ただいま、婚約者に反抗期中でございます。
読んでいただければ幸いです!!
キャラ設定とか甘いかな~と思いますが、
新しい話は久しぶりなので、リハビリ感覚です。
ご容赦いただければ助かります!
「私、決めたわ!」
読んでいた恋愛小説を閉じながら、アイラ・ファストは叫ぶようにそう言った。紅茶を入れる準備をしていた侍女のミツナは、作業する手を止め、一つ深いため息を吐く。
「アイラ様、だめです」
間髪ない言葉にアイラはミツナを睨むように見た。
「ミツナ、私まだ何も言っていないわ」
「でもだめです」
「どうしてよ」
「アイラ様が思いつく時点で、いやな予感がします」
「…」
「だからおやめください」
きっぱりそう言うとミツナは、再び手を動かし始めた。紅茶のいい匂いが鼻孔をくすぐる。
目の前に出された紅茶に口を付けた。あまりにおいしいそれに、アイラは少し頬を膨らませた。
「おいしい」
「お褒めにあずかり光栄です」
「・・・やっぱりやめなくちゃだめ?」
「今までアイラ様が突然思いついたことでうまくいったことがありましたか?」
「…せめて、何を決めたのかくらい聞いてくれてもいいじゃない…」
アイラはよく言えば純粋で、悪く言えば単純だった。
友だちの助言、読んでいる小説、使用人の噂話、それらに踊らされ何度もミツナを巻き込んで来た。
ミツナはすねるように俯くアイラに視線を向ける。
手入れの行き届いた長い髪は黒く、すらっとしたアイラの体型によく似合っている。切れ長の目はどこかきつい印象を与えるが、よく笑うアイラはかわいらしい。喋らなければ人形のように綺麗であるのに、一度口を開けばコロコロと表情を変える。そのギャップがかわいらしいと思う。今年で17歳となるアイラはミツナより1歳上なのだが、ミツナはどこか妹のように思っていた。
だからだろう。巻き込まれるとわかっていながらも、甘くなってしまうのは。
「…それで、何を思いつかれたのですか?」
「え?聞いてくれるの!?」
「聞くだけなら」
ミツナの言葉にアイラは目をキラキラさせる。
「あのね、押してだめなら、引いてみろ、を実行してみようと思うの!」
「……もしかしてトーマ・ライド様のことをおっしゃっています?」
「もちろんよ」
胸を張るアイラにミツナは「聞かなければ良かった」と思ったが、それはもう遅い。この純粋な目を見てしまえば、ミツナの負けは確定で、だから大人しくアイラの話に耳を傾けた。
トーマ・ライドはアイラの婚約者である。3年前から婚約者となったトーマは、アイラと同じ学校に通う同級生でもあった。女性にしては身長の高いアイラより頭一つ分高く、成績はいつも上位十位には入る秀才だ。加えてその顔の造りは端正である。
いわゆる、完璧な男性だ。学校には彼のファンクラブがあるという噂もある。
「トーマ様は私の気持ちにあぐらをかいていると思うの!」
その言葉にミツナは静かに頷いた。
確かにアイラの気持ちは前面に出ている。アイラとトーマを知る者で、アイラの気持ちを知らない者などいないほどだ。
家と家同士が決めた婚約であったが、アイラはトーマに恋をし、素直な彼女は定期的に「トーマ様、すきです!」と愛の告白をしているのだから当たり前だが。
「それでもいいのではないですか?」
「いやよ!私だってトーマ様に好きになってもらいたいもの!」
「…」
「だからね、明日からトーマ様に会っても、そっけない態度を取るわ。それから会う回数も減らさないと。会えない時間が愛を育てるのよ!」
「…」
「だからミツナも協力してちょうだい!トーマ様がいらっしゃったらすぐに私に教えて。そしたら私は距離を取るから。もし、トーマ様が話しかけてきても私、ミツナとばかりお話をするわ」
「そんなことをしたら私がトーマ様に叱られてしまいます」
「大丈夫よ。ミツナは態度を変える必要はないわ。私が変えるだけだから。それにミツナは私の侍女なのよ。トーマ様に怒らせたりはしないわ。そんなことをしてきたら、逆に私が怒ってやるんだから」
両手を上下に振りながらそう力強く言うアイラにミツナは苦笑を浮かべる。
「…それは頼もしいですね」
「でしょ!じゃあ、今日から作戦開始よ!」
勢いよく拳を突き上げたアイラは見ているこちらまで楽しくなるような笑みを浮かべた。
「あ、もちろんこの作戦はトーマ様には内緒だからね」
「承知しました」
「絶対すきだって言わせてみせるんだから!」
トーマの態度を見れば、アイラを好きなことなど一目瞭然だ。自分以外の男性がアイラと話していると射殺さんばかりの視線を向けているし、アイラを見つめる目はとろけるほど甘い。トーマの心中を知らない者など、アイラくらいだろう。
けれどそれを言ってもアイラは納得しない。自分ばかりが好きだと思っているのだから。きっとまた、勝手に暴走し、空回りをするのだろうな、と思いながらもミツナは「頑張ってください」と声をかけたのであった。
じっとこちらを見てくる視線が鋭くて、アイラは思わず後ずさった。目の前に広がるのは端正な顔。そこに浮かぶのは満面の笑み。けれど、感じる圧は強く、アイラはさらに2歩下がる。背中に固いものが当たった。後ろを見れば壁。
「・・・えっと、トーマ様?」
「ん?」
名前を呼ばれたトーマはアイラの逃げ道をふさぐように両手を壁に付ける。のぞき込むようにアイラの顔を見た。
アイラは助けを求めるように周りに視線を動かす。いつも傍にいる侍女のミツナの姿は見えない。
「どこ見てるの?」
「ミツナがいないな、って・・・」
「まあ、彼女は賢いから」
「・・・?」
トーマの言葉の意味がわからず、アイラは首を傾げる。そんな彼女にトーマは小さく苦笑を浮かべた。
「主人想いだからね、君の侍女は。君を見捨ててどこかに行ったわけじゃないと思うよ。ただ、アイラにとってここにいない方がアイラのためになると判断したんだろうね」
「どういうことですか?」
「どういうこと?ねぇ、アイラ、・・・それは俺の台詞だよ」
トーマの視線がより鋭くなったような気がして、アイラは思わず口を閉じた。衝動的に逃げたい気持ちが湧き上がったが、逃げ道はない。
「なんで俺を避けるの?」
「それは・・・」
「はじめの2日くらいは、またなんか本でも読んで影響されたのかなと思って見てたんだ」
「・・・」
「でも、もう2週間だよ?アイラとまともに話してないの。・・・アイラに避けられるから仕方なく君の侍女を捕まえて聞いても『言えません』の一点張りだし」
「あの、それは・・・」
「もしかして、もう俺のこと好きじゃなくなった?」
トーマの言葉にアイラは首を横に振った。嘘でも好きじゃないとは言えなかった。
「じゃあ、どうして?」
「・・・」
「アイラ」
耳元でささやくように名前を呼ばれた。その声がいつもより甘くて、アイラの鼓動は早くなる。
「教えて?」
「・・・・・・・・・私ばかりが、好きな気がして」
「え?」
「だって、トーマ様から好きだって言われたことない」
大切にされているのはわかっていた。頻繁に会いに来てくれ、毎日のように一緒にいた。顔を見れば笑いかけてくれた。いつだって、アイラの気持ちを優先させてくれた。
けれどそこに言葉はなかった。だから、トーマの気持ちがわからなかったのだ。アイラの「トーマ様、好きです!」の言葉に、トーマはいつも「ありがとう」と微笑むだけだったから。
「・・・はぁ」
トーマの口から大きなため息が出た。いつもの声をより低いそれに、トーマの顔を見ていられなくて、アイラは俯く。
家の格は同じくらいでもアイラはトーマと自分の釣り合いが取れているとは思っていなかった。非の打ち所がないトーマに対して、自分は勉強も見た目も普通だった。
ただでさえ釣り合いが取れていないのに、面倒くさいと思われれば婚約を破棄されてしまうかもしれない。そう思うと涙が浮かんできた。
「・・・自分の馬鹿さ加減が嫌になる」
トーマは下を向くアイラに手を伸ばした。両手で触れ、そっと頭にキスをする。小さなリップ音に驚いてアイラは顔を上げた。
そこには困ったように表情を歪めるトーマの顔があった。
「トーマ・・・様・・・?」
「愛してる」
目をそらさずトーマはそう言った。
一瞬何を言われているのかわからず、アイラは動きを止める。頭の中でトーマの言葉を反芻し、やっと意味を理解した。鼓動が急に早くなる。
「な、なんで・・・」
「言い訳に聞こえると思うけど、・・・俺の気持ちなんてとっくに知ってると思ってたんだ。周りの男を牽制してたし、アイラと一緒にいるとき表情が緩んでるのも自分でわかってたから。・・・いつも純粋なアイラが俺にはまぶしくて、誰よりも大切にしているつもりだったんだ。」
「・・・」
「アイラから好きだって言われるたびに、嬉しくて、幸せで、ありがとうしか返せてなかった。・・・アイラが俺を避けても当然だね」
「・・・」
「でも、ごめん。もう俺はアイラを離してあげられない。」
その言葉とともに抱きしめられた。強い抱擁にトーマの気持ちが伝わってくる気がした。
「・・・・・・私のこと、好きなんですか?」
「うん。・・・好きだし、愛してる」
耳元でささやく甘い声にアイラは自分の体温が上がっていくのを感じた。
「ちゃんと言葉で伝えてなくてごめんね」
トーマの謝罪の言葉にアイラは静かに首を横に振る。
「私こそ、避けたりしてすみませんでした」
「ねぇ、アイラ」
「なんですか?」
「愛してるよ」
「私も、その・・・・・・愛してます」
照れたように、はにかみながらそう言うアイラにトーマは一瞬だけ耐えるような表情を浮かべた。そんなトーマにアイラは少し首を傾げる。
「トーマ様?」
「・・・なんでもないよ。ねぇ、アイラ、キスしていい?」
「・・・・・・はい」
そう言って目を閉じるアイラにトーマは少しだけかがむと、その唇にキスを贈った。
「アイラ、愛してる」
それは、アイラが『押してだめなら、引いてみろ』作戦を決行した後のこと。ところ構わず愛の言葉をささやくトーマの姿があった。そのたびに周囲から黄色い悲鳴が上がった。
そのことも恥ずかしかったし、それ以上にトーマが愛の言葉を言うたびにアイラの鼓動は早くなった。
「も、もうわかりました!トーマ様のお気持ちはわかりましたから、前のトーマ様に戻ってください!」
「どうして?」
「じゃないと私の心臓が持ちません!」
表情を緩ませて甘い声で愛の言葉をささやくトーマに、アイラはギブアップとばかりにそう叫ぶ。
困ったように眉を寄せるアイラを抱きしめながら、トーマは幸せそうな表情を浮かべる。
「ごめん、アイラ。でも、俺、婚約者に反抗期中だからさ。だから我慢して、俺の愛を受け止めて?」
アイラとトーマの数歩後ろで完全に気配を消しながら、侍女のミツナは心の中で、「私は言いましたよ?」と言い訳をする。けれど困りながらも幸せそうな主人の姿にこちらも幸せそうに笑うのだった。
楽しかったです!
読んでいただき、ありがとうございました!!!




