを分けてもらい、次は私が買ってお渡しする。同じ空間をお互いが邪魔にならないよう静かに過ごす。それでも居心地がよかったが、数年後にはエリス様は卒業されてしまった。私は図書館でエリス様から頂いたものと同じキャラメルを食べて過ごした。エリス様から頂いたものより少しほろ苦く感じた。
◆
私は卒業後には新しく開設された電気通信省に勤めることになった。
別にエリス様を追いかけたというわけではなく、開設されたばかりの部署と言うことで手広く募集をかけていたから選んだのだ。
家族は私がどこに就職するなどは一切興味がないようだ。本来であれば釣書など送られ婚約者などがいても不思議ではないのだが、兄の婚約者を決めることに忙しいらしい。あの怠惰で性根も悪い男と婚約できる人間を探すのは大変だろう。頑張ってくださいな。それに何より、見知らぬどこぞの変な家に嫁がされるくらいであれば放置の方がありがたいくらいだ。
あの家はほとほと私に関心はないので私の好きにさせてもらっている。卒業と同時に家を出て、私と同じように行政機関に勤めている女性寮に住んでいた。
この新しく開設された電気通信省はまだ開設したばかりでありいろいろと多忙だった。猫の手も借りたい忙しさと言うこともあり、新人からいろいろとこき使われていたがやりがいもある。新しいという部署のためいろいろな部署へと動き回ることが多い。
不満があるとすれば私の職場の人間関係だった。
「やあ、アンヌ。今日もお使い?」
「……ええ。見ての通り忙しいので失礼します」
私の職場にあの男——レオンハルトがいた。
私は男の横を通り過ぎる。急ぎの書類で、他部署へのお使いの途中だった。
「ち、ちょっと待ってよ」
「仕事中ですので失礼します」
私は足を止めるどころかさらに歩みを早くしてこの男から離れる。だが、無駄に長い脚をもつこの男はすぐに私に追いつき話しかけてくる。本当に鬱陶しい。
「手伝うよ?」
「結構です、ご自身の仕事をされてください」
「……キミは人を頼ることを覚えたほうがいいよ」
「なぜか、頼っても断られることが多いので」
こうしたお使いなどは誰でもできる作業だ。
それに自分の仕事で手一杯なのか私の仕事を手伝ってくれる同僚はいなかった。
ここでも私の存在は空気のようなものだった。
「僕が手伝ってもいいんだけどさ」
「結構です」
「……意固地で変に一人で突っ張られても迷惑なんだけど。仕事っていうのは一人ではできないからね」
「そうですか、申し訳ありません。以後気をつけます」
「……」
私の返事に面白くなさそうな顔をする。
「そんな風に気が立ってるって顔しているとみんなが迷惑なんだよ。みんながキミに気を遣っているって分からない?」
「そうですか、申し訳ありません。以後気をつけます」
定型文のように同じセリフを繰り返す。まったく反省をしていないのが伝わったのか、ますます男は顔をしかめる。
この男のことを爽やかな青年と言っている同僚たちがいたが私は全くそんな気はしない。この男を怒らせてもまったく罪悪感が湧かない。むしろ嫌われてもいいとさえ思っているのに、どうしてこうも関わってくるのか。
◆
人を頼るというのは簡単なようで難しい。
頼ったがいいが断られれば、次の機会にも頼ってもいいのかと思ってしまう。私には分からない。
現に私は今もこうして残業をしていた。
「なんだ、まだ残っていたのか」
この職場の上司である人間に呆れられる。
「申し訳ございません。色々と時間を取られてしまって」
「まあ、1年目からかなり働いてくれているが……もう少し人を頼ったらどうだ? 例えば……レオンハルトとかさ」
「……なぜ? あの人なのですか?」
私は訝しげに上司に視線を向ける。
だが、上司は気まずそうに視線を逸らした。
「いや……彼はなにかと君を気にかけているからさ」
「あの人だけはお断りします。嫌味を言われるだけなので。というよりも、お聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」
「な、なんだ?」
私は最近疑問に思っていることを思い切って聞いた。
「私の業務量ほかの人と比べて多いですよね」
「そんなわけが「あります」」
私は上司の言葉にかぶせるようにして言い切った。あまり私を馬鹿にしないでいただけますかね。
私は自分の仕事量とほかの人の仕事量を比べた表を見せる。1日の実働時間と残業時間を記録し、「どれくらい無理が出ているか」を数値化までした。比較対象はあの男だ。はっきりと差があった。
上司はそれを手に取り読む。そして、誤魔化すように笑う。
「……キミに期待しているということだよ」
「そうですか。それではそれなりの報酬は期待させていただきますね。必ず」
「……」
この時上司は誰かに頼るなどと言うことは言わなかった。
——頼りになる人間がいるなら、頼る。この人も期待できない。
私は、上司と反対にこの部署の誰にも期待していない。
傲慢と思われるかもしれないが仕方がないだろう。
私が作成した書類が何度も差し戻しをされたことがある。
やれ書式を間違えているとか、持ってくる場所が違うなど、何かしら言い掛かりじみた言いがかりを受けていた。
小姑のような難癖をいちいちつけてくる人間たちにいったい何を期待しろと言うのだろうか。周りは私の言葉を相手にもしない。「レオンハルトを頼れ」や「レオンハルトに聞いてみろ」と異口同音に決まった定型文しか言わないのだ。
最初は言われた通りにしてみたが、あの男は「僕も暇じゃないんだよね」とか「また僕に聞くの?」とかネチネチとした嫌味しか言わないので嫌になる。反論すればさらに嫌味は増すので最近は適当な謝罪で済ませることが増えていた。周りはそれを見てにやにやと笑っているだけだ。
徐々に徐々に頼れる人間と言うのは私の周りからいなくなっていた。




