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サーシェ  作者: 天山 敬法
第1章 出会いと旅立ち
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2話 青い瞳

 ミュロス・サーシェ。今日も太陽が昇ったよ。

 サーシェ、サーシェ、温かいおひさまに感謝しよう。

 ミュロス・サーシェ。今日もきっと、いいことあるよ。

 サーシェ、サーシェ、みんなと一緒に踊ろうよ。

 誰もが口ずさんだことのあるその歌を、遠い意識の中で聞いていた。

 この大地を覆った激しい戦火の中に、一体どれだけの命が消えていったことだろう。一体どれだけの子どもたちが、この歌を失ったことだろう。

 アミュテュス・サーシェ。僕達は復讐を誓う。朝を失った無数の命のために。

 アミュテュス・サーシェ。そして僕達は今日もその手を血に染める……。


 薄く目を開けた隙間から太陽の光が差し込んできた。次第に意識は覚醒し、五感が研ぎ澄まされていく……。

 ハッと我に返る。僕は飛び起きて周囲の様子を窺った。目の中に飛び込んできたのは静かな森の風景。近くには小川。耳に聞こえてくるのは、小さな鳥の声と川のせせらぎ、葉の落ちた枝の間を抜けていく冷え切った風の音。まだ、冬はこれから去るところで春の気配も薄い。

 体がいやに重たく、立ち上がっただけで頭がふらつく。自分の体を確かめたが外傷もなく、痛む場所もない。しかしなんだろう、この体の重たさは。

 しかしそれより気にかけるべきことは……当然、その視界の中に映った、もうひとりの人物の姿を見逃してはいない。彼は木に寄りかかって地べたに座り込んだ姿勢で、無防備に寝息を立てていた。男のくせにやたらと長い髪は後頭部でひと纏めにしている……、金色のもの。その青い瞳は今は閉じられた瞼の向こうに隠れている……トレンティア人だ。

 咄嗟に自分の胸元をまさぐるが、いつもはそこに挿している短剣が無い。作戦の中で落としたのだろうか。

 武器が何もない。そのことに焦りを覚えるが、気を失う前の記憶を少しずつ手繰り寄せて、呼吸を整える。……このトレンティア人は、敵じゃない。

 トレンティア軍基地の襲撃作戦はどうなったのか。そう、作戦の渦中で僕はこの奇妙な男と出会った。金髪碧眼、紛うことなきトレンティア人でありながら、彼はズミ人の部隊であるヒューグ隊に属している“魔術師”だと言う。彼が何か魔法を発動して……、そこでどういうわけか、僕は気絶したらしい。

 魔法のことはよく分からないが、あの様子から見るに大掛かりな魔術だったのだろう。それで、どうなった。ここはどこなのか……。

 状況を把握するにはやはりこのトレンティア人を叩き起こすしかない。そう意を決して、僕はそっと男に近いた。

 年齢は、三十歳から四十歳の間ぐらいだろうか。黒っぽいローブに包まれたその体躯は、大人の兵士というには華奢なようだ。防具らしい防具も付けていない格好は魔術師というあだ名がよく似合う――しかし腰にはしっかりと長剣が提げられている――その体を僕は足の先で小突いた。

「……わっ」

 トレンティア人の男……パウルは、間抜けな声を上げてばしりと目を開いた。そして僕の顔を見上げて、数秒呆けたように瞼を瞬かせ、その奥の青い瞳をぱちぱちと点滅させる。

「ああ……、起きたか……えっと、ヨン。体の調子はどうだ」

 そしてのんきな声をかけてきた。僕は答えず、端的に問う。

「状況を教えろ。どうなったんだ」

 パウルは、あー、とぼやいてから頬を掻いた。言葉を選んでいるようだ。

「俺が魔術を発動して、あの基地は破壊した」

「破壊?」

 僕は聞き返す。パウルは頷いた。

「基地全体を覆っていた魔法陣を発動させて、爆破した。生き残った奴はそういない……生きてても無傷ではないだろう。敵も味方も……」

 その言葉を聞いても、僕はすぐに返事をしなかった。……言っていることが、にわかには理解できなかった。

 基地全体を、爆破した? なんだ、それは。魔法ってのはそんなとんでもないことができるものなのか。僕は魔法に詳しくないが、そうだと言われればそうなのかもしれない。“魔術師”の腕は、単身でトレンティア基地をふっ飛ばすほどのものだということなのか。

 固まっている僕を見て、パウルはへらっと笑った。

「疑わしいなら見てきてもいいぜ。あっちの方角に森を抜ければすぐ見える」

 そう言って小川の下流の方を指差した。……ひとまず、今どこにいるのかという方角の見当はついた。

「……全滅、か? 敵も、味方も……?」

 僕はそう尋ねた。パウルは笑みを引っ込めて、苦々しい表情になって目をそらした。

「……始めから、そういう作戦だった。だから言っただろ。ヒューグのジジイも人が悪いなって……」

 その言葉の意味することを数秒かけて悟って、すうっと血の気が引くのを感じた。思わず、足がよろめく。いや、実際体調がおかしいというのもあるが。

「ヨン、大丈夫か」

 パウルはハッとして立ち上がり、僕の腕を掴んだ。僕は反射的にそれを払いのけて、支えを失って地面に膝をついた。そんな僕を見て、パウルは苦しげな顔を向けてくる。

「俺の魔術を受けてお前も消耗している。無理をするな」

「お前の魔術だと?」

 僕は思わず憤りの混ざった声を上げた。この体の重たさはお前のせいか、と。しかし、基地全体を破壊し、中にいた人間を敵味方もろともに葬ったという魔術を受けたにしては様子がおかしい。ただただ体が重たいばかりで、痛む場所はどこもないのだ。

「まあ、生き残っただけ幸運だがな」

 パウルはそう言って嘆息した。

「……意味が分からん。なぜ僕は生き残った? お前……、全員殺すつもりだったんだろう」

 そう、怒りを込めて言ってやった。今になって思い起こせば、基地の中で会った彼の態度はそうだった。……戦場にいるくせにいやにのんきで、悠長で。あれは全部分かっていたからだったんだ。目の前にいる敵も、味方も、どうせ全てを屠るのだと……。

 パウルはまた、どこか苦しそうにしながらも不敵な笑みを浮かべた。

「ああ、お前が死ななかったことには俺もびっくりだ。……本当に運が良かったなあ……」

 そんな笑いを浮かべる男を殴ってやろうかとも思って拳を握ったが、思いとどまった。こんなフラフラの体で殴ったところで、こちらの方が倒れてしまいそうだ。

 それに彼は言った。“始めからそういう作戦だった”と。始めから、敵も味方も巻き込んで死なせるつもりだったのだ。それはおそらく隊長であるヒューグの意向で……、他の隊員には何も知らされないまま……。それが、“魔術師”の使い方だった、ということだ。

 ヒューグ隊は元から手段を問わない強引な部隊という噂で有名だった。その部隊に入った時点で死を覚悟はしていたが、これほどまでとは……思っていなかった。

「それで……だ、ヨン。ものは相談だが……」

 パウルは不意に真剣な顔になってこちらを見つめてきた。何も言えず、僕はただ呆気にとられてその視線を受け止める。

「今回のことで分かった。お前……、稀有な魔法の才能の持ち主だ。俺に魔法を教わる気はないか」

「は?」

 思わず身を引きながらそう返していた。しかしパウルは同じ言葉を繰り返すことはなく、ただじっとこちらを見つめて返事を待っている。

 ……なんと言った? 僕に……魔法の才能? 僕に魔法使いになれと言うのか?

「ふざけるな、冗談じゃない」

 考えることすら馬鹿らしく感じて、僕は短くそう一蹴した。パウルはしゅんとして目を伏せた。

「そうか」

 そう短く相槌を打って。

「……で。それじゃあこれからどうするんだ。ヒューグ隊での活動を続けるのか」

 そう尋ねてくる。そんなことを改めて考えたところで、元からそれ以外の選択肢は無い。……まさか味方の犠牲をも厭わないこんな作戦をとるとは思っていなかった、ここにいては命がいくつあっても足りない……。そんな予感はしたが、それはもう、人を殺すための武器を握った日から決まっていたさだめでもある。

「そうなるな」

 答えると、パウルは目を丸くして顔をしかめた。

「本気か? ヒューグのやり方は分かっただろう、まだ若い命を無意味に散らせる気か」

 自分で殺そうとしたくせに、白々しく説教を垂れるつもりらしい。突然そんな言葉をかけられたことには驚いたが、それ以上に腹立たしかった。

 死ぬのが嫌で兵士になどなるものか。いい加減に子ども扱いするのはやめてほしい。年齢など関係ない、僕だって誇り高きズミのレジスタンスの一人なのだから。

「無意味に死ぬつもりはない。死ぬまでの間に一人でも多くの敵を殺す……復讐を果たす」

 思わず声に怒りを滲ませて言い返す。パウルはますます顔をしかめて、何かを言おうとする。それを遮るように、僕は声を上げた。

「どうせ他に行く場所なんてない。死ぬまで戦うだけだ……!」

 そう、他に行く場所などない。青い瞳を持つ混血の孤児になど……、こうして命をかけて戦うほかに生きる方法は無い。

 言葉を詰まらせたパウルを睨んで、僕は荒っぽくため息をついた。

「問答はしまいだ。……生き残ったからには隊長の元へ戻る。お前は」

 パウルは苦しそうに言葉を飲み込んで、顔を逸らした。

「俺はこの通りの見てくれだからな。そうおいそれと顔は出せん。……今までは連絡員を一人つけていたんだが、そいつは死んじまった……。ヨン、悪いが俺の分の指示もヒューグに聞いてきてくれ。俺はここで待ってるんで」

 面倒くさい、という気持ちを隠しもせずにため息をついてから、僕は頷いた。“魔術師”は敵国トレンティア出身の人間だ。回りくどい連絡方法をしなければならない事情もやむを得ないだろう。

「……あとな、念のため言っておくが、俺のことは魔術師と言え……、名前は出すなよ。昨晩はお前も死ぬものだと思ったから教えたんであって、本当なら秘密なんだからな」

 そして神妙な顔で付け加えてきたのには、適当に相槌を打っておいた。別にこの男の事情に関心などない。パウルはそんな僕の様子を不安そうに見ていたが、それ以上は何も言わなかった。


 森を抜けると、遠くに黒々とした基地の景色が見えた。遠目からでははっきりとは見えないが……、四方を囲んでいた石塀も崩落し、その向こうに焼け焦げたあとの建物がまだ細く煙を上げている様子が窺えた。……本当に、焼き尽くされたようだ。

 あの所業は本当に魔術師一人の手によってなされたのか。にわかには信じがたい。しかし昨夜確かに自分の目で戦況を見ていた。あの時点で火が回っていなかったというのに、確かに今は丸焼けになっている。経緯がどうあれそれが結果だ。

 それを飲み込んで、魔法という技術の底知れない力に戦慄さえした。あれが……トレンティアの技術。あんなものを敵に回して僕達は戦っているのか、と……。

 ひとまず焼けた基地は捨て置いて、ヒューグ隊の拠点まで戻ることにする。仮拠点の位置が動いていなければ、場所はすぐ近くだ。

 森の中に隠された洞穴……、その近くに寄ると、すぐに兵士が飛び出して武器を構えてきた。

「アルティヴァ・サーシェ、同志との出会いに感謝を」

 そう挨拶の言葉を投げると、相手も一旦は武器を下ろす。じろじろとこちらを見てきた。

「お前、新参のガキか? 他の仲間は?」

「トレンティア基地の襲撃任務は成功した。詳しい報告は隊長に」

 短く答える。出てきた兵士はムッとして顔をしかめたが、やがて洞穴の奥へと引っ込んでいった。パウルの言葉が正しければ、仲間など誰も帰ってこないことを隊長は知ってるはずだ。

 やがて入り口まで戻ってきた兵士が、不服そうな顔のまま手招きした。そうしてやっと基地の中へと入る。

 隊長ヒューグは洞穴の入り口の近くに堂々と立っていた。光の届かない穴の中、小さな松明に照らされる姿はそれだけでいやに気迫がある。

 立派な顎髭を撫でながら、にやりと口の端を吊り上げた。

「ヨン、とか言ったか。新参のくせにあの作戦から生きて帰るとは大したタマだ。仲間は見捨ててきたか」

 そう白々しく問うてくる男を前に、気分がムカつくのを覚える。僕は負けじと気丈を振る舞った。

「仲間はおそらく壊滅した。“魔術師”が作戦を遂行した」

 そうとだけ言えば分かるだろう。魔術師が作戦を決行し、成功させたことを。

 しかし、ヒューグの反応は予想とは違った。かっと目を見開いて固まったかと思うと、まるで怒りのような形相でこちらにぐっと顔を近づけてきたではないか。

 何かと思った瞬間には、その大きな手に前髪を乱暴に掴んで引っ張られた。

 突然の暴力に目を回しながらもヒューグの顔を睨む。……なんだ? あの作戦がヒューグの意向だというのは嘘だったのか?

 僕の前髪を掴み上げて、ヒューグはじろじろと僕の顔を舐めるように見る。そしてやがて、またニヤリと笑った。

「……なるほど、この目か」

 僕の青い瞳を見て言った。何を納得したのかはわからない。……ただ、震えるほど嫌な感覚が胸をざわついた。トレンティア人の血を引いている証であるこの目の色は、どこまでも僕の人生を呪っている。

 ヒューグは僕の髪から手を離すと、どしどしと大股で基地の外へ向かって歩き出した。

「ヨン、ついてこい。お前に話がある」

 その様子には周囲にいた他の隊員も戸惑っていたようで、顔を見合わせていた。僕にも何が何やらさっぱり分からないが、とにかく、隊長の命令に従うほかにはない。

 隊長の後ろを追って洞穴の外に出る。そこからやや離れた茂みの奥、ヒューグは適当な倒木の上にどっしと腰を下ろす。そしてニヤリと口を吊り上げたまま、こちらを見やった。

「……お前、魔術師と会ったんだな?」

 そう問うてくるので、僕は無言で頷いた。

「奴の顔を見たか」

 再び頷く。

「なら、奴の正体が何なのかも当然分かったわけだ」

「……金髪碧眼のことを言っているのなら」

 そう答えると、ヒューグは満足そうに頷いた。

「その通りだ。ズミの部隊の中であの見てくれじゃあ、敵と間違われて袋叩きにされても文句は言えねえ。だから奴はまず表に顔は出さない。当然味方にもな」

「……だから、今までヒューグ隊の魔術師は“正体の隠された謎の魔術師”で通ってたわけだろう」

 淡々と答える。ズミ人の中に魔法の使い手は少ないが皆無ではない。トレンティアと友好的な国交を行なっていた短い期間に、トレンティアからその技術を学んだ者もいるという話だ。部隊の中に魔法使いがいるとして、まさかそれがトレンティア人だと想像する者は少ないだろう。

「そうだ。奴の警戒心の強さと言ったら森の獣並よ。それがどうしたことだ、新参のお前には簡単に気を許したようだな。顔を見せただけじゃなく、こんなやすやすと連絡員に指名するとはな」

 びしりと眼前に指を突きつけられて、ぐっと息が詰まる。……そこで目の色が出てくるわけか、と苦い納得をした。

「やはり奴も同胞には気を許すってことだ」

 そう言われてまた胸がムカつく。トレンティア人の“同胞”だなど、僕にとっては最も気分の悪い侮辱だ。ああ、つくづくこの目の色が忌まわしい。思わず反論の言葉が口を突く。

「それは違うと思う。僕に顔を見せたのは、どうせ作戦に巻き込んで殺すつもりだったからだ。僕が生き残れたのは、たまたまで……」

 何がどうたまたまで生き残れたのか、魔法の仕組を知らない僕には分からないが……とにかくあの場では彼が僕のことも殺すつもりだったことに違いはない。

 しかしヒューグは納得をしないらしく、首を横に振った。

「ああ、顔だけならたまたまかもしれんな。だが奴が連絡員をこうも軽々しく指名するなんて今までにはなかったことだ。俺は奴との付き合いも長い。……お前は奴の信用を得たようだと確信するぜ」

 そうまで言われれば僕もそれ以上は言わない。実際僕にもあの魔術師が何を考えているのかは分からない。

 そしてヒューグはぐっと顔を近付けてこちらを睨んできた。声も脅かすように低くして。

「そこで、お前に仕事だ」

 僕は無言で眉を寄せる。あまりいい予感がしなかった。

「……あの警戒心の強い奴がやっと見せたスキだ。お前も気を許したように見せかけて近付いて……、あのトレンティア人を捕らえろ」

 掠れるような小声で、ヒューグは言った。思わず身を引いてその顔を見返した。変わらず、ヒューグはニヤニヤと笑っている。

「……味方じゃなかったのか」

「トレンティア人はどこまでもトレンティア人だ。いくら強いと言ったって、いつ裏切るか分からんやつをいつまでも置いておけるか」

 その言葉はいやに重たく、またざわりと走った胸騒ぎが心臓を締め付けてくるような感覚にさえ陥る。その胸を見透かすように、ヒューグは目に浮かべる表情を一層暗くした。

「できるな? それとも、お前も奴には同胞の情があるのか?」

 そう下品な笑いとともに僕の神経を逆撫でしてくる。思わず、荒っぽい声が出る。

「僕はトレンティア人じゃない!」

「そうだ、お前は誇り高いズミ人だ」

 ヒューグの重たい言葉が、僕の暗い感情をゆっくりと沈めていく。鋭く細めた目で、ヒューグの顔を睨みつけるように見た。

「……殺せばいいんだな?」

 しかしヒューグはやっと笑いを引っ込めて、軽く首を振った。

「いや、生け捕りだ。だが五体満足である必要はない」

「生け捕り……? 回りくどいな」

 率直に言う。殺すだけならともかく、殺さずに捕らえるとなると……いや、普通の人間なら容易いが、何せ相手は魔法の使い手だ。どんな反撃をしてくるものか予想しきれないところがある。

 ヒューグはまたニヤリと笑った。

「なに……どうやら奴の身柄を欲しがっている者がいるようでな」

 僕は無言でヒューグを睨んだ。どういうことだ、と。

「そもそもおかしな話だろう、なぜトレンティア人が俺たちに味方するのか? ……おそらく奴は、トレンティアでの居場所を失った……要はろくでもねえお尋ね者ってことなんだろうよ。近頃、魔術師の素性を嗅ぎ回る奇妙な奴の噂を聞く。もしトレンティアの関係者だったら面倒だ……こちらの懐を探り回される前に、あの疫病神を突き出してやるんだよ。金にもなるかもしれん」

 暗い笑いを浮かべたまま語るヒューグの言葉を、石を飲むような感触で受け取る。当然、トレンティア人でありながらこんな所で戦っているのだ、そこに並大抵でない経緯があることは間違いないだろう。

 僕とは違って純血の……敵国人だ。いつ裏切るか分からないというのも、確かだ。

「分かった」

 僕は短く返事をした。ヒューグはニヤけたまま、満足そうに頷く。

 僕は森の中で無防備に眠りこけていたパウルの姿を思い出して、目を瞑った。トレンティアでの居場所を失ったお尋ね者……ことの真偽は分からないが、だとしたら哀れなものだ……。

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