なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
全て世はこともなし、ですわ ~何事もなく平和な夜会です~
オレは真実の愛であるマリーシアとしっかり手を繋ぎ、忠実かつ有能な側近を従えて、運命を変えるべく突き進む!
この先は離宮の大広間。
今夜の夜会。
王国の貴顕達が見守る前で、真実の愛を婚約者にするのだ!
「殿下ぁ……なんだかドキドキしてきましたぁ」
愛しいマリーシアが、すこし鼻にかかった甘い声でささやいてくる。
押し付けられた胸にドキドキしてしまう。
「大丈夫だ。オレの考えた通りに万事うまくいく」
「うれしいですレオ様! 男爵家の娘でしかないあたしが殿下の奥さんになれるんですね!」
ひし、と抱き着かれる。
ああ、オレは頼りにされている!
あの、いつも公爵家の権威を笠に着てツンツンしてオレを見下ろすドロネアとは大違いだ。
後ろに続く忠実かつ有能な側近であるブルガーが、
「あんな冷たく計算高い女は、殿下の新しい治世に相応しくありません」
「そうだ大切なのは愛だ! 数字だの記録だのを機械時計並みの正確さで操るあんな古臭い女の時代は終わりだ!」
これからは新しい時代! オレ達若者の時代が始まるのだ!
「全て準備はできております。この辺りに配置された者たちは、我々と心をひとつにしている者ばかりです」
「うむ。いざとなれば力だ。力は全てを解決する!」
老人ども! 古ぼけた因習ども! 今宵、刮目して見るがいい! 若い力を! オレたちの力を!
ここを曲がれば夜会の会場――
「!」
廊下の曲がり角に、老人が立っていた。
ゾッとした。
老人の肌は血が抜けたように白く。
そのたたずまいは、深い深い森の奥のように静まり返っていた。
「ひっ!」
マリーシアの喉から、悲鳴があがった。
老人は血まみれの刀を右手に持ち、真っ白な服を点々と飛び散る血に染めていた。
廊下の向こうから濃厚な血の匂いがただよってくる。
な、なんだこいつは!?
老人が静かに口を開いた。
「マリーシアよ。なぜ、殿下の隣にいるのだ?」
「あ、あた――」
「お前は殿下の婚約者か?」
「こ、この夜会がおおお終われば! あ、あたしが婚約者にぃ」
「今、お前は殿下の婚約者ではないのだな」
「そ、それはっ! な、なんであっあんたが、あんたは田舎でくたばるっておおお父様がっ」
オレは、前に出てマリーシアを庇おうとした。
だが、足が動かない。
「婚約者でもなく、しかも、我が家の娘ですらない存在が……なぜ、そこにいるのだ」
ブルガーが、悲鳴じみた声で叫んだ。
「き、貴様は誰だ!?」
「ケルトリウス男爵家の隠居だ」
ケルトリウス男爵家。
マリーシアの実家の……。
ブルガーは、男爵家と聞くと、たちまち心に余裕ができたようで。
「男爵家風情が! 王太子殿下の前に立ち塞がるとは!」
「男爵家の娘をもちあげている小僧が。下がれ」
老人の声は一刀両断だった。
ブルガーは、口をぱくぱくさせるばかりで声が出ない。
オレは、なんとか叫んだ。
「だ、誰か! 誰か! この狼藉者を!」
何の反応もない。
離宮には、特にこの廊下には、オレと志を同じくした者たちがいるはずなのに。
静かだ。
静かすぎる。
廊下の曲がり角に何かが倒れている。
あれは……警護の兵の手。ブルガーの手引きでここに配置された誰かの手。
その手を少しずつ少しずつ浸すように、何か赤いものが広がっていく。
そして、老人の手にある血にまみれた刀。
「マリーシア。お前はいつケルトリウス男爵家の人間になった?」
「あ、あたしは」
「お前はケルトリウス男爵家の籍に入っていない。金をくすねて追い出されたメイドの、誰の子だねとも判らぬ娘を、どうして籍に入れる?」
「「え」」
オレとブルガーはマリーシアを見た。
「ひっ、ひどいです! あ、あたしはお父様とお母様の真実の愛のむす――」
「お前の父親は、あの愚か者ではない。お前の母親が住んでいた部屋の大家だ」
「!」
オレは、マリーシアを見た。
「し、知らない! お、お父様があたしが自分の子だって――」
「お前の母親が、何度も何度もあの男と密会し、熱い夜を過ごしていたことは調べがついている」
マリーシアの顔が、紙のように白くなった。
「ま、マリーシア! お、お前、し、知ってて」
愛しかったはずの女の顔は、今まで見た何よりも醜かった。
「知らないっ。知らないっ! あたしは――」
「平民が殿下の隣に、しかもそのように体を接触させている。殿下の側にいる資格のない者が、殿下の側にいる。あってはならぬことだ」
老人の手から銀の閃光がほとばしった。
マリーシアの首から上が、消えた。
首の切断面から凄まじい血しぶきをあげながら、どう、と倒れた。
オレとブルガーは、
「「ひぃっ」」
と悲鳴をあげて、廊下にしりもちをついた。
股間があたたかい。
「すでにお前の母親と、愚かな我が義理の息子も、お前の本当の父親もこの世にはいない。あちらで仲良くくらすがよかろう」
こ、こいつ。
この辺りの同志だけじゃなく、マリーシアの関係者も全て殺しているのかっ!?
「あのような卑しい女を、殿下の側に近づけていた者にも責任をとってもらう」
「わ、私はただ殿下のお心のまま――」
ブルガーの首が飛んだ。
「うわぁぁぁぁ」
「殿下は病死していただきます。そして殿下の心を乱したという点では私も同じです。おさらば」
老人の手から銀の光が一閃した。
それがオレの見た最後の光景だった。
※ ※ ※ ※
夜会に王太子はあらわれなかった。
だが、誰も何も言わない。
王太子の気まぐれはいつものことだ。
どうせあの愛人と、城下のいかがわしい宿屋にでも泊っているのだろう。
公爵令嬢ドロネアは、いつものように貴賓達と優雅に会話を交わしていたが、不意に、周りに誰もいない瞬間が訪れた。
すっ、と気配を消した侯爵家の侍女が、ドロネアの側にすべりこみ、ささやいた。
「あの方は見事自裁なされました」
ドロネアはうなずいた。
日頃は冷静で無駄を嫌う侍女が、見事、とつけてしまうほどの最期……。
ドロネアの脳裏に、老人の姿が浮かんだ。
三日三晩、公爵家の門前に銅像のように立ち続け、待ち続けていた姿を。
最初、会う気はなかった。
あのケルトリウス家の人間と聞けばなおさらだ。
だが、父が言ったのだ。
「あの方であれば、お前も得るところがあるだろう」
確かにそうだった。
公爵家の、一番質素な応接室が、老人の存在ひとつで、深い森のような静けさに包まれていた。
老人はドロネアの前で深々と頭を下げ、
「不始末の根はすでに刈り取らせていただきました」
その前には3つの布包みがあった。
少しだけ血の香りがした。
公爵家が把握している数と同じだった。
「残る不始末も、必ず」
必ず。
その言葉には、そうなる、という響きがあった。
ドロネアは頷いた。
「離宮への出入りについてだけは便宜を図りましょう」
「御配慮感謝します」
老人は、男爵家の行く末については何も言わなかった。
あの老人。
見事、全てを片付けてくれた。
あとは公爵家が幕引きをする。
王太子は、病気により急死。
その側近は、事故により死亡。
男爵令嬢と称していた女は、失踪。
他に何人か病気か失踪者が出るが……みな三男四男なので、どの家も揺らぐことはない。
ケルトリウス男爵家の当主代行とその愛人は心中。
男爵家のタウンハウスに幽閉されていた正当な後継者たる長女が後を継ぐことになるだろう。
その後見に公爵家が立つ。
一瞬の空白はすぐ埋まった。
侍女は煙のように立ち去り。
気安く話せる友人が近寄って来た。
「あら。ドロネア様。今夜は随分とご機嫌がよさそうですわね」
ドロネアは、この友人の鋭敏さが好きだった。
だから、他の貴顕には向けない、無防備な笑みをちらと見せた。
「ええ。全て世はこともなし、ですわ」
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
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別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




