第七曲目
スバルは家でも歌詞を書いて歌を歌う。
「諦めない君に贈るこの応援歌」
スバルは学校では皆と音を合わせ、夜中まで家で作詞する。ライブを成功させたい、その一心で。机のライトがノートを照らす。
「伝えたい言葉紡いで歌うよ。君に届くまで」
ノートに歌詞のフレーズを書いては消し、また書き殴って作詞する。思い出すのは作曲をくれたヒビキのことだった。
「ヒビキ先輩のピアノ、やっぱすげえ良かった。…音楽を愛している人の演奏なのに…」
スバルは眠たい目を擦りながら呟く。
「なんで…音楽が好きなだけじゃ、駄目なんだ…」
いつの間にか、スバルは寝落ちしていた。カーテンから差し込む朝の光で目を覚ます。
「…やべ、もう朝!?朝練、遅刻する!」
早朝の澄んだ空気が肺を満たす。朝の涼しい風が頬を撫でる。息を切らし、スバルは軽音部の部室で急いだ。
「ん…?」
スバルは音楽室の扉が開いていることに気づいた。
「ヒビキ先輩…?」
スバルに気づき、ヒビキが振り返る。ピアノの前で彼は立ち尽くしていた。
「先輩は…何でピアノ、辞めちゃうんですか?」
ずっと聞きたくて、聞けなかったことをスバルは尋ねた。
「…俺は幼い頃、母に音楽を教わった」
彼がピアノを指でそっとなぞる。愛おしむ様な、優しい手つきだった。ピアニストだった彼の指は長い。
「あの作曲も母と作ったものだった」
スバルは目を丸くした。歌詞を書いたノートを胸に抱える。
「母は薔薇が好きだったんだ。庭には薔薇が咲いていた」
ヒビキは窓の外に目を向ける。校庭では運動部が朝練をしていた。
「だが、母は病弱で…俺が幼い頃に亡くなった」
スバルは息を飲む。その音は静かな音楽室に響いた。
「父に財閥を継ぐ様、言われたのもあるが…ピアノが俺より上手い天才はいる。だから、俺はピアノは辞める。音楽も…もう不要になる」
何も言えずにいるスバルにヒビキは笑顔を向けた。声は低く、自嘲的だった
「俺はイギリスに留学することが決まったんだ。体育祭の日、俺は日本を立つ。…インターン先も、もう決まっている」
もう決まったことだと、言い聞かせるようにそう言って彼はスバルの横を通り過ぎた。
「…どんな歌なら、あんたに届くんだ?」
取り残されたピアノを見つめてスバルは呟いた。
「どうしたんすか?暗い顔して」
部室に入ると、スバルの様子に気づいたシキが首を傾げる。
「変なものでも食べたんすか?」
シキは気にしているのか、スバルの顔を見る。
「ヒビキ先輩が…」
スバルは口を結ぶ。勝手に言っていいのか、悩んだ。代わりに、彼は不安を溢す。
「軽音部に入ってほしいって…音楽を一緒にやりたいって…思ってる。でも、何も言えなかった」
ヤクモが覗き込むように顔を近づけて笑う。
「うざいくらい、しつこいのがあんたでしょ?諦めんの?」
ヤクモの言葉に、スバルは潤んだ瞳を見開く。
「…いいや。俺は、諦めらんねぇよ」
涙を拭って彼は言い切った。
「音、皆で合わせようぜ!最高の曲作ろう!」
ベース音とスバルの歌声が響く。ドラムとギターも合わさり、重なった。
「…」
スバルの歌声をヒビキは屋上で聴いていた。彼の歌声は、明るくて柔らかい。優しかった母親のあの柔らかい歌声に似ている。彼は母親がよく口ずさんでいたあの鼻歌を思い出していた。
スバルは廊下を歩いている途中、めまいがした。
「スバル!大丈夫っすか?」
焦った声でそう言ってシキがスバルの腕を掴む。
「あ、ありがと…大丈夫」
担任がスバルの顔色を見て素早く判断する。
「いいや、駄目だ。保健室で休んで来い」
スバルは授業もして、部活動もし、更には夜更かしをして作詞していた。
「保健室で休んでてくださいっす…後で迎えに行くんで」
スバルは保健室のベッドで休むことになった。シキがため息をつく。
「大人しくしててくださいよ」
そう言って仕切りのカーテンを引き、背を向けた。
「悪い…」
スバルが眉を下げてそう言うと、シキは振り向いて困った様に笑った。
「…あんたに振り回されるのはもう慣れたんで。別にいいっす。…おやすみなさい」
「…ん。ちょっと寝る。おやすみ」
足音が遠ざかる。スバルは目を閉じ、眠った。どのくらいそうしていたのか。誰かの気配に意識が浮上する。どこかで嗅いだことのある匂いがした。細く、長い指先がスバルの頭を撫でる。低い、心地良い歌声が聴こえた。子守唄を歌い歌声は柔らかい。スバルはまどろみながら、それを聴いた。
「…すぅ」
スバルが寝息を立てて深く眠ると、その手は離れて行った。放課後になり、夕日が保健室の白い壁をオレンジ色に染めた頃、ヤクモが現れた。
「スバル、倒れたって?シキが珍しく焦ってたじゃん」
目が覚めたスバルは頷く。
「もうすっかり元気だぜ!」
シキが鞄を手に持ち、歩み寄って来る。
「はい。…もう無茶しないでくださいよ」
スバルに鞄を渡し、ため息をつく。
「あはは。気をつける!」
スバルは笑って立ち上がり、軽音部へ向かう。
「体育祭まで後もう少しだ!頑張ろうぜ!」
ベースの低い音で曲を支え、ドラムがリズムをとる。ギターの音が掻き鳴った。皆で音を合わせて重ねていく。コウガが捨てようとしたはずの未完成の曲が産声を上げた。スバルはベースを弾きながら宣言する。
「この曲を絶対、届ける!」
響き合ってどこまでも音が届くまで。スバルは歌を歌った。




