⑨ 幸せになりました
最終話です
私たちが結婚すると伝えると、父もエイナルたち使用人も、マレーナやその他の親戚も涙ながらに喜んでくれた。
大変なのはそこからだった。
まず、エドガー様は私の家に引っ越してきた。
それから私はマレーナや伯母の手を借りながら結婚式の準備を始めたのだが、第二王子殿下の護衛騎士となったエドガー様は新しい職務に慣れるのに忙しく、あまり家に帰ってくることができなかった。
それなのに、第二王子殿下は私たちの子が生まれるのを非常に楽しみにしていて、早く結婚してしまえ!と急かしてくるのだ。
それで、半年くらいかけて準備するつもりだったのが、二か月に短縮されてしまった。
その代わりに、第二王子殿下が手を回して大聖堂で式を挙げることになった。
それから、当日の朝は化粧と髪結いを専門とする侍女を派遣してくれて、私はびっくりするくらい綺麗に飾りたてられた。
私たちは多くの人々に祝福されながら、晴れて夫婦となった。
エドガー様が婿入りしてくれたので、私の代で途絶えると思っていたブロムバリ家は無事存続することになり、そういう意味でも親戚一同からとても喜ばれた。
私は知らなかったが、熊というのはとても嗅覚が発達した動物なのだそうだ。
護衛騎士になったエドガー様が、その本領を発揮したのは私たちが結婚してすぐのことだった。
第二王子殿下の婚約者様のお茶に、毒が混入されるという事件が起きたのだ。
近くに控えていたエドガー様は、お茶からいつもと違う臭いがすることに気がつき、婚約者様が口にするのを未然に防ぐことができた。
腹痛を起こす程度の弱い毒ではあったが、当然ながら大問題になった。
犯人は第二王子妃の座を狙っていた令嬢で、幼稚な嫌がらせのつもりだったのだそうだ。
令嬢は遠い辺境の修道院に送られることになった。
その他にも、物陰に潜んでいた間者を見つけたり、夜会に媚薬を持ちこんだ不埒な男を捕まえたりと、獣人の特性を活かしていくつもの功績をあげた。
そんなことが重なり、結婚して一年半後に私たちの最初の子が生まれる前には、騎士爵の一つ上の男爵位を賜るまでになった。
一代限りの騎士爵と違い、男爵になると爵位を子に受け継ぐことができる。
これもまた親戚一同に大いに喜ばれ、私もそんな夫が誇らしかった。
私たちの第一子は獣人の男の子だった。
私が生んだ子が黒い小熊の姿をしているのは不思議な気分ではあったが、すぐにその可愛らしさに家族も使用人たちも夢中になった。
いろいろと考えて、名前はエドガー様のお父様と同じアーベルにした。
エドガー様と父は、代わる代わる小さなアーベルを抱っこしては、目に涙を滲ませていた。
アーベルが生後半年になった頃、私たち家族に王妃陛下から直々にお茶会の招待状が送られてきた。
緊張しながら登城すると、王族のプライベートサロンに通され、集まっていた王族一同に大歓迎された。
ちょこちょこと歩きまわるアーベルに、可愛い可愛いと大はしゃぎされ、アーベルも見知らぬ大人たちに囲まれても怯えることなく愛想をふりまいて、さらに大喜びされた。
「さすがはエドガーの息子だ。肝がすわっているではないか。
それに、賢そうな顔をしている。
よし!シーグヴァルドの側近にしよう!」
アーベルを膝に乗せ、手ずからイチゴを食べさせてご満悦だった国王陛下は、そう鶴の一声を発した。
シーグヴァルドというのは、アーベルの数か月前に生まれた王太子殿下のご長男のことだ。
それに仰天したのは私だけだった。
王族側は最初からそのつもりで、エドガー様もなんとなくそうなるだろうなと思っていたそうだ。
アーベルは男爵家の嫡男でしかないというのに、次の世代の暫定王太子殿下の幼馴染兼側近に選ばれてしまった。
畏れ多いことだが、獣人を王族が重用することで、もしかしたらどこかに隠れている別の獣人が名乗り出るかもしれないという狙いもあると言われ、私も納得した。
もしそんな獣人がいるなら、私としても是非会ってみたい。
私たちは五人の子宝に恵まれた。
そのうちアーベルを含む三人が獣人で、二人は人間だった。
獣人の子育ては手探りだったが、熊の獣人だからか幸いアーベルたちはとても頑丈で、風邪ひとつひくことなく元気に育った。
私たちは仲良く賑やかな家庭を築き、父も孫たちに囲まれ毎日幸せそうだ。
エドガー様のおかげで、私は夢を叶えることができたのだ。
家にいる時だけ、エドガー様はたまに熊の姿になる。
それは子供たちに変身するお手本を示すためというのが一番なのだが、私がエドガー様の黒い被毛を撫でるのが大好きだからという理由もある。
少しゴワゴワするのだが、それがなんだか癖になるのだ。
温かな季節に、庭の芝生の上でごろんと仰向けになったエドガー様のお腹の上に寝ころぶのなんて最高だ。
私がそうやってエドガー様を堪能していると、すぐに子供たちも加わってわちゃわちゃになるのだが、それはそれでとても楽しい。
エドガー様のアンバーの瞳には、いつも深い愛情がある。
私もエドガー様に、同じだけの愛情を常に向けている。
私たちはお互いに愛情をわけあいながら、ずっと幸せに暮らした。
三人の獣人の子は、成長するとそれぞれに結婚して子をもうけ、私の孫の世代には八人もの獣人が生まれた。
かつてはエドガー様たった一人だけだったのに、飛躍的に数が増えた。
次の世代ではもっと数を増やし、獣人は増え続けることだろう。
いつか、かつてのように獣人が珍しい存在でなくなり、人間と助け合いながら暮らすような世界になるといいなと願っている。
これにて完結です。
読んでくださってありがとうございました!
あんまりモフモフにならなくてごめんなさい(;^ω^)
実際の熊の毛は、とてもゴワゴワなんだそうですが、ファンタジーなのでちょっとゴワゴワくらいの設定にしました。