『入れ替わってるのは俺じゃない!? 〜お昼の12時に主要キャラがライブシャッフルされる乙女ゲームに、用務員(固定)として転生した件〜』
本作をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。
世に数多ある「乙女ゲーム転生もの」。
ヒロインへの転生、悪役令嬢への転生、あるいはモブへの転生……皆様も一度は目にしたことがあるかと思います。しかし、本作はそんな生易しいものではありません。
もしも、異世界に転生した主人公が、何の能力も持たない「下町の用務員」に完全固定されてしまったら?
そして、彼を取り巻く攻略対象、悪役令嬢、ヒロインの3人が、毎日お昼の12時になると「意識を保ったまま、リアルタイムで魂をシャッフルされるバグ」に巻き込まれてしまったら――?
これは、システムエラーを起こした乙女ゲームの世界で、生き残るために必死に泥水をすすり、生きるために「ファーストキス」のノルマに挑む男と、ガサツな幼馴染の生存戦略を描いた物語です。
登場人物たちのガワ(肉体)と中身(魂)が目まぐるしく入れ替わる、怒涛のライブ感と混沌の四重奏。
どうぞ、シートベルトをしっかり締めて、バグまみれの学園生活をお楽しみください!
第一章:最底辺からの再始動(泥と葉っぱと、世界のバグ)
アスファルトが雨に濡れ、どんよりとした曇り空の灰色を鈍く反射している。大気の底に溜まったジメジメとした湿気と、排気ガスの不快な匂いが鼻腔を刺した。
渡辺まこと(わたなべ まこと)は、ただ自らの泥だらけの靴先だけを見つめて歩いていた。
「あいつのいない世界なんて、生きてたって何の意味もないだろ……」
口をついて出た掠れた声は、並木を揺らす冷たい風の音にかき消されていく。
頭の芯を重く支配しているのは、ほんの数日前、交通事故によって唐突に、あるいはあまりにも無慈悲に奪い去られた幼馴染――亜香里の、あの最期の笑顔だった。火葬場の煙を見届け、骨を拾い、黒い喪服を着たまま帰路についた今も、現実感が全く湧かない。
(なんで亜香里が死なきゃいけなかったんだよ。身代わりになれるなら、俺が死ねばよかったのに)
視界が涙でぐにゃりと歪み、足元の境界線が酷く曖昧になっていく。
そのときだった。
ストン、と。まるで世界の底が抜けたかのような感覚が走った。
「うわっ……!?」
下を向いて歩いていたまことの身体は、前方の道路にぽっかりと開いたままになっていた、工事用のマンホールの中へと吸い込まれるように落下していった。
重力に引かれ、真っ逆さまに落ちていく果てしない暗闇。鼓膜を風の音が強烈に叩く。死への恐怖で心臓が跳ね上がったその瞬間、なぜか奇妙な光景が網膜に強烈に焼き付いた。
それは、目も覚めるような鮮やかな金髪に、深い新緑の瞳をした少女の姿。彼女が着ているのは、現代日本には逆立ちしても存在しない、中世の貴族を思わせる豪奢なドレスだった。
(……なんだ、あの女の子……?)
疑問が形を成す前に、ドスン!! と、脳を直接ハンマーで殴られたような凄まじい衝撃が頭部を襲う。強烈な鈍痛の波の後、まことは五感が完全にシャットダウンしていく深い闇の底へと、静かに意識を沈めていった。
◇
カカカカ、モォォォォ――。
硬い蹄が床を蹴る音と、腹に響くような低い鳴き声。そして、何よりも鼻腔の奥の粘膜をダイレクトに破壊しにくる、圧倒的な悪臭。
まことは、その三連撃によって強制的に意識を覚醒させられた。
「う、頭が……割れそうだ。っていうか、なんだこの臭い……え?」
上半身を起こそうとして、手のひらにネットリとした、生温かくも奇妙な弾力を持つ「何か」が触れた。驚いて視線を落とすと、まことの手は、藁と、大量の瑞々しい「牛のフン」が隙間なく堆積した、最悪の床に深く沈み込んでいた。
「嘘だろ……牛舎!? っていうか、全身糞まみれじゃねえか!!」
パニックになりながら自らの身体を見下ろすと、着ていたはずの黒い喪服は、見事なまでに茶色い天然の肥料によってコーティングされていた。
必死に顔や服を拭うが、拭えば拭うほど悪臭が広がる。あまりのショックに血の気が引いていく。不審な絶叫に気づいたのだろうか、牛舎の入り口に、粗末な麻の服を着た見知らぬ村人たちが集まってきた。彼らは、肥やしを頭から被って呆然自失としているまことを、まるで未知の害獣を見るかのような冷ややかな目で見下ろしている。
「おい、なんだあの男……」「気味が悪い、あっちへ行っておくれ!」
その侮蔑に満ちた視線とヒソヒソ話に耐えかね、まことは顔を真っ赤に染めながら、裸足のまま牛舎を飛び出した。
「まずは水だ! 水場はどこだ!?」
半狂乱になりながら走ると、幸運にも近くに澄んだ水を湛えた川が見つかった。まことは周囲の目も気にせず、肥料の染み込んだ服を忌々しげに脱ぎ散らかし、冷たい川水へと飛び込んだ。
必死になって皮膚をこすり、泥とフンを洗い落とす。冷たい水が頭痛を和らげ、ようやく一息ついて川岸の岩場を振り返ったその時、まことは文字通り絶望で硬直した。
ゴロゴロとした岩の上に置いておいたはずのボロ服が、上流からの急な突風に煽られたのか、川の激しい急流に呑まれ、ぷかぷかと遠くへ流されていくところだった。
「待て! 待ってくれ! 俺の服――!!」
叫び声も虚しく、服はあっという間に濁流の彼方へと消え去った。
文明の利器をすべて失い、異世界の川岸に全裸で立ち尽くす男が一人。あまりにも理不尽な状況に心が折れそうになる。
(泣くな、泣くな俺……! ここで立ち止まったら、ただの変質者として捕まるか、野生動物の餌食だぞ)
まことは必死に灰色の脳細胞を回転させ、近くの湿地帯に生い茂っていた、人間の胴体ほどもある巨大な葉っぱの群生に目をつけた。
「……やるしかない」
ブチブチと葉っぱを毟り取り、しなやかな植物のツルを即席のベルト代わりにして、腰回りに強引に縛り付ける。
「……よし。即席・葉っぱのパンツ、完成」
お世辞にも文明人とは言えない、むしろ原始人以下の緑豊かな姿で、まことは恐る恐る近くに見える村の通りへと足を踏み出した。だが、この世界の治安維持システムは、そこまで甘くはなかった。
「おい、そこの不審者。止まれ! 動くと突くぞ!」
ガチャガチャと金属の鎧を騒がしく鳴らした衛兵が二人がかりで、ギラリと光る鋭い槍の穂先をまことの鼻先に突きつけてきた。まことは大慌てで両手を挙げ、必死に弁明の言葉を紡ぐ。
「違います! 変質者じゃないんです! 災難に遭って、牛舎に落ちて、川で服を流されて……!」
不審な「葉っぱ男」は即座に連行され、薄暗い詰め所の固い木椅子に座らされた。数時間に及ぶ一通りの尋問を終えた頃には、まことの顔は恥ずかしさで燃え尽きそうになっていた。しかし、その必死かつ哀れすぎる釈明が功を奏したのか、呆れ果てた衛兵が「これでも着ておけ。街の中でそれ以上、目を汚すな」と、カビ臭いボロい麻の服と、つぎはぎだらけのズボンを投げつけてくれた。
「ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます……!」
人間の、織物の温もりに、まことは心の底から涙した。身分証の類は当然ないが、衛兵たちの温情によって「記憶を失った哀れな浮労者」として処理され、なんとか村の一角に滞在する許可が降りる。
しかし、一難去ってまた一難。今度は胃袋が引きちぎれんばかりの悲鳴を上げ始めた。
(腹が減った……。前世でも今世でも、ろくな目に遭わないな、俺は……)
飢えに駆られ、ふらふらと歩いていると、香ばしい肉の匂いと賑やかな笑い声が漏れ出る下町の酒場へと迷い込んだ。
「おい、そこの若造! 昼間から死にそうな顔して歩いてんなぁ!」
カウンターの奥で、すでに出来上がっている赤ら顔の酔っ払いたちが、まことのボロ服姿を見て容赦なく絡んできた。まことはもう取り繕う気力もなく、今日起きた悲劇のすべてを正直に話した。見知らぬ世界に落され、牛舎の肥料まみれになり、全裸で葉っぱのパンツを穿く羽目になったことを。
「――ぶっ、がっはははははは!!!」
静まり返った酒場に、次の瞬間、天井を揺らすほどの大爆笑が巻き起こった。
「なんだそりゃ! 糞まみれの葉っぱパンツだと!? 今年の最高傑作だな!」
「おい、この兄ちゃんにエールとスープを奢ってやれ!」
異世界の住人たちの、粗野だが豪快な優しさに救われ、まことは久しぶりに温かいスープと硬いパンにありつくことができた。五臓六腑に染み渡る温かさに、少しだけ生きる活力が湧いてくる。
その様子を、少し離れた席からじっと見つめていた男がいた。無精髭を生やし、日に焼けた肌と分厚い手のひらを持つ、いかにも職人の佇まいを残す男――ダボだ。彼はジョッキを置くと、ニカッと白い歯を見せてまことの肩を力強く叩いた。
「おい、まことって言ったか。お前、行く宛てがねえなら、明日から俺の仕事を手伝え。街の塀の修理が入っててな、人手が足りなくて困ってたんだ。寝床と、格安だが日当は出すぜ」
「えっ……本当ですか!? やらせてください、何でもします!」
翌朝から、まことは死に物狂いで汗を流した。前世での未練や悲しみを紛らわせるかのように、重い石材を運び、崩れた塀の隙間を漆喰で埋めていく。
「へへ、お前、細い割にはよく動くじゃねえか」
一日が終わる頃、ダボは満足そうに笑い、まことの泥だらけの手のひらに数枚の銅貨をねじ込んだ。
「ダボさん……本当に、ありがとうございます」
銅貨の冷たい重みを感じながら、まことの目に熱いものがこみ上げる。亜香里を失い、人生のどん底にいた自分が、この見知らぬ世界で確かに生きる足がかりを掴んだ瞬間だった。
(俺、この世界で生きていくよ、亜香里……)
しかし、まことはまだ知らなかった。彼という「予定外の異分子」がこの世界の底に定着したその瞬間から、世界のシステムが致命的な悲鳴を上げ始めたことを。
第二章:四重奏の狂宴
塀の修理を始めて三日目。五月の爽やかな陽気は、重労働に明け暮れるまことの額から容赦なく汗を奪っていた。
「まこと! そこ、漆喰が薄いぞ! もっと隙間なくキチッと埋めろ!」
「はい、ダボさん! すぐやります!」
重いコテを握り直し、崩れた石壁に向き合う。泥と汗にまみれたこの平民としての泥臭い生活こそが、今のまことが現実を繋ぎ止める唯一の錨だった。
だが、その平穏は唐突に、前触れもなく引きちぎられる。
キーン、コーン、カーン、コーン――。
学園の鐘の音が、遙か遠くの下町にまで響き渡った。正午、12時の鐘だ。
その最後の余韻が消えかかった瞬間、まことの脳裏に、突如として激しいノイズが走った。視界がぐにゃりと歪み、目の前の石壁が二重、三重にブレる。まことの意識や肉体はここに固定されているのに、大気そのものがバグで軋んでいるかのような感覚。
『――警告。世界線エラー(Error Code: 404-X)。異分子(渡辺まこと)の定着に伴い、システムに致命的なバグが発生しました。これより、毎日『昼の12時』に対象者三名(エレノア、ギルバート、マリア)の魂をランダムにシャッフルするシーケンスを開始します』
「な、なんだこれ!? 頭の中に直接ログが……! っていうか、三人の魂をシャッフルってどういうことだ!?」
耳の奥で鳴り響く無機質な機械の音声に、まことはコテを落として頭を抱えた。だが、アナウンスは非情にも続いた。
『システム要請:第一ノルマ【主人公・渡辺まこと、およびエレノアの肉体に入る魂は、本日中に接触し、口づけを完了せよ】。未達成の場合、両名の魂を世界線から完全消滅します』
「はあああ!? 口づけ!? 誰とだよ!!」
わけのわからない生存命令にまことが叫んだ、その刹那。
ガタガタガタ!! と、下町の狭い通りに高級馬車が急停車し、中から現れた公爵令嬢エレノア。
だが、そのエレノア(中身:亜香里)は馬車から降りた瞬間、コルセットの凄まじい締め付けに白目を剥きかけ、胸元を必死に押さえながら息も絶え絶えに絶叫した。
「ちょっとおおお!? なによこの服!! コルセットが苦しすぎて息ができないわよ!! っていうか私、なんでこんな中世のガチガチのドレス着てんのよ、重たいわねもう!!」
そのお上品さの欠片もない、しかし完全に「お洒落の不自由さにキレている女子高生」そのものの怒鳴り方。
まことは泥まみれの手を震わせながら、その令嬢を見つめた。
「あ……あか、り……? 亜香里なのか!?」
令嬢(見た目エレノア)は、声のした方をバッと振り返り、まことの姿をそのエメラルドグリーンの瞳に捉えた。
「――え? まこと!? なんであんたが下町のむさ苦しい作業員になってんのよ!?」
死んだはずの幼馴染との、異世界での最悪すぎる再会。お昼の12時のシャッフルにより、公爵令嬢エレノアの肉体に、亜香里の魂が強制インストールされていたのだ。
第三章:下町の逢瀬(政治の影と、物置のファーストキス)
「亜香里! 本当に亜香里なんだな……! 生きて、生きてたんだな……!」
まことが感極まって泥だらけの手でエレノア(中身亜香里)の華奢な肩を掴む。外見は、麗しい最高級の公爵令嬢が、下町の薄汚い作業員に物凄い勢いで詰め寄られているという、完全に治安の悪い事案そのものの構図だ。
「感動の再会は後よ! それよりまこと、頭の中に変なアナウンスが流れてきて、24時間以内にあんたとキスしないと消滅するって言われたんだけど!?」
「俺の頭にも流れた! ここじゃ人目が多すぎる、こっちだ!」
周囲の職人や平民たちが「おい、何事だ……」「公爵令嬢様がさらわれるぞ!」と騒ぎ始める中、まことはエレノア(中身亜香里)の細い手首を強く引き、現場から猛ダッシュで逃亡した。そして、ダボの作業場の裏手にある、誰も来ない薄暗い木造の物置の奥へと滑り込み、バタンと扉を閉めた。
埃っぽく、古い工具や藁が転がる狭い空間。隙間から差し込むわずかな木漏れ日が、エレノアのドレスの美しい刺繍を淡く照らしている。
外見は「下町の男が、身分違いの令嬢を連れ込んで乱れている」最悪の不純異性交遊。だが中身は、消滅の呪いを回避するための必死の生存戦略である。
「エレノアの姿だけど、本当に亜香里なんだな……。生きてて、本当によかった……!」
まことは感極まりながらも、頭の中の消滅カウントダウンに急かされ、エレノア(中身亜香里)の華奢な両肩を掴んだ。――その美しい桜色の唇に、自らの唇を強引に重ねた。
衣服が擦れる微かな音と、不意を突かれて小さく漏れた亜香里の甘い吐息が、埃っぽい物置に響く。
その瞬間、二人の脳内に、チリンと清涼な鈴の音が響き渡り、光のパスで強固に繋がれた感覚が走った。
『――条件達成。第一ノルマ【口づけ】が正常に処理されました。フラグの維持を確認』
「ぷはっ……! なによこれ、最悪なんだけど! 久しぶりに再会した幼馴染といきなりキスなんて、どんな少女漫画よ!?」
エレノアの顔のまま、耳まで真っ赤にしてドレスの裾をバタバタと叩いて怒鳴る亜香里。しかし、世界のバグは彼らに息をつく暇すら与えない。
「それよりまこと、もっと大変な情報がこの身体の脳みそから流れてきたの。明日から私、学園で『取り巻きのモブ令嬢たちを率いて、ヒロインのマリアを校舎裏に呼び出して泥水をぶっかけるイベント』をやらなきゃいけないみたい。しかも、お昼の12時半に設定されてるのよ……!」
「12時半って、完全に魂がシャッフルされてる時間帯じゃねえか!!」
本来のゲームのシナリオ通りにいじめイベントをこなさなければ、世界の修正力で世界ごと消される。だが、12時半に亜香里がどの肉体に飛ばされているかは完全にランダムなのだ。
「じゃあ、明日もし私が別の身体に行ってたら、エレノアの身体(中身は別の誰か)が勝手にマリアを苛めるってこと!?」
「いや、中身が本来のキャラクターなら自動でいじめるかもしれないけど……もし中身が王太子ギルバートだったらどうなるんだ?」
「王太子がエレノアのガワでマリアに泥水をぶっかけるの!? 地獄じゃん!!」
まこと(固定)と亜香里(シャッフル対象)の、生存をかけた異世界サバイバルは、初手から脳がねじ切れんばかりの難易度へと跳ね上がっていくのだった。
第四章:夜の残痕(2時のリセットと、狂い始めた王太子)
物置での緊迫した作戦会議の後、学園の時計塔が午後2時の鐘を鳴らした。
キーン、コーン、カーン、コーン――。
「あ……っ、頭が割れる……!」
エレノアの肉体に入っていた亜香里が、激しい眩暈に頭を押さえてうずくまる。世界の境界線が再び虹色に歪み、魂の「引き戻し(リセット)」が開始されたのだ。亜香里の魂はエレノアの肉体ごと学園へと強制送還され、まことは下町の路地裏にぽつんと取り残された。
世界線の崩壊は免れた。しかし、シャッフルタイム中に起きた「現実」は、本来の肉体の持ち主たちの精神を、夜な夜な容赦のない悪夢として汚染していくことになる。
◇
その日の夜、王立学園の豪華な男子寄宿舎。
「今回のシャッフルでマリアの肉体に入っていた」本来の王太子ギルバートは、冷たい汗を大量に掻いて、絹のベッドから勢いよく跳ね起きた。
「はぁ、はぁ、はぁっ……! くそ、また、あの忌々しい悪夢か……!」
お昼の12時から2時までの二時間、彼にはまったく記憶がない。だが、その「空白の時間」に、まことと亜香里が下町で繰り広げた「物置のキス」の残滓が、睡眠中に『断片的な触覚の記憶』としてギルバートの脳内に直接フィードバックされていたのだ。
夢の中で、自分(王太子)の精神は、なぜかマリアの可憐な身体を通して、あの泥臭い下町の作業員に力強く物置の壁に押しつけられ、熱烈に唇を重ねられている。唇に残る、生々しい肉の温もりと、傲慢なまでの男の支配欲。
(私はこの国の次期国王だぞ!? なぜ名も知らぬ平民の男に物置で抱かれ、唇を奪われる夢など見て……あろうことか、目覚めた後に私の胸が、こんなにも激しく、気高く脈打っているのだ……ッ!?)
羞恥と激しい自己嫌悪、そして未知の感覚(吊り橋効果による勘違いのときめき)への恐怖で、ギルバートはシーツを血が出るほど強く握りしめ、ガタガタと震えるしかなかった。王太子の倫理観と性的指向の羅針盤が、このバグによって、取り返しのつかない深淵へと狂い始めていた。
第五章:編入生と学園の怪(まこと、泥を纏って聖域へ)
「――おい、まこと。お前に紹介したい御仁がいる」
翌朝、ダボに連れられて作業場へ向かうと、そこには仕立てのいい外套を着た、いかにも「わけあり」な身なりの老紳士が立っていた。
「彼が、今回の塀の修理の本当の依頼主、公爵家の最高執事さんだ。お前の漆喰の腕前と、何よりあの『葉っぱパンツ』から這い上がった度胸を気に入られてな……学園の施設管理の特別臨時職員として、お前を推薦したいらしい」
「えっ……学園に、俺が!?」
まことは目を見開いた。願ってもないチャンスだった。学園に入り込めれば、お昼の12時のシャッフルタイムに、現地で亜香里を直接サポートできる。
「喜んでお受けします!」
こうしてまことは、カビ臭いボロ服から、支給された少しはマシな「学園の用務員・作業着(茶色いリネン製)」へと着替え、貴族の聖域である王立学園へと潜入することに成功した。
そして迎えた、運命の翌日のお昼の12時。
キーン、コーン、カーン、コーン――。
学園の中庭でバケツと雑巾を持っていたまことの脳内に、再びあの冷酷な電子音が響く。
『――警告。お昼の12時を感知。第二シャッフルシーケンスを開始します。本日の陣形が決定しました』
エレノア(悪役令嬢)の肉体 ⇒ 中身:渡辺まこと(固定のため、入れ替わらず! まことは用務員の姿のまま)……ではなく、エレノアの肉体の中に入ったのは、なんと「本物のマリアの魂」!
マリア(ヒロイン)の肉体 ⇒ 中身:王太子ギルバート
ギルバート(王太子)の肉体 ⇒ 中身:亜香里
(本物のマリアの肉体にギルバートが入り、エレノアの肉体にマリアが入るという最悪の玉突き)
「おいおいおい、大混乱じゃねえか!!」
まことが中庭で叫んだその時、時計の針は12時25分。本来のゲームのシナリオである『校舎裏のいじめイベント』の発生時刻が、刻一刻と迫っていた。
第六章:泥水とドレスと王太子の尊厳(地獄のライブシャッフル)
五月の爽やかな風が吹き抜ける中、王立学園の校舎裏は、世界のバグが凝縮されたかのような局所的混沌に包まれていた。
現在の配置は以下の通り。
エレノア(悪役令嬢)の肉体 ⇒ 中身:本物のマリア
マリア(ヒロイン)の肉体 ⇒ 中身:王太子ギルバート
ギルバート(王太子)の肉体 ⇒ 中身:亜香里
用務員のまこと ⇒ 中身:まこと(完全固定)
用務員の作業着を着たまことは、校舎裏の物陰から手に「泥水が入った木製バケツ」を握りしめ、胃が痛む思いで状況を見つめていた。イベントを成立させるには、エレノアがマリアに泥水をかけなければならない。しかし、今のエレノアのガワに入っているのは、泣き虫な本物のマリア(中身)なのだ。
案の定、エレノアの豪華なドレスを着たマリア(中身)は、自分の肉体(中身王太子)の前に立ち、高級なフープドレスをガサゴソと揺らしながら、大きなエメラルドグリーンの瞳に涙を溜めてオロオロとしていた。
「うぅ……なんで私がエレノア様の姿になってるんですかぁ……。それに、目の前にいる私の身体(中身王太子)が、もの凄く怖い顔で私を睨んでる……ひぃん!」
一方、特待生の粗末な制服を着たマリアの肉体(中身王太子)は、地を這うような低いトーンの美声で、エレノア(中身マリア)を蛇蝎のごとく睨みつけていた。
「――来たな、エレノア。いや、中身はあの下町の渡辺まことか!?」
王太子(中身)は、目の前のエレノアの中身がまことだと完全に勘違いしていた。毎晩の悪夢(物置のキス)のせいで、彼の脳内は完全にまことに支配されている。
「昼間の現実でも、私の前にその姿で現れるとはな! そのバケツの泥水で、今度はこの肉体をどうするつもりだ? 毎晩の夢の中だけでは飽き足らず、現実でも私を……私の王族としての尊厳をドロドロに汚さねえと気が済まないのか!」
「殿下、違いますぅ! 私はマリアですぅ!」エレノア(中身マリア)が必死に弁明する。
ザワザワ……と、校舎裏の茂みの向こうから、不穏な気配が湧き上がった。ゲームのシナリオ通りに動く「エレノアの取り巻きの令嬢たち(モブ)」が、いじめイベントを観劇するために集まってきたのだ。
「ご覧になって、エレノア様が平民の特待生をお呼び出しですわ……」「やはり、身の程知らずにはお仕置きが必要ですわね」
(マズい、モブ令嬢たちの監視が入った! このままじゃエレノア(中身マリア)が動けないせいで、イベント失敗で世界がバグる!)
物陰で見ていたまことは意を決した。俺が「エレノアの従者(用務員)」として泥水をぶっかける悪役をやるしかない!
まことは物陰から飛び出し、エレノア(中身マリア)の前に跪いた。
「エレノアお嬢様! このような平民、お嬢様の手を汚すまでもありません! この用用員のまことが、代わりにお仕置きを執行いたします!」
「えっ? えっ? まことさん!?」エレノア(中身マリア)が目を丸くする。
まことはバケツを思い切り掲げ、マリアの肉体(中身王太子)に向けて叫んだ。
「さあ、その綺麗な顔を、この泥水で汚しなさい!!」
バシャァァァァン!!!
放たれた茶色い泥水が、放物線を描いてマリア(中身王太子)の頭上から容赦なく降り注ぐ。金髪が泥で茶色く染まり、白いブラウスに汚いシミが広がっていく。
「くっ……あ、ああ……っ!」
泥水を頭から被ったマリア(中身王太子)は、屈辱に唇を噛み締め、その場に膝をついた。周囲のモブ令嬢たちから「おーほっほ! お似合いですわ!」と拍手が沸き起こる。
【システムメッセージ:イベント『校舎裏の洗礼』の条件(エレノア陣営がマリアに泥水をかける)が代理達成されました。フラグ維持に成功】
(よし……! これで世界線は維持された……!)
まことが心の底から安堵し、空のバケツを下ろした瞬間。
泥水に濡れたマリア(中身王太子)が、ゆっくりと顔を上げた。前髪から泥水を滴らせながら、彼女の瞳から、一筋の綺麗な涙が頬を伝って流れ落ちた。
「……やはり、夢と同じだ。お前は、そうやって乱暴に私を組み伏せ、汚し、快感を得ているのだな……」
「は!? いや殿下、本当にそれはシステムの強制力で――」
「黙れ……っ! 私とて、一国の王太子だ! 毎晩お前に物置で唇を奪われる悪夢に怯え、昼間はこうして女の身体で泥を塗られるなど……これ以上の侮辱があるか! だが……だが、なぜだ……!」
マリア(中身王太子)は、泥まみれの自分の胸元をぎゅっと抱きしめ、激しく呼吸を乱しながら、まことを凝視した。
「なぜ、お前にこうして乱暴に汚されると……私の心臓が、こんなにも激しく気高く脈打つ(ときめく)のだ……ッ!? 悔しい、悔しいぞ渡辺まこと……! お前はいったい、私にどんな呪いをかけたんだ!」
「はあああ!? 殿下、それはいじめイベントの恐怖による単なる動悸(吊り橋効果)ですって!!」
王太子の精神が、夜な夜なの悪夢と、現実のリアルいじめ(代行:まこと)という波状攻撃により、完全に「重度の勘違い(バグ)」を起こしていた。完全に「手負いのヒロイン」の目になった王太子(見た目マリア)の熱い視線に、まことは全身に鳥肌が立つのを感じた。
その時である。ドタドタドタ!!! と物凄い足音が響き、校舎の角から、豪華な制服を着た王太子ギルバートが、髪を振り乱して猛ダッシュで突っ込んできた。中身は、先ほどまで「緊急御前会議(公務)」を死ぬ気で戦い抜いてきた亜香里である。
「ちょっと待ちたさーい!! まこと、マリアちゃん……って、中身は殿下!? 無事!?」
王太子のガワのまま息を切らせて叫ぶ亜香里。その手には、会議で適当にサインさせられた国家予算の書類がクシャクシャに握られている。
「亜香里! こっちはイベント成立させたぞ! それよりお前、その身体で会議どうしたんだよ!?」
「もう必死すぎて記憶ない! それより、その泥まみれのマリアちゃん(中身王太子)が、まことをすっごく熱い目で見つめてるの何!? 浮気!? 泥棒猫なの!?」
王太子のガワ(中身亜香里)が、用務員のまことに詰め寄るという、客観的に見れば「美形の王太子がむさ苦しい用務員に嫉妬して迫っている」ようにしか見えない、地獄の修羅場が展開される。
その時。
キーン、コーン、カーン、コーン――。
午後2時。魂のシャッフルタイムの終了を告げる鐘の音が、学園に鳴り響いた。
空間が虹色に歪み、魂がそれぞれの「本来の肉体」へと強制的に引き戻されていく。
「――はっ!? やっと戻ったぁー!!」
自分の肉体に戻り、動きやすくなった我が身に歓喜する亜香里。
「冷たっ……!? え、お、お洋服が泥だらけ……? うわぁぁん!」
魂が自分の身体に戻ってきた瞬間、自分が頭から泥水を被っている現実に直面し、大号泣する本物のマリア。
そして、自身の執務室の椅子で自分の肉体に戻った本物の王太子ギルバートは――。
先ほどまでマリアの身体で体験していた「用務員のまことに泥水をぶっかけられて心臓がバクバクした記憶(勘違いのときめき)」が脳内に直接フィードバックされ、
「私は……私はマリアの身体で、あの下町の男に、泥を塗られて喜んでいたというのか……!? 違う、あれはイベントの強制力で……いや、しかしあの胸の気高き鼓動は……ッ!」
と、王族としての尊厳と新たな扉の間で、激しく頭を抱えてのたうち回っているのだった。
呪い(キスのノルマ)をクリアし、公務をギャルのノリで乗り切り、いじめイベントをライブシャッフルで強行突破したまことと亜香里。
しかし、王太子の倫理観が別次元へと狂い始めたことで、この四重奏のバグは、さらなる予測不能な深淵へと突き進んでいくのだった
第七章:夜会と密室の三重奏(王太子の逆襲、そして第二のキス)
泥水イベントの翌週、学園では他国からの国賓を迎える「春の創立記念夜会」が華々しく開催されようとしていた。
当然、用務員のまことは会場の裏手で、きらびやかな絨毯に迷い込んだ下王国の泥をひたすら雑巾で拭う作業に追われていた。
そして、運命の12時。会場の時計が正午を告げると同時に、世界は容赦なくシャッフルを開始する。
『――警告。第三シャッフルシーケンスを開始します。本日の陣形が決定しました』
エレノア(悪役令嬢)の肉体 ⇒ 中身:王太子ギルバート
マリア(ヒロイン)の肉体 ⇒ 中身:亜香里
ギルバート(王太子)の肉体 ⇒ 中身:本物のマリア
(おいおい、今夜は夜会だぞ!? ダンスパーティー本番にこの陣形はヤバすぎるだろ!)
まことが雑巾を握りしめて冷や汗を流していると、頭の中にシステムログが割り込んできた。
『システム要請:第二ノルマ【本日中に渡辺まことは亜香里の魂と接触し、再び口づけを完了せよ】。未達成の場合、世界線を完全デリートします』
「またキスノルマかよ! 亜香里はどこだ!?」
まことが夜会会場の裏通路を走ると、物陰から「特待生の制服」を着たマリアの肉体(中身亜香里)が、自分の胸元を必死に押さえながら飛び出してきた。
「まことー! 助けて! 今回はヒロインの身体に入っちゃったんだけど、ドレスじゃなくて動きやすいのはいいとして、さっきから王太子のガワ(中身本物のマリア)が『殿下の身体が大きすぎて歩けませんぅ』って泣きながら四つん這いで廊下を這いつくばってるのよ! 早くキスしてこのバグ終わらせて!」
「わかった、こっちだ!」
まことは亜香里(見た目マリア)の手を引き、夜会用の高級ワインが並ぶ薄暗い地下貯蔵庫へと滑り込んだ。
カビとブドウの甘い香りが漂う密室。目の前には、戸惑うように上目遣いで自分を見つめる可憐なマリア(中身亜香里)。
「……二回目だけど、やっぱり緊張するな。いくぞ、亜香里」
「うん……世界の終わりのためだし、仕方ないよね……っ」
少女漫画のように、まことはマリア(中身亜香里)の華奢な腰を引き寄せ、その初々しい唇に静かに唇を重ねた。チリン、と脳内に響くクリア音。
だが、その甘美な瞬間を、最悪の人物が目撃していた。
貯蔵庫の樽の影から、薔薇色の豪華なドレスを着たエレノアの肉体(中身:王太子ギルバート)が、ハンカチを血が出るほど噛み締めながら、嫉妬に狂った目で二人を凝視していたのだ。
ギルバート(中身)は、自分の婚約者であるエレノアの身体に飛ばされた挙句、またしてもあの下町の男が、今度はマリアの身体(中身亜香里)を乱暴に抱き寄せ、熱烈な口づけを交わしている現場を見てしまった。
(おのれ、渡辺まこと……! 前はマリアの身体だった私を泥水で汚し、今度は本物のマリア(と殿下は勘違いしている)の唇を奪うだと!? 貴様は学園の女をすべて手玉に取るつもりか! いや、それ以上に……なぜ私は、あの男が別の女と口づけしている姿を見て、これほどまでに胸が、嫉妬で引き裂かれそうになっているのだ……ッ!?)
ドレスをまとった王太子の精神は、ついに「自分以外の女とキスするまことへの嫉妬」という、完全なるバグの臨界点へと達してしまった。
第八章:ダンスフロアの地獄絵図(ギャル、ステップを刻む)
午後1時。夜会の本番、ファーストダンスの時間がやってきた。
広大なダンスフロアの中心には、国賓たちの前で踊らなければならない主役二人が立っていた。
外見は、凛々しき王太子ギルバートと、美しき公爵令嬢エレノア。
だが、その中身は、本物のマリア(王太子側)と、王太子ギルバート(エレノア側)。
そして、その周囲を、悔しそうに見つめるマリアの肉体(中身亜香里)と、壁際でモップを持った用務員のまこと。
「殿下、私、ステップなんて踏めませんぅ……」とエレノアの身体でしくしく泣くギルバート(中身マリア)。
「気にするなマリア、私がリードする。ドレスの裾を踏まないように……くっ、このドレス、ターンするたびに遠心力で骨盤が持っていかれるな!」と、完璧な男の気概でドレスを捌くエレノア(中身ギルバート)。
客観的に見れば、「王太子が完全に腰が引けて内股になっており、公爵令嬢が物凄い怪力とイケメンなリードで王太子をぶん回している」という、前代未聞のダンスだった。
国賓たちは「おお……あれが我が国の最先端のダンススタイル……令嬢が主導権を握る『リバース・ワルツ』か……!」と感銘を受けていたが、フロアの端にいた亜香里(見た目マリア)はまことに小声で囁いた。
「ねえまこと、あれ完全に地獄絵図なんだけど。私の推しキャラ(ギルバート)が内股で泣いてて、私の本来のガワ(エレノア)が王子様になってる」
「気にするな、これでイベント『婚約者の絆』は形式上クリアだ。あとは2時を待つだけだ!」
だが、ダンスが終わり、エレノア(中身ギルバート)がフロアを退場する際、すれ違いざまに用務員のまことの耳元で、女の妖艶な低音ボイスでこう囁いた。
「……後で校舎裏に来い、渡辺まこと。私とお前の『泥水の決着』をつけようではないか」
「え、俺、女のガワの殿下に放課後呼び出されたんだけど……」
まことの背中に、かつてない戦慄が走った。
第九章:黄昏の呼び出し(勘違いの告白と、幼馴染のツッコミ)
午後2時。リセットの鐘が鳴り響き、全員の魂が元の肉体へと戻った。
放課後、夕焼けで真っ赤に染まる校舎裏。まことが恐る恐る向かうと、そこには泥水を洗い流し、いつもの冷徹で高貴な佇まいに戻った王太子ギルバート(本物)が、一人で腕を組んで待っていた。
「……来たか、渡辺まこと」
「殿下。昨日の泥水の件は、本当に不可抗力と言いますか、お嬢様を立てるための用務員としてのパフォーマンスでして――」
「言い訳は無用だ!」
ギルバートは一歩踏み出し、まことの胸ぐらを掴んだ。その瞳には、恐怖ではなく、狂おしいほどの情熱が宿っている。
「私は気づいてしまったのだ。お前が毎晩、夢の中で私を物置に押し込み、唇を奪う理由を。そして昨日、わざわざマリアの身体になった私を選び、泥水という名の洗礼で私を他のモブどもから守った理由をな……!」
「はい!? 守ってないです、普通にガチでぶっかけましたけど!?」
「照れるな! お前は、身分違いの私への恋心に苦しみ、あえて悪役を演じることで私に強い印象を植え付けようとしていたのだろう! 認めろ、お前が本当に欲しているのは、マリアでもエレノアでもない……この、私だということを!」
「違う、大いなる勘違いだ!!! 殿下、目を覚ましてください!!」
まことが必死に否定したその時、隣の茂みから「ガササッ!」と物凄い音がして、ドレス姿のエレノア(中身:本物の亜香里。今はシャッフル時間外なので、ただの放課後の会話)が飛び出してきた。
「ちょっと待ったあああ!! ギルバート殿下、あんた何私のまことに告白してんのよ!!」
「エレノア!? なぜお前がここに……いや、お前こそ私のまこととは何事だ!」
「あんたのまことじゃないわよ! まことは私の幼馴染で、っていうかあんたの性的指向がバグったのは全部昼間のシステムエラーのせいで――」
夕日の中、王太子と公爵令嬢が、一人の用務員の男を巡って「中身のバグ」のせいで盛大に口論を繰り広げるという、乙女ゲームの歴史上最も歪んだ三角関係が爆誕していた。
第十章:学園崩壊への序曲(生存フラグの斜め上の結末)
王太子ギルバートの脳内が完全に「まことへのトゥンク(ときめき)」で固定されたまま、物語は第一部完結へと向かう。
数日後、学園の中庭に全生徒が集められ、定期試験の優秀者発表が行われていた。
壇上に上がった王太子ギルバートは、全校生徒を前に、マイク(魔導具)を握りしめて堂々と宣言した。
「生徒諸君。そして我が婚約者、エレノア。私は本日、この場で真実の愛を見つけたことを報告する。私が真に守るべき、泥の中でも気高く輝く我が心の聖女は――そこにいる、施設管理職員の渡辺まことだ!!」
静まり返る全校生徒。
壇上を指差され、モップを持ったまま白目を剥くまこと。
客席の最前列で、「あーあ、完全に終わったわ、あの王子様……」と頭を抱えるエレノア(亜香里)。
そして、なぜか「ギルバート殿下が平民の男の人と……? でも、なんだか尊いですぅ……!」と、新たな属性(BL)に目覚めて鼻血を出しながら拝んでいるヒロインのマリア。
『――システムログ:主要キャラクター(ギルバート)の好感度が、ターゲット(渡辺まこと)に対して最大値を突破しました。生存フラグ、斜め上方向に完全固定。世界線の定着に成功しました』
頭の中に流れる、どこか投げやりなシステムのファンファーレ。
こうして、魂のライブシャッフルが生んだ大バグは、悪役令嬢でもヒロインでもなく、「王太子が下町の用務員にガチ恋する」という、前代未聞のハッピーエンド(?)を叩き出し、世界は滅亡の危機から奇跡的に救われたのである。
「おいまこと! 諦めてあの王子様と添い遂げなさいよ! 世界のためよ!」
「ふざけるな亜香里! 俺の平穏なセカンドライフを返しやがれ!!」
用務員のまことの絶叫が、今日もバグり散らかした異世界の青空に、虚しく響き渡るのだった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
『転生した俺が悪役令嬢×王太子×ヒロインの倫理観を再定義する話』、いかがでしたでしょうか?
「主人公は入れ替わらずに固定」「お昼の12時に主要キャラ3人だけがライブシャッフルされる」という厳しい初期設定(仕様書)の元で書き進めた結果、作者の予想を遥かに超えた方向へと物語が暴走していきました。
中身が女子高生なのに公爵令嬢のガワのせいでドレスにキレ散らかすヒロイン(?)や、毎夜の奇妙な記憶の残滓によって、アイデンティティと胸のトキメキが大混乱を起こしていく某王太子殿下など、書いていてこれほど「先の読めないライブ感」を楽しんだ作品はありません。
泥水をぶっかけ合うような泥臭い下町・学園サバイバルの果てに、世界が一体どのような結末を迎えたのか。彼らの生存フラグがどこに軟着陸(あるいは強行着陸)したのかは、本編を読まれた皆様だけの秘密です。
もし「このバグだらけの世界の続きが見たい!」「あのキャラクターたちのその後が気になる!」と思っていただけましたら、ぜひ感想や応援の声をいただけますと幸いです。読者の皆様という優秀なデバッガーの手によって、第二部という名の「大型アップデート」が実装されるかもしれません。
それでは、また次のバグだらけの世界でお会いしましょう!
浅見つぐみより




