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短編集  作者: きよひこ
9/17

私だってほんとは

こんなことやりたかったわけじゃない


ただ居場所がここにしかなかったってだけ


「ユナ。俺の傑作を見ろよ」と私の名を呼ぶ不良。


そして私も不良。すでに夜の10時を過ぎている。私とその悪友合わせて四人でつるんでいた。場所は公園だ。夜なので人目もない。不良には絶好の遊び場だ。私達は高校生だ。だが高校生なんてカテゴリーで一括りにされるなんてまっぴらごめんだ。私はユナ。名前さえあれば肩書など何もいらない。社会になんて組み込まれたくない。


悪友の一人は動物を象ったバネの付いた乗り物の顔に黒いマジックで落書きをしている。落書きをしているやつはヒデオだ。野球部だったが厳しい練習についていけず部活をやめた。その後はやることもなく暇を持て余しこうしてくだらない落書きに勤しんでいる。


「なぁ。ユナったら」


「うるさいな。見てる。見てるよ」


ヒデオは満面の笑みだった。デフォルメされた動物の顔に眉毛を描いて得意げにしている。


「見ろよ。この顔。馬鹿みたいだろ」


馬鹿なのはお前の頭だと心の中で毒づいている。


「よぉ。またキメようぜ」


私達二人の背後から声がした。不良三人目のシュウヘイだ。シンナーをやりすぎて歯がぼろぼろになっている。どこかボーっとしたやつで厳つい見た目と違ってそこまで悪いやつじゃない。自ら人を殴るようなことは絶対にやらないのだ。


シュウヘイは4つビニール袋を抱えている。


「俺パス」


シュウヘイに答えたのがリュウタだ。シュウヘイと違って人を殴るのが好きでしょっちゅう喧嘩をしている。他校とも揉め事を起こして今日までで3回、停学処分にされている。


「私も」


私は答えた。


「なんでだよ」シュウヘイが不満そうにする。


「俺明日、喧嘩するんだよね。稲田高校の奴らと。だからコンデションを整えないと」


リョウタの言葉にシュウヘイが納得した。私の顔を見る。私は答えた。


「私、一回やったけど気持ち悪くて無理」


「なんだよ。ノリ悪いな。臆病なし。シュウヘイ。俺はやるぜ。袋貸せよ」


ヒデオはシュウヘイの袋をぶんどって盛大に吸い込んだ。ヒデオはむせこんだ。私がヒデオの背中を叩く。


「平気か? 無茶するから」


ヒデオは私の方へ手を伸ばしてヒラヒラさせた。


「大丈夫だ。それよりも効いてきた。効いてきた。頭がふわふわする」


ヒデオは千鳥足になって歩き始めた。


「おい危ないぞ」


リョウタの制止を振り切ってヒデオはあっちへふらふら、こっちへふらふらと歩き回りやがてつまずいて砂場へ突っ込んだ。


リョウタは笑った。私が駆け込むとヒデオは手のひらを私の方へ向けた。


「ユナ。待て。今いいところなんだ。地面が伸びて波打っておまけに空から天使が降ってきてるんだ」


「詩人だねぇ」とリュウタは言った。


シュウヘイの気配が消えたので私は不審がって後ろを振り向いた。視界に入ったのはシュウヘイがぐったりとベンチから崩れ落ちた姿だった。異様な雰囲気だったので私は駆け寄った。シュウヘイは呼吸をしていなかった。私は血の気が引いた。ヒデオとリョウタに視線を向けた。リョウタはことの重大さに気づき、携帯を出した。


「面倒なことになったね」とリョウタは半ば人ごとのように言った。


「どうしよう」と私の言葉に


「面倒だけど呼ぶしかないよね。救急車」


とリョウタは返した。


30分後救急車が到着した。救急隊員は私達のことを厳しく叱りつけ、学校の先生を呼んで私達を強制的に家に返した。


私が家に帰ったとき時刻は深夜の一時を回っていた。リビングの長机に母と父が座っていて対面に私が座った。


母は切り出した。


「どうしてそんな深夜に出歩くような真似をするの」


「別にどうでもいいじゃん」


私の言葉に父は激昂して


「どうでもいいだと。自分の娘が非行をして周囲にどんな顔をすればいいのか。お前、わかっているのか。どれもこれもキミエ。お前の教育が悪いんだ」


父はそう言って母をぶった。続けて私の頬をぶった。母は壊れたラジカセのように謝罪の言葉を繰り返すだけだった。そこになんの感情もこもっていなかった。ただ怒りを受け流すためのものだ。父は足を踏み鳴らして二階へと上がった。


母は場が静まり返ったら私のそばに来てそっと頬を触った。私にごめんねぇと母はそう言うと家から出ていった。窓を見ると知らないおじさんが立っていて母は彼とキスをして車に乗り込みどこかへ去っていった。


私は二階の寝室へ向かった。そして着くなりベッドに倒れ込んだ。枕元には随分幼いときに父が買ってくれた熊のぬいぐるみがあった。私はぬいぐるみに顔をうずめると泣いた。


私の居場所ってどこにあるの?


次の日はむかつくくらいの天気の良い朝だった。どうせ家に居ても何もないので学校に行く。シュウヘイは大丈夫だったのだろうか。先生から事情を聞き出さねば。


登校し、クラスに入るとじめっぽい視線を感じた。一般生徒が不良に抱く嫌悪感、物珍しさから来る好奇心の感情がないまぜになっている視線だ。気持ちの良いものではない。静かに席に着く。


そうすると校内放送が流れた。全校生徒が体育館に集合することになるらしい。生徒会役員がクラスを整列させた。私はこの瞬間が嫌いだ。どうして? どうして? どうして?! 移動するだけでこんな大仰な真似をしないといけないのか。私は並びたくなんてないのに。


体育館に着くと学年主任の先生が深刻な面持ちで生徒の前に立った。昨日一人の生徒が命を落としたと。そう言った。私は顔を両手で覆った。シュウヘイが死んだ? 優しいシュウヘイが死んだ。私のかけがえない仲間が一人居なくなった。私は眼の前が真っ暗になった。先生は何かを熱弁していたが全く頭の中に入ってこなかった。


全校集会が終わってクラスに戻って来た。私は頭が回らなかった。授業の間、休み時間も含めて上の空だった。学校が終わったことを知ったのはクラスの学級委員に話しかけられたからだ。


「小野さん、小野さん。授業は全部終わりましたよ」


学級委員のオオソラが私に喋りかけてきた。


私はええとかああとしか答えられなかった。


オオソラは私の肩を掴んで揺さぶる。


私はびっくりして我に返った。


「おい。なんだよ」と私が言うと


「小野さん、少し話があるんです」と返してきた。


オオソラはクラスの中心的な存在で器量が良く、明るい性格でみんなから慕われている。そのオオソラが私の耳元へ顔を近づけて「少し時間を下さい。真剣に話したいことがあるんです。屋上に行きませんか」と小声で囁くので驚いてしまった。


あ。と大きい声を出したのでさぞや目立つだろうと教室を見回したが教室にはオオソラと私の二人しかいなかった。


「別に教室には誰も居ないんだからここでいいだろう。どうしたんだ」


オオソラは表情の読めない曖昧な顔をした。どうせ昨日の夜の注意でもするのだろう。でもあそこは私の唯一に居場所だ。ヒデオとリュウタもいる。今更、離れることなんてできない。


「あの。何か困っていることがあったら何でも言ってください」


この言葉を私は疑った。これは世間の言葉だ。正しさの言葉だ。そして建前の言葉なのだ。人を理解できない人間が使う。たいていは私を間違った存在として一方で自分を正しい側の人間としてマウンティングする。そんな差別のための言葉だ。


私が眉をひそめるとオオソラは言葉を付け加えた。


「私は小野さんに学校生活を楽しんで欲しいんです」


「嘘だな。なんでそんなことを2年の8月に言うんだ。遅すぎるセリフじゃないのか」


私の言葉にオオソラは少し頬を上気させた。すぐに顔を背けていつもの冷静な顔に戻した。違和感があったが私はそれを受け流した。今はそんなことに注意を向けている場合でない。この目の前の人間は正しさの檻に私を閉じ込めようとしている。


「確かに小野さんにこんな声をかけるのは無責任なのかもしれません。でも私はクラスのみんな、そして学校全員が楽しく学校に来て欲しいんです」


「そうやって大きな概念で一括りにするお前の喋り方が不快だ」


「すみません。でも小野さんあなたは今、苦しんでいる。なんとかしてあげたいんだ。もっと前にこうして話し合うべきだったかもしれない。それは謝ります。だからこそ今からやり直させて下さい」


私はオオソラの熱意に押されてしまった。オオソラは微笑みを作ってしかし目は真剣にして言った。


「このクラスに小野さんの居場所を作りたい」


私は動揺した。居場所? 無理だ不良の嫌われ者の私がこのクラスに溶け込むなんて。


「小野さんにとって夜な夜な遊びに行くのは居場所がないからなんでしょう」


オオソラの言葉に私は顔を背けた。オオソラは私の手を掴んだ。


「一緒にやり直していきませんか」


私は泣いてしまった。


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