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7 進軍

 我々魔王討伐軍は、王国の国境を越え、魔王の国、すなわち緋魔の民の国へ入った。


 国境付近に魔王軍の影はなく、各地の村を守っているはずの小規模の部隊も姿を消していた。


「罠かな?」


「どうでしょう? 様子を見ながら慎重に進軍する必要がありそうですね」


 私と賢者は、いつも以上に多くの斥候を出し、ゆっくりと軍を進めた。

 

「勇者様。斥候からの情報によると、近郊に魔王軍の影はないとのこと。ここはいくつかの部隊に分けて、各個に魔物の村々を攻略しましょうぞ!」

 

 緋魔の民の国に入ってしばらくすると、大貴族達が口々にそう主張し始めた。私の目が届かないところで略奪をしたいのだろう。

 

「今回の目的は魔王討伐。重要性の低い村々を攻略するのは、魔王を討伐してからにしましょう。それに、どこに魔王軍が潜んでいるか分かりません。兵力は分散せず、慎重に進軍することとします」

 

 私は、大貴族達の不満顔に気づかないふりをして、そう宣言した。

 

 

 † † †

 

 

 魔王討伐軍は、魔王城へ向けてゆっくりと軍を進めた。

 

 今までの討伐軍は、王国との国境に近い村々を襲うことが中心で、緋魔の民の国の全体像を詳しく把握していなかった。しかし、今回は、賢者がどこからか緋魔の民の国の詳細地図を入手していた。

 

「どうやってそんな詳細地図を手に入れたんだ?」

 

「ふふ、私には魔物のお友達が色々とおりまして」

 

 賢者はいつもの軽薄そうな笑みを浮かべて、そう答えた。魔王が王国内にスパイを放っているのと同様、賢者も緋魔の民の国にスパイを放っているようだった。

 

 我々は、魔王城へと続く街道の最初の大きな街に辿り着いた。

 

 この街は重要拠点。攻略する他ない。私は、激しい戦闘になることを覚悟していたが、街に魔王軍はおらず、戦闘は起きなかった。

 

 街を囲む城壁の門が開き、街の長らしき者が現れた。軍の指揮官に面会を求めているということだったので、私が賢者や大貴族達と共に会うことにした。

 

 

 † † †

 

 

「貴方が勇者様ですね。私はこの街の市長です。どうか、我々の話を聞いてください!」

 

 魔王討伐軍の司令部のテント。市長が通訳を介して話し始めた。

 

「我々魔物は、長年、魔王に支配され、虐げられておりました。今回、勇者様の軍勢が進軍してくるという噂を聞いて、街の魔王軍は慌てて撤退していきました」


 驚く私をよそに、市長が話を続ける。

 

「我々は勇者様のお蔭で魔王から解放されたのです。我々は勇者様一行を歓迎いたします!」


 市長がゆっくりと私に近づいてきた。警備の兵士が前に立ち塞がる。


 私が警備の兵を下がらせると、市長は私の手を取り、真剣な顔で私の目を見つめた。

 


「我々魔物は、危険な存在ではありません。すべては魔王が悪いのです。どうか勇者様、魔王を倒して我々をお救いください!」


 市長の予想外の話に私が戸惑っていると、じっと市長の話を聞いていた賢者が近づいてきて、私と市長の手を取った。

 

「よくぞ教えてくれた! お主ら魔物は、魔王さえ倒せば危険な存在ではなくなるのだな。神が勇者様に魔王討伐を命ぜられた理由が良く分かった!」

 

 賢者が満面の笑みで大貴族の方へ振り返った。

 

「皆様方。今聞いたとおり、魔物どもは決して悪い存在ではない。今までの悪事はすべて魔王の命令によるものだったのです!」


 賢者がやや芝居じみた感極まった表情でテント内の大貴族一人一人の顔を見ながら話を続ける。


「悪いのは魔王ただ一人。魔王さえ倒せば、この魔物の国にも、我々の王国にも平和が(もたら)されるのです。皆で神託に従い、一致団結して魔王を倒そうではありませんか!」

 

 賢者はそう叫び、拳を振り上げた。


 呆気に取られた大貴族達が口を開く前に、賢者が私に対してこの街の魔物達を魔王軍から保護することの許可を求めてきた。

 

 賢者には何か考えがあるのだろう。そう考えた私が了承すると、賢者は矢継ぎ早に全軍に指示を出し、街を外敵から守るような形で陣を敷いた。

 

 街の緋魔の民からは、様々な食料や金品が提供された。大貴族達は、当初市長の言葉を(いぶか)しんでいるようだったが、豪華な食事や財宝を受け取り、満足していた。

 

 

 † † †

 

 

 夜。私のテントに賢者がやってきた。

 

「まさかあんな手を打ってくるとは……正直、驚きました」

 

 テントに敷き詰められた絨毯に胡座(あぐら)をかきながら、そう賢者がぼやいた。

 

「あの市長のことか? あれは一体どういうことなんだ?」

 

 私が酒の入ったコップを二つ持ち、賢者の向かいに座りながら聞くと、賢者がコップを受け取りながら言った。


「我々の国の勇者伝説ですよ」


「勇者伝説? 俺が王宮のスピーチで話したあの伝説か?」


「ええ。あの伝説では、勇者は自らの命を()して鬼王を倒し、人間だけでなく、鬼王に支配されていた鬼人も救い、服属させた……」


 賢者は、私から受け取ったコップから酒を一口飲んで話を続けた。


「まあ、この伝説は、王国建国時の侵略を正当化するためのものというのが真相でしょうが、この伝説では、 鬼人もある意味被害者で、真の敵は鬼王ということになります……」


「……我々王国は、今まで『魔物は危険な存在であり、王国に害をなす』という理由で討伐を続けてきました。あくまで建前ですがね。ですが、その建前が崩れれば、大手を振って魔物、すなわち緋魔の民を虐げることはできない」


 お酒にあまり強くない賢者は、顔を紅潮させ、少し興奮した様子で話を続けた。

 

「そこで、悪いのは魔王であり、魔王の支配から外れた魔物達は悪くない、危険ではないと主張することにしたんですよ。実際、緋魔の民は危険でも何でもないですからね。そう主張されれば、少なくとも建前上は我々は緋魔の民を保護せざるを得ないですからね」


「しかし、もし我々が緋魔の民を保護せずに略奪したらどうするつもりだったんだろうな?」


 私がコップで酒を飲んだ後、怪訝な顔をしてそう呟くと、賢者が笑顔で言った。


「今回の魔王討伐軍の指揮官は、勇者である貴方。魔王は貴方がどういう人か知っています。魔王は中々の知恵者ですね」


 賢者が感心した様子でコップの残りの酒を飲み干した。

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