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8 決戦前夜

 その後、魔王討伐軍は、抵抗らしい抵抗を何一つ受けないまま、魔王城へ向かってゆっくり軍を進めた。

 

 道中の重要拠点になっている都市は、いずれも最初の街と同様、勇者の軍勢を歓迎し、魔王討伐をして欲しい旨の陳情をしてきた。私は、形式上それらの都市を占領し、「魔王の支配から外れた善良な魔物の保護」を厳命した。


 兵士の多くは、徐々に魔物、緋魔の民を怖がらなくなってきた。駐屯した街の緋魔の民と親交を深める者も増えてきた。


 大貴族達は、略奪が出来ないことに不満を持っているようだったが、危険な魔物を討伐するという建前がなくなり、迂闊に略奪を主張できない雰囲気になっていた。


 良い傾向だった。私と賢者は喜び合った。


 しかし、魔王城に近づくにつれ、賢者は何かに思い(ふけ)ることが多くなっていた。


 夏が近づく頃。ついに、明日には魔王城へ辿り着くという場所までやってきた。斥候によると、魔王城近郊に魔王軍が集結しているということだった。



 † † †


 

「いよいよ戦いか……魔王はどう出てくるだろう?」

 

 その夜。いつものように私のテントに来た賢者に、私はそう尋ねた。


 私の問いに、賢者が少し考えてから答えた。

 

「両軍ともに大軍です。単に正面からぶつかり合えば、双方に大きな被害が出るでしょう」


「当初の計画どおり、いったん、ここで補給を理由に撤退するか?」


 私が冗談まじりにそう言うと、賢者が苦笑しながら首を横に振った。


「各地の緋魔の民からの糧食・金品の提供もあり、補給はまったく問題ないですからね。さすがに撤退の理由がありません。残念ですが……」


「正々堂々、正面から戦うしかない、ということか」


「……」


 賢者が無言で頷いた。しかし、その表情の一瞬の(かげ)りに気づいた私は、賢者に優しく問いかけた。

 

「賢者様ともあろう者が、正面から大軍をぶつけて被害を出すしか策がない、なんて訳はないんだろ?」

 

「え?」

 

「お前とは長い付き合いだ。お前が何かに悩んでるのは分かる。何か別の策があるんだろ? 言ってくれないか?」


「……」


 賢者が無言で私の顔を見た。いつもの軽薄さのない、真面目な、何かに躊躇(ちゅうちょ)する表情。


 私は、優しく微笑みながら賢者に言った。


「俺とお前は、ずっとこの馬鹿げた戦いを終わらせようと頑張ってきた。文字どおり、命を懸けてやってきた」


 私は、賢者の手を取った。


「俺は、この戦いを終わらせるためなら、何だってする。さあ、言ってくれ、お前の心に秘めた策を」


 賢者は、しばしの沈黙の後、苦渋の表情でその策を話してくれた。


「……なるほど、素晴らしい策じゃないか」


「しかし、この策では、貴方が……」


 賢者が涙目になった。初めて見るその表情に、私は笑顔で応じた。


「さっきも言ったろ? 俺はこの馬鹿げた戦いを終わらせるためなら何だってするって」


「ですが……ですが、どうして貴方はここまでしてくれるんですか? 私と違って、貴方にそこまでする義理はないはずです! すぐにこの策を却下してください!」


 賢者が涙を流しながら声を上げた。私は少し考えて答えた。


「どうしてだろう……確かに、俺にそこまでの義理はないかもしれない」


 私は震える賢者の両肩に手を置いた。


「緋魔の民の惨状に目を(つぶ)って故郷でのんびり暮らすことも出来た。実際、そうしようと思ったことも何度もあった……」


「……だが、そうはしなかった。俺は、お前と一緒にこの馬鹿げた戦いを終わらせ、緋魔の民、王国の国民を一人でも多く助けたい。そう思った。偽善かもしれないし、単なる虚栄心かもしれん。だが、これは俺の意志だ。これが俺の選んだ人生だ」


「貴方は……貴方は真の勇者です」


 そう言うと、賢者は声を押し殺し泣き始めた。私は泣き崩れる賢者の体を優しく抱き支えた。

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