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プロローグ

 蝉の声がやけにうるさい。

 梅雨も終わり、気温も上がってまるで蒸し風呂だ。カレンダーに目をやると’7月’の文字。「暑いなぁ」なんて人ごとのように思いながら、カーディガンに袖を通し、いつも通り誰もいない家を出る。

 私、神崎夜宵は母子家庭だ。父はとっくの昔に他界してる。とは言っても物心つく前だったから大して気にしているわけじゃない。


 無駄に湿気のこもった電車を降りて校門をくぐり昇降口へ行くと、何人かのクラスメイトが「夜宵〜!おはー」と声をかけてくる。時には飛びつかれながら…。「おはよ」と軽く返して一緒に教室に入り、席に座る。至って普通で至って当たり前。けれど今日はどこか違った。


 やけに騒々しい足音。やたらと響くスマホの通知音。読書に集中できず、気になってスマホを覗いてみるとどうやらうちの生徒が音信不通らしい。数十分経ったあと、先生が駆け込んできて自習だと伝えてきたが、当然おとなしく勉強などするはずなく、各クラスと連絡を取っている生徒が大多数である。

 直後、隣の席の男子がガタッと立ち上がる。椅子を引く勢いがすごかったあまり、つられて一瞬だけ肩が跳ね上がる。

「おい、羽澄が来てないらしい。これワンチャンあいつなんかに巻き込まれたんじゃね?」

 羽澄…。学校ではまぁまぁ名前が知れてる有名人。フルネームは羽澄 朔。今年四月からの転校生で、クラスは違えど割と見かけることはある。なにせ女子の恋バナの火種だからね…。頭脳明晰、運動神経抜群、コミュ力高めの三拍子らしい。まぁ私は話したことないから分からない。気にならないと言えば嘘になるが、仕方がないとあきらめてる。…昔会ったことあるはずなんだけどな。

 そんなことは置いといて、気づくと授業は終わって帰る時間だった。どうやらこのあと下校らしい。昼前に生徒を返すのは何かあったと言っているようなものだ。家に帰っても特にすることはない。どうせいつものように誰もいない部屋に封筒が置かれているだけだろう。


 鞄を持ってアスファルトの上を淡々と歩く。太陽がやけにまぶしい。ジリジリと焼かれるのを振り切るように駅の改札を足早に通り抜ける。電車に揺られて家の最寄りで降りると、またあの暑い日差しに焼かれる。すぐにホームのベンチに腰掛ける。幸い平日の昼なこともあって人はいなかった。スマホを開くとクラスからの通知が百件ほど。そこにある一つの記事を開くと、この路線の一つ北にある線路で人身事故が起きたそうだ。文面から察するに、この轢かれたのが羽澄なのではないか、とのこと。意外とこの想像が当たりそうなのが嫌なところである。

 ふと、何かが足に当たった。ベンチの下をのぞき込むと見覚えのある手帳があった。このタッセル付きの栞があるのは彼の手の中にあったはずだ。一ページ目を開くとそこには案の定`羽澄朔’の三文字。確かに彼の最寄りもここだった。朝日直で早く行く日に軽く見かける程度。けれど、ここにこの手帳がある理由が分からない。

 考えていると1枚の紙が挟まっていることに気付いた。指をずらしてみようとすると、どうやらそれは新聞のようだ。

「海辺で女子高生が自殺か!?」

 そんな煽り見出しがあり、その下に目をすべらせていく…ところで気付いた。日付がおかしい。今年の七月十九日。今日はまだ七月が始まって一週間かそこらだ。考えていると新聞が風に煽られて指から逃げて線路に落ちた。普通なら拾わないだろう。けれど、どこか引っかかる。羽澄が自殺した可能性は高い。

その彼の手帳がここにある。


 次の列車が来るまで3分走れば間に合うだろう。靴を脱いで降りる。写真を拾って登る。…いや、正確には登ろうとした。身体が重くて追いつかない。

 熱中症

 脱水症状

 この二単語が頭をよぎる。それもそうだろう。こんな真夏にカーディガンなんか着てるから。頭がまわらない。声が出ない。目の前がぼやける。暑い。前がどこか。平衡感覚がやられた。電車の音がする。

 最後に見たのは、手帳の新聞が挟んでいたページ。ニ文あるうちかろうじて読めたのは、1行目。

「今なら君の気持ちがわかる。

―――――――」

 その文字を最後に私の意識は途絶えた。

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