5 神託
事件が起きたのは、私が近衛師団長になった翌年。夏至の日のことだった。
王宮での儀式中、いきなり大神官が倒れたかと思うと、意識を失ったまま「神のお告げ」をその場にいた王や大臣達に話し始めたというのだ。
そして、その内容とは、「今までに討伐軍で一番の武功を立てた者は、神に『勇者』として選ばれた。その勇者とともに、魔王を討ち滅ぼすべし」というものだった。
賢者が急いで調べたところ、大神官は、討伐軍の継続を強硬に主張する大貴族から多額の寄進を受けていた。また、大神官は儀式前にその大貴族お抱えの魔法使いと接触していた。
「おそらく、討伐軍の派遣中止の流れを一気にひっくり返すため、大貴族の強硬派が仕組んだ『ニセ神託』ですね。大貴族お抱えの魔法使いが遠隔で大神官に喋らせたんでしょう」
近衛師団長室にやって来た賢者が、私に悔しそうに言った。
「だが、なぜ『勇者』なんだ? 勇者といえば、かつてこの地を支配していた鬼王を倒したと云う伝説の英雄だよな。別に勇者なんか出さずに、『魔物を討伐せよ』と神託で言わせればいいだけなんじゃないか?」
「どうして『勇者』なのか。もうすぐ分かると思いますよ」
私の疑問に、賢者が苦笑しながら言った。
その直後、部屋のドアがノックされた。王の勅使だった。
† † †
部屋に入って来た王の勅使は、威儀を正して私に王の言葉を伝えた。
「近衛師団長。貴殿は魔物討伐軍の遠征で数々の武功を立てた。神に選ばれし勇者は、貴殿の他にあり得ない。神と王の命に従い、軍を率いて魔王を討ち滅ぼすべし」
王の勅使が帰った後、何が何だか分からない私に、賢者が説明してくれた。
「大貴族達としては、『最強の武将』を魔物討伐再開の駒に使いたかったということです」
「最強の武将?」
「ははは、貴方ですよ、近衛師団長。貴方以上に強い武将は最早この王国にいない」
私の問いに、賢者は笑いながら話を続けた。
「ですが、王国最強の武将は、殊のほか魔物討伐に消極的だ。そこで、大貴族達は知恵を絞った。何とか王国最強の武将を魔物討伐に引きずり出し、彼らの商売・享楽を邪魔する『魔王軍』と戦わせようと考えたんですよ」
そう言うと、賢者はポケットから一枚の銀貨を取り出した。右手の親指の上にその銀貨を乗せると、ピンッと上へ跳ね上げた。
賢者は、落ちてきた銀貨を左手で受け止めた。銀貨は表だった。
「王国最強の武将が魔王・魔王軍を打ち破れば、それでよし。大貴族達は、危険は去ったということで魔物討伐軍の指揮権を近衛師団長から取り戻し、魔物の残党を討伐するという名目で、魔物討伐を再開することが出来ます」
賢者が再び銀貨を親指で跳ね上げ、落ちてきた銀貨を左手で受け止めた。今度は裏だった。
「仮に王国最強の武将が負けたとしても、魔王軍にはかなりの損害を与えられるはず。そのときは、『勇者の遺志を継ぎ魔王を討伐すべし』ということで魔物討伐を再開することが出来ます」
「どっちに転んでも大貴族の思うつぼか……神託をニセモノだと言って無視することは出来ないのか?」
私の問いに、賢者が首を横に振りながら答えた。
「状況証拠だけですし、相手は大貴族に大神官。難しいですね」
「くそっ!」
私は悔しさのあまり、執務机を拳で叩いた。
それを見た賢者が、いつもの軽薄そうな笑みを浮かべながら、銀貨を親指でもう一度跳ね上げた。左手で受け止めたコインは、銀貨ではなく、なんと金貨に変わっていた。
目を丸くする私に、賢者が笑いながら言った。
「ははは、酒場で女の子を口説くときに見せる、ちょっとした手品ですよ。このまま大貴族達の思いどおりに動くのは悔しいですし、この状況を上手く利用しましょう!」
賢者がさも愉快そうに微笑んだ。