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第六曲目

与えられた空き教室の窓を開けて換気する。部室の床は磨かれ、ギターケースやドラムが置かれている。


「よーし、反省文も提出したことだし、部活動再開するぞー!」


スバルが明るい声で言う。ヤクモが尋ねる。


「なんかライブする予定とかあるの?」


スバルは胸を張る。


「無い!けど、ヒビキ先輩を勧誘するつもりだぜ!」

「は?マジで言ってる?」


ヤクモは戸惑いを浮かべてシキを見る。シキが頷くと、本気で言っているのだと分かり、ため息をついた。


「あんたが突拍子も無いことすんのはいつものことだし…まーいいや」


スバルは宣言する。


「ヒビキ先輩を勧誘するにも、ちゃんとライブしないとな!部活として認められたし…場所も借りれる!」


シキが呟く。


「あー。今まで音楽室と楽器屋で練習してましたからね」


ヤクモが一枚の紙を取り出した。


「お二人さん。提案があるんだけど」


二人の目が向く。紙には体育祭、と書いてある。


「軽音部で演奏しない?」


スバルは目を輝かせ、シキは目を丸くしながら頷いた。


初夏の風が部室に入って来る。三人は音を合わせ、奏でた。スバルの歌声が響く。職員室に向かう途中、ヒビキは歌声を聴いた。一瞬、足が止まりかける。だけど彼は歩み、職員室へ足を踏み入れた。


「イギリスへの留学…冬までか」

「インターンまでには戻って来る。体育祭が終わったら、日本を立つ」


卒業まじかまで彼は居なくなる。教師は書類に印を押す。


「インターン先は親の会社だ。もう決まってある」


投げやりにそう言って彼は書類を受け取り、職員室を出た。


「よし、もう一回音合わせようぜ!」


スバルの明るい声がする。彼は窓の外に生い茂る初夏の青々とした緑を眺めながら思い出す。母親と音楽の記憶。ピアノの前で母親と音を合わせた。二人で並んで座り、鍵盤に手を置いた。ピアノを長年やってきた母親の指は長かった。ピアノの音と彼女の柔らかい歌声が重なる。旋律に身を委ね、ゆっくりと流れる時間を共に過ごした。


「…もう完成しないなら…」


彼は呟いて歌声が聴こえて来る方へ向かった。


「ライブするならオリジナル曲とか欲しいな〜」


スバルがぼやく。休憩を挟み、三人で顔を突き合わせる。


「いいっすね。けど、依頼するなら金がかかりますよ」


シキがペットボトルの蓋を開け、口をつけながら言った。


「う〜ん、部費もあるし…使うか?」

「校外でもライブするなら場所取るのに金がいるし、ライブするたびに依頼すんの?」


スバルにヤクモが突っ込む。


「だよな〜…ちなみにヤクモ、曲作れたりしない?」

「母親は歌手だったけど…曲の作り方とか教わったことないから知らないし」


ヤクモが床に寝転び、腕を投げ出す。冷たい床が気持ちいいのか、目を閉じた。


「えっ、そうなのか!?」


スバルとシキは目を丸くした。


「知らなかったす。有名人の息子だったとは」

「歌手はもう引退したし…元有名人ね」


ヤクモは起き上がって言った。


「あのラブソング、俺の母親が作った曲なんだよ」

「え!?ライブで聴いて俺が放送ジャックして歌ったあの曲、そうだったのか!?」


スバルは音程を外しながらも必死に歌った曲を思い出す。情熱的で激しく、難しい曲だった。


「オリジナル曲はもっと爽やかな曲がいいな」


ヤクモがからかうように笑う。


「はは、確かにあんたにラブソングは似合わないね」

「何だよ、どうせならもっと明るい曲がいいだろ!?」


言い合っていると、部室の扉がスライドした。


「ここが軽音部の部室か?」


ヒビキが入って来る。スバル達は目を見開く。


「ヒビキ先輩!?何でここに…!?軽音部に入部する気になったのか!?」

「ちげえよ。これを渡しに来た」


そう言って音源の入った端末を手渡す。


「これは…未完成の曲だ。好きに作っていい」


そう言って背を向けたヒビキの腕をスバルは慌てて掴んだ。


「待ってよ!」


引き留められるとは思ってなかったのか、ヒビキは僅かに驚いたようにスバルを見た。


「…俺、曲とか作ったこと無いからさ、一緒に作ってください!」


スバルは咄嗟に言った。引き留めたのは無意識で、特に理由は無かった。ただ、彼をこのまま行かせてはいけない、とスバルの勘が言っていた。


「…はぁ?」


ヒビキはスバルを見下ろす。その顔は怒りでは無く、戸惑いを浮かべていた。


「…俺が歌詞作るからさ!お願い、先輩!」


スバルは必死に頼み込む。ヤクモとシキは固唾を飲んで二人のやり取りを見守っていた。


「…その曲は…」


ヒビキは迷うように一度口を閉じ、再び口を開いた。


「分かった。…いいぜ。ただし、体育祭までに完成させろ」


スバルは嬉しそうに目を輝かせ、頷く。


「もちろん!」


こうして楽曲作りにヒビキが加わった。喜ぶスバルにヒビキが告げる。


「曲のメロディは作ってある。テーマとかはどうすんだ」

「テーマ?」


スバルが首を傾げるとヒビキが冷静に言った。


「曲を作るにしても、歌詞を作るにも、テーマと雰囲気を合わせなきゃならねぇ」


ヤクモが楽しげに呟く。


「ターゲットは…体育祭だし、学生になるか〜。なら、やっぱ青春系?」

「おぉ!いいな、それ!」


シキが音源の入った端末を見つめる。


「メロディ、聴いてみたいんすけど。イメージも湧かないし」


スバルが再生する。ピアノの旋律が流れる。穏やかで陽だまりを連想するような曲だった。


「これだとしっとり系?けど、どっか可愛いじゃん。意外〜」


からかうようにヤクモがヒビキを見た。ヒビキに睨まれ、ヤクモは肩をすくめた。


「俺、この曲好きだな〜なんか懐かしい気持ちになる!」


スバルは無邪気に笑った。ヒビキは目を逸らす。


「…青春系にするなら…こうか」


キーボードの鍵盤に手を置き、彼が演奏をする。盛り上がるような明るい曲調に変わる。


「おお、すげえ!メロディは一緒なのに、雰囲気が変わった!」


スバルははしゃぎ、彼の手元に目が釘付けになる。


「コード進行を変えた。それだけで雰囲気が変わる」


スバルは難しい理屈は分からなかったが、ヒビキと作曲が出来る人がすごいと言うことだけは分かった。


「曲のサビはやっぱ盛り上がる感じがいいな!」

「なら、音をサビ前で一瞬抜いて…」


一瞬の静寂の後、逃走感のある曲が流れる。


「いいっすね。Bメロはこれで決まりっすね」


シキが楽しそうに言った。ヤクモが口笛を吹く。


「ライブとかで盛り上がるやつじゃん」


ヒビキがスバルを見て尋ねる。


「ベースはお前か?」


スバルは頷く。


「逃走感のある曲なら…ベースは低音がいいな。裏で支える土台になる」

「こうか?」


スバルはベースを弾いた。


「ああ。それでいい」


ベースとキーボードの音が重なる。ヤクモはリズムに合わせて身体を揺らす。彼の顔には知らず、楽しげな笑みが浮かんでいた。


「…本当に音楽、好きなんすね」


ヤクモを見てシキは呟いた。彼はギターを抱え、オクターブ調整をする。


「俺は…楽器を弄るのも、演奏するのも…嫌いじゃないって気づいたっす」


僅かに微笑み、彼は窓の外を見る。初夏の風が彼の髪を揺らす。


「何か言った?」


ヤクモが尋ねると、シキは緩く首を振った。


「いえ。何も」


ドラムとギターが演奏に加わる。軽音部の部室に作りかけの曲が流れた。


「俺、歌詞作れるかな〜!歌詞が思い浮かばねぇ…!」


スバルが唸ると、ヒビキが言った。


「お前がどういうものを作りたいか、ハッキリ定まってないからだ。どんな曲にしたい?」


スバルはヒビキを見る。スバルは言葉を探しながら素直な気持ちを口にした。


「…音楽が好きだとか、憧れとか、一緒に未来を作りたいとか、そういう…夢を詰め込んだ曲を作りたい」


ヒビキがキーボードの鍵盤を指先で押す。ピアノの音が響き、鼓膜を震わせた。


「なら、何でもいいから言葉を紡げ」


スバルは思いついたフレーズを口ずさむ。


「悩みだって歌に変えられる」


ヒビキは何も言わずに演奏する。彼の指先が僅かに震えた。


「心配ないさ。明日も口ずさんで行こう」


最後まで演奏し、音が止まる。


「…最終的な調整をしながら完成させていくぞ」

「はい!」


元気よく返事し、スバルは歌詞をメモに書いていく。シキが歌詞を眺めながら感想を漏らす。


「なんか、応援ソングみたいっすね」

「確かに!俺は音楽が好きだ、みたいな歌詞入れるか!?」


ヤクモがスバルの言葉に笑う。


「もうそれは全身から伝わるし、いいんじゃない?」

「全身から!?」


騒ぐスバル達をよそに、ヒビキは一人、黙っていた。



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