6 魔王討伐軍
「とはいえ、どうするんだ? さっきの話だと、俺達が魔王軍に勝っても負けても大貴族達の魔物討伐軍は再開してしまうんだろ?」
頭を抱える私に、賢者が笑いながら答えた。
「そうです。勝っても負けても大貴族の思うつぼ。ですので、勝ちも負けもしなければいいんです」
「勝ちも負けもしない?」
「ええ。要は決着をつけなければいいんですよ」
そう言うと、賢者が大貴族達への対抗策を説明してくれた。
……魔王軍が迂闊に手を出せないほどの大軍を編制し、魔王の国に侵攻する。
侵攻後は、可能な限り魔王軍との戦闘を避け、ズルズルと時間を稼ぐ。
時間稼ぎに限界が来たら、補給と称して一度帰国する。そして、ゆっくり準備をしてから再び侵攻し、時間を稼ぎつつ、新たな対抗策を練る……
「なるほど、とにかく勝敗を先延ばしにして、大貴族の魔物討伐再開を阻止するということか。だが、従軍する大貴族が言うことを聞くかどうか……」
私の心配に、賢者が不敵な笑顔で答えた。
「大貴族の暴走や妨害を防ぐためにも、強い権限を手に入れる必要があります。その権限を国王陛下から頂戴することにいたしましょう、勇者様」
そう言うと、賢者はいつもの軽薄そうな笑顔で私にウインクをした。
† † †
王の勅使が私の部屋に来た次の満月の夜、私は神殿で大神官から神の名の下に正式に「勇者」の称号を与えられた。
そして、神殿での儀式に引き続き、王宮で、私が勇者に選ばれたことを祝うパーティーが開かれた。
私は、賢者と一緒に推敲を重ねたスピーチ内容を何度も頭の中で繰り返しながら、国王や大臣、大貴族達で満席の会場に設けられたスピーチ台に立った。
「……大昔、神に選ばれた伝説の勇者は、自らの命と引き換えに、この地を支配していた鬼王を倒し、人間だけでなく、鬼王配下の鬼人をも救い、服属させたと云われています……」
「……私も、伝説の勇者のように、自らの命を懸ける覚悟で、魔王討伐に向かう所存です」
万雷の拍手の中、スピーチを終え自分のテーブルに戻った私に、同じテーブルの賢者が声を掛けてきた。
「カッコ良かったですよ、勇者様」
「よしてくれ、俺はそんな柄じゃない」
「ははは、それじゃ行きますか」
賢者に促され、私は席から立ち上がると、賢者とともに、歓談に回っている王の下へ向かった。
† † †
「おお、近衛師団長、いや、勇者よ。素晴らしいスピーチだったぞ。魔王討伐のために必要なものがあれば、何でも遠慮なく言うがよい」
上等な果実酒の杯に口をつけながら、鷹揚に声を掛けてきた王に、私はぎこちなく頭を下げた。
「はっ、このような場で恐縮ながら、その件につきまして、いくつかご相談がございます」
私は、王にいくつかのお願いをした。
まず、魔王討伐軍は、我が国の総力を結集した過去最大規模のものとすること。
そして、その指揮権のほか、占領統治権や外交権は、すべて勇者である私とその代理人に委ねて欲しいこと……
「指揮権はともかく、占領統治権に外交権だと? 近衛師団長よ、よもや魔王の国を我が物にする気ではないだろうな?」
王の隣で私の話を聞いていた大貴族が、猜疑心丸出しの顔で聞いてきた。私が緋魔の民の財産を独り占めする気だと思ったのだろう。
私は頭を下げたまま答えた。
「滅相もございません、閣下。今までは危険な魔物を討伐するだけでしたが、この度の遠征の目的は魔王討伐。王は国そのもの。私が魔王を討ち果たせば、魔王の国そのものが滅ぶことになります」
私は、顔を上げ、必死に話を続けた。
「魔王の国には、珍しい農作物が数多くございます。また、魔王城には、魔王が集めた様々な財宝があるでしょう。一部の狼藉者が、私の言うことを聞かずに勝手にそれらを自分のものにしようとするかもしれません。また、魔王の国の向こうには、強国がございます。その強国が漁夫の利を狙ってくるかもしれません……」
「……魔王の国にある様々な資源・財宝を速やかに保全し、国王陛下や閣下等の皆様方に適切に分配するため、一時的な占領統治権や外交権をお認めいただきたく……」
「はっはっは、勇者は心配性だのう。分かった。魔王討伐に関する指揮権や占領統治権、外交権は、全てお主とその代理人に委ねる」
王の言葉に私は深々と頭を下げた。大貴族もそれ以上何も言わなかった。私に権限を与えないと、他の大貴族に財宝を横取りされる可能性があると思い直したのだろう。
数日後、私のもとに今回の魔王討伐軍の指揮権並びに魔王の国における占領統治権及び外交権を私とその代理人に委ねるとする王の勅許状が届けられた。
私と賢者は、勅許状を見ながらお互いに頷き合った。
† † †
魔王討伐軍の編制は、大々的かつ時間をかけて行うことにした。
国中に、魔王討伐軍は過去最大規模になること、来年の春頃に出発する予定であることを喧伝した。
「これで、向こうにも情報が伝わるでしょう」
賢者が悪戯っぽい笑顔で言った。
賢者曰く、新魔王が即位して以降、緋魔の民のスパイが数多く王国内に侵入しているということだった。緋魔の民は、魔法で目と髪の色を変えてしまえば見分けはつかなかった。
「魔王に準備を促すということか……」
「ええ、下手に不意打ちとなって緋魔の民に被害を与えたくないですからね」
賢者が優しく微笑んだ。
それからしばらくは、部隊編制、訓練、糧食の確保等々、慌ただしい日々が続いた。
翌年。冬が終わり、いよいよ春がやってきた。
この頃になると、神に選ばれた勇者が魔王を討伐するという噂が王国中に知れ渡っていた。
「魔王」や「魔物」の正体について何も知らない多くの国民は、伝説の勇者の再来にお祭り騒ぎをしていた。
魔王討伐軍の大軍勢は、大歓声の中、春分の日に王都を出発した。