表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

上流貴族の姉に踏みつけられ婚約者には裏切られた私が、家を飛び出した先で隣国の皇太子に一目惚れされ、拒否している間に全員に復讐してくれて、気づけば次期王妃になっていました

作者: 結城斎太郎

「お前は、家の恥だ」


その言葉がアメリア・セレスタインの人生の起点だった。

名門・セレスタイン公爵家の次女として生を受けたものの、彼女の居場所は家にはなかった。金髪碧眼という高貴な容姿を持ちながらも、姉・ミリアンヌの影に隠され続けた人生。美しく聡明で、帝国王太子との婚約をも手にした姉こそが家の「誇り」。アメリアは常にその引き立て役だった。


そして――ある日、運命が崩れ落ちる。


「アメリア・セレスタイン、公的に婚約を破棄する」


王太子カイル・エルヴァンからの婚約破棄宣言。理由は「アメリアの冷淡な性格と不適格な素行」。だが、それは嘘だった。


彼は、姉のミリアンヌと通じていたのだ。


「妹さんよりも、お姉さんのほうが僕には合っていた。それだけだよ」


何気ないその言葉とともに、アメリアの名誉は地に落ちた。皇族との婚約破棄というスキャンダルは、彼女を“悪役令嬢”と貶め、社交界から追放するに足る理由になった。


「ふふ、いい気味ね。あなたなんて最初から何の価値もなかったのよ」


姉の笑顔が、脳裏に焼きついた。


心を砕かれたアメリアは、その夜、自室の窓から身一つで屋敷を抜け出した。従者も連れず、金も持たず。ただ、この地獄のような屋敷から――家族から、逃げたかった。


◆ ◆ ◆


「……水……」


朦朧とした意識の中で、アメリアは誰かの手に抱き起こされていた。温かな掌が頬を撫で、喉に水が流し込まれる。


「おい、大丈夫か。目を覚ませ」


男の声だった。低く、落ち着いた声。しかし、その声には焦りと怒りが滲んでいた。


彼女が倒れていたのは、帝国の国境地帯、ルヴァン王国との境。飢えと寒さに倒れた彼女を救ったのは――ルヴァン王国皇太子、ユリウス・ヴァレル・ルヴァンその人だった。


アメリアが目を開いたとき、彼は驚くほど真っ直ぐに彼女を見つめていた。


「――綺麗だ。お前は、俺の婚約者になるべき女だ」


「……は?」


「いや、間違いない。お前のような女は、手放してはならない」


彼はその場でプロポーズしたのだった。


◆ ◆ ◆


「断ります」


アメリアはきっぱりと言った。


「お前は命を助けられたのだぞ?」


「だからと言って、愛もない相手に従うほど落ちぶれていません」


ユリウスは驚きもしなかった。ただ笑った。


「……ますます気に入った」


彼はそれ以降、粘り強くアメリアのもとに通い詰めた。丁寧な礼儀、優れた戦略眼、美しい筆跡、そして容赦ない手腕。そのすべてで彼女を包み込むように、距離を縮めてきた。


だがアメリアは頑なだった。誰かを信じることに疲れきっていた。拒絶することでしか、己を守れなかったのだ。


ある日、アメリアは問いかけた。


「私に構っている暇など、貴方にはないでしょう」


「俺が構いたいのはお前だけだ。……だが、それだけではない」


ユリウスの目が鋭く光った。


「お前の家族と、元婚約者。連中には天罰を下す。俺のやり方でな」


◆ ◆ ◆


それからの日々、帝国では異変が次々に起きた。


まず、セレスタイン公爵家が保有していた鉱山の権益が突如凍結された。続いて、王太子カイルの秘密裏の財務不正が発覚。公の場で告発され、彼は即座に次期皇帝候補の座から引きずり下ろされる。


さらに姉・ミリアンヌの社交界デビューにて――


彼女の仮面を剥がす匿名の文書がばらまかれた。そこには、アメリアに対する暴行と侮辱の数々、そして王太子との密通の証拠までもが詳細に記されていた。


帝国中が騒然とした。


そしてその裏にはすべて、ルヴァン皇太子ユリウスの影があった。


彼は静かに、だが確実に――アメリアのためだけに、彼女の仇を討ったのだ。


その報せを聞いたとき、アメリアは涙を流した。


それは、初めて誰かに“守られた”と感じた瞬間だった。


そして――彼女は、ようやくユリウスに向き合うことを決意する。


「……ありがとう。私の代わりに、罰を与えてくれて」


「お前の涙は、俺だけが拭う権利があると信じている」


その言葉と共に、彼は彼女の手にキスを落とした。


アメリアの心の扉が、静かに音を立てて開かれていく――。




ーーーー





「私は、貴方のような人に愛される価値が……本当にあるのでしょうか」


夜の王城のバルコニー。ルヴァン王国の澄んだ空気の中、アメリアは小さくそう呟いた。


「あるとも」


ユリウスは即答した。力強く、迷いなく。


「お前が自分で思っている以上に、ずっと強く、ずっと美しい。そして、優しさを失わなかった」


「……」


「そんな女を、どうして俺が手放す?」


月明かりの下、ユリウスはアメリアの肩を抱き寄せた。


「お前が何度拒んでも構わない。だが、俺は何度でも口にする。――アメリア、お前を愛している」


言葉が胸に深く突き刺さった。

幼少期から愛されなかった少女が、今、確かに誰かに必要とされていた。


もう、逃げなくていい。


「……はい。今なら……その言葉を、信じたいと思えます」


ユリウスの瞳が柔らかく揺れた。


そして、アメリアの手に、小さな箱が差し出される。


「受け取ってくれるか?」


開けば、そこには――王家の紋章が彫られた、美しいエメラルドの指輪。


「俺の婚約者に。いや……未来の王妃に」


アメリアは、涙を浮かべながら、静かに頷いた。


◆ ◆ ◆


二ヵ月後、ルヴァン王国で発表された皇太子ユリウスの婚約者は――


かつて帝国で“悪役令嬢”と呼ばれたアメリア・セレスタインだった。


帝国から逃れ、ルヴァンで庇護された令嬢が次期王妃に。

噂は瞬く間に帝国中に広がり、人々の口に上った。


当然、セレスタイン家と元王太子カイルは動揺した。

すでに地位も名誉も地に落ちていたが、今や完全にルヴァンに“踏まれて”いる構図だ。


追い打ちをかけるように、ルヴァン王国は帝国に対し、公的に通商の制限と外交的抗議を表明した。

名目は“自国皇太子妃に対する過去の不当な扱い”についての制裁。


事実上の外交的勝利。


「まさか、ここまで利用されるとはな……!」


カイルは玉座を追われ、王弟の王位継承により辺境地へ追放。

ミリアンヌは社交界を永久追放され、両親は爵位を返上。セレスタイン家は没落した。


◆ ◆ ◆


「敵に情けをかける気はない。――だが、許すかどうかは、お前の自由だ」


ユリウスはすべての裁定をアメリアに委ねた。

彼は、彼女の痛みを奪ったが、赦しを強制することは決してしなかった。


「許しません」


アメリアは静かに言った。


「でも、もう振り返るつもりもありません。私には……これから築く未来がありますから」


そう。

この手を取ってくれた男と、歩む未来が。


◆ ◆ ◆


そして――盛大なる婚約式。


ルヴァン王国王宮。

広間は純白の花々で彩られ、参列者たちの拍手が祝福の嵐となって響いていた。


アメリアは、純白のドレスを纏い、ヴェールの奥で優しく微笑んでいた。


「まるで、本物の女神みたいだな」


ユリウスがそう囁いたとき、アメリアは少し照れたように笑った。


「本物の悪役令嬢ですが?」


「――俺の中では最愛の王妃だ」


彼はそう言って、彼女の手にそっとキスを落とした。


アメリアの過去に傷はあれど、今はもう誰にも奪わせない。

彼女は愛され、選ばれ、守られる存在になった。


そして彼女自身もまた、かつての弱さを超えて――未来を選ぶ者になった。


「私はもう、“誰かの影”じゃない。私は、私自身として生きていく」


その言葉に、ユリウスは深く頷いた。


「共に、歩もう」


ルヴァン王国の未来を担う者として。

そして、一人の女性として幸せになるために。


祝福の鐘が鳴り響く中――二人は未来へと歩き出した。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ