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⑤ やっと口説いてくれました

 泣きながら帰宅した私は、エイナルからなにがあったのかを問い質されたが、警邏隊にも関わることなのでなにも答えられず、ただ部屋に閉じこもった。

 泣いて泣いて泣き疲れて眠って、気がついたら朝になっていた。


 その頃になると私も少し落ち着きを取り戻し、エイナルに頼んで図書館から獣人に関する本を借りてきてもらった。

 獣人のことを知っておきたいと思ったのだ。


 本によると、かつては熊だけでなく、狼、兎、馬、獅子などの獣人がいて、人に交ざって暮らしていたのだそうだ。

 そうでなくなったのは、今から三百年ほど前のこと。

 獣人だけが罹る感染症が大流行し、それにより獣人は一人残らず死んでしまったとされている。


 エドガー様の先祖は、どういう理由かは不明だがそんな地獄を生きぬいて、ひっそりと獣人の血を受け継いできたのだ。


 さらに読み進めると、エドガー様の家族が山の中に住んでいた理由がわかった。

 獣人は獣の姿で生まれてきて、幼いうちは上手く人の姿に変身できないのだそうだ。

 エドガー様の両親は、熊の姿をした息子を隠すため、人里離れたところで育てたわけだ。


 そこまで読んだところで、玄関の扉が開いた音がしてはっと顔を上げた。


 昨日から帰宅していない父が、やっと帰ってきたのかもしれない。


 慌てて玄関に向かうと、そこには疲れた顔をした父と、もう一人。


「エドガー様!」


 父と同じくらい疲れた顔をしたエドガー様の広い胸に、私は迷わず飛びこんだ。


「ソフィア嬢……心配をかけてすまなかった」


 エドガー様も私をぎゅっと抱きしめてくれて、また涙がこぼれた。




 父に二人だけで話をするようにと言われ、私は応接室にエドガー様と向かい合って座った。

 エドガー様は、なぜか警邏隊のとは違う騎士の制服を着ていた。


「今朝、俺がいた留置所に使いが来て、俺と分隊長はそのまま城に連れて行かれた」


 私は手を膝の上で握りしめて、緊張しつつ耳を傾けた。


「王族やら騎士団長やら宰相やらがいる前に引き出され、そこで変身して見せろと言われた。言われた通りにしてやると、当たり前だがとても驚かれた」


 それはそうだろう。

 とっくに絶滅しているはずの獣人が、よりによって王城のお膝元で働いていたのだから。


「俺はその場で殺されるか、実験動物にされるかのどちらかだと思っていた。

 だが、そうはならなかった」


 だから、今私の目の前にいるのだということはわかるが……


「それで、どうなったのですか?」


「第二王子殿下が俺をとても気に入ったらしく……第二王子殿下の護衛騎士になることになってしまった」


「ええぇ!?」


 予想外の展開に、私は思わず驚きの声を上げた。


「なんでも、第二王子殿下は珍しいものがお好きなんだそうだ。

 俺は平民の孤児だから、とても王族の護衛になんてなれる身分ではないと言ったんだが……押し切られてしまった」


 王族の護衛騎士になるのは、騎士としてとても名誉なことだ。

 だが、通常は貴族階級出身の騎士が勤めることになっている。

 平民の騎士は騎士爵を得ても、王族の近辺に近寄ることはほぼないといっていい。

 警邏隊の一隊員から第二王子殿下の護衛騎士なんて、何段飛びかわからないくらいの一躍大出世だ。

 

「お……おめでとうございます、と言っていいのでしょうか……?」


「とりあえず、今すぐ殺されることはなさそうだから、めでたいことではあるな」


 それにしても、王族の護衛騎士か……

 同じ騎士でも、警邏隊とは仕事内容が大きく異なるのだろうということは想像がつく。

 

 王族に気に入られ、護衛騎士に任命されたエドガー様。

 私からしたら、一気に雲の上の存在になってしまった。


 もう、今までみたいに会うことはできないのかもしれない。

 それか、結婚相手まで王命で決められてしまうのかも……

 

「ソフィア嬢は、獣人のことをどれくら知っている?」


「大昔に皆死んでしまったということくらいしか知らなかったので、図書館から借りた本を読んで、さっきまで勉強していました」


「そうか……」


 エドガー様はアンバーの瞳を伏せた。

 今までずっと秘密にしてきた獣人のことは、話しづらいのだろう。


 私は先を促すことはせず、じっと次の言葉を待った。


「……獣人と人間の間にできた子は、獣人になるか人間になるかは半々だ。

 半獣人みたいなのになることはない。

 俺は獣人として生まれてきたが、俺に両親が同じきょうだいがいても、獣人だったとは限らない」


 それは知らなかった。

 私がまだ読んでいない部分に書いてある内容のようだ。

 

「獣人の子というのは、人間の子とは違う。

 俺は生まれてから物心つくまで、熊の姿をしていた。

 五歳くらいまでは、人間の姿でいてもいつのまにか熊になったりして、姿が安定しなかった。

 そんなことがあるから、もし俺が誰かと子をつくるようなことがあるなら、相手には俺が獣人であることを伝えなくてはいけない。

 だが……仲が良かった両親のような家庭をいつか築きたいと思いつつも、こんな俺を受け入れてくれるような女などいないだろうと諦めていた。

 それ以前に、秘密を打ち明けられるような女に巡り会うなど無理だと思っていた。

 深いつきあいをすれば、いつか秘密がバレてしまうかもしれない。

 もしくは、俺から秘密を明かしたとして、拒絶されたらと思うと怖くて、必要以上に女に近寄らないようにしていたんだ」


 その気持ちは、私にもわかる気がする。

 大きな秘密を抱えたまま、だれかと深くつきあうのは難しいだろう。

 エドガー様が消極的になるのも当然だと思う。


「分隊長は公平で裏表のない、いい上官だ。

 きみはそんな分隊長の一人娘だから、きっと優しい娘なんだろうと思った。

 だから、俺はきみとデートに行くことを了承したんだ。

 そして、俺の予想通り、きみは優しくて……とても可愛い娘だということが、最初のデートでよくわかった。

 その時から俺は……きみに惹かれていた」


 え?今、なんて言ったの?


「きみと親しくなるのはとても嬉しくて、同時にとても怖かった。

 俺の秘密を知った時、きみがどんな反応をするだろうと思うと、夜も眠れないくらいに怖くてしかたがなかった。

 だから、どうしても……好きだと言えなかったんだ」


 言いながら、エドガー様は赤くなった。

 きっと私も同じくらい赤くなっていると思う。


「きみが馬にはねられそうになっていた時、俺は迷わず熊の姿に変身した。

 俺が獣人だと知って、きみが俺を拒絶したとしても、きみが助かりさえするなら俺はどうなっても構わないと思った。

 だがきみは、恐れることなく熊になった俺を抱きしめて、必死で守ろうとしてくれた。

 それだけで、もう死んでもいいと思うほど嬉しかったんだ。

 だが同時に、秘密をきみに打ち明けておけばよかったと後悔した」

 

 エドガー様はカウチに座る私の前に跪き、私の右手をそっと大きな両手で包んだ。


「ソフィア嬢。どうか、俺と結婚してほしい」

 

 真摯な光を湛えるアンバーの瞳に見つめられ、わたしは息が止まりそうになった。


「きみのことが好きなんだ。

 必ず幸せにすると誓う。

 だから、俺と夫婦になってくれないか」


 エドガー様が、私を好きだと言ってくれている。

 これは現実なのだろうか。

 もしかして、私は夢をみているのではないだろうか。


 だが、握られた右手には確かな温もりを感じる。

 大好きな、エドガー様の温もりだ。

 これが幻のはずがない。


「エドガー様……私で、いいのですか……?」


「きみがいいんだ」


「でも、エドガー様は王族の護衛騎士になるのですから、これからいい縁談が来るかもしれないではありませんか」


「俺は、きみとしか結婚できない。

 きみじゃないとダメなんだ。

 きみがいないと、俺はもう生きていけない」


「そんな、大袈裟では」


「大袈裟に言ってるんじゃない。

 きみが俺を守ろうとしてくれた瞬間に、俺の心は完全にきみのものになった。

 獣人は、生涯に一人だけ伴侶を決めると、伴侶だけを深く愛し続ける。

 伴侶と引き離されたら、耐えられず死んでしまうくらいに」


「えぇ!?そんなことになるのですか!?」


「だから、俺の母が亡くなった後、父も後を追うように亡くなってしまったんだ。

 そして俺も、きみと結婚できなかったら父と同じように死ぬことになる」


「えぇぇぇ!?」


「当然だろう。俺の心は、きみを伴侶と定めてしまったのだから。

 もう変更はできない」


「それでは、最初から私が断る選択肢はないではありませんか!」


「そうだよ。きみは俺の求婚を受けるしかない。

 もし断ったら、次は王命が下されることになる。

 国王陛下も第二王子殿下も、俺を死なせたくないだろうからな」


 それはそうだろう。

 エドガー様は、おそらくこの世に一人しかいない獣人なのだから。


「ソフィア嬢。返事を聞かせてほしい。

 俺と結婚してくれるな?」


 そんなの、答えは決まっている。


 私は一度深呼吸をしてから、エドガー様の手を握り返した。


「わかりました。私、エドガー様の妻になります」


 エドガー様は、今まで見た中で一番いい笑顔になった。


「ただ、誤解しないでください。

 私がエドガー様と結婚するのは、そうしないとエドガー様が死んでしまうからでも、王命を下されたくないからでもありません」

 

 そんな殺伐とした理由ではない。

 エドガー様が言葉を尽くしてくれたように、私もきちんと伝えなくては。


「私自身がそれを望んでいるからです。

 私も……エドガー様が大好きなのです。

 最初にデートをしたあの日から、ずっと……」


 好きだった。

 私もずっと好きだった。


 エドガー様も同じ気持ちでいてくたなんて、まるで奇跡だ。


「ソフィア……!」


 エドガー様に手を引かれ、私の体はすっぽりと広い胸の中に収められた。

 私もエドガー様の背に腕を回して、ぎゅっと抱きついた。


 そして、生まれて初めてキスをした。

 嬉し涙の味がする、心まで蕩けるようなキスだった。


次回はエドガー視点です

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