第三曲目
放課後。スバルはシキの楽器屋に来ていた。
「今日は親居ないんで、俺が教えるっす」
「おう!よろしく!」
手伝い初日。スバルはレジ前に立つ。
「とりあえずここで店番してくれたらいいんで。何かあったら裏にいるんで呼んでくださいっす」
緩い敬語でそう言うと、シキは微かに笑った。
「俺は修理しとくんで」
スバルが家から持って来たベースを手に、彼は店の階段を上がって行った。古い木製の階段が軋んだ音を立てる。
「うし、頑張るぞ!」
スバルが意気込み、店の窓を眺める。時間を過ごす中、スバルが思い出すのはヒビキと担任の言葉だった。
「…俺は、進路とか難しいことは分かんないけどさ…音楽を愛してる人の演奏は聞いたら分かる。…父さんが、そうだったから」
バーで演奏してお客を楽しませていた自分の父親を思い出す。幼い頃、父親の演奏を夢中になって聴いていた。ヒビキの演奏は繊細で、綺麗だった。いつの間にか周囲は暗くなり、店の照明の明かりがつく。
「…ん?何か聞こえるな」
店の外から微かに声が聞こえてスバルは首を傾げた。
「…少し覗くだけなら言わなくてもいいよな?」
スバルは店の外に出て音源を探す。街灯に照らされた青年と、その前には男女が居た。ピアスを開けた青年は怒鳴られている。
「テメェ!俺の女に手ぇ出しやがって!」
「やめてたっくん!彼は悪くないの!」
彼女の方は必死に彼氏を止めている。青年は胸ぐらを掴まれ、鼻血を出しながらも笑った。
「そーそー。自分の女も引き止められなかったのが悪いんでしょ」
「テメェ…!」
怒り狂った男が拳を振り上げる。
「待った〜!そこまでにしとけ!」
スバルは思わず飛び出していた。
「は?何だお前」
殴られていた青年が目を見開く。
「あんた…その制服、うちの高校の…?」
スバルは男に向き合い、スマホを掲げる。
「事情は知らないけどさ、暴力は駄目じゃん?これ以上やんなら警察呼ぶぞ」
警察、という言葉に怯んだのか男は彼女を連れて去って行った。その際、ギターケースを背中に背負っていた。
「大丈夫か?」
顔を覗き込み、腫れていることより彼の整った顔立ちにスバルは驚いた。
「あー…いってぇ〜。顔を殴るのは辞めてほしいんだけど」
彼は殴られて腫れた頬を押さえながら、立ち上がる。
「店に来るか?氷あるかも」
青年はスバルの言葉に瞬きをした。
「…あんた、さては相当なお人よし?」
微かに笑ってそう言うと、彼は案外素直にスバルについて来た。
「悪い!シキ、氷あるか?」
店に戻ったスバルが呼ぶとシキが顔を出す。
「氷?家から持って来たらあるっすけど何でまた…って」
スバルの後ろにいる青年に気づき、シキは目を見開く。
「やっほ〜。お邪魔しま〜す」
緩い口調でそう言うと、ひらりと片手を振る。
「…とりあえず持ってくるっすけど…やっかい事は増やさないでくださいっすよ」
シキはため息混じりにそう言って店の奥に引っ込む。
「とりあえず、座るか?なんで殴られてたんだ?」
レジにあった簡易椅子を差し出し、青年を座らせる。青年が腰掛けると、椅子が軋んだ音を立てた。
「あ〜…俺、ヤクモって言うの。で、さっきはたまたま手を出した女が彼氏持ちだったから修羅場になったわけ」
戻って来たシキが氷の入った袋を手渡しながら言った。
「クズじゃないっすか」
その言葉にヤクモは肩をすくめた。
「彼氏持ちとは知らなかったからさ〜。もし知ってたら手ぇ出さないし」
スバルはずっと気になっていたことを尋ねる。
「なぁ、あの彼氏の方ギターケース持ってたけど…バンド組んでたのか?」
「あー…俺は単に呼ばれて参加しただけ。正式には加入してない。バンドとか組んだら人間関係だるいじゃん」
ヤクモは頬を冷やしながらぼやいた。シキが思い出した様に呟く。
「そういや、店の近くにライブ会場あったすね」
「狭いけどね〜。まぁ音が響いて盛り上がるし、悪く無いよ」
ヤクモは頷く。
「楽器演奏出来るのか?」
「そ。ドラム担当。何?興味あんの?」
ヤクモはドラムスティックを鞄から取り出してスバルに見せる。
「けど残念。男にわざわざ演奏を聴かせようとは思わないかな」
ドラムスティックを直してヤクモはそう言った。
「ヤクモってうちの高校だよな?同じ制服着てるし」
「今?まぁ、そうだけど。行っても保健室で寝るだけだけどね。テストで満点取れば、教師も何も言わないし」
スバルは目を輝かせ、身を乗り出す。
「なぁ、軽音部入らねぇ?一緒にやろうぜ!丁度ドラム欲しかったし!」
「はぁ?」
シキはため息をつき、ヤクモは信じられないものを見るような目でスバルを見た。
「俺の話聞いてた?バンドに加入する気は無いって。楽器始めたのだって女との話題作りの為だし」
彼は椅子から立ち上がり、氷の入った袋を押し付ける。頬の腫れは幾分、ひいていた。
「なぁ、またライブするのか?行っていい?お前の演奏、聴きたい」
スバルが店を出て行く背中に向かってそう言うと彼は振らずに呟く。
「チケットいるけど…まぁ好きにすれば〜?」
ひらひら、と手を振ってそのまま去って行った。
「チケット買う金とか無い…」
スバルは項垂れる。
「勧誘上手くいって無いっすね。まぁ、スバルは無鉄砲で熱意だけで喋りますからね〜。ああいうタイプの人間には通用しないっす」
「言うなよ〜!」
シキの容赦無い言葉にスバルは嘆いた。
「ま、ベースの修理は出来たんで元気出してくださいっす」
「本当か!?」
スバルは顔を上げる。シキは2階からベースを持って降りて来た。
「どうぞ」
「うわ、すげぇ!切れてた弦が全部元に戻ってる!」
磨かれたのか、ベースは照明の光に照らされ、艶々と輝いていた。
「ありがとうな、シキ!」
「後、これも」
スバルがお礼を言うとシキは小さな何かを手渡した。
「ギターピックっす。…俺のお古ですけど」
「うわ、まじか!ありがとうな!大事にする!」
金色のギターピックを手に持ち、スバルは喜んだ。
「調整してみます?」
「おう!」
スバルはドキドキしながらベースの弦をギターピックで弾く。店に音が響き、シキがスバルの指先を見ながら調整する。
「ここ、もっと締めた方がいいっすね」
ベースを弄り、調整しながら二人は話す。
「なぁ、俺ベースやるからシキはギターやってくれよ」
「まぁいいっすよ。何でも」
ギターを持って来て彼は新品のギターピックで演奏する。
「曲とか欲しいな〜。俺に作曲の才能があれば…!」
「俺は楽器の修理は出来ますけど、作曲はさっぱりっすね」
夜もふけ、スバルはベースをケースに入れて持って帰る。
「また明日な!」
「っす」
シキと別れたスバルはヤクモを思い出す。
「演奏、聴いてみてぇな〜」
呟いて彼は家の扉を開いた。
ヤクモは家の扉を閉じ、そのままキッチンへと向かう。机の上にはお金が置かれていた。
「才能なんて、あっても…」
彼は呟き、目を伏せた。人の気配の無い家には時計の秒針の音だけが響いていた。




