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短編集  作者: きよひこ
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ささやかな変身

射場とは弓道において的へ矢を射る場所である。ここは弓道部の専用の場所、古風な雰囲気で開けた場所からは的が見える。その開けた場所から春の清冽な空気が吹き込んできた。ここは三葉高校の射場だ。練習試合である射会が開かれておりK県の県内の高校の弓道部が一斉に集まっている。


射場に一列に並んだ女子生徒たちは次々に前でて4つの矢を放ち、先生が的に当たった回数を数える。


一人の女子生徒が前へ出た。名前は智恵と言うその女生徒は袴に上衣を着て足袋を履いている。所作の一つ一つが丁寧で厳かだった。高校生には見えない落ち着きぶりだった。的から28メートルの位置まで進み、的と相対した。


弓をゆっくりと引く顔は動かない。弓の弦は厳しく引かれ、張りを豊かに蓄えた。彼女の瞳がかすかに光る。次の一瞬で弦の張りは開放された。矢が風を切る音が静かに響く。的に当たった軽快な音が鳴った。


試合が終わり、部活のミーティングが終わると智恵は帰路につくが正門で何人かの弓道部の後輩が声をかけてきた。


「先輩、模擬射会見ました。皆中じゃないですか。すごいです」


「私達の部活のエースでレギュラーらしいじゃないですか」


「そんなことはないさ」と智恵は気恥ずかしそうに頭を振る。


「そうそう。しかも今まで的に外したことなんてないんでしょ」


「誰がそんなことを言うんだ。私だって矢を外したことの二度や三度、いくらでもある」


「またまたー」


茶髪の後輩が続ける。


「先輩はスポーツ優秀、学業にも秀でていて完璧ですね。おまけに優しい。そしてリーダーシップもある。the生徒会長って感じじゃないですか。憧れの存在です。性別が違っていたら恋していたかもしれないです」


「そんなに褒めないでくれ」と智恵は少し顔をしかめた。自分の賛美は智恵にとって呪いでもあるからだ。智恵は昔から何でもできた。でもそれは家族が智恵にプレッシャーをかけたからでもある。智恵には体の弱い母がいるが、対する父親は家庭のことを顧みず好き放題をしていた。自分が強くならなければと決心し、家事も一手に引き受けたし、生きていくのに必要な事務処理も覚えた。母親を心配させないように勉強・スポーツもがむしゃらに取り組んだ。


智恵が優秀な成績を修め、しっかりしているのは家庭の事情であり、それを褒められるのは智恵にとって複雑な気分なのだ。


そして智恵にはもう一つコンプレックスがあった。リーダーとして振る舞うことを求められる自分は女らしくないのではないかという心配だ。


その話の後、何人かの後輩と智恵は一緒に帰ることになった。とある交差点に着くと後輩は帰る方向が違うからと散り散りになった。


一人で帰る道中、二人の不良に絡まれている智恵と同じ高校の制服を着た少女がいた。


「ねぇねぇ。俺達と一緒に遊ばない? いい店知ってるんだよね」


下卑た声に眉間にシワを寄せた智恵はその女生徒のもとへ歩み寄り、不良とその少女の間に割って入った。


不良は不快そうな顔をした。


「なんだよ」


「辞めろ。警察を呼ぶぞ」


「けっ。何だよ呼んでみろよ」


不良の一人が智恵に近づいた。顔をコピー用紙一枚分ほどの厚みまで近づけた。しかし智恵は微動だにしない。その不良の鋭い眼光が智恵の目を貫いた。それでも智恵はそれを木の葉のように受け流す。もう一人の不良が智恵の手首を掴んだ。


「なんのつもりだ」


「お前が代わりに付き合ってもらっても良いんだぜ」


「署までか?」


不良は舌打ちをした。二人の不良は顔を見合わせ去って行った。不良が智恵の視界から消える直前、言葉を放った。


「男みてぇなやつ」


不良から開放された少女はホッと胸を撫で下ろした。絡まれていた少女は智恵に礼を言った。


「気にしなくて良い。生徒会長として当然のことをしたまでだ」と智恵は返した。


家に戻った智恵は鏡台の前に立った。化粧品を並べて化粧をし、女性らしいふんわりとした服装に着替えた。


鏡の前で微笑みを作った。女性らしい自分の姿を見て一人静かに楽しんでいた。



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