1 初陣
「勇者様、陣形が整いました!」
伝令の報告を受け、私は参謀達とともに司令部のテントから外に出た。
魔王城に程近い草原。王国の総力を結集した魔王討伐軍が整然と陣形を整え、勇者である私の命令を待っていた。
対する魔王軍は、我々の正面に堂々と布陣していた。その数は我々よりも少ないものの、彼らもその総力を結集しているようだった。
魔王軍の布陣を見た大貴族の若い参謀が、私に話し掛けてきた。
「ふん、魔王め、数だけは集めたようだ……しかし、所詮相手は卑しき魔物。勇者様、全軍を突撃させ、さっさと奴らを皆殺しにいたしましょう!」
私は息巻く大貴族の若い参謀を一瞥した後、長年戦いを共にした賢者に尋ねた。
「どう思う?」
「槍兵を中心に、弓兵や魔法兵、騎兵を効果的に配置しています。敵ながら見事な布陣ですね」
「魔王か……」
「おそらく。ほら、敵陣中央に魔王の親征を示す旗が掲げられています」
私はその旗を見つめた。黒地に金色の刺繍が施された美しい旗。
あの旗の下に魔王がいる。私はこれが勇者として最初で最後の決戦になると確信した。
† † †
私が初めて魔物と戦ったのは、16歳のときだった。
田舎の貧乏騎士の三男坊だった私は、領主に付き従い、幾度目になるかも分からない魔物討伐軍の遠征に初めて従軍することになった。
騎士階級とはいえ、宮仕えをする機会はなく、領地とは名ばかりの小さな畑を耕す日々。
農作業で培った体力だけが取り柄で、武芸に秀でていた訳でもなく、頭も良くなかった。それにも関わらず、必ず武功を立てて出世してやると息巻いていた。
大小様々な領主の将兵が合流した討伐軍は、短期間の訓練の後、いくつかの部隊に分かれて遠征に出発した。
馬は与えられず、粗末な槍と剣を支給された私は、王国の国境を越え、魔物が跋扈する魔王の国へ初めて足を踏み入れた。
魔物は血のような体毛と目の色をしており、残虐で、人を襲い、人肉を食らうという。どんな恐ろしいバケモノなのだろう……私は、何度も頭を振ってその恐怖心を振り払った。
魔王の国に入ってから数日後。私の所属する部隊は、魔物の小規模な軍勢と遭遇した。
遠目に初めて魔物を見た私は、その姿形に絶句した。真っ赤な髪の毛に真っ赤な瞳。しかし、それ以外の姿形は人間と変わらなかったのだ。
「あ、あれが魔物?! 目や髪の色はともかく、どう見てもあれは人間……」
思わず声を上げた私は、近くにいた上官に殴られた。
「あれは魔物だ。迷わず殺せ。そうしないと、お前が殺されるぞ!」
動揺する私を睨み付けた後、上官は、急ぎ陣形を整えるよう命じた。私をはじめとした新兵は、大貴族を除き最前列に配置された。今思えば、緒戦の捨て駒扱いだったのだろう。
心の準備が出来る前に、上官から突撃が命じられた。最前列の私は、後ろから続く兵士達に追い立てられるように、槍を構えて走り出した。
† † †
魔物の軍勢から一斉に矢が放たれた。多くの矢とともに、魔法で作り出された火球や鋭く尖った氷柱が飛んで来た。周りの兵士が次々と倒れ、死んでいく。不思議と現実感がなかった。
魔物の軍勢の最前列が、槍を水平に構えた。こちらも槍を水平に構える。
最前列の魔物達の表情がはっきりと分かる。その髪と目の色以外は、やはり人間と何一つ変わらなかった。
言葉にならない叫び声を上げながら、私は魔物の軍勢の最前列と激突した。
あまりに緊張していたのか、それからしばらくの記憶はあやふやだ。混戦の中、折れたボロボロの槍を持った私は、いつの間にか、ある魔物と1対1になっていた。
その魔物は、豪華な黒い甲冑を身に付けていた。どうやら私よりも年下。まだあどけなさの残る美しい少年だった。
魔物の少年と目が合った。憎悪と緊張、そして恐怖の入り交じった赤い瞳。おそらく、色は違えど私も同じような目をしていたのだと思う。
少年が剣を構えた。私も折れた槍を投げ捨てて剣を抜く。お互いに一瞬の逡巡の後、同時に叫び声を上げ、走り出した。