エピローグ
体育祭当日。集まった全校生徒達を前にスバルは緊張していた。マイク越しの声が響く。
「それでは次は軽音部による、応援歌です!曲のタイトルは…未完成な僕らです!」
歓声が聞こえ、スバルは舞台袖で息を吸い込んだ。その背中を誰かが軽く叩く。
「緊張、してるんすか?」
シキが笑って尋ねる。スバルの様子を見てヤクモが微かに笑う。
「あはは。スバルも緊張とかするんだ?」
スバルが言い返す。
「俺だって緊張くらいするし!…ずっとライブすんのが夢だったから」
スバルは顔を上げ、ステージに立つ。ベースを抱え、マイクスタンドを握った。
「この曲をあんたの心に届けます!音楽は…歌は、人生から消せない!どこに居たって響く!」
ヤクモがドラムスティックを叩き、音程をとってから三人で音を合わせる。ギターの音が最初に響いた。スバルはベースを掻き鳴らした。低い音が響き渡ってドラムのリズムと重なり合い、ギターの音と響き合う。スバルは歌を歌った。澄み渡る青空の様な爽やかで初夏の風の様に柔らかい歌声が響き渡る。歌声がどこまでも遠くに響く。空港に向かう背中に届くくらいに。
「諦めない君に贈るこの応援歌。伝えたい言葉紡いで歌うよ。君に届くまで」
サビに入り、曲が盛り上がる。生徒達の歓声が広がる。ヒビキの足が止まった。
「…音楽は、捨てたんだ。もう戻らないんだよ…あの日々も、母様も…」
呟いた彼の声は掠れていた。
「悩みだって歌に変えられる。心配ないさ。明日も口ずさんで行こう」
飛行機の立つ時間がもう迫っている。ヒビキは足を進めた。それでもその耳に母親の柔らかい歌声に似たスバルの歌声は届く。
「懐かしい思い出は希望の明日になる。未来は未完成な曲だ」
最後の音が響き、曲が終わった。ヒビキは俯いた。痛いくらいに拳を握る。拍手が響く中、ステージの上でスバルはマイクを握り、喉が枯れるほど叫んだ。
「好きなんだろ!諦めんなよ!逃げんなよ!…お前の人生だろ!!」
そう言ってスバルは涙を拭った。スバルの言葉にヒビキの瞳が揺れる。
「…!」
シキとヤクモがスバルを見つめる。生徒達が戸惑い、ざわめいた。
「え?何…ライブじゃないの?」
「パフォーマンス?」
スバル達の担任は息をはいた。
「またあいつは面倒事に首を突っ込んで…」
彼はふと、ステージに向かって行く誰かの姿に気づいた。
「…まぁ、いいか。それが青春だからな。…スバルも、財閥の息子だって…まだ高校生なんだ」
ヒビキがステージに乗り上がる。ざわめきと動揺を気にせず、彼はスバルに向き合った。目を丸くするスバルを真っ直ぐに見つめて。
「…好き勝手言いやがる。…音楽を捨てられないなんて、俺が一番分かってるよ」
彼は微かに笑ってスバルに言った。
「軽音部、入部する。…天才ピアニストを口説いた責任はとれよ?」
空気が震える程の歓声と驚きの声が響いた。
「えっ!?あのコウガ先輩が軽音部に!?」
ステージの上でスバルは呆然とヒビキを見た。数秒後、ようやく言われたことに実感が湧き始める。
「マジで…本当に…?」
ヒビキのスマホの着信音が鳴る。彼の父親からだ。
「いまどこにいる!?もう時間だぞ!」
「…いい。俺はピアノを捨てねぇ。留学は取り消す」
ヒビキは父親に言った。通話先で父親が動揺する。
「何だと!?一時の感情で成功が約束された人生を捨てるのか!?」
「一時の感情じゃねぇ。ピアノはどうしたって捨てられないんだよ。…母様との思い出なんだ」
電話口の父親が黙り込む。彼の胸の中にも、愛した妻との思い出が今でもある。
「…いいだろう。留学は取り消してもいい」
父親の言葉にヒビキは目を見開く。
「ただし、インターンは行け。お前の世界を広げられる。それからどうするか決めろ」
ヒビキは掠れた声で尋ねた。
「…ピアノ、辞めなくていいのか…?」
「…家にあるピアノも、置いたままでいい。…妻の形見だからな」
それだけ言って父親は通話を切った。ヒビキは呆然とし、スバルは笑顔を浮かべた。ヤクモとシキは顔を合わせて笑った。
「俺…楽器屋継ぐ気無かったんすけど。バイクもバンドも、楽器屋も…全部やってみてもいいと思ってます」
シキはそう言って笑った。
「人生なんて一回きりなんだし、どれか一つに絞らなくても、全部やっていいんじゃないっすか?」
ヤクモが肩を揺らして笑う。
「あはは。欲張りすぎでしょ。…俺の母さんも、才能も恋も、どちらも選んでたら変わってたのかな」
ヤクモは呟いた。
「ま、俺も…生まれを気にするのはもう辞める。俺は、俺の人生を生きるよ」
肩の荷を下ろしたように、笑顔で彼は言った。
「…財閥も、ピアノも、か…」
ヒビキは考えたこともなかった選択肢に驚いたように呟いた。
「なぁ、先輩。俺達まだ、未完成だ。今この瞬間、楽しんで生きようぜ」
スバルは笑って手を差し伸べた。
「一緒に音楽やろう!」
ヒビキは笑って頷いてその手を取った。
「作曲とキーボードはする。作詞はお前がやれ。…さっきの歌詞、悪くなかった」
スバルは目を丸くする。彼の心にスバルの歌は届いたのだ。スバルは笑顔を浮かべ、ヒビキと握手をした。
「よろしく、ヒビキ先輩!」
「ああ」
澄み渡る青空に飛行機が飛んでいた。その下に、ヒビキは居る。
「なぁ、先輩!先輩のピアノも交えて演奏しよう!」
スバルが笑顔で誘う。生徒達のアンコールを求める声が響く。
「…さっきの演奏、何かが足りない気がしてたんだよ。キーボードがいるだろ?一緒に演奏してやるよ」
ヒビキは笑ってそう言った。空いていた場所にキーボードが収まる。スバルがステージの上で声を張る。
「じゃあ皆、聴いてくれ!俺達の曲を!」
最後のピースが埋まるように、未完成だった曲に新しい旋律が加わって青空に響き渡った。




