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第二曲目

翌朝。シキは教室にやって来た。教室がざわめくが、シキは気にした様子も無く、スバルのいる机に近づく。今日は作業服では無く、制服を着ていた。彼は制服の第一ボタンを外し、ネクタイを緩めていた。


「おはよう!シキ!」


飼い主を見つけた子犬の様にスバルがシキに嬉しそうに声をかける。


「おお、本当に部員を増やすとはなー」

「俺はやれば出来る子だぜ、はるせん!」


スバルが誇らしげに胸を張る。


「普段の授業でも、それくらいやる気を出してくれたらいいんだがな〜?」


担任は苦笑いをする。


「後、もう一人…ヤクモって言う問題児もいるんだが…そいつも学校に来ないし…困ったもんだ」

「俺、問題児扱い!?なんで!?」


スバルはショックを受けて叫んだ。


「教室でいきなり歌い出しただろ」


シキが噴き出す。


「ふはっ…そんなことしてたんすか」

「動画にも上がってたな!」


スバルがそう言うと、シキがスマホを操作する。


「あー。このショート動画?バズってるじゃないっすか。ちょっとした有名人すね」


スマホをポケットに入れると、シキは眠たげな目でスバルを見る。


「で、バンド組むって言ったて…楽器の担当とか、決まってるんすか」

「特に決まって無い!」

「でしょうね」


シキはため息をついた。


「ま、俺は一通りの楽器は演奏できるんで。空いた枠でいいっす」

「まじか!すげぇな!」


スバルが褒めると、シキは恥ずかしそうに目を逸らした。


「あんたはベースでしょ。直すなら、ちゃんと店の手伝いしてくださいよ」

「分かってるって!」


スバルは笑顔で頷く。彼は目を輝かせ、前のめりになる。


「やっぱさ、部員集めるにはライブするのが一番いいんじゃね?」


シキは呆れた様にスバルを見た。


「はぁ?場所も無いし、許可もいるでしょ」


スバルは項垂れる。


「ダメかー」


シキは少し考えるように黙った後、再び口を開く。


「音楽室なら借りれるんじゃないっすか。昼休みなら誰も使わないでしょ」

「それだ!」


シキの言葉にスバルは目を輝かせた。


「じゃあさ、今日から音楽室で練習しようぜ!」

「まぁ、いいっすよ」


シキは頷いた。昼休みになり、チャイムが鳴るとスバルはシキの元へ向かう。


「俺、飯買って来ます。あんたは?」

「俺、弁当持って来てる!」

「じゃ、先行っててくださいっす」


シキの言葉にスバルは頷き、教室を出た。音楽室に向かっていると、廊下を歩く生徒の数は少なくなっていく。階段の踊り場に差し掛かった頃、ピアノの音が聴こえた。


「…誰か、演奏してる…?」


スバルは階段を上がり、音楽室に近く。音は大きくなり、はっきりと聴こえてくる。

 

「…誰か、いるのか…?」


僅かに開いた扉の隙間からスバルはそっと覗き込む。そこには、制服の上着を肩に羽織っている男子生徒がいた。彼の長い指先が白い鍵盤の上に乗り、演奏を奏でている。


「…誰だ。さっきから見てんのは」


スバルが演奏に聴き入っていると、青年が不機嫌そうに振り向く。


「お前…」


スバルを見て彼は僅かに目を見開く。しかし、すぐに目を逸らす。


「なんで俺が見てるって分かったんだ?」

「…視線がうるさかったんだよ」


彼は立ち上がり、ピアノの蓋を閉めた。


「なんで辞めんの?すげぇ良かったのに。プロかと思った!」


彼は背中を向けて呟いた。


「…ピアノはもう弾かない。これが最後だ」


そう言って彼は音楽室を出て行った。入れ違いにシキが音楽室に入って来る。


「うわ、今のヒビキ先輩じゃん。…ここに居たんすか?」

「ヒビキ先輩?」


スバルが首を傾げる。


「知らないんすか?財閥の息子っすよ。三年の先輩っす」


シキは買ってきたパンの袋を開けながら床に座る。スバルも弁当箱の蓋を開けた。


「先輩は部活に入ってないのか?ピアノの演奏、マジで上手くてさぁ!」


興奮した様に話すスバルをシキは呆れた様に見た。


「まさか軽音部に誘うつもりなんすか?」


彼はパンを食べながら言った。


「俺も詳しくは知らないっす。春咲先生に聞いたら何か分かるんじゃないっすか?」

「なるほどな!」


スバルは弁当を早食いすると、立ち上がる。


「俺、ちょっと聞いてくる!」

「今からっすか?まぁ、俺はここで食べてるんで」


シキの返事を聞き、スバルは職員室へ向かった。食べた後に走ったせいで横腹が痛くなり、スバルは横腹を摩りながら担任に声をかける。


「はるせん、ちょっといい〜?」

「春咲先生な。で、どうした?」


担任が椅子の向きを変え、スバルに向き合う。彼の職務机には愛妻弁当が広がっている。彼の薬指に嵌められた指輪が照明の光を浴びて煌めく。


「あのさ、ヒビキ先輩って部活入ってる?」


担任は重いため息をついた。


「ヒビキか…彼は一年前まで吹奏楽部でピアノを弾いてた。けど、三年になってから急に辞めたんだ」

「何で?」


担任が言いにくそうに口籠る。


「彼は賞を幼い頃からとるくらい、演奏が上手かったんだが…親御さんと進路の事で揉めて辞めたらしいんだ」


担任は声をひそめ、スバルに言った。


「彼は財閥の息子だし…色々、あるんだろ。だから、誘うのはやめておけ」


最後に忠告し、担任はスバルの肩を軽く叩いた。


「ま、この話は終わりだ。昼飯食べ損ねるなよー」


切り替える様に言った担任にスバルは頭を軽く下げ、職員室を出た。隣の席の若い女性の教師が呟く。


「スバル君、珍しく元気なかったですねー」


担任は困った様に頭を掻き、背もたれに背を預けた。


「あいつはまだ高校生だからな…」


担任の言葉を廊下で聞きながらスバルは俯いた。


「…最後って言ってたな…」


思い出すのは彼の演奏する姿だった。


「もったいねぇよ…。あんなに、上手いのに」


スバルは顔を上げた。


「…よし!決めた!音楽で心を動かしてやる!…音楽を手放す必要は無いんだって…諦めんなって突きつけてやる!」


その瞳には決意の光が宿っていた。彼は横腹の痛みも忘れて音楽室まで走って戻る。


「シキ!練習しようぜ!」


シキは驚いた様にスバルを見る。


「それはいいっすけど…。やけにやる気っすね」


不思議そうに首を傾げながらも彼は立ち上がる。


「じゃ、とりあえずピアノ弾くんで歌ってもらえます?」

「おう!」


スバルが歌うと、開かれた窓から風に乗って屋上にまで歌声が届く。


「…あいつ、またやってんのか」


屋上から音楽室で歌うスバルを見てヒビキは呟く。


「…あいつの歌に合わせるなら、もっと…」


そこまで言って彼は自分の口を手で塞ぐ。


「何考えてんだ俺は…」


彼のスマホの通知音が鳴る。画面を見るとメッセージが届いていた。彼の父親からだ。


「…ピアノは辞めろ、家を継げ、か…」


スマホの電源を切ると、彼は音楽室から目を逸らす。


「ピアノも…音楽も、くだらねぇ…」


言い聞かせるように呟いて彼は目を閉じた。瞼の裏に浮かぶのは、彼の母親の姿だった。あの柔らかい歌声に似たスバルの歌声を聴きながら。

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