さがしもの
少年は好奇心が旺盛で、周囲の大人達に行ってはいけない、入ってはいけない、と言われていた森に入ってしまいました。
その森には魔女がいると大人達が噂していました。
少年は怖いもの見たさで魔女が住む小屋を訪ねました。
そこにいたのは、果たして魔女でした。
***
「ねぇ、あなたはなぜ目隠しをしているんだ?」
揺り椅子をわずかにゆらしながらゆったりと座る魔女の側で、頬杖をつきながら少年が尋ねました。
静かな微笑みをたたえた魔女は透き通るような声で答えます。
「夫の帰りを待っているからです」
魔女の髪はうっすらと青みがかった銀色で、隠された瞳の色はどんな色だろう、と少年は夢想します。
髪と同じ銀色でしょうか、それとも反対の赤でしょうか、黒でしょうか。若葉のような緑でしょうか、月のような黄金色でしょうか。
「おっと、てなに? だれのこと? いつ帰ってくるの?」
魔女はやはり湖面のように静かな微笑を形作るだけでした。
***
少年はいつしか成長し、青年になりました。
今日も大人達に見つからぬようこっそりと森の魔女のもとを訪れます。
「やあ、森の魔女。元気にしてたか? 差し入れを持ってきたぞ、一緒に食べよう」
「いらっしゃい」
魔女は青年が少年だったころに初めて会ったときのまま、美しく佇んでいました。
青年はいろいろなことを質問して、答えを聞いていました。
けれど、魔女の名前だけはいくら聞いても教えてくれませんでした。
「探しものをしているの。とても大事なものよ」
「何を探しているんだ?」
「とても、とても大事なものよ」
青年は魔女が好きになっていました。
どうにかして、魔女をお嫁さんにできないかと日夜考えていました。
ですから、ことあるごとに魔女の気を引くのですが、なかなかうまくいきません。
何をすれば喜んでくれるだろう、といつもいつも考えていました。
花束をあげました。
お菓子をあげました。
服も、装飾品も、宝石だってあげました。
繰り返し繰り返し、青年は魔女に贈り物をしました。
けれど、魔女は微笑むだけでした。
いらない、と返されたものもありました。
いったい何を贈れば魔女は喜んでくれるのだろう、お嫁さんになってくれるのだろう、と青年は悩んでいました。
とうとう、青年が贈れる物が尽きてしまって、青年はほとんど泣きながら魔女に懇願しました。
「なあ、森の魔女よ。いったいあなたはどんな贈り物をすれば喜んでくれるのだ?」
「……そうね。とても大事な探しものが見つかれば、私は嬉しくて嬉しくてたまらないでしょうね」
「その大事な探し物とは、いったい?」
「とても見つけずらい。あなたはたくさんの物を持っているようだけれど、きっと私の探し物は持っていないでしょうね」
「それはわからないだろう。教えてくれないか?
持っていなくてもきっと探し出してあなたに捧げると約束する。だからそのときには俺の妻になってくれないか?」
「まあ。一国の王の息子であるあなたの妻だなんて。魔女の私にはすぎた地位だわ。
――けれど、ええ。もし、私の探しものをいただけるのなら、考えてみましょう」
魔女の言葉に青年――王子は有頂天になりました。
魔女から探しものの特徴を聞いて城中を探してまわりました。
魔女と知り合いだとバレてはいけませんから、慎重にことを進めていきまいた。
「あったぞ……!」
王子はついに探しものを見つけました。
そこは地下の、埃っぽい、大昔にいた宮廷魔術師が工房として使っていた場所でした。
なんに使うかわからないガラクタの中から王子は見つけたのです。
これで魔女と結婚できるぞ、と王子は足取り軽く森へ向かいます。
それがどのような事態を引き起こすか未だ知らぬ王子は鼻歌混じりに魔女の小屋の戸を開きました。
「森の魔女! とうとう見つけたぞ! これがあなたの欲していた物だろう?!」
魔女はかそけく震える手をそっと伸ばしてそれを受け取りました。
「いったいそれはなんなのだ? 俺にはみすぼらしい干物にしか見えないが」
「とてもとても大事なものですよ。ええ、とても大事な。
――おかえりなさい、悪魔さん」
にっこりと笑って、魔女はそのみすぼらしい干物に口づけました。
どくんどくんとそれが脈打ったので、王子はそれが心臓であったのだとようやく気付きました。
「これでようやく同じ場所に行けるわ。あの城は未だに守りの結界で守られているんですもの。結界の効力がなくなるまでいつまでだって待つつもりでいたけれど。あなたのおかげで早めに取り戻せてよかったわ。
ありがとう、私の夫を返してくれて。
――さようなら」
魔女はそう言って吹き込んできたそよ風と共に消えてしまいました。
王子が小屋の中を見回しても、誰の気配もしません。まるで初めから誰もいなかったように。
小屋中を探し回ろうと一歩を踏み出したときです。
小屋が音を立てて崩れ始めました。
命からがら小屋の外にまろび出た王子が背後を振り返ると、そこには小屋の残骸しか残されていませんでした。
王子は喪失感を抱えながら城へ戻りました。自分の迂闊さを呪いながら。
「考えるとは言っても、妻になるとは言っていなかったものな」
城に戻った王子はその晩、胸よ張り裂けよとばかりに泣きました。
そうして、それからは大人達の言うことをそれなりに聞く、良い王子になったそうです。
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