目が見えないそれでも
今の季節は梅雨。土砂降りの空はどす黒い色に染まり、畏敬さえ抱きそうになる。石のカフェを営む五十鈴大地は気だるそうに玄関の扉にかかっていた板をひっくり返した。板には裏にopen、表にcloseと書かれていてそれをひっくり返したのだから開店を意味する。
五十鈴は怠け者だ。自分が開店前には部屋の掃除を終わらせる決まりを自分に課していたが今ではそれを守っていない。現に開店の意思表示をしたものの部屋の隅はホコリが溜まっているし、掃除用のバケツとモップは机の下に置きっぱなしで片付けてすら居ない。
扉が開き、カランと音がなった。五十鈴が玄関の方に顔を向けると二人の女性が入ってきた。
「いらっしゃいませ」と五十鈴のやる気のない声。
「こんにちは」
この声は朝一で入ってきた女性の一人の声だ。40歳前後といった風体の女性で上品な雰囲気を醸し出している。片方の女性はサングラスを掛けている。緊張した面持ちだった。
五十鈴はカウンター席へ二人を案内した。
「あら、お綺麗な宝石たち」
上品な声で妙齢の女性が言った。
「そうなの?」
隣の少女がそう返した。
女性は少女に机に埋め込まれたケースを指さした。その指は少女のもので女性が少女の手を掴んでそこへ指を持って行っていた。埋め込まれているケースはガラス張りで中に綺麗な石が並んでいた。ここは石カフェで五十鈴自身が集めた石や専門店から仕入れた石がカウンターの机に並べている。
五十鈴は少女と女性のやりとりに不自然さを覚えた。その違和感は次のやり取りで膨れ上がる。
「ねぇ、触ってみたい」と少女が言った。女性が申し訳無さそうに五十鈴に聞いた。
「あの、箱から出して触ることはできますか?」
「ええ構いませんよ。どの石でしょうか」
「ではこれとこれ」
女性は石を指さした。どれも色は同じで触感が違うものだった。
少女は手を伸ばしたが定まっていないで宙に揺らめいていた。ふらふらと動く少女の手に女性は石を一つ握らせた。
少女は微笑んだ。
「すべすべしている」
次の石を握らせた。
「ゴツゴツしている」
少女はご機嫌になった。
女性は五十鈴に感謝した。五十鈴は返礼した。少女は五十鈴に石を返そうとした。しかし少女は五十鈴のいる場所から離れたところに手を突き出した。女性は優しくその手を五十鈴のもとに誘導した。五十鈴はその様子から察した。少女は目が見えていないと。そのことを女性に聞くと女性はゆっくりと頷いた。
「事故で両目を傷つけてしまったんです」
「それは申し訳ないことを聞いてしまいました」
「ですが来週、腕の良いおお医者さんに執刀してもらえることになったんです」
「それは良いじゃないですか」
「ただ成功する確率は低いようで私の娘も心配になりましてね。こうした鬱屈した気分を晴らそうと散歩でたらこんな素敵なお店を見つけたんです」
五十鈴はその言葉に心を動かされた。そこで店の裏に回ってとある珍しい石を取り出して二人に見せた。
「これは?」
女性の問いに五十鈴は答えた。
「これは蛇の目の石と言いましてその昔、干ばつから村を守ろうと身を捧げた娘がおりました。その後、蛇になったその娘は育ててくれた両親にある贈り物をしたんだそうです。その両親は疫病で視力を失っておりました。その贈り物は娘である自分の瞳で、二人にその瞳を送って病を治したという言い伝えがあるのです。その目がこの蛇の目石だそうです。これをあなたがたにあげます。これをお守りに手術をがんばってください」
娘と女性は礼を言って店を出た。