9 決戦
翌日。魔王城に程近い草原。魔王討伐軍と魔王軍がついに対峙した。
両軍が睨み合う中、魔王軍から単騎駆け出すのが見えた。軍使を表す旗を掲げていた。
「魔物が軍使だと? 生意気な。射殺せ!」
大貴族の若い参謀が叫んだが、有耶無耶にされた。この頃になると、魔王討伐軍の兵士の多くは、緋魔の民に対する恐れ、侮蔑心を持たなくなっていた。
魔王軍の軍使が私の下へやってきた。
「勇者殿とお見受けする。私は我が王、魔王様の副官。そして、これは魔王様の親書。返答を賜りたい」
魔王の副官が我々の言葉で流暢に用件を伝えた。その声を聞き、初めてこの副官が男装の女性であると分かった。
私は魔王の親書を広げた。我々の国の言葉で書かれたその内容は、勇者と魔王の一騎討ちで勝敗を決することを提案するものであった。
「なるほど……お前の読みどおりのようだな」
私は小声でそう呟くと、横から親書を覗き込んでいた賢者の顔を見た。賢者は少し悲しそうな顔で頷いた。
「魔王は私に一騎討ちを申し出てきた。私はこれに応えることにする!」
私は司令部の参謀達にそう宣言すると、魔王の副官に伝えた。
「本日正午、両軍の中間地点で一騎討ちをする。この一騎討ちにより両軍の勝敗を決することを神に誓う!」
魔王の副官は、恭しく一礼すると、自軍へ戻って行った。
† † †
正午。私は使い慣れた槍と剣を持ち、馬に乗ると、賢者だけを伴い中間地点へ向かった。
丁度同じ頃、魔王軍から2騎がこちらに向かってきた、1騎は黒い豪奢な甲冑の魔王、もう1騎は先ほどの軍使、魔王の副官だった。
「久しいな、魔王」
「お久しぶりです。勇者」
中間地点で対峙した私は、馬上で魔王と挨拶を交わした。
「この一騎討ちで両軍の勝敗を決する。これに嘘偽りはないな?」
「緋魔の民の名誉にかけて」
私の問いに、魔王が真面目な顔で言った。私は話を続けた。
「それぞれの随行者は、この一騎討ちの証人。我々への加勢や相互の戦いを固く禁ずる」
賢者と魔王の副官が頭を下げた。
「では、最初で最後の勇者と魔王の戦い、始めるとしようか」
私が槍を構えた。
「ええ、これで終わらせましょう」
魔王も同じく槍を構えた。
私と魔王が同時に馬を駆った。両軍が固唾を呑んで見守る中、ついに勇者と魔王の一騎討ちが始まった。
† † †
相互の槍が突き、薙ぎ、払う。あの初陣の時と同様、技量は魔王の方が上だったが、力はこちらの方が上だった。
しばらく槍の攻防を続けた後、私の渾身の払いで魔王の槍が手から離れ、魔王はバランスを崩して落馬した。
魔王討伐軍から歓声が上がった。早く討ち取れという叫びが聞こえた。
しかし、私は槍を投げ捨てると、馬から降り、剣を抜いた。
私が剣を抜く頃には、魔王は立ち上がり剣を抜いていた。私と魔王の剣が激しくぶつかった。
「どうした勇者。なぜ私を槍で突き殺さなかった?! 憐れみのつもりか!」
鍔迫り合いの中、魔王が聞いてきた。
「そう簡単には終われんのでな!」
私はそう言うと距離をおき、再び剣を打ち合った。
何合か打ち合った後、再び鍔迫り合いになった。少し息が荒くなった魔王が私に言った。
「どうした、勇者。早く私を殺せ。いくらでも隙があっただろう?!」
「やはりそれが目的か、魔王!」
私は荒い息づかいでそう言った。私は昨晩の賢者の「策」を思い出していた。
† † †
「この馬鹿げた戦いを終わらせる一番の方法は、再び伝説になることです……」
昨晩のテントの中。賢者は諦観した、悲しげな顔で、ポツポツと「策」について話し始めた。
「魔王軍に負けるのは論外ですが、単に勝つだけでもダメです。おそらく、魔王は自らを犠牲にして『魔王の支配から解放された善良な魔物』である緋魔の民の安全を確保しようと考えていると思います。ですが、それだとダメなんです……」
「……それだと、緋魔の民に禍根を残し、新たな火種を生んでしまうおそれがあるんです。だから、双方が痛みを分かち合い、この戦いに終止符を打つに相応しい伝説を作り上げる必要があるんです」
「相討ちか……」
私の呟きに、賢者は力なく頷いた。
「はい。貴方と魔王が刺し違えれば、我々の王国内では『あの伝説と同様、勇者が命と引き換えに魔王を倒し、魔物を魔王の支配から解放した』という流れに持っていくことができます……」
「……また、緋魔の民の側では、『王が命と引き換えに侵略軍の指揮官を倒し、講和に結びつけた』と受け止めることができるでしょう……」
「……しかし、この策では、貴方が……」
そこまで言って涙目になった賢者の顔を思い起こしながら、私は鍔迫り合いを続ける魔王に言った。
「お前が死ぬだけじゃダメなんだよ!」
私と魔王は、お互いに少し距離をおき、対峙した。