7話 学者との出会い
第2章 相容れぬもの
何度かの野宿を経て、一行は無事に目的の地……、ガダンの町へと辿り着いた。
この町の近くには以前に任務で少しだけ立ち寄った記憶がある。近くの山から流れるジーゴールと呼ばれる川の流域の、坂道だらけの高地に築かれた町。
しかしその町には既に、鎧を着た異邦人の姿が蔓延っていた。彼らが道を歩くと、すれ違うズミ人は腰を、頭を低くしてびくびくと怯えている。通りがかりに目にしたその様子を、長い前髪越しに僕は憎しみを込めて睨んだ。
「あんまり不機嫌そうな顔をするなよ。絡まれると面倒だ」
そう言うパウルも、町にいる間はすっぽりとフードを被って顔を隠していて、歩いているだけで怪しさ満点だ。幸いトレンティア兵は威張ってはいるもののその数自体は、道のそこかしこに溢れているという様子ではない。その視線を避けながら僕達は街の中で宿屋を探した。
街の様子を見ている限り大きな戦闘が起こったような形跡は目立っていない。さしたる抵抗もせず制圧されてしまったのか、制圧されてから既に時間が経っているのか……。
時刻は午前、トレンティアの兵士達に怯えながらも仕事に勤しむガダンの市民の活気に紛れて、僕達はこそこそと宿屋へ辿り着いた。
宿屋の番をしていたズミ人の老人は、一行を見て不思議そうな顔をする。しかし彼にも既に覇気はなく、萎縮したような小声をぼそぼそと言った。
「いらっしゃい。こんな時に旅人とは、珍しいね」
「村が焼かれて行き場がなくてね。親戚と一緒に旅をしているんだ」
僕は適当な設定を作ってそう答えた。パウルや女性二人は何も言わない。
「そりゃ大変だね。若いお嬢さんもいるのに」
老人はさして興味もなさそうに淡白に答えていた。手早く宿部屋を取る手続きを済ませる。三人以上が泊まれる部屋は無いらしいので、仕方なく二人部屋を二つ取る。……せっかく屋根のある場所で寝るのだ、今度は僕だってベッドで寝たい。
前払いの料金を要求されると、パウルは黙って、言われただけの硬貨を払い出した。二部屋取ることへの文句はないらしい。
しかしそうしてとったうちの一部屋に、一旦四人全員で入るなり、フードをおろしてパウルはため息を吐いた。
「あーあ、二部屋もとっちまった。やっぱこの人数じゃあ宿賃が張るなあ……」
一人で宿賃を負担しているパウルの不平に口出しする者はいない。しかしあえて何を言うでもなく、誰もが黙っていた。
「こりゃ頑張って稼がねえとなあ、ヨン」
そう言ってパウルは悪い笑みを浮かべた。僕は小さく舌打ちをしたが何も言わなかった。
ひとまず荷物を下ろして装備を軽くし、四人のままで話を始める。
「こんなところまでトレンティア軍の侵攻は進んでやがるんだな。それも、奴らが来てから相当に時間が経っている様子だ。町の中には軍の施設らしい拠点も構えられているのを見つけた」
パウルがそう話し出す。宿に来る前に見た町の様子を思い出して、僕は苦々しい表情を浮かべて頷いた。
「やはり王都が落ちたのは大きかったな。あれ以来、トレンティアの侵攻の速度は早まっている」
パウルは無表情のまま言った。それを聞いて、びくりと肩をすくめたのはジュリだった。……確か、彼女は王都で魔法を学んだと言っていた。約二年前にもなる……王都の陥落の報は僕も聞いたが……、その攻撃を、もしかすると彼女は目の当たりにしたのだろうか。
「だが王都が落ちたのはニ年も前だ。国王含め王族が生き延びたって話も聞かねえし、国軍は事実上の壊滅……。だってのにまだ各地で抵抗を続けているズミ人のしぶとさにはトレンティア軍もたまげてると思うぜ。……もう傍目には、国家間の戦争の勝敗はついてるも同然だってのに」
パウルの渋そうな声を聞いて、僕はそれを横から睨んだ。何が言いたいのか……、敗北を受け入れて無駄な抵抗はさっさとやめろとでも言い出すのか。
「そう簡単に諦めるものか。奴らには必ず報復を下す……最後の一人まで許しはしない」
そう憤りを込めて言ってやった。パウルは無表情のまま僕を見たが、やがてふっと不敵な笑みを浮かべた。
「ズミが抵抗すればするほど、戦争は長引く。そしてそこに傭兵の仕事がある。俺にとってもありがたいことさ」
そんな言葉を言うパウルは……確か、食っていくための傭兵稼業で成り行きに戦争に参加しているという経緯だったはずだ。愛国心は捨てたなんて言うものの、その根本で僕達ズミ人と分かり合うことはきっとないのだろう。
だが、都合がいいのはお互い様だ。この魔術師の力は、レジスタンスも最大限利用してやればいい。
「さて、見ず知らずの町、頼むツテは何もない。まずはとにかく仕事探しだ。どうするかね」
パウルはそうからりと切り替えて言った。僕も一旦は感情を飲み込み、つとめて冷静な思考を動かす。
「……あちこち話を探して聞いて回るしかないんじゃないのか」
「……それもそうだよな。そんじゃあヨン、頑張れよ」
早々に面白くもない結論に至って、パウルは気の抜けた声でそう言ってきた。当然、トレンティア人であるパウルが顔を出すわけにもいかないし、少女や魔道人形に務まる仕事でもない。それは僕一人の役目だ。
分かりきったことだが、僕が情報収集のために出かけている間も、三人は宿屋にこもってゴロゴロしているのかと思うと、少し癪だった。
……いや、金銭面での面倒は見てもらっているのだ、文句を言わず働こう。
とは言うものの、僕だってパウルと比べたらマシというだけで、もともと目立つ容貌をしている。諜報活動や交渉ごとには不向きだし、その経験も浅かった。とりあえずの見様見真似でやってみるしかない。
ガダンの町中を歩いていると、時々すれ違うトレンティア人にじろりと視線を向けられることもあったが、無視をして歩き続けた。それにあえて絡んでくる者もいなかった。前髪で隠した目の色は覗き込もうとでもしないとぱっとは分からないだろうし、今は軽装備で一人でいる……、人相が悪いだけのズミ人の少年というていで通りそうだ。
ひとまず人が集まっているところを訪ねようかと思って、酒場らしい建物を覗いた。昼間から酒を浴びている人間は少なく、店の中には気だるい静寂が漂っている。
入り口から中を覗いた時に、カウンターの奥にいる無愛想な店主と目があった。そのまま立ち去るのも不自然なように思って、僕はふらりと酒場の中へ入る。
カウンターの席に座ると、中年男の店主が早速野太い声をかけてきた。
「見ない顔だな、旅人かい」
「まあ……。故郷の村が戦争で焼けてね……」
宿屋の時と同じ設定で話す。
「そりゃ大変だったな、まだ若いのに。……酒飲むか」
店主は無感情な様子を隠しもせずにてきとうな様子で言った。
「酒は……いいや。水かお茶」
そう短く言うと、店主は少し不機嫌そうに眉を寄せた。酒場に来たんだから酒を飲めと言いたいのだろうが……、生憎、僕は酒を好まない。
「ミルク出してやろうか」
店主はそう、嘲笑を混ぜて言った。僕は気だるく顔をあげて小さくため息を吐いた。
「何でも構わない」
そう答えると、店主はつまらなさそうにフンと鼻息を吐いて、やがて飲み物を準備しにかかった。
「……仕事を探しているんだ」
僕はそう率直に言う。店主は木製のコップになみなみと牛乳を注いだものを、ドンと僕の目の前に置いて荒っぽく言った。
「こんなところで聞いたって、ろくな仕事なんかないぞ」
……無論、はなからそのつもりだ。僕はくすりと笑みさえ浮かべて言った。
「分かってる。荒事でも構わない」
そんなことを平然と言う子どもを見て、店主は何を思っただろうか。しばらく黙っていた。それには構わず、僕は差し出されたミルクを飲み始める。
ねっとりと、喉に絡みつくような生臭さ。その感触は、はるか昔にあった家庭を思い出させる郷愁の味……。懐かしさを覚えるとともに、胸がちくりと痛くなった。
やがて店主は、僕ではなくて別の席にいる誰かに声をかけたようだ。
「おいファデル、仕事を探してるってよ。若くて元気な男手だよ」
その声に釣られて、僕も店主の視線の先を追った。壁際の小さな椅子に腰掛けた、大男がむくりと立ち上がるのが見えた。
その図体は大きく、頭髪の禿げきった頭の中に、ゴマ粒が埋まってるみたいな顔がある。表情も無愛想で、その身なりからそれだけで物騒にも映る。……やはりどう見てもまともな仕事の依頼人ではないが……、あわよくば、それがズミのレジスタンス部隊への足がかりにでもなれば儲けものだ。
ファデルというらしいその男は、じろじろと僕の小さい体を舐めるように見ていた。そして何を言うよりも早く、その手で乱暴に掴みにかかってきた
それを躱そうかとも一瞬思ったが、ひとまずはされるがままにした。今はできるだけ穏便に話を進めたい……しかしファデルがその大きな手で掴んだのは、よりによって僕の前髪だった。
髪で顔を隠すような出で立ちの僕を怪しく思うのも無理はないかもしれないが、何も力ずくで暴こうとしなくてもいいだろうに。そう悪態を胸の中でつきながらも、掴み上げられた髪の向こうに、ファデルの物騒な顔を細く睨んだ。途端に、ファデルの目は大きく開かれた。……その瞳の色を見たからだ。
「お前、トレンティア人か」
低い声で言ってきた。それを横で見ていた酒場の店主も、驚いた顔で僕の素顔を見つめている。
「……混血だけど、ズミ人だよ。トレンティアとは何の関わりもない」
僕はそう淡白に言った。それを見つめてファデルはしばらく黙っていた。しかしやがて、また無言で僕の髪から手を離す。
そして勝手に踵を返したかと思えば、酒場の出口へ向かってのしのしと歩き出した。
「ついてこい」
そう短く言って。もちろん僕の返事などお構いなしだ。数秒呆気にとられてその大きな背中を見ていたが、やがてため息ひとつ、僕も立ち上がった。
ミルク一杯で酒代と同じほどの金額を要求されたことに不服は覚えたが、まあ一応仕事の紹介料も含めればと考えて文句を言わず支払い終え……、先に歩いていったファデルの後を追う。彼は何か仕事を依頼してくるのだろうか。……それとも、ひと気の無い場所へ連れ込んで暴行加えるつもりでもいるのだろうか。
その真意はわからないまま、ただずんずんと無言で歩いていくファデルの後についた。どこへ行くんだと聞いたところで、返事さえ無かった。
しかしその足が向かったのは、少なくとも裏路地の類ではない。まばらながらも人通りのある広めの道を通って……、やがてある建物の前で足を止めた。
それを見て、思わず僕はぎょっとする。建物自体は特に変わった様子のない民家らしかったが、その入口には後から引っ掛けたのだろう、妙な文様の描かれた旗がぶら下がっている。
……今までの経験で、その旗の文様に見覚えはある。矢尻のような図形がいくつか重なったものに向かって、凶暴そうな獣が噛み付こうとしているような図柄を示したものだが……、それは、トレンティア兵が着ている兵装によく縫われているもの。おそらく、トレンティアの国章というところか。その建物が、トレンティア軍の関係施設であることを示している。
僕をトレンティア軍の元に連れてくるなんて一体何のつもりだろう。理由は分からないが、僕がレジスタンス部隊にいた兵士だと勘ぐって、トレンティアに引き渡すつもりか?
咄嗟にそう警戒して、すぐにでもその場から逃げ出せるように身構えた。……しかし一応、もう少しことの顛末を見届けることにする。
ファデルはその家の戸をドンドンと叩く。ほどなくして扉の奥から男が返事をする声が聞こえた。
はーい、なんて言ったその声に、やや違和感を覚える。軍人にしてはのんきな声だ、と。
やがて向こうから開いた扉の奥に、一人の初老の男が顔を覗かせた。白髪も混じってくすんで見えるが、その髪は金色……、目も青い。しかしそのトレンティア人の様子は、どうも兵士らしくはない。
鎧も着ていないし体も細いようだし、何より顔つきがのんきだ。町の中を闊歩している他のトレンティア兵は、もっと緊張した面持ちをしている。
そのトレンティア人は目にはめた丸いレンズを弄りながら、目を瞬かせてファデルと僕の姿を見ていた。
「ああ、あなたは確かファデルさん。何かご用ですか」
そう気の抜けた声でいう男を見て、僕はじわりと、警戒の姿勢を緩めた。……軍人ではない。侵攻の勢いに混じってこちらへ移ってきたトレンティアの民間人か、宗教家の類だろうか?
ファデルはこちらを振り向いたかと思うと、僕の腕をまた強引に掴んで引っ張った。うわ、と思わず戸惑いの声を上げる。
そして僕の身柄を目の前のトレンティア人の前に突き出して言った。
「働き手が欲しいと言っていただろう」
その短い一言で、なんとか状況を推察した。僕をこのトレンティア人に雇わせようと思ったらしい。しかしトレンティア人は慌てたように首を振った。
「ああ、いえ、ですから、私が欲しいと言ったのは……」
それを遮ってファデルはまた言う。
「ズミ人にはできない仕事なのだろう。だからトレンティア人を連れてきた」
そんなことを言う。……僕はトレンティア人じゃないと、そう抗議の声を上げたかったが、ファデルの様子を見るに聞く気はなさそうだ。
「いえ、あの……」
トレンティア人はなおも戸惑った様子だったが、一方的なファデルはそれも聞かない。勝手に完結したらしく、僕の腕を離したかと思うと、何も言わずにまた踵を返した。
それ以上用事は無いのだろう、そのままずんずんと重い足音を立てて、立ち去ってしまう。……なんて強引な、人の話を聞かない奴なのだろう。そんなことを思って、僕はもはや呆れていた。
後に取り残された僕とトレンティア人は、気まずくも互いを見合わせた。
「……困ったな。えーと、君、ズミの人だよな……?」
僕よりやや背の高いトレンティア人は、そう言って僕を見下ろしてきた。わけのわからない状況からさっさと立ち去りたい思いはあったが、踏みとどまる。少し状況を調べておきたかったのだ。なぜ軍人ではないトレンティア人がいるのか……。
仕方がなく僕は小さなため息ひとつ吐いて、前髪を分けて見せた。
「半分だけね」
僕の目の色を見て、そのトレンティア人も驚いたようだ。目を丸くして息を呑んでいた。
「えっと……、君はどういう事情でここに? ファデルさんの知人なのか」
トレンティア人はそう続けて聞いてきた。混血が珍しいせいか、僕に興味を持ったらしい。僕は軽く首を振って、また目を髪で隠した。
「いや……。仕事を探していると話したら突然連れてこられた」
そう正直に離すと、トレンティア人は疲れた様子でため息を吐いた。
「はあ……、目の色だけでトレンティア人だと思って連れてきたんだな……。私が欲しいと言ったのは魔道士の助手の話だったのだが……、あの人、トレンティア人は全員魔道士だと思っているのかな」
「……助手?」
探りを入れるつもりで、僕はそう聞き返した。トレンティア人はさして警戒する様子もなく話す。
「ああ……、私はここで魔法の研究をしていてな。君、魔道の心得はあるのか?」
そう尋ねられたが、咄嗟に首を振った。パウルに教わったので経験が皆無なわけではないが……。
「トレンティアの血が入っているようだが、その年齢でというのは珍しいな。ご両親は一体どういう立場の人なのだ?」
トレンティア人は興味深そうにそう尋ねてくる。単なる好奇心か、何かを探るつもりなのかははっきりしない。
答えに迷いながらも、咄嗟に言える作り話もなかった。僕は正直に答える。
「……僕は孤児だ。生みの親が誰だかなんて知らない」
「孤児……? この町の住人ではないのか」
「今までは旅をしていて、ここに来た。……故郷は戦争で焼けたものでね」
そう答えると、トレンティア人はハッとして息を呑んで、やがて目を伏せて言葉に迷っているようだった。
何を思ったのかはさだかではないが、やがて神妙な顔で頷いた。
「……そうか。まあ、とにかく入りなさい」
そう言って、家の中への入室を促す。そんなことを言われるとは思いもよらず、僕は驚いてトレンティア人を見返した。
彼は既に家の中へと引っ込んでいた。その扉の奥を覗くと、奇妙な景色が広がっている。
もともとズミ人の民家を利用しているらしい間取りの部屋の中に、所狭しと広げられているのは書物の類。部屋の壁際には棚やら壺やらが並べられ、そこには多種多様の草花や木材などが積み上がっている……、ものが多すぎて狭く見える、雑多な部屋だった。
成り行きに任せて、僕はそこに踏み入った。部屋の隅に追いやられたようにある食卓に招かれ、トレンティア人はそこで何か接待の準備をしているらしかった。
「私の名前はフランツ・エルド・レーヴァーだ。レーヴァーと呼びなさい」
カップに飲み物を注いているらしいトレンティア人は、こちらに背を向けたまま名乗った。
名乗られたからには、名乗り返さないのも不自然だ。僕は状況に釈然としないながらも、小さく名乗り返した。
「僕は……、ヨン」
トレンティア人の男、レーヴァーは不思議そうな顔でこちらを振り向いた。耳慣れないのだろうその名前を、しかしズミでは普通だと思うのだろうか、変わった名前だな、なんてしょっちゅうかけられる言葉を彼はかけてこない。
「ヨン、か。……まあ、魔道の助手ではないにせよ、現地の案内人がいればそれだけでも助かる。私の元で働いてくれるか」
そして何を考えていたのかと思うと、そんな話をし始めた。驚いて、僕は促されるままに座ろうとしていた椅子から後退って突っ立った。
トレンティア人のことを少しでも探ろうと思ってここまで相手をしたが……、さすがに、そのまま仕事を任されるなんて冗談じゃないと、そう思った。彼自身はどうも兵士ではないらしいが、この建物にかかっていた旗を見るに、トレンティア軍の関係者として魔法の研究とやらをしにきているのだろう。ズミのレジスタンスどころか、トレンティア軍の小間使いになるなどまっぴらごめんである。
僕は思わず視線を鋭くしてレーヴァーを睨んだ。
「断る」
そうきっぱりと言うと、レーヴァーはやや驚いた様子でこちらを見つめてきた。……下手に敵対感情をむき出しにするべきではないのかもしれない。だけどそんな駆け引きができるほど、僕は器用ではなかった。
「トレンティア軍の研究の手伝いなんてごめんだ。他を当たるよ」
そう言うと、しかしレーヴァーはどこか悲しそうな顔で首を振った。
「私は軍人ではないよ」
「トレンティア人には違いないだろうが」
そう反論する僕の声には、次第に憎悪が滲み出す。レーヴァーの青い瞳が悲しげにこちらを見ている。……同じ色の目を持ちながら、とでも思っているのだろうか。
「……君にとっては同じ、憎き侵略者なのかもしれないな。だが、ヨン、信じてくれ。私はこの国に侵略をしにきたわけじゃない。私の仕事は魔法の研究だ。その成果でトレンティアの人々……、そしてズミの人々の暮らしをも幸せにするために」
その言葉を聞いて、ふざけるな、と怒鳴りたくなるのをぐっと思いとどまる。……こんなところでトレンティア人相手に騒ぎを起こせば、駐在しているトレンティア兵にも目をつけられるかもしれない。……事を荒立ててはいけない。そう自分に言い聞かせるのに、腹立たしい気持ちが収まらなかった。
魔法で、ズミの人々を幸せにするだって? よくもそんな白々しい言葉を嘯けるものだと。
「……トレンティアは魔法で僕の同胞を殺した。魔法で僕達の村を焼いたじゃないか。そんなもので人を幸せにするなんて、ふざけたことを言うな……!」
そう吐き出す中にも、今までに見たトレンティアの魔法の光を脳裏に思い起こす。それは敵国の技術……、忌まわしい殺戮の光。それはあまりに純粋な、“力”だ。
しかしレーヴァーはなおも黙らない。悲痛に沈んでいく顔で、なおも。
「……凄惨な経験をしてきたのだな。戦争という場にあっては、そのような残酷な魔術しか見ることはできないのだろう……。だが本来魔法とは、そのようにあってはならないものだ。人を傷つけるのではなく、助けるために用いられなければならない。……ヨン、信じてくれるだろうか。トレンティアという国では、魔法を使って畑を耕し、美味しい作物を作る。魔法の道具で豊かな生活を送り、魔法を使って怪我や病を治し、そして魔法を使って美しいものを作り出す。……トレンティアの街路に生える木々は魔法の光を宿して、それは美しく光るんだ。トレンティアでは魔法は人々の幸福と笑顔の中にある。本来、魔法とはそのようにあるべきものだ。……私は、ズミの人々にもその素晴らしさを伝えたい」
そんな言葉を聞いているのが、もはや耐え難かった。僕は奥歯を固く食いしばって、憎悪の眼差しを目の前の男に向けた。
「魔法なんてなくても僕達は幸せだった。それを踏みにじっていったのがお前達だ」
それでも精一杯、感情を抑えたつもりだった。レーヴァーが苦しげに言葉を詰まらせた隙に、僕は耐えられなくなって勝手に踵を返した。……こんな場所で無駄な時間を取っている場合じゃない。